筆者は、ベイエリアで知り合ったインド人2名とチームを結成し、 AT&T Hackathon @ Super Mobility Week - Code for Car & Home に参加しました。本ハッカソンでは、AT&TのAPI と各種ベンダーから提供された IoT 用ハードウェアとソフトウェアを活用し、connected car と connected home 向けの新しいアプリケーションを作成しました。本イベントにて開発者とベンダーが共同でイノベーションを起こす過程を体験しました。本記事では、ハッカソン開催の背景も合わせてお伝えします。
なお、本「シリコンバレー滞在記 2014」シリーズでは、筆者がサンフランシスコ駐在中に経験したことや現地でのイベントの模様を中心にお伝えしています。合わせて他記事もご覧ください。
イベント開催の背景: モバイル技術が既存の産業を変革している
本ハッカソンは、Super Mobility Week というイベントの一環として9/6 - 7 にラスベガスにて開催されました。Super Mobility Weekは、モバイル技術に関する北米最大規模のカンファレンスです。住宅・健康・金融・自動車・小売・メディア・通信といった多様な業界の企業が世界中から集結し、モバイル技術を使った「Connected Life(機器同士がつながることによって生まれる新しい生活)」をテーマにセッションや商談を行っています。
多様な業界の企業がモバイル技術をテーマにしたカンファレンスに集う背景としては、これまでECやソーシャルネットワークサービスといった一部の部分でしか十分活用されていたなかったモバイル技術の活用範囲が徐々に既存の業界に及んでいることが挙げられます。例えば、ハッカソンのスポンサーになっている Hertz は1918年に設立された老舗のレンタカー企業ですが、モバイル技術を活用したカーシェアリング企業 Elio を2008年に買収し、より利便性の高いカーシェアリングサービスを開始しました。Hertz のサービスでは、モバイルアプリで車を予約し、利用時にはキーホルダー程度のサイズの小型デバイスをかざして開錠を行うことができます。こうしたモバイル技術によって、以前ではかなり複雑だった車のレンタル手続きが簡素化され、消費者にとっては非常に快適に自動車をレンタルできます。こうしたモバイル・Webサービスなどを活用した新しいサービスをスタートアップが始め、既存企業が追従することで、モバイル技術によって既存産業サービスの利便性が向上しています。
ハッカソンスポンサー以外で直近の例を言えば、スタートアップである Uber がタクシー業界を、Airbnb がホテル業界でイノベーションを起こしています。タクシー業界においては、Uberに対抗するために配車用のモバイルアプリを改善する企業も出てきています。モバイルアプリを今まで開発してこなかった既存の企業においても新しいモバイル技術を取り入れて、競争力を確保することが重要な時代になっています。
こういった背景の中、開催された本ハッカソンでは、「Connected Life」の中でも特にアメリカ人にとって生活の中心であり、巨大な市場でもある自動車と家をつなぐアプリケーションがテーマとして設定されています。両市場には個別にモバイル技術を使った新しいサービスが生まれ、主に利用手続きの効率化の面で普及しています。しかし、両者をつなげ、生活全体を快適にするようなサービスはまだ登場していません。AT&Tおよびスポンサー企業の狙いとしては、開発者に対して開発キットを提供し、新しいサービスのアイディアを具体的に実現してもらい、今後のビジネス展開のヒントを得たいと考えていると思われます。
「ラスベガス」らしい豪華なハッカソン!
ここからは、どのようにAT&Tハッカソンが開催されているかについて紹介します。
審査
ハッカソンはサイトに書かれている通り、スポンサー企業が賞金・商品を提供する賞が用意されています。各賞の受賞条件は、スポンサーの製品・APIなどを活用することです。各チームは、1次審査時にどのスポンサーの製品・APIを使っているか申告します。
ハッカソン2日目に、各スポンサーがプレゼンテーションの質、アイディアのオリジナリティ、実現の困難さ、アプリケーションの完成度といった観点で評価します。
審査は3段階あります。
- 1次審査:各チームのテーブル上にて審査員向けにピッチを行います。勝ち残った上位16チームのみ2次審査に進みます。
- 2次審査:上位16チームが壇上に上がってピッチを行います。その際、審査員に選ばれたチームが各賞の商品・賞金をゲットできます。
- 3次審査:2次審査の上位チームは3日目まで残り、VIPルームでAT&Tの幹部や投資家向けにピッチを行うことができます(事業化に向けてのディスカッションもできます)。
チーム形成
チームの組み方は自由ですが、基本的に賞を狙っている人は事前にチームを組み、テーマを設定して来ている場合がほとんどです。
ただし、Super Mobility Week 参加者などが個人でハッカソンに参加している方と、その場でチームを形成することもできます。そのため、私のチームのようにハッカソンを通じて一緒にチームを組んだり、ハッカソンはネットワーキングの効果も果たしています。
開発
なんとスポンサー提供が各種開発キットを無料で提供してくれます(返却不要)。個人で購入する場合に費用が多額になるため、非常に助かります!
