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レポート

SAFe® Day Japan 2021参加レポート

株式会社オージス総研 コンサルティング・サービス部
山内 奈央子
2021年6月22日

2021年6月3日、オンライン開催された「SAFe® Day Japan 2021」に参加しました。アジャイル開発を大規模に適用する方法や、Scaled Agile Framework® (SAFe) について学ぶ終日のイベントです(なんと無料!)。本記事では、筆者が聴講したいくつかのセッションについて概要をお伝えします。

はじめに

「SAFe® Day Japan 2021」では、サブタイトルとして「リーダーシップとマインドセットの変革で日本のDXを加速する」を掲げ、まさに変革に向けて加速すべく、勇気や元気をもらえるような熱いセッションが繰り広げられました。1,000人近い参加者登録があり、SAFeに対する興味の高さが伺えます。セッションプログラムには顧客事例が複数ありました。SAFeは世界的に見ると利用者が多く、名だたる企業が導入しています。日本でも徐々にSAFe活用が増えてきている印象です。

ここでは、筆者が聴講したいくつかのセッションについて概要をお伝えします。
その前に、そもそもSAFeって何?という方は、SAFe提供元のScaled Agile社のサイト をご覧ください。 また、少々バージョンが古いですが、過去のオブジェクトの広場で連載されたこちらの記事もおススメです。(本記事執筆時点の最新版SAFeはバージョン5.1です)
ビジネスアジリティ向上のためのSAFe5.0レビュー
Scaled Agile Framework (SAFe) 3.0 入門

筆者が聴講した以外のセッションも様々ありますので、ご興味のある方はSAFe Day Japanサイトをご覧ください。
このイベントでは、スポンサーによる無料の共催ウェビナーも別日程で行われており(2021年3月~8月)、6/3のSAFe Day Japanは終わってしまいましたが、まだ今後も楽しめそうです。

それでは、さっそく始めます。

目次

ウェルカム基調講演「デジタルトランスフォーメーションを加速する」

スピーカー

クリス ジェームス 氏 (Scaled Agile, Inc. CEO最高経営責任者)

セッション概要

コロナの影響により、デジタルトランスフォーメーションが劇的に進み、今ほどビジネスのスピード、アジリティが重要となったことはない。SAFeは、企業がビジネスアジリティを獲得するためのフレームワークとして世界的に大きな成果を上げてきた。その結果、世界ではキャズムを超えつつある。アメリカでは既にアーリーマジョリティの域に入った。実証され安全に利用できると判断されている状況だろう。一方アジアパシフィックではアーリーアダプターの段階で、現在トライしている状況と捉えている。

チェンジリーダーとして、デジタルトランスフォーメーションを加速するための方法を3つ挙げる。

  • 組織変更への対応 :新しいやり方や文化を定着させる
  • 硬直した杓子定規な慣行の緩和 :原則に焦点を当て、新しいやり方をサポートする
  • 技術的・文化的負債の返済 :技術的負債への対応。感情的知性を育む

変化を牽引するチェンジリーダーをサポートしてほしい。そしてみなさんもチェンジリーダーとして活躍されることを期待している。

所感

このコロナ禍の状況により、私も1年以上在宅勤務をしており、急に働き方の変革が起きたことを実感しています。当社も既存ルールの見直しが行われ、新たなルールが急ピッチでできました。このセッションを聞いて、おそらく当社でも何らかの価値基準のもと数多くの意思決定がなされたのだろうと想像しました。SAFe=大規模プロダクト開発の手法という印象がありましたが、開発よりもっと前の段階の、「企業をどう変えていくのか」ということも含めた(むしろそこに重点を置いた)トータルなフレームワークであることを改めて感じました。また、「東京の道端で地図を広げていると、人が寄ってきて親切に教えてくれる。SAFeも地図のようなもので、ガイドしてくれる人がいるととてもよい」というたとえ話が印象的でした。直近では2019年のラグビーワールドカップの年に来日されたそうです。早くコロナが収束し、人々がまた行き来できる日がくるといいですね。

オープニング基調講演「デジタルの時代で持続的なビジネス成長を実現する ~SAFeで実現するビジネスアジリティはどのように我々をより良い未来に導くのか~」

スピーカー

ディーン レッフィングウェル 氏 (Scaled Agile, Inc. 共同出資者兼チーフメソドロジスト)

セッション概要

変化の激しいソフトウェアとデジタル時代の現在、数百人規模の組織を持つ企業では、組織を維持するための従来の階層型組織と、イノベーションに適したネットワーク型組織の併存が望ましい。SAFeは両者をつなぐオペレーションシステムの役割を果たす。

また、年度予算のサイクルに合わせた従来型のアプローチでは、変化の速さに追いつくことができず競合他社に遅れを取ってしまう。SAFeは顧客へ価値を届けるバリューストリームを最適化することで、最低限の実行可能なプロダクトを2~6か月で作っていく考え方をとる。以下は、ビジネス機会を特定してから活用するまでの8つのステップである。

