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アジャイル

エンタープライズアジャイルの集い 基調講演レポート

新規事業は仮説検証のくり返し
株式会社オージス総研 アジャイル開発センター
木村めぐみ
2018年8月21日

2018年7月20日、21日にエンタープライズアジャイル勉強会主催のイベント「エンタープライズアジャイルの集い」が開催されました。イベントは基調講演とOpen Space Technology (OST) ※で構成され、アジャイル開発の活用を推進されている方々を中心に多くの方々が参加されました。本記事ではコクヨ株式会社 山崎様による基調講演「老舗文具メーカーでクラウド・スマホアプリ新規事業立ち上げへ挑戦」の内容を聴いて筆者の印象に残ったことを紹介します。なお、記事中の見出しも含め、筆者なりの理解で記載したものです。その点についてご了承ください。

また、同タイトルの基調講演が過去にエンタープライズアジャイル勉強会「蓼科合宿」にて実施され、オブジェクトの広場に「エンタープライズアジャイル勉強会蓼科合宿参加レポート」を掲載しておりますが、異なる筆者によるレポートということで本記事を掲載いたしました。

※Open Space Technology (OST) のイベントについては『参加者がつくる対話の場 オープンスペーステクノロジー』にレポートがありますので、合わせてご覧ください。

 エンタープライズアジャイルの集い

基調講演「老舗文具メーカーでクラウド・スマホアプリ新規事業立ち上げへ挑戦」

 基調講演山崎様

講演者:コクヨ株式会社 事業開発センター シニアスペシャリスト 山崎 篤様

コクヨは、創業1905年、100年以上続く老舗の文具・家具メーカーです。主力商品であるキャンパスノートは年間1億冊を販売するそうで、誰もが知っている文具でしょう。(「 キャンパスノートの歴史 」を見ると、懐かしいデザインが見られます。どのデザインのノートを使っていたかで世代が分かるそうです。)

講演者の山崎さんは、コクヨでは経験やノウハウが全くないソフトウェア開発分野での新規事業立ち上げをされてきました。講演では、新規事業立ち上げに際して遭遇された課題や解決策などさまざまな体験談をお聞かせくださいました。

講演の中でご紹介のあった新規事業

山崎さんは新規事業を手掛ける部門に所属され、社内にノウハウがない中で複数の新規事業を立ち上げておられます。

 今日の話

図.講演でご紹介のあった新規事業(山崎様のご講演資料より引用)

2004年にインターネットサービス「 @Tovas(あっととばす) 」を提供開始、2011年にスマートフォン対応ノート「 CamiApp(キャミアップ) 」を発売、2014年にはデジタルノート「CamiApp S(キャミアップ エス)」を発売されました。

@Tovasは提供開始から今年で15年目。サービス提供開始当初のサービス内容をピボット(方向転換)し、インターネットFAXと帳票の自動送信という新しいサービス内容で多くのユーザーを獲得しています。スマートフォン対応ノートCamiAppも100万冊を超えるヒット商品に。デジタルノートCamiApp Sは介護業界において手書き入力支援ツールとして活用されています。

素晴らしい成功を収めている新規事業を、ソフトウェア開発分野でのノウハウが社内にない中でどのように立ち上げ、継続されてきたのでしょうか。以降は、講演を聴いて私が印象に残った内容を、講演とは異なる構成になりますが紹介します。
※本文中のスライド画像は山崎様からご提供いただいた講演資料から引用しました

ギブギブギブテの精神で得られること

ソフトウェア開発分野でのノウハウが全くない中、最初に立ち上げた新規事業はインターネットサービス@Tovasでした。当初はパソコンからのFAX送信と大容量ファイル送信を中心としたデータ送信サービスを提供。しかし、同じころ、無料の大容量ファイル送信サービスが出てきてそのサービスの認知度が上がり、有料の@Tovasが同じサービスで競争するのは難しくなります。そこで、@Tovasのサービス内容をパソコンの世界から基幹システムの世界へとピボットし、帳票データをFAXやファイルで送信するクラウドサービスに転換しました。

 @Tovasのピボット

図.@Tovasのピボット(山崎様のご講演資料より引用)

ピボットする際にも、社内に使えるノウハウやリソースはありません。社内にないなら社外メンターを見つけて話を聞く。ただし重要なのは、一方的に教えてもらうのではなく「ギブギブギブテ」の精神で行く、ということでした。

「ギブギブギブテ」というのはコクヨ社内で浸透している言葉です。ギブ アンド テイクではなく、ギブ、ギブ、ギブ アンド テ(テイクでなくテくらいに留めておく)くらいでいるのが良いという考えだそうです。そのことを実践されるために、山崎さんは業界団体に入り委員会や研究会などで多数活動されています。プロフィールにはASPIC(特定非営利活動法人ASP・SaaS-Cloud・コンソーシアム)理事、MIJS(メイドインジャパンソフトウェア)コンソーシアム副委員長を兼務されている他、日本のクラウドサービスの普及啓発活動に取り組まれていることが記載されています。

まずは人の役に立つ活動をすることで結果的に多くの人に出会え、新しいサービスの課題解決につながる話を聞くこともできるとのこと。@Tovasのサービスをピボットする際も、こうして出会った社外メンターから話を聞いてヒントを得られたそうです。

社外での活動は人材の発掘にもよい影響があるようです。パートナーの発掘や中途採用においても、社外での活動で出会った方の中から自分で見つけて来ることがほとんどとのことでした。

まずは始める、ニーズが変わればピボット

 CamiApp

図.CamiApp(山崎様のご講演資料より引用)

