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レポート

参加者がつくる対話の場 オープンスペーステクノロジー

2018年エンタープライズアジャイルの集いでのOST
オージス総研
水野正隆
2018年9月21日

2018年7月20, 21日に開催されたエンタープライズアジャイルの集いで、オープンスペーステクノロジーによるワークショップがありました。オープンスペーステクノロジーは参加者が主体となって対話を進める手法です。初顔合わせの参加者が多い中でもワークショップは非常に盛り上がり、オープンスペーステクノロジーという手法の凄さを改めて感じました。一方で、参加者のほとんどがオープンスペーステクノロジーという手法をご存じなく、残念にも思いました。もっと広くこの手法を知って欲しいと思い、オブジェクトの広場としてもオープンスペーステクノロジーの説明記事を書くことにしました。
エンタープライズアジャイルの集いの1日目に行われた基調講演については、『エンタープライズアジャイルの集い 基調講演レポート』にレポートがありますので、合わせてご覧ください。

オープンスペーステクノロジーとは

私の理解でオープンスペーステクノロジー (Open Spece Technology: OST) の説明を書きます。詳細を知りたい方は、今年(2018年)の6月に出版された『人と組織の「アイデア実行力」を高める――OST(オープン・スペース・テクノロジー)実践ガイド』があります。OSTの事例、OSTの準備や進め方が詳しく書いてあり、2018年8月の時点で一番お勧めの書籍です。OSTのファシリテーターを務めることになった場合は、この書籍を読むことをお勧めします。この記事も、後程出てくる用語や原則の日本語訳など、この書籍を参考にさせていただきました。

OSTはワークショップの進め方の一つです。参加者自身が検討したいと思っているアイデア、解決したい課題などを持ち寄り、自分達でワークショップで話すテーマを決めます。1つのOSTの中でテーマは複数提案されるので、テーマごとのセッションが並行で開催されます。参加者がどのセッションに入るかは自由です。ファシリテーターは各セッションの参加人数を均等に分けるなどの介在をしません。テーマに賛同する参加者が自発的に集まって対話をします。

OSTでは、ファシリテーターは対話のコントロールを手放し、出席した参加者が自分達でワークショップを作っていくことを重んじます。ファシリテーターの責務は参加者が自主的に対話を進められるよう場を作ることです。

国際会議のコーヒーブレイクのような場

コーヒーブレイク

OSTは、組織開発のコンサルタントであるハリソン・オーウェンが考案しました。オーウェンは自身の2つの経験がきっかけでOSTを考案したそうです。その1つが、ある国際会議を企画・運営したときの次のような経験でした。参加者から「会議も素晴らしかったが、コーヒーブレイクの時間が最も有意義だった」と聞き、ショックを受けたのだそうです。参加者自らが話したいテーマを話し、その話に興味のある人が集まって自由に対話し合うとき、その場の熱量は高くなり、創造性ある対話ができる。確かに私にも同じような経験があります。OSTは、国際会議のコーヒーブレイクのような自由で活気のある対話の場を作り出す手法と言ってもよいでしょう。

さて、参加者は自分で参加するそのテーマを決めてテーブル等に集まりますが、OSTには特徴的なルールがあります。

途中でテーマを移動してよい

参加者は自分でテーマを選び、対話に参加しますが、その場で対話に貢献できないと感じたら、他のテーマに移動して構いません。ひょっとしたら、移動した先で関連する話になるかもしれません。「あのテーブルでは、こんな話があったよ」と別のセッションで伝えることで、そのセッションでの対話が深まることもあるでしょう。このような振る舞いをOSTでは 「ハチ (Bumble-bee)」 といいます。ハチは花から花へ移動して花の受粉を助けます。OSTでは対話の受粉を助ける役割ということなのでしょう。

Bumble-bee

興味のあるテーマがなかったらブラブラしたり、空いているテーブルで別の話をしてよい

参加者にはどのセッションにも参加しない自由もあります。OSTの会場を歩き回ったり、コーヒーを飲んだり、空いているテーブルに座ったりしても構いません。OSTではこのような人たちを 「チョウ (Butterfly) 」 といいます。花の周りを飛び回る人たちということですね。ひょっとしたら、そのようなチョウたちが集まり、話が盛り上がり、新しいセッションが始まるかもしれません。

実は、OSTには 「移動性の法則」 というものがあり、対話を生産的なものにするための振る舞いを参加者に求めています。前述のハチやチョウは移動性の法則に基づく参加者の振る舞いを分かりやすく言い表したメタファなのでした。ファシリテーターは、OSTの冒頭でこのルールをきちんと参加者に説明して、OSTの場を作らないといけません。