  • 機会(市場ニーズ)の変化を理解する
  • Minimum Viable Product(MVP:最低限の利用可能なプロダクト)に予算を割り当てる
  • 顧客への価値を中心に、組織横断のチームを編成する
  • 顧客中心の考え方やデザインシンキングを用いてカスタマーを理解する
  • MVP以上のものを詰め込まず、早期に仮説検証をする
  • うまくいかなければ方針転換や中止する
  • バリューを継続的にデリバリーし、市場の要求に応える
  • 継続的な学習と順応を行い、改善し続ける

所感

SAFeの生みの親と言われるディーンさんのお話、とても楽しみにしていました。ソフトウェアエンジニア時代はイライラしていたけれど、今はとても楽しい!とにこやかにお話しされていたのが心に残っています。

ビジネスチャンスの理解から予算割り当てといった、システム開発よりずっと前工程の話もあり、SAFeは広い範囲をカバーしていると感じます。その流れを最短2か月で駆け抜けるとなると相当なスピードだと思います。私は大きな企業の階層型組織で重量感のあるプロセスベースで仕事をした経験があるだけに、この速さにはかなり衝撃を受けました。私の経験では、大規模組織が動いていく際にどこに時間がかかるかというと調整や意思決定です。大きな改修や新たな取り組みには複数組織が関わりますので、コミュニケーション、検討、調整、意思決定において、それぞれの上長を通したりなど、とても大変です。その課題にアプローチするのが、SAFeのアジャイルリリーストレイン(ART:機能横断型の複数チームからなるチーム)なんだろうと理解しています。縦割り組織に苦労されている方には役立つ考え方ではないでしょうか。昨今コロナ対応において、全社をあげて創意工夫しスピーディーな変革に成功したといった記事を見かけますが、まさにそういったことを継続的に行える企業が力を増していくのだろうと感じます。

顧客事例 – メットライフ生命「SAFeでアジリティを加速する–メットライフ生命のストーリー」

スピーカー

シェリル クルーピ 氏 & 南嶋 千春 氏 (メットライフ生命保険株式会社)

セッション概要

メットライフ生命は150年以上の歴史がある保険会社である。2016年にアメリカでアジャイル開発の取り組みを開始し、現在グローバルに広げ推進している。

日本法人では、2017年からアジャイル開発をスモールスタート。社員のみの小さなチームでモバイルアプリケーションの構築に適用した。2019年には、グローバルLACE(Lean-Agile Center of Excellence:SAFeの導入を推進する専用チーム)のサポートによりLeading SAFe研修がなされ、戦略プロジェクトへの適用を開始。現在では、他プロジェクトへの適用を推進し拡大中である。市場に出るまでの期間短縮や、チームの良好なコラボレーションといった効果が得られている。結果、社内におけるSAFeやアジャイル開発の認知度も上がり、勉強会や事例共有セッションなどのコミュニティ活動も盛んに行われている。一方、現在の課題は下記4点である。

  • アジャイル開発を実践しやすくするための、既存プロセスやガバナンスへの対応
  • 安定したチームを構築し、本当のワンチームとなるためのベンダーとの協働
  • プロジェクトからプロダクトへの転換
  • トレーニング等において日本語と英語どちらを主言語にするのかといった言語の問題

所感

SAFeのビジネスアジリティに関する記載には、小さな成功を祝うというプラクティスがありますが、まさにパイロットプロジェクトにおける成果をうまくとらえ、グローバルに広げた事例と言えると思います。日本法人での展開も、グローバルでSAFeを推進するLACEのサポートのもと、うまくすすめたというのはとてもすばらしいと感じました。継続してアジャイルを広めていく際の障壁として、プロジェクトが終わるとチームが解散してしまうプロジェクトベースの予算の考え方が挙げられていました。これはとても頷けます。プロジェクトを通じてせっかく育った人材が失われてしまうことは、大変もったいない話です。社内でいくつかアジャイル開発を成功させて、これからもっと拡大しようとされている企業の方々も同じような悩みをかかえているのではないでしょうか。特に社員だけでチーム編成できず、外部のITベンダーと協働する場合には、プロジェクトベースの契約が足かせになってくると思います。これに対して、メットライフ生命が今後どのような対応策を採っていくのか、また続きのお話を聞かせていただきたいなあと感じました。

顧客事例 – ウェスタンデジタル「SAFe実践成功のカギは、チェンジエージェントとインプリメンテーションロードマップ」

スピーカー

中谷 浩晃 氏 (ウェスタンデジタル)

セッション概要

2015年、ハードディスクのファームウェアのアーキテクチャを抜本的に見直すプロジェクトが大幅に遅延し、ビジネス上の危機を迎えた。立て直し策としてSAFeを導入することになり、チェンジエージェントのチームが発足した。SAFe認定のSPC資格(Certified SAFe Program Consultant:SAFe導入を推進するチェンジエージェント)を取得したばかりの内部リソースだけでは経験不足のため、外部のSAFeコーチの指導を受けた。これは非常に有効な方法であった。50人規模で小さく始めた1本目のアジャイルリリーストレイン(ART)では、上位層が背水の陣であったこと、チェンジエージェントたちの強い思い、現場メンバーが自ら立てた計画にコミットすることで変わっていこうという思いが重なり、成功を収めることができた。しかしその後、SAFeの推奨規模はARTにつき125名までであるにもかかわらず、2本目のARTを190名に拡大。結果、依存関係やリスク制御ができず品質低下し、プロジェクト中断の憂き目にあった。3本目~5本目のARTは125名以下の規模で再編成し、適切に進めることができた。

