WEBマガジン

「イノベーションの育て方～ハナさんのストーリー～　（３４）」

2021.02.26 株式会社オージス総研　　山海　一剛

第6章

2019年10月17日（１）

「なるほど面白いし、いいアイデアですね。なによりも、この会社がやらなければならない理由が明確です。」

前回、佐野さんが欠席だったので、考えついたたアイデアを佐野さんに説明してみると、こんな答えが返ってきた。

新聞の配達員さんにウェアラブルカメラを装着してもらい、配達時に親世代と軽く会話して、その動画を子世代が見られるようにする

「でも、こんなアイデアで大丈夫でしょうか」

褒められると逆に不安が大きくなる。ついつい壁に貼りだしたアイデアを眺めている佐野さんに、前回のワークショップで書き出した利点/課題の一覧も見せてみる。

「大丈夫かどうかはわかりません。よいアイデアであればあるほど、実現するには多くの課題があるはずです。でもそれは、今の段階ではわからないですよね」

「なるほど、先に進んでみないとわからないなら、進むしかないってことだな」
大崎さんが言う。

確かに、大崎さんの言うとおりだ。そもそも成功は千に3つといわれているようなことに、佐野さんがお墨付きを出せるわけもない。意味の無い質問だった。先が不安なので、誰かに安心させて欲しかっただけなのだと自分の気持ちに気が付いた。

「でも、これから忙しくなりますよ。このアイデアを具体化して検証するというサイクルを繰り返さないといけません。ちょっと説明させてくださいね」
と、パソコンをプロジェクターに繋ぐ。

表示されたのは、何度も目にしているデザイン思考の５つのステップの図だ。
「今私たちは、５つのステップの3つ目、つまりアイデア・ステップにいます。で、これからは...」
「次はプロトタイプのステップということかな」
と福石さん。

「ありがとうございます。間違いではないのですが、もう少し正確に言うと...」
佐野さんが次のページを表示する。

「アイデアを小さいサイズに分割して、それが本当に価値があるのかを検証しないといけないんです。」
見慣れた５つのステップだけど、アイデア - プロトタイプ - テストの３つのステップの間に、激しく行ったり来たりする矢印が描かれている。

3ステップを繰り返す

「一度に全部ではなくて小さいサイズに分割するって、なんだかアジャイル開発に似てますね」
と大森くん。
「はい、さすが大森さんですね。アジャイル開発は"少しずつ作る"ですけど、この場合は"少しずつ検証する"です。プロトタイプを作るのが目的ではなくて、顧客価値を検証するのが目的です」
「それって、インタビューじゃダメなのかな」
「一概にダメとは言いませんが、言葉で表現するには限界があります。えーっと、ちょっと待ってください...」
佐野さんがプレゼン資料を何ページか送ると、見覚えのある顔が出てきた。
「アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズは、こんなことを言ってます。" 人は物を見せられて、初めて自分が何を欲していたかに気づくものだ"」

「確かになぁ」
と福石さんが大きくうなずく。
「いま、若いころ初めてウォークマンをつけて街を歩いたときのことを思い出したよ。あれは新鮮な経験だった。でもその経験をする前に、言葉だけでウォークマンの説明を聞いても、欲しいとは思わなかっただろうな」
佐野さんがにっこりして続ける。
「はい。だから言葉ではなく、かたちにする必要があるんです。ただしそれは、段ボールで作った模型のようなものであったり、紙に書いた画面のイメージであったり、寸劇をやって見せたり、早く安くできるものでないといけません。目的は作ることではなくて、価値の検証なんですから」
佐野さんが続ける
「一番避けないといけないのは、価値が検証されていないものをどんどん作り込んでいくことなんですよ」

「なるほど、ちゃんとしたものを作って見せる方が、精度の高いフィードバックが得られる。でもそれにはお金も時間もかかる。もしユーザーが価値を認めなかったら全てがムダになる。ふーむ、言葉ではわかるけど、それって結構難しいよな。」
福石さんの言葉の最後は、半ば独り言だった。

「そうなんですよ。だからプロトタイプを考えるには、知恵と工夫が必要なんです」
と、佐野さん。

で、私たちは何から取り掛かればいいんだろう。

「ということは...」
一生懸命アタマを整理しながら、言葉にする。
「今から私たちがしないといけないのは、アイデアを細分化して検証項目を洗い出し、それぞれの検証方法を考えるということでしょうか」

「はい、ほぼ正解です。でももうひとつ、先行して始めるべきことがあります」
「と、言うと」
「デモの相手を探すこと。つまりプロトタイプを見せてフィードバックしてもらう相手を見つけて、デモの段取りをしないといけません」

「たしかにそれが一番時間がかかりそうだな。」
と水沼さん。

「いや、それも皆で力を合わせれば、何とかなるよ」
と声をあげたのが萩原さん。
「まずは、共感ステップとのときにインタビューさせてもらった方々にお願いしよう。インタビュー後に、今後も協力してもらえるか確認しているので、好意的な答えをしてくれた人を選んでね。それ以外にもお願いできそうな人を洗い出してみるよ」

「さすが、抜群の行動力ですね」と、大森くんがつっこむと、「営業マンの機動力、なめんなよ」と萩原さん。一気に場に暖かい空気が広がった。

今までで一番チームの一体感を感じた瞬間だった。暗中模索だったアイデア・ステップを突破できたせいもあるけど、確実にチーム力が上がっているのは確かだ。なによりもそれが嬉しかった。

このあと私たちは、佐野さんのファシリテートのもと、さっそく検証項目の洗い出しを開始した。

＜つづく＞

*本コンテンツはフィクションです。
*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

『WEBマガジン』に関しては下記よりお気軽にお問い合わせください。

お問い合わせ

さらに見る

「イノベーションの育て方 ～ハナさんのストーリー～ （３４）」

第6章

2019年10月17日（１）

同一テーマ 記事一覧

「イノベーションの育て方～ハナさんのストーリー～　（３４）」

同一テーマ　記事一覧