参加者が自分の時間を最も生産的に使っているかどうか、学習に役立っているかどうか、場に貢献できているいるかどうかは、すべて参加者自信の責任なんです。ですから、分科会(編集注:本記事ではセッションと言っているもの)に参加したけれど、そこは自分が期待していた場ではないと感じたら、どうすべきか。ずっと、そこにとどまっているのではなく、自分の意志で、他の分科会に移動すべきです。 この移動性の法則を具体的にイメージで言い表したものが、「蜂」と「蝶」です。

– 出典:『人と組織の「アイデア実行力」を高める――OST(オープン・スペース・テクノロジー)実践ガイド』, 香取一昭[著], 大川恒[著], 英治出版

ファシリテーターは参加者全員にルールを説明しますが、勇気を持ってコントロールを手放します。ファシリテーターは、テーマに情熱を持った参加者が自主的に対話する場を作ることを信じ、任せ、そこから創造的なアイデアが生まれると考えます。

OSTの4つの原則

OSTのファシリテーターは「移動性の法則」以外に参加者に説明すべき大事なことがあります。それが、OSTの 「4つの原則」 です。

  • ここにやってきた人は、誰もが適任者である
  • 何が起ころうと、それが起こるべき唯一のことである
  • いつ始まろうと、始まった時が適切な時である
  • いつ終わろうと、終わった時が終わりの時なのである

この原則のもとにOSTは開催されます。

OSTでは誰もが参加の適任とされます。大事なのは参加者のテーマに対する情熱であり、参加者どうしの対話の質です。組織上の役職などは関係なく、誰もが適任者です。また、想定外のことが起きたとしても、それは起こるべきことが起こったとして受け入れなくてはなりません。セッションに分かれた後、話し合いがすぐには上手く進められなかったとしても、すぐに終わってしまっても、よいと考えます。アイデアを生み出す行為は学校の時間割のような定められ区切られた時間に始まり、終われるものでもありません。また、終わりの時間が来ても対話が盛り上がって終わらないようなら、場所を変えるなり、時を改めるなどして対話を続けます。始まった時が適切な時だし、終わった時が終わりの時なのです。

ファシリテーターはこの原則を参加者全員に周知して、OSTによる対話の場を作っていきます。

OSTの進め方

OSTの生まれた背景や原則・法則を説明しました。最後にOSTの進め方の一般的な例を示します。OSTは1日で開催される時もあれば数日にわたって開催されるときもあります。大人数の場合も、さほど人数が多くない場合もあります。それによって進め方も様々です。また、対話を重視する場合と、対話で発見された課題の解決策まで考える場合と、OSTの開催趣旨によっても異なるでしょう。あくまで一例として参考にしてください。

  1. オープニング
  2. 参加者からテーマを募る
  3. セッションの時間と場所を決める
  4. セッションを行う
  5. まとめと共有

1. オープニング

椅子を円に並べて会場を作り参加者を待ちます。参加者は好きな椅子に座ります。椅子を円に配置する理由は、普段とは違う雰囲気であることを参加者に示すためと、上座下座がないようにするためだそうです。参加者全員の顔が見える効果もあるようです。参加者が揃ったら、ファシリテーターは円の中心で、4つの原則と移動性の法則を説明します。

2. 参加者からテーマを募る

ファシリテーターは、参加者にOSTで扱いたいテーマを募ります。円の中心にはA4サイズの紙とペンを用意しておきます。参加者には勇気が必要ですが、席を立ち、円の中心に向かい、自分が思うテーマを紙に書きます。そして他の参加者に向かってテーマの説明をします。

3. セッションの時間と場所を決める

参加者が好きなセッションを選べるよう、どのテーマが、どの場所で、何時から話し合われるのかを決めます。同じようなテーマがある場合はマージしてもしなくてもどちらでもいいです。それも参加者に委ねます。参加したいセッションと自分が提案したテーマが同じ時間帯に重なるときもあるでしょう。そういった場合のアレンジも参加者に委ねます。ファシリテーターは参加者に指示はせず、参加者が自主的に動くように問いや提案をします。2~3までの参加者からテーマを募る場と流れを 「マーケットプレイス」 と呼びます。

4. セッションを行う

3で決めた時間と場所で各セッションが行われます。チョウが集まって新たなセッションが設けられることもあるでしょうし、もっと話し合うべきと決めたグループがあれば、場所を移して時間を延長して話していることもあるでしょう。

