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インタビュー

マネジメント 3.0 の日本での伝道師ステファン・ニュースペリングさんへのインタビュー

後編 マネジメント 3.0 の日本の企業への適用とリーン・チェンジ・マネジメントとの出会い
2020年4月23日
Stefan Nüsperling
Stefan Nüsperling

2月に、マネジメント 3.0 の日本での普及に携わってこられたステファン・ニュースペリング (Stefan Nüsperling) さんにステファンさんのドイツでのアジャイル開発への転換のご経験、マネジメント3.0やリーン・チェンジ・マネジメントなどとの出会いを中心にお話を伺いました。後編では、マネジメント3.0 の他の日本の企業への適用についてお話を伺い、さらにリーン・チェンジ・マネジメントとの出会い、日本で暮らし始めた動機などについてお聞きします。(本記事の前編は、こちらです)

インタビュアー:藤井 拓

マネジメント3.0 について (続き)

―― なるほど。その後、マネジメント 3.0 にもっと注力するために別の会社に移る決断をされたのでしょうか?

ステファンさん― そうです。その会社との契約が終了し、社長も興味を失いました。また、営業成績も良くなかったので、彼はマネジメント 3.0 とアジャイル開発はもはや重要ではないと判断したのです。そして、私たちは営業成績を再び良くすることだけに注力しました。主たる利害関係者がいなくなったので、そのプロセスは大方止まりました。私の契約も終了しました。そこで、私は「どうしようか?」と考えたのです。少し調べて、日本でマネジメント 3.0 をやっている人がいないことを見つけました。私は、本当にマネジメント 3.0 が好きだし、それが日本の会社を救いうると信じて、ファシリテーターになり、自分自身の会社を設立してそれを教え始めることを決断したのです。

―― それは、2015年あるいは2016年頃のお話でしょうか?

ステファンさん― はい、3年ほど前の2016年10月です。

―― その後、マネジメント 3.0 を他の会社に適用する経験をさらに積んだと思います。様々な会社を比較した場合、最初に適用した会社は他の会社よりも難しかったのでしょうか?あるいは、そのような抵抗は他の日本の会社でも共通していたのでしょうか?

ステファンさん― 一概には言えませんね。すべての会社は異なります。例えば、私は最近日本の保険会社向けにワークショップを開催しましたが、その会社のマネジメントは本当にオープンな考え方を持ち、変革をしたいと思っていました。私は、これはとても素晴らしいと思いました。ほとんどの場合にマネジメントはそれほど支援してくれません。しかし、本当にマチマチです。あるゲーム開発会社は、自らのIT部門で多くのプラクティスを実装しており、IT部門のほとんどがマネジメント 3.0 を実践しています。彼らは、すべてとても前向きで興味を持っています。違う会社では、もっと難しくて、少数の人しかマネジメント 3.0 を信じていません。なので、私の経験では会社ごとに本当に異なるのです。

―― マネジメント 3.0 の導入の成功、失敗を左右する要因を識別できるでしょうか?

ステファンさん― 確実にマネジメントが最も大きな要因です。

―― マネジメントとおっしゃているのは、トップマネジメントとミドルマネジメントのどのレベルでしょうか?

ステファンさん― 両方です。

―― 両方なのですね。

ステファンさん― 私は、まず第1に最も重要なのはトップマネジメントだと思います。トップマネジメントが本当に確信して味方になれば、抵抗があってもよりよいマネジメントを通じてマネジメント 3.0 は推進できます。ミドルマネジメントだけが味方の場合、トップマネジメントは十分な勢いをもてないと私は思います。

―― アジャイル開発の導入とマネジメント 3.0 の導入は、相互に恩恵をもたらすと思われますか?

ステファンさん― そうですね。

―― アジャイル開発とマネジメント 3.0 を一緒に導入した方がよいでしょうか?マネジメント 3.0 単独の方がよろしいでしょうか?

ステファンさん― 両方とも可能だと思います。マネジメント3.0 単独も、マネジメント 3.0 及びアジャイルも、両方可能だと思います。まさに両方です。まさにあなたの状況次第で、あなた自身がそれを使うことができます。考え方は重要ですよね?プロセスよりも考え方が大事です。

―― なるほど。私の質問は、アジャイル開発によりいいチームが形成されているというような具体的な例があるか、ないかが多くの人たちに影響すると考えてのものです。人々が、具体的な行為無しに抽象的な概念を信じるのは難しいからです。アジャイルプロジェクトは、マネジメントがマネジメント 3.0 を学ぶための良い例になるかもしれません。このようなことを本当だと思われますか?