SAFe導入の成功の秘訣は、SAFeが提唱する「インプリメンテーションロードマップ」(SAFeを組織に導入するためのロードマップ)に従うことが成功の最短ルートと考えている。また、チェンジエージェントの覚悟として、絶対に成功させる強い意志や思い、抵抗勢力に屈しない気持ちを持つことも重要である。

所感

メットライフ生命に続き、こちらもグローバル企業のSAFe導入の事例でした。SAFeの「変革をリードするための鍵」として、「危機意識を高める」というものがありますが、まさに危機的状況を全員が共有し変革にかじを切った好例と言えます。SAFe導入は会社規模の変革を伴うため、経営層の理解とリーダーシップが重要であることを改めて感じました。SAFeは最終ゴールとしてのあるべき姿を示すだけでなく、導入に向けたロードマップも用意されていることが、チェンジエージェントたちの道しるべとして有効であることが理解できました。また、SAFe導入の際に外部コーチを活用したという話も印象に残りました。コーチが行うトレーニングをまめに見に行って、自分たちが後々社内に広める際の参考にされたそうです。SPC資格(Certified SAFe Program Consultant)を取得しただけでは得られない実践ベースの学びを意識的にどん欲に吸収したことはすばらしいと感じます。

講演後のQAタイムでは、これからSAFeに取り組む人へのメッセージがありました。SAFeがベースとしているリーンの考え方も、アジャイルの考え方も、日本人にとって親和性が高いそうです。たしかに、リーンの考え方はトヨタ生産方式からの逆輸入な文化なので、日本で受け入れられる素地がありそうですね。チェンジエージェントを育て、コツコツ粘り強く進めていくとうまくいく、一緒に日本をよくしていきたいというメッセージは、成功に向けた強い意志や抵抗勢力に屈しない中谷さんの熱い思いが伝わってくるものでした。

顧客事例 – CAFIS (株式会社NTTデータ)「SAFe適用時におけるリーダシップと組織デザイン」

スピーカー

神保 良弘 氏 (株式会社 NTTデータ)

セッション概要

クレジットカード会社・金融機関を中継する国内最大級のキャッシュレス決済プラットフォームであるCAFISを、社会全体のデジタライゼーションに伴いデジタル化することになった。このうち、商品開発プロセスにSAFeを適用している。SAFeの推進においては、リーダーシップと組織デザインが重要と捉えている。

■リーンアジャイルリーダーシップで重要なこと

  • 問題意識を持つこと :目的よりも手段に視点が移ってしまわないようにする
  • 過去の成功体験を捨てる :メンバーの変革意識にブレーキをかけない
  • デザイン・テクノロジー・ビジネスの視点をバランスよく保持する :推進のためにデジタルテクノロジーに対して総合的な実力を保持
  • マネジメントは両利きで実行する :新しい方法と従来の方法の両方を知る
  • 対話を大切にする :日々の雑談の中で自分の思いを伝えていく

■組織のデザインで重要なこと

  • 組織に思想を込める :組織や体制、メンバーアサインの理由を明確にする
  • システムアーキテクチャと組織デザインをリンクさせる :状況や規模が変化するにつれて組織を見直す
  • 人材育成やパートナー戦略を再構築する :社員を再教育する。パートナーとの中長期的な関係を築く
  • 組織的な負債を返済する :最適な組織設計を継続して検討する

所感

CAFISという35年もの歴史を持つシステムにSAFeを導入した理由として、開発部分だけではなく、ビジネスの事業運営から開発までフレームワーク化されていること、サポートがしっかりしていること、グローバルに見て運用実績があることを挙げられていました。ビジネス戦略と技術戦略の両方を合わせて進めていくSAFeの特長は、アジャイル開発をスケールさせていく際のポイントとなるのだなあと感じます。

今回リーダーシップと組織デザインの講演ということで、メンバーとの対話を大事にされていることがよく伝わってきました。規模が大きくなればなるほどコミュニケーションが大変になり、同じ目標に向かって進むことが難しくなることは、私も経験したことがあります。人と人との信頼関係を地道に築いていく重要性については、SAFe導入後の組織運営だけでなく、SAFe導入時にも意識されていたそうです。5名で始めたスクラムの試行から、その後も小さな成功体験を積み重ね、経営層との対話を通じて課題に対する共通認識を培い、徐々に信頼関係を勝ち取っていったとのこと。Digital CAFISへのSAFe適用という一見華やかな事例は、日々の地道な積み重ねや、終わりのない改善により支えられていることが伝わってくるお話でした。