- デバイス、開発キット、Web API、IoTのフレームワークなどいろいろ提供されています。本チームが利用した技術については後で紹介します。
スポンサー企業の社員がスポンサーブースに待機しており、スポンサー提供の開発キット・APIについて常に質問することができます。かなり熱心に対応してくれる企業が多く、一緒にデバッグを手伝ってくれる場面もありました。
食事
もちろん2日間の3食(飲み物つき)は無料です!豪華なホテルの食事ということで、ハッカソンにしては珍しくおいしい料理が食べられました。
開発テーマ:個人間のカーシェアリングサービス
ここからは筆者のチームおよび取り組んだサービス内容について紹介します。
筆者のチームは、6月に開催された API Days San Francisco Hackathon という connected car をテーマにしたハッカソンで結成されました。その後、AT&T ハッカソンのテーマについて議論を重ね、我々の共通の関心事である connected car を中心に、AT&T ハッカソンのテーマの1つである connected home を自然に組み込める「個人間のカーシェアリングサービス」を主テーマとして設定するに至りました。
カーシェアリングをテーマに設定した背景としては、アメリカの自動車社会における自動車利用の非効率さが挙げられます。アメリカは日本ほど鉄道網が発達しておらず、多くの人が都市部近郊ですら自動車を移動手段として利用しています。1 日の自動車利用時間は 2 時間程度であり、そのために多くのコストを負担しています。さらに、週末に遠方へ旅行した際は高い利用料金を支払い、さらに車をレンタルする場合もあります。鉄道網が発達していない中、貴重なリソースを有効利用する上では、カーシェアリングは日本以上に大きなテーマです。
そこで、本チームはアメリカでのカーシェアリング促進のため、個人間のカーシェアリングサービスをテーマとして設定しました。ベイエリアでは、すでに見知らぬ個人間で自動車を貸し借りするカーシェアリングサービスとして、 getaround や relayrides が人気を集めていますが、本チームでは既存のサービスに対して感じている問題点をモバイル技術を使って解決しようと試みました。
個人同士のカーシェアリングサービスにおける技術的な課題
次にハッカソン内で本チームが取り組んでいた技術的な課題について紹介します。
シナリオとしては、以下の流れを想定しています。
- 貸し手が借り手のレンタル予約を承認する
- 借り手が貸し手のガレージを訪れる
- 貸し手がガレージを開けて車のエンジンをかける
- 貸し手が車を運転する
- レンタル期間が終わると、貸し手が借り手のガレージに車を返す
その中で、メンバが既存のカーシェアリングまたはレンタカーを利用際に感じる問題点を connected car や connected home の技術で解決しようと試みました。
(注意)以下は今回のハッカソンでデモする意味がある部分(connected car や connected home といった技術に関連の強い部分)にフォーカスしています。
貸し手の課題
課題 | 解決のためのアイディア | チームの狙い |
---|---|---|
(セキュリティ)貸し手と借り手で時間が合わないとキーの受け渡しができない。 | (1) リモートからの本人確認: キー受け渡し時に本人確認がリモートからでもできるようにする。 (2) 電子キー: 自動車とガレージの鍵をリモートから受け渡しできるようにする。 |
利用手続きの自動化。 |
(安全) 借り手に安全運転をしてもらい、問題なく車を返してもらいたい。 | (3) 安全運転の指示 もし借り手が危険な運転(急加速・急ブレーキなど)をしている場合は安全運転を指示する。 |
利用手続きの自動化。 |
借り手の課題
課題 | 解決のためのアイディア | チームの狙い |
---|---|---|
(ユーザビリティ)車種が違うと車の操作方法が分からなくなる。 | (4) 音声による共通操作 音声で社内の機器を操作できるようにし、共通の操作環境を提供する。 |
ハンズフリー環境による利便性の向上。安全性の向上。 |
システム概要と実現方法
以下にハッカソンで実現しようとしたシステムの概要を示します。 大きく分けて、デバイス部分は車載ユニットとホームユニットに分かれており、両者はクラウド上のサーバを通じて通信し合います。
- 車載ユニット(Kinoma Create)
- 自動車のヘッドユニット(オーディオ機器、ナビなどが接続される部分)にあたります。
- 「(3) 安全運転の指示」において、運転手向けにリアルタイムの情報提示を行う際にディスプレイが必要になったため、最初からディスプレイが付属しているハードウェア開発キットの Kinoma Create (日本未発売)を活用しました。