ステファンさん― 例えば、ある会社はほとんどマネジメント 3.0 だけを使い、アジャイルプロセスは使っていませんが、とてもうまくいっています。他の会社、とりわけ大きな外資系の保険会社では、アジャイルとマネジメント 3.0 を使っており、とてもうまくいっています。そうなので、より大きな会社であれば、組み合わせの方がよいでしょう。

―― また、そのようにアジャイル開発にも取り組んでいる会社がアジャイルプロジェクトである程度の成功を収めたら、その会社は遅かれ早かれマネジメントを変革する必要に気づくのではないでしょうか。マネジメントは、権限の委譲や迅速な判断を行わなければなりません。それで、マネジメント 3.0 を学ぶモチベーションが高まるのではないかと推測しています。

ステファンさん― そのとおりですね。先にお話をした外資系保険会社のように、マネジメントがアジャイルな考え方を持つことが本当に大事です。チームがスクラムまたはアジャイルを実践していても、マネージャーがその考え方を持っていなければチームのやっていることを本当に理解できないでしょう。そこで、マネジメント 3.0 がアジャイルの考え方を理解する助けになりえます。全く同意します。

―― 大きな会社と小さな会社の間に違いを感じますか?大きな会社は、小さな会社よりも堅いように思えるので、マネジメント 3.0 を導入する際に大きな会社のマネージャーはより大きな抵抗をするかもしれません。小さな会社やスタートアップの会社がマネジメント 3.0 を導入するのはより簡単で、大きな会社はより難しいということはあるでしょうか?

ステファンさん― はいでもあり、いいえでもあります。大きな会社を動かすためには、外資系であれば本社から、あるいは日本の企業であれば自らの発案で、公式の取り組みのようなものが必要です。公式のプログラムまたは取り組みです。しかし、それがいったん決断されたら、取り組みが実行されているので人々は変わらなければなりません。そのため、これを行うチームがあり、転換を進めるのです。そうであれば、小さな会社よりも良くなりうると思います。むろん、小さな会社はより柔軟であり、説得する人たちも少ないでしょう。それでも、人々が興味を失い、終わるという恐れや危険はあります。私は、両方とも長所と短所があると思います。むろん、小さな会社ははるかに速く、はるかに柔軟です。あなたは、小さな実験をより容易に行い、少しずつ始めることもできます。

―― なるほど。

リーン・チェンジ・マネジメントについて

―― 次に、リーン・チェンジ・マネジメントについてお話を伺いたいと思います。リーン・チェンジ・マネジメントには、どのようにして出会ったのでしょうか?

ステファンさん― 私がリーン・チェンジ・マネジメントを初めて見たのは2, 3年前です。マネジメント 3.0 と同じエコシステムです。私のワークショップの参加者や仕事先の会社で、その人たちが変革の問題を抱いていることを見聞きしたので、リーン・チェンジ・マネジメントはとても興味深いとずっと思っていました。これが、私がリーン・チェンジ・マネジメントが変革を行う良い方法ではないかと思った理由です。そこで、私は調査をして、書籍を読み、何名かトレーナーを日本に招こうとしました。

―― そうなんですね。

ステファンさん― はい、オーストラリアからです。でも、うまく行きませんでした。そこで、3年前に私はウィーンに行き、自分自身がファシリテーターになるためにワークショップに参加したのです。そのようにして、リーン・チェンジ・マネジメントと出会いました。

―― リーン・チェンジ・マネジメントがどのようなものであるかを少し説明して頂けないでしょうか。

ステファンさん― リーン・チェンジ・マネジメントは、基本的に変革をアジャイルなアプローチで行うものであり、すごく長期の詳細の計画を立案して少数の人たちだけで変革を行うやり方に代わるものです。従来の変革では、変革チームを編成して、おそらく数カ月または半年の変革の計画を立案します。その後、変革が人々にお披露目されます。

リーン・チェンジ・マネジメントのアプローチは異なります。小さなグループの人たちだけではなく、基本的に全員が変革に関与します。そのため、全員が自分のフィードバックやアイデアを変革の取り組みに提供することができます。そして、その変革は、チェンジキャンバスを通じて壁面に掲示されており、短い反復で変革を実行するのです。実験を行うように、いくつかアイデアを思いつけば、それらを実験するのです。

実験を行えば、その実験のフィードバックを入手するので、新たな実験を思いつきます。そのように、少しずつ変革を行い、オプションに対してオープンであり続けるのです。だから、将来行うことは固定されていないのです。

注:「オプション」とは、次に試みる変革のオプションの意味です。識別されたオプションは、後で説明されるように価値とコストの両面で評価され、それらの中から次に試みるオプションが選択されます。

―― 分かりました。リーン・チェンジ・マネジメントには、プロダクトオーナーのような役割はあるのでしょうか?

