WHILL は、シリコンバレーと東京で、主に車椅子ユーザ向けパーソナルモビリティデバイス(個人用移動機器)を開発しているものづくり系スタートアップです。「車椅子に対するネガティブなイメージを覆したい」というミッション実現のためデザイン性や機動性に優れた製品を開発しています。今回、Kickstarter上で展開されたプロジェクト支援者を本社に招待するイベントが開催され、筆者も「あのカッコイイやつに乗れる!どう開発しているのか聞ける!」と思い、参加しました。その際に垣間見たWHILL開発の舞台裏をご紹介します。
なお、本編ではWHILL社のご厚意により許可頂いた画像・リンクを掲載しております。
本「シリコンバレー滞在記 2014」シリーズでは、筆者がサンフランシスコ駐在中に経験したことや現地でのイベントの模様を中心にお伝えしています。合わせて他記事もご覧ください。
WHILLとは?
WHILLは、日産・ソニー・オリンパスといった日本の代表的なメーカー出身の若手技術者(筆者と同世代の82〜83年生まれ)たちが2010年7月に設立したスタートアップです。2011年にCAMPFIRE上で次世代のパーソナルモビリディデバイスのプロトタイプを開発するための資金調達プロジェクトを立ち上げた後、プロトタイプの開発に成功、国内では一躍脚光を浴びました。その後、有名なスタートアップ向けのインキュベーションプログラム 500 Startup に採択され、2014年末には日米で製品をリリースを予定しています。
車いすのネガティブなイメージを変える WHILL Model-A
WHILLが開発している製品は、主に車いすユーザを対象とした「パーソナルモビリティデバイス(個人用移動機器)」というジャンルの製品です。WHILLのファウンダー達が次世代のデバイスについて個人のプロジェクトとして検討していた際に、車いすユーザから「100m先のコンビニをあきらめてしまう」という声を聞いたことをきっかけに開発を始めたそうです。開発当初から掲げているビジョンは、斬新なデザインで車いすに対するネガティブなイメージを覆すこと、従来の車いすでは躊躇してしまう道にでも出かけられる高い機動性を提供することです。
このデザイン性・機動性はシリコンバレーでも脚光を浴び、決して安くはない製品ではあるものの、新しい製品が好きな富裕層を中心に、2014年末を予定している第1号機の受注も順調に進んでいるようです。(動画)
本社に到着もつかの間、早速試乗!
まずは、本社に到着後、社員の皆さんや他の支援者の方々と自己紹介を済ませた後、WHILLの社員から試乗を勧められ、早速試乗してみました。左手にあるボタンで電源を入れた後、左側のレバーで3段階の速度調節、右側のレバーで方向を変えることができます。筆者は初試乗のため恐る恐る、ゆっくりしたスピードで走っていますが、CEO 杉江理氏の試乗の通り、比較的速い速度で走ることもできます。
まず、操作性が直感的で特に説明を受けなくても乗りこなせることに驚きました。また、デザインもかっこよく、製品に対する感想を求められて、即座に「かっこいいです!」と答えました。(動画)
新しいものを作る情熱とビジョンを具体化するスキルが初期のWHILLを支えた
次は、CEO 杉江理氏によるWHILL設立舞台裏から現在のリリース計画までの紹介。上述の通り、WHILLは2010年ごろに大手メーカーの若手3名によって設立されていますが、それ以前から3名で集まっては未来のデバイスについて意見交換し、実際に試作する活動を続けていたそうです。その中で、WHILLが注目を集めたため、実際にCAMPFIREを使って資金調達をし、本格的な試作を始めたそうです。
筆者はWHILLがこれまで順調に成功した背景の1つが、この設立以前からの施策活動にあると考えました。彼らは単にビジョンを掲げるだけでなく、新しいものを作ろうとする情熱があり、ビジョンを皆が納得できるようなプロトタイプまで具体化するスキルを持ち合わせていたのです。
公共の場での利用で知名度を上げる計画を検討中
CEOのプレゼン後半は今後の販売計画についてでした。500 startupsに採択された後は、法律面や安全規格などの実際に製品を出す上で課題になる点を専門家の支援を受けて解決した後、2014年末、無事に製品をリリースする予定であるとのこと。2015年以後も量産化を進め、販売コストを下げ、販売台数の拡大を目指しているとのことでした。