- 「(2) 電子キー」や「(4) 音声による共通操作」も車載ユニットが担当します。
- ホームユニット (Arduino、Raspberry Pi、AllJoyn)
- 貸し手のガレージを制御します。
- センサーやデバイスの制御はArduinoで行い、サーバとの通信はRaspberry Piで行います。
- クラウドサーバ(Heroku上のNode.js)
- 各ユニット間をつなげたり、予約手続きなどのバックエンド処理を実現します。
解決のためのアイディア | 実現方法 | 利用技術 |
---|---|---|
(1) リモートからの本人確認 | ・予約時にプライベートキーを生成し、貸し手(車載ユニット、ホームユニット)の双方に送付しておく。 ・近接センサーを使って、借り手が実際に貸し手のガレージを訪れていることを確認する。 |
・プライベートキーの生成には S/KEY というワンタイムパスワード方式を使う。一定期間が過ぎればキーを破棄する。 ・各ユニットとサーバには WebSoekct サーバを立ち上げておき、WebSoekctで通信を行う。 ・近接センサとしてQualcommの “Gimbal” を活用。ガレージに設置したセンサーと借り手のモバイルアプリがBluetoothで通信し、サーバに距離を通知する。 |
(2) 電子キー | ・ガレージを開けたり、自動車を施錠する際に借り手から貸し手のプライベートキーを照合することで認証を行う。 | ・プライベートキー生成は上記の通り。 |
(3) 安全運転の指示 | ・借り手の運転記録を常時収集し、乱暴な運転があった場合は、車載ユニット上に警告を出す。 | ・運転記録はMojioのガジェットを自動車に接続することで収集し、イベントスポンサーであるMojioのREST APIにより急加速・急ブレーキなどのイベント有無をサーバ側で検出する。イベントを検出した場合は、車載ユニットに警告を指示する。 |
(4) 音声操作による共通操作 | ・ドアの施錠・開錠や音楽の再生と言った操作を声で指示する。 | ・音声認識には AT&T Speech API を利用。音声データをAT&Tのサーバに投げ、解析結果のテキスト情報を取得する。 |
結果:アイディアは面白いとの指摘を受けるも、残念ながら入賞ならず
チーム内に在米10年のインド人が2人いるにもかかわらず、チーム内の話し合いの末、筆者が1次審査のピッチを担当しました。本記事で述べたテーマ設定、課題、解決方法、技術的なアピールを説明し、審査員からは熱心に質問を受けましたが、結果は1次審査で落選。壇上に上がることすらかないませんでした。
審査員からは、「実現すると便利そうだし、技術的に面白いことをやろうとしている。ただし、問題が絞りきれておらず、アイディアが発散しているように見える。もう少しユニークでコンパクトな問題設定をした方が良い」とのコメントをいただきました。確かに図星のコメントです。現実的なサービスを意識しすぎて、問題設定が複雑かつあいまいな段階で、新しい技術を取り入れること、賞を狙うことを意識しすぎたことが反省点です。問題設定の段階で勝負が決まっていたのかもしれません。
上位入賞チームのアプリ
最後に、主要部門の上位入賞チームのアプリや審査結果について紹介します。公式サイトで審査結果が発表されていますので、詳細については公式サイトをご覧ください。なお、大会の模様もYouTubeにアップされていますので、興味ある方は参照ください。
上位入賞チームのピッチを見ての感想としては、アプリそのものはたいそうなアイディアではなく、問題自体はシンプルにし、各スポンサーAPIをうまく活用し、ピッチを分かりやすく面白くすると審査上は良い結果が出そうだということが分かりました。
Connected Car Challenge 部門
チーム | アプリ | 技術 |
---|---|---|
1位 Geotrack Ringback | 旅行計画をスマートフォン、タブレット、PCで作成し、友人や家族と共有できる。 ハンズフリーで、わずらわしくないコミュニケーション手段の提供が狙い。 自動的に位置情報を取得して、次の目的地を知らせてくれる。 アプリの操作は音声コマンドで行う。 |
・モバイル:Windows Phone ・モバイル操作:AT&T Speach API ・バックエンド:Windows Azure |
2位 Proximity Alert | スモールビジネス向けに配達時間のおおよその時間を通知する。現状の配達サービスは最大4時間の誤差がある。 | ・モバイル:Android / Windows Phone ・サーバ: Windows Server、SQL Server ・位置情報: ArcGIS、Mojio |