ステファンさん― ありません。それでも、変革を促進する人が 1、2名います。

―― 個別のスプリントの目標はどのように設定するのでしょうか?

ステファンさん― これらの変革を編成し、チェンジキャンバスを作成するコアチームや人たちはおそらくいるでしょう。基本的には、ファシリテーターがおり、その役割を見ることができます。変革を進める人たちはファシリテーターの類であり、それらの人たちは変革を計画するのではなく、変革をファシリテートします。

この変革ファシリテーターは、例えば、変革のスポンサー、マネージャー、エンジニアのようなその組織の異なる人たちとワークショップ/打ち合わせを持つでしょう。このワークショップ/打ち合わせにおいて、人々が次の変革を一緒に決めるのです。そのようにすることで、全員が変革に参加するので、とても真剣になることができるでしょう。

リーン・チェンジマネジメントワークショップ
リーン・チェンジマネジメントのワークショップの様子(ステファンさんご提供)

―― それでも、会社の誰かからフィードバックを得れば、フィードバックを優先順位付けし、バックログに入れるのではないでしょうか。そのようなことを行うのであれば、それは変革管理におけるプロダクトオーナーのような役割ではないでしょうか。

ステファンさん― それは、リーン・チェンジ・マネジメントに記されていませんが、誰かにそのようなことを行ってもらうというのは自然に考えますね。この人たちは、変革エージェントやエバンジェリストのような人たちです。これらの人たちは、変革に非常に興味を持ち、変革を前に進めるのです。

―― あるいは、優先順位に関する議論を持ちうるのではないでしょうか。

ステファンさん― そうです。基本的には、オプションボードを使い、価値とコストの軸であなたのアイデアをプロットし、議論し、最初に何に取り組むかを判断します。

―― 分かりました。リーン・チェンジ・マネジメントを日本の企業にすでに適用されましたでしょうか?

ステファンさん― 日本の企業にはまだ適用していません。今月、日本の保険会社でワークショップを開催します。マネジメント 3.0 の部分を完了し、次にリーン・チェンジ・マネジメントに入ります。

―― リーン・チェンジ・マネジメントについて学ぶためのリソースはありますでしょうか?

ステファンさん― あります。本がありますが、この本を現在翻訳しています。Jason Little の Lean Change Management [1]という本です。その本を数か月後に日本で刊行したいと考えています。

―― なるほど、楽しみにします。

ステファンさん― そして、むろん leanchange.org というwebサイトもあります。

プライベートの生活と絵を上手に描く秘訣について

―― 次のトピックは、すでにお話されましたが、どうして日本に来られ、奨学金の後で日本に住むことを決断されたかについてお伺いしたいと思います。

ステファンさん― 私は、奨学金以前に2008年から2012年まで日本で暮らしていました。私は、妻と日本で暮らしており、その後ドイツに戻りました。しかし、ドイツに戻った後に、自分たちは本当は日本に住みたいことに気づきました。

―― 奇妙に思えます。

ステファンさん― 本当?でも、ここに住んでいますよね。

―― ドイツは、ステファンさんの母国ですよね。

ステファンさん― そうです。でも、私はなぜか日本が大好きなのです。日本とのつながりを本当に感じます。私の性格が少し変わっているかもしれませんが、その理由は分かりません。私はドイツが好きです。いい国ですし、いろんなことへの配慮がありますが、私たちにとって日本ははるかに住みやすいのです。

―― 本当ですか。日本以外から来た人たちの中には、日本の人たちは閉鎖的な文化で、新参者に開かれていないと思う人たちもいますよね。

ステファンさん― 最初はそうでしたが、時間をある程度費やし、忍耐して、根気強くしていると、日本もオープンになると思います。

―― 以前、柔道をされていたことをお聞きする機会があったのですが、柔道はまだ練習されているのでしょうか?

ステファンさん― いえ、残念ですが。

―― 柔道をされていたのは、大学や高校のように若いころだったのでしょうか?

ステファンさん― はい、おそらく7, 8才の子供の頃です。早稲田大学で学んでいたときには、合気道もやっていました。

―― そうなんですね。なぜ、日本の大学の奨学金を受けたのでしょうか?ドイツの大学で、日本文化を勉強されていたのでしょうか?