新しい製品のため、最初の段階では知名度を上げることが重要ですが、この点は現地採用のセールスマネジャーがシリコンバレーの美術館・空港などと提携する計画を検討されているようでした。初期段階で想定しているユーザは、比較的富裕層で、社交的な障害者の方であり、美術館や空港などの公共の場で利用してもらい、一目に触れてもらうことで、一般の人の間でも知名度を上げていく方針とのことでした。
これまではスタートアップや投資に関心のある層から注目を集めていましたが、実際に製品を購入する層とは必ずしも一致していないそうです。そのため、実際に購入者層である車いすユーザーに利用してもらうこと、そしてその周辺の人に知ってもらう上で重要な施策だと思いました。
ハードウェア製造の技術革新がものづくりスタートアップを可能にした
最後に開発担当者から実際に過去のプロトタイプを見せながら、試作の取り組みや製品の技術上のこだわりについて紹介がありました。(動画)
試作は従来数千万円単位の資金がかかるものであり、資金が豊富である大起業でしかできなかったもののようです。しかし、近年、ソフトウェアやハードウェアのオープンソース化や製作環境の進化、さらに会員制のものづくり工房などが誕生して試作機を借りれるようになったことで、よって試作コストが劇的に下がったそうです。500万円で最初の試作を完成させることができるようになったそうです。WHILL誕生の背景にはこういった技術革新の支援があったようです。
(余談:WHILLはシリコンバレーにある会員制ものづくり工房 TechShop でも試作を行っていたそうです。WHILL本社訪問後、他の支援者とTechShopを訪問した際には、いただいたWHILLのTシャツを着ていたため、WHILLの社員と勘違いされ、Tech Shop 会員の皆さんから「WHILLの車いすはカッコイイよな!」と声をかけられました。地元で大人気のようです^^;)
拠点ごとの役割分担:東京でR&D、シリコンバレーでマーケティング・セールス
開発担当者によると、WHILLは東京とシリコンバレーに拠点があり、役割分担がはっきりしています。現在、世界最大市場である北米をターゲットにしているため、シリコンバレーでは北米市場を熟知したマーケティングやセールスといった人材を採用しており、実際のR&Dや製造は東京で行っているそうです。
シリコンバレーでエンジニアは雇用しないのかという疑問も感じましたが、シリコンバレーの賃金水準が高過ぎる点や、製造のスキルを持った人材が少ない点がネックになっているそうです。特に人材の面に関しては、北米では製造業が過去に衰退し、ハードウェア製品を販売している主要企業もほとんどファブレス起業である点が強く影響しているのではないかと思いました。WHILL製品の外観で特徴的な曲面を活用した外装のような加工を高いレベルでできるエンジニアはシリコンバレーでは見つけるのが困難であり、人材が豊富にいる日本を含め、アジアでR&Dや製造を行う方針は適切だと感じました。また、経済が停滞している日本ですが、WHILLのような役割分担を行えば、日本の強みを活かせるという好例ではないかと感じました。
(以下は東京でのR&Dの様子はこちら)所感
WHILLのメンバーの皆さんは、若く、明るく、前向き、フレンドリーで、絵に描いたようなシリコンバレーのスタートアップという印象でした。楽しく試乗できただけでなく、技術的な話、企業のオペレーションの話もでき、満足度の高い訪問でした。
今回の訪問前から「(製品リリースはまだなものの)WHILLはなぜこれまで成功してきたのか?」を考えて、Webの記事を読みました。ハードウェアの技術革新で試作コストが下がったこと、ピッチイベントやインキュベーションプログラムに採択され、製品開発・販売が一気に軌道にのったことはあるとして、最もコアにあることは設立者3名が持つ「技術で人を幸せにする、社会をより良いものにする」というマインド、実際に投資家を納得させる具体的な試作品をつくるスキル、そして苦労を乗り越えて試作を完成させる情熱がコアにあるのだと考えました。事業を成功する上での技術的な部分は技術革新や専門家の支援で解決できる部分もあると思いますが、WHILLのコアにある部分はスタートアップをやる上で一番欠かせない重要なパーツだと思いました。
私自身もこちらで知り合った仲間とプライベートでプロジェクトをやっていますが、技術的な方に走って、誰にどんな価値を届けるかというコアの部分を忘れないようにしようと思います。
最後になりましたが、支援者を暖かく迎えていただいたWHILLの皆さん、楽しいイベントを開催していただいてありがとうございました!