3位 RideSafe | 自動車の衝突防止。周囲に障害物がある場合に警告を出す。 | ・デバイス:Arduinos, nRf51822 Nordic Semiconductor, Bluetooth Smart, Sonic ping sensor, mbed. |
Home Automation Challenge 部門
チーム | アプリ | 技術 |
---|---|---|
1位 Car Bon | 密閉空間でCO2の排出レベルが一定以上になると、エンジンを切ったり、ガレージを開けたりする。 | ・デバイス:mbed ・センサー:SparkFun gas sensors ・モバイル: iPhone / Windows Phone ・自動車の制御:Ericsson Connected Car API |
2位 Avben Jr | 睡眠中の赤ちゃんを監視。何か問題があると親に通知。 | ・モバイル:PhoneGap ・サーバ:AWS、Eメール |
3位 WearableHome | 家庭や各種設備で発生した通知をウェアラブルデバイスに通知する。 | ・デバイス:AllJoyn ・モバイル: Android Wear |
所感
ハッカソンについて
ベンダーにとっては、自社製品・サービスのプロモーション手段として、参加者としては技術習得、ネットワーキング、ビジネスアイディアの検討の場として非常に良い場だということが分かりました。Webの時代だからこそ、やはりイノベーションに関係する当事者たちが顔を合わせ、短時間でアイディアを実現し、議論を行う価値は増していると思います。日本でもハッカソンの開催は増えています。こうした場を通じてイノベーションの種を作り、各参加者が職場やプライベートのプロジェクトに戻ってその種を育てていき、新しい製品・サービスが生まれていく循環ができれば、最初は当事者すら想定していなかったイノベーションを起こしやすい環境は作れるのではないかと思います。
スポンサー提供の製品・APIについて
特に connected home において分かりやすいキラーアプリケーションは登場していない印象はありますが、開発環境は徐々に整いつつあり、キラーアプリケーションが生まれる土壌はできつつあると思いました。ハッカソン中に調査した中では、以下のIoTを開発する上で必要そうな機能をそろえた完成度の高いサービス・フレームワークが登場してきています。
- AllJoyn:デバイス間通信のフレームワーク
- M2X: マシンデータのストレージおよびイベント・トリガサービス
- DeviceHive: デバイス・ゲートウェイ・サーバ間の通信用フレームワーク、およびデバイス管理のフレームワーク
今後も、労力を下げてくれる道具が整備されることで、具体的なアプリケーションの立ち上げが容易になり、IoT サービスが続々と登場することが期待できます。
自身の参加について
結果こそは振るわなかったものの、IoTがらみの技術動向(センサー、WebSocketなど)、そしてバックエンド・モバイルの技術習得を目標に挙げていたため、この点は大きな収穫がありました。また、ハッカソンで現地のエンジニアと仲間になれたことも良かったと思います。今後も、お互いに同じIoTのエンジニアとして日米の動向について情報共有しながら、切磋琢磨していこうと思います。
シリコンバレー滞在記の終わりに
昨年10月から始まったシリコンバレーでの研修も 9/30 で終了し、10月で帰国となりました。4回続いた本シリーズも今回で最後となります。
アメリカに来る前から日本とアメリカ(特にシリコンバレー)において、イノベーションの創出において歴然とした差があると思い、アメリカ企業で働きながら、そして現地のインド人とハッカソンに参加しながら、その背景を探ってきました。やはり、アメリカは、企業への投資額、世界的にレベルの高い大学・スタートアップ・VCの連携、新しいことを受け入れるアメリカの気風(日本では規制でできないビジネスは多い)、イノベーションを生み出すマクロな環境において日本とは歴然とした差があるように思います。一方で、個々の人というミクロな視点に注目すると、技術力があり、まじめで勤勉な日本人はシリコンバレーでも十分通用するということが職場での自分の体験や、シリコンバレーで活躍する日本人と話す中で分かりました。
マクロな環境はすぐさまに追いつけるものではありませんが、優秀で勤勉な人がそろっている日本でも、ミクロなレベルではハッカソンといったコミュニティ間連携の力を使って十分イノベーションを起こしてけるのではないかと思います。日本に帰国しても、日本から世界に向けて新しい価値を生みだすイノベーションを起こせるよう尽力していきます。
それでは皆様。ご愛読ありがとうございました。日本でお会いしましたら、よろしくお願いします。
シリコンバレー滞在記 2014 完