ステファンさん― いえ、日本での生活を成功させる鍵の 1 つとして、日本語のスキルが良くなければならないことが分かっていたからです。そのために、奨学金や日本を研究するプログラムを探したのです。そしてプログラムを見つけました。

―― 話は変わりますが、日本の食べ物で好きなものは何でしょうか?

ステファンさん― いっぱいありすぎます。長い間、ラーメンでしたが、最近はラーメンをあまり食べません。私は、鍋物やおでんが好きです。とても。

―― 渋い。通ですね。

ステファンさん― 例えば、ここに来る途中で何て呼ぶのか、赤いおにぎり?赤い飯?

―― 赤米ですか?

ステファンさん― そうです。豆入りの赤米です。

写真撮影を行っていた原田― 赤飯。

―― 赤飯か。

ステファンさん― そうです、赤飯です。赤飯が本当に好きです。

―― 趣味はなんでしょうか?

ステファンさん― 趣味は多いですよ。逗子に住んでいるので、SUP、立ちこぎボードをやっています。音楽、電子音楽も演奏しています。そして、日本のウイスキーを収集し、レコードを収集しています。

―― 他にもいっぱいあるのですよね。

ステファンさん― 最近、石庭を作り始めました。おそらくそれが今年の趣味ですね。

―― 分かりました。最後に、マネジメント 3.0 のワークショップに関する質問です。ワークショップで、マネジメント 3.0 のとても素敵な絵を描かれますよね。どのように、描画スキルを訓練されたのでしょうか?他の人たちが、うまく絵を描けるようになるためのアドバイスはありますでしょうか?

ステファンさん― 最初のアドバイスは、まず絵を描いてみるということです。絵を描くのは訓練なので、どんどんうまくなります。まず最初に、一人でA4の紙に描いてみます。例えば、カンファレンスに行けば、人々が言っていることを記録するだけで、自分の絵を描けます。基本的な形はYouTubeに掲載されており、描き方に関する多くのビデオを見つけることができます。人やものや、そのようなことを行う方法をです。

―― グラフィックレコーディングのテクニックのようですね。

ステファンさん― そうです、一種のグラフィックレコーディングです。それをまず行います。私がワークショップで初めて絵を描いた時は、かなり準備をしました。私は、ワークショップの内容を知っており、自分が話すことも知っていたので、自分が描くことを先に考えていました。そして、最初のポスターに描きたいことを尖った鉛筆で書いたのです。

―― 分かりました。下書きですね。

ステファンさん― 紙は真っ白ではないので、遠くから細い鉛筆の線は見えません。それが、私の心と頭を解き放ち、書く場所と書く内容に集中させたのです。だから、その絵は心の中にあるか、あるいは計画されていたのです。

ステファンさん
ワークショップで絵を描くステファンさん(ステファンさんご提供)

―― スライドでお話をするのと、絵でお話をするのは異なるでしょうか?

ステファンさん― はい、人々がはるかに入り込んでくれるので非常に異なります。私が、ドイツでマネジメント 3.0のワークショップに参加した際、トレーナーはスライドを全く使いませんでした。絵を描くだけでした。

―― 本当ですか。

ステファンさん― はい、とても素晴らしく、特別でした。

―― マネジメント 3.0 のファシリテーターとしてそのようなスキルが求められるのは、怖いですね。絵のスキルに自信がないので。

ステファンさん― でも、絵を描けますよね。誰でも絵を描けます。

―― インタビューでお聞きしたかったことは以上です。

ステファンさん― 分かりました。ありがとうございました。

―― お忙しい中、ありがとうございました。

後編の最後に

ステファンさんのお姿は、以前からアジャイル開発関係のイベントで拝見していましたが、2018年に大阪で開催された Mangement 3.0 の 1 日ワークショップに参加してステファンさんと初めてお話をしました。そこから何回かお話をしましたが、ステファンさんは比較的もの静かで穏やかで他人の話を聞くことが多い印象を受けました。昨年、別のワークショップに参加した際に、本インタビューの前編で登場した MovingImage 社のお話をちらっとお聞きして、ぜひとももっとお話をお聞きしたいなと思っていました。今回、インタビューが実現し、様々な興味深いお話を伺うことができて大満足です。(藤井)

参考文献

[1] Jason Little, Lean Change Management: Innovative practices for managing organizational change, Happy Melly Express, 2014