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アジャイル

ビジネスアジリティ向上のためのSAFe5.0レビュー

株式会社オージス総研 コンサルティングサービス部&技術部
張 嵐
2019年12月12日

2019年10月2日にSAFe 5.0プレビュー版が公開された。SAFe 4.Xからどんな変更があったか、本記事はその変化を紹介する。

はじめに

SAFeは、アジャイル開発、リーンプロダクト開発フロー、システム思考に関する新しい知見と、現場の実践経験を融合させた、企業及び事業部レベルの大規模アジャイル開発のためのフレームワークであり、DX時代を勝ち抜くために必要な知識ベースになる。

SAFeは2011年の最初のリリース以来、方法論のリーダーたちや実践者からの継続的なフィードバックに基づき、新しいアイデアや概念を取り入れながら、定期的な更新が行われている。その姿は、まるで生物の進化の様子を早回しで見せているかのようだ。

図1 SAFeの進化(SAFe Webサイトの情報に基づいて作成)
図1 SAFeの進化(SAFe Webサイトの情報に基づいて作成)


その最新版であるSAFe 5.0は「ビジネスアジリティの向上」としている。2019年10月2日にプレビュー版が公開済みである。

ビジネスアジリティは、デジタル時代において、企業や事業部(以降は組織)が持つべき能力の一つである。この能力を持つ組織は、移ろいやすい顧客の要求を満たすようなプロダクトやソリューションを継続的に提供することにより、激しく変化する市場に迅速に対応し、競争を勝ち抜くことができる。

本記事では、SAFeの歴代バージョンを追いかけてきた筆者の視点で、SAFe 5.0のビッグピクチャー上の変更点、及びビジネスアジリティ向上のために追加された重要な4つの要素(組織の変革、顧客への理解、戦略から実行へ及び原則とマインドセット)を、そのプレビュー版に基づいて紹介する。

トピック1:SAFe 5.0のビッグピクチャー上の変更点

SAFeは実際には一つの方法論というより、様々なプロセスや手法、考え方の大きな集合体といった方が正しいと考える。その集合体としての全体像は図2に掲げたような「ビッグピクチャー」として表現されている。

図2 SAFe ビッグピクチャー(出典:SAFe 5.0 Webサイト)
図2 SAFe ビッグピクチャー(出典:SAFe 5.0 Webサイト)


SAFe 5.0のビッグピクチャーでは、SAFe 4.Xと比べ、以下のように大幅な改定が行われた。(SAFe 4.Xの詳細は書籍「SAFe 4.0のエッセンス」をご参照)

  • ①「ビジネスアジリティ」と「測定&成長」の追加
    • SAFe 5.0はビジネスアジリティの向上に重点を置いている。
    • 組織のビジネスアジリティの向上、評価及び成長機会の獲得に関するガイダンスを新たに提供する。
  • ②「顧客中心主義」の明示と「デザイン思考」の追加
    • 組織は問題を理解し、適切なプロダクトやソリューションを設計・提供できるように、顧客中心主義にフォーカスし、デザイン思考を活用しなければならないことを強調する。
  • ③ポートフォリオビジョンの追加
    • バリューストリームとソリューションの目指す方向性をポートフォリオビジョンで示す。
  • ④アジャイル業務チームの追加
    • 人事やマーケティング等、組織内の業務、開発、運用、サポートを含むすべてのチームが革新的なビジネスソリューションの作成、提供、サポートに参画することを示す。
  • ⑤7つのコンピテンシーの整理
    • ビジネスアジリティを向上するために、組織が持つべき7つのコンピテンシーを再定義した。それらは、組織のアジリティ、リーンポートフォリオ管理、エンタープライズソリューションのデリバリー、アジャイルプロダクトのデリバリー、チームと技術アジリティ、継続的な学習の文化、リーン・アジャイルリーダーシップである。
  • ⑥「エッセンシャルSAFe」レベルへの変更
    • SAFe 5.0では、チームレベルとプログラムレベルが「Essential SAFe」レベルに統合された。「Essential SAFe」は、アジャイルリリース列車に焦点を当て、SAFe導入時の最小構成を提供する。

SAFeのビッグピクチャーを見て、読者が「こんなに複雑なものが、本当にアジャイルなの?」と疑問を持つかもしれない。筆者は、多くの組織にとって、SAFeは今すぐ実行できる組織変革のための現実的なツールだと考えている。なぜなら、SAFeは実用的で、アジャイル、リーン及びプロダクト開発フローに基づく知識ベースだけではなく、プロダクトやソリューションをデリバリーするための組織構造と、関わる人々の役割及び責務を定義しつつ、良いプラクティスを提供し、実践するための具体的なガイダンスを提供しているからである。 利用時に、組織構造、開発するプロダクト/ソリューションの特性及びチームの成熟度やステークホルダーの参画度合いなどに合わせて、SAFeの構成を決める。

トピック2 ビジネスアジリティの向上に追加された4つの要素

SAFeにおける「ビジネスアジリティ」とは、組織が革新的なプロダクトやソリューションを用いて、市場の変化や新たな機会に素早く対応することによって、競争に勝ち抜き、組織を