100万冊を超えるヒット商品となったスマートフォン対応ノートCamiAppの企画は、もともとは社内の新規事業提案プロジェクトで集まった、組織も専門も異なる山崎さんら4人が業務時間外に練り上げたもの。その4人の中にキャンパスノートのスペシャリストや専門店営業部長が入っていたこともノート製品であるCamiAppの活動を進めやすかった理由のようです。期中から始めた非公式の活動なので予算もなく、しかも業務時間外での活動スタートでしたが、とにかく始めて形にしていきました。

しかし、発売予定時期も決まっていた時点で競合製品が先行して発売されることが分かります。当初計画の発売予定時期を延期することになりましたが、当初の機能はピボット。使うときの手間を簡略化するよう機能をシンプルにして差別化を図りました。

過去の新規事業では、サービス開始時から何かと不安で用意し過ぎたという失敗があったそうです。CamiAppは当初の予算がなく非公式でありながら素早く柔軟に活動を進められたのは、まずは始めることの重要さを知っておられたからではないかと思いました。CamiAppはリリース後もアプリを更新しながら長寿アプリとして現在に至っています。

デジタルノートCamiApp Sの新規事業ではまず小ロットのオリジナルハードウェアの生産方法を考える必要がありました。一般的にはオリジナルの小ロット生産は実現が難しいそうですが、CamiApp Sは企画、設計・生産、販売を他社と提携し、小ロットのオリジナルハードウェアの生産を実現しました。

講演中、リーンスタートアップという言葉も出てきましたが、コストをかけすぎず、まずは始める。そして、ニーズが変化すればピボットする、ということを実践されています。さらに始めた新規事業を継続するために、たとえば社内稟議の言葉にも役員の理解を得られるように気を遣う、そういったことも新規事業には必要だということを教えていただきました。

来る者は歓迎し、去る者は追わず

プロジェクトメンバーについてのお話も伺いました。

CamiAppは有志の4人から始まりましたがいずれも兼任です。4人だけでは足りずメンバーを増やしたのですが、おもしろそうだから自分で参加する方もいれば誘われたから参加する方もいたそうです。業務外で活動しているため、業務が忙しいなどの理由で途中からCamiAppの活動に参加できない人も出てきます。でも途中で参加できなくなった人を非難したりせず、去りたい人は自由に出ていくことができるようにされたそうです。ただし、役員や社長に出す資料には、CamiAppに加わったメンバーの名前を途中で抜けた人も含め全員載せる。このような配慮をしつつ、来る者は歓迎し、去る者は追わず、の精神でプロジェクトを運営されました。

去ることをマイナスでとらえず、少しでもプロジェクトに貢献してくれた人へ感謝の気持ちを表すチームの姿は、どんどん真似したい良い例だと思いました。

常識にとらわれない「はじめて」の強み

初めて事業を立ち上げるとき、常識にとらわれることがない、ということが良い方向に作用するというお話に、なるほどと思いました。たとえば、その分野の専門家であれば経験や知識があります。専門分野の製品を作るとなれば、頭の中で工程が分かりリリースまでに必要な期間も計算できるでしょう。しかし、この常識が思考を邪魔をする場合があります。もし常識にとらわれなければ、この工程になぜこんなに時間がかかるの?という疑問が出て課題が明らかになることもあるからです。

 はじめての

図.はじめてがうまくいく理由(山崎様のご講演資料より引用)

常識をこわすことで良い発想が生まれることはあるでしょう。また、初心者であれば業界の暗黙ルールにとらわれずにサービスを検討することもできる。初心者は何をやっても大丈夫、という言葉が力強く響きました。

ただし、社内リソースが使えない、ノウハウがないなど最初はうまくいかないのも新規事業です。しかし、新規事業というのはそういうもの、とも山崎さんはおっしゃっていました。そんな時山崎さんは、先に書いたように、業界団体での活動などを通じて出会った社外メンターに話を聞き、必要な人材もその人脈で見つけて解決に向けて動かれました。

新規事業は仮説検証のくり返し

新規事業は仮説検証のくり返しです。ここで注意すべき点は自分で立てた仮説を全面的に信頼しない、ということだそうです。そこは、徹底して検証をし、必要であればピボットするということなのでしょう。コクヨでは顧客にPULL(指名買い)されるために「誰に」「何を」提供するか、徹底的に検討されるそうです。新規事業も同様、新しく提供するサービスや商品がPULLされるために、とことん「誰に」向けた商品か明確にします。CamiAppのときも、イベントなど外に出て行き顧客のニーズを調査するなどイベント漬けの日々だったそうです。

基調講演を聴いて

山崎さんのご講演の@Tovas、CamiApp、CamiApp Sの新規事業立ち上げの話はエピソードの一つ一つが貴重なご体験で、非常におもしろく聴かせていただきました。伺った内容は、新規事業だけでなくプロジェクトを成功させたり、仕事の取り組み姿勢にも参考になるような様々なエッセンスがちりばめられていたと思います。

ついつい、自分で立てた仮説を全面的に信頼することを”情熱”と勘違いし、”情熱”をかけないと新規事業の立ち上げは難しいと思ってしまいがちだったのですが、仮説検証をくり返して事業の方向性を軌道修正するには無駄な”情熱≒こだわり”は軌道修正の障害ともなり得、でも、いいプロダクトを作りたいという情熱がなくては事業継続は難しく、こだわりと情熱のバランスをうまく取れることが必要だと感じました。山崎さんの講演の中で、新しいチャレンジが楽しい!という言葉がありました。新規事業や新しいチャレンジが楽しい、おもしろいと思えることで情熱のバランスがうまく取れるのでは、と思いました。