5. まとめと共有

各セッションの結果はセッションごとに模造紙などに簡潔にまとめます。このまとめは、セッション参加者にとっての対話のまとめになるだけでなく、対話の大事なポイントがセッションに参加していない人たちにも伝わる効果があるのでしょう。まとめた結果は、壁に貼っておいて自由に見てもったり、発表したりとバリエーションがあります。OST自体が数日間にまたがる場合は、前日のセッションに参加できなかった参加者が内容をキャッチアップするためにも使えます。対話の結果をまとめ、共有する作業を 「ハーベスト(収穫)」 と呼びます。

エンタープライズアジャイルの集いでの進め方

エンタープライズアジャイルの集いでは、2日間にまたがるOSTが行われました。両日ともに10名強の参加者がおり、1日目と2日目で数名の入れ替わりがありました。

スケジュールですが、1日目の午後が課題の発見に、2日目の午前中が解決策の探索に充てられました。1日目の終わりにセッションの結果を模造紙にまとめ、2日目にそれをインプットに解決策を考えるという進行でした。

OSTの様子

オープニングは上で説明したように、椅子を円状に配置しました。いつもとは違う雰囲気なので、参加者は多少緊張した感じで思い思いの場所に座っていたように見えました。ファシリテーターからOSTの説明があったあと、アイデアを募りました。アイデアは、事前に参加者にお伝えしていた「アジャイル開発の活用を推進する際の障害と解決策を考えよう」というお題で募りました。なかなかアイデアが出ないかなと私は思いましたが、次々とアイデアがが出てきて、驚きました。

全部で9つのテーマが提案されました。下の写真のアルファベットはテーブルの名前です。このようにして会場に貼り出しておくと、参加者全員がいつどこでどんな話し合いが行われるのかを確認できるので、ハチとして飛んでいったり、興味のない時間帯はチョウとして振る舞ったりすることがやりやすくなります。

提案されたテーマ

下の写真は、テーマに分かれて対話している様子です。個人的な内容が含まれるので、対話の内容はここに書けませんが、どのセッションも活発な話し合いがありました。ホワイトボードにマインドマップを使って会話の内容をまとめたり、会話に集中したり、進め方はセッションによって様々でした。

話し合いの様子

私はいち参加者として参加していました。1日目のセッションでは課題の発見だけでなく解決策まで話し合われていました。OSTでは起こったことが全てですが、対話が少ないと問題の理解が浅くなっていたかもしれないなと、帰路の途中でふと思いました。セッション参加中はこの記事を書くための写真を撮るのも忘れて会話していましたが。恐らく参加者は(ソフトウェア)エンジニアなで、普段のお仕事が問題を解決することなので、無意識に、すぐに問題解決モードに入ってしまうからかもしれません。参加者の客層によっては、進行上の工夫が必要なのかもしれませんね。

また、事前に考えたセッションが開催されなかったものもありました。似たような話合いを先の時間枠で済ましてしまったとか、人数が集まらなかったなど、いくつかの理由が考えられます。ですが、これもOSTですね。起こるべくして起こったと考えるべきでしょう。

Woody Zuillさんも飛び入り参加

前日に Agile Japan 2018に登壇された、Woody Zuillさんが急遽立ち寄ってくださり、われわれの議論にもコメントをいただきました。視野を広げさせられるコメントで、自分達の思い込みに気づくことができました。下の写真はWoodyさんのコメントを聞いている一コマです(実は上の写真にも写っています)。

話し合いの様子

2日目は、1日目に話し合われたテーマの中から、各参加者またはグループが1つ以上選択し、直近3ヶ月でできるアクションプランを考えるという時間でした。各自、思い思いのアクションプランを発表後、集いは終了しました。

まとめ

OSTの概要、移動性の法則と4つの原則などのルールを説明し、エンタープライズアジャイルの集いでの進め方を事例の一つとして示しました。

OSTは、参加者が話したいテーマ、解決した課題を持ち寄り、参加者が対話の場を作っていって、参加者どうしで話し合う場です。エンタープライズアジャイルの集いでは、多くの参加者が初対面で、かつOSTをご存じない方が多くいらっしゃいました。そのため、対話が弾むものなのか心配しましたが、まったくの杞憂でした。たくさんの活発な話し合いとアイデアが出てきたように思います。私も、自分が運営しているアジャイルコミュニティでOSTベースのワークショップをしていますが、改めてOSTの凄さを認識しました。