「イノベーションの育て方 ～ハナさんのストーリー～　（５８）」

事業化のための組織体制について、佐野さんの案は組織を3つのチームに分けるというものだった。

1.サービス企画チーム
2.マーケティングチーム
3.運用チーム

その上で、3つのチームを密に連携させることが重要だと言う。

「あの、質問していいですか。チーム間の連携のためには、それぞれのチームの責任範囲を明確にした方がいいですよね」
「あ、岩崎さん、良い質問です」
画面越しの佐野さんが大きくうなずく。

「少し例をあげましょう」
と、チーム間に双方向に引かれた矢印を指した。

「例えばサービス企画チームは、どのようにサービスを改善すればいいのかを考えるために、マーケティングチームや運用チームから情報を得る必要があります」
「運用チームからの情報も必要なんですか？」
と大森くん。
「はい。運用チームからはITシステムの利用ログを分析するなどして、ユーザーが使いにくそうな部分を指摘することができますよね」

こういう一般向けのサービスでは、ユーザーが不満な部分や使いにくい部分をわざわざ指摘してくれることは無いだろう。競合するサービスがあれば黙ってそっちに乗り換えてしまう。だからといってユーザーにヒアリングしてまわることも難しい。なので運用チームが持つ情報は重要になる。

逆に運用チームは、原価低減や品質改善という観点でサービス企画チームに提言できる。例えば、"サービスの流れをこのように変えてくれれば配達員さんのミスが減る"、"システムにこういう機能を埋め込んでくれれば効率的に監視できる"といったようなことだ。またマーケティングチームは普段からマーケット動向を把握しているので、どういうサービスが魅力的かを考えることができる。

「...と、ごく一部の例ですが、このようにチーム間の連携が必要なんです」
佐野さんの説明が続く。

「でも人間って責任範囲を決めてしまうと、そこから出ようとしなくなるんですね。"割り当てられた作業は、ちゃんとやってますけど、それがなにか？"...みたいな」

「あ、サイロ化ってやつですね」
「そうです。大森さん。よくご存じですね」
そういえば最近大森くんは、組織開発の勉強もしているようだ。ちょっと焦る。

「新しいビジネスを軌道に乗せるには、隠れた課題に気づいた人が積極的に拾う姿勢が必要なので、むしろ責任範囲を決めつけてしまわない方がいいのです。つまり越境できる仕組みが必要なんですよ」
「えっきょう？」
「はい。越境です」
「つまりこういうことですか。チームごとに異なる評価指標を設定するけど、その目標のためには、各チームが積極的に他チームと連携するような状態にしないといけない」
「さすが岩崎さん、その通りです」
「それぞれのチームは、異なる評価指標を背負っています。そして往々にしてそれらは相反します。例えば魅力品質を向上するためには頻繁にシステム変更すべきですが、それは運用の安定性を脅かしますよね。その状態でチームの担当範囲までを決めつけてしまうと、それぞれが個別最適に走ってしまって、結果ユーザーから見ると良くなっていない...ってことになるんです」
「そのために越境するってことですか。でも簡単じゃなさそうですね」
「もちろん簡単ではありません。でも少し考えてみてください。新規ユーザーの獲得も、既存ユーザーの維持も、安定運用も、全て顧客視点からスタートしているはずです。全てのチームが常に"お客様のために"という原点に立ち戻って考えることができれば、それほど越境は難しくないと思うのですが」

佐野さんの言うことは納得できるけど、そんな素晴らしい組織が作れるのだろうか？きっと心がけだけでは足りないので、何かの仕組みやツールも考えないといけないだろう。
でもやってみるしかない。すでに会社として事業化に向けて動き出したのだ。
結局、佐野さんの案をベースに、3つのチームからなる事業化体制案を作ることになった。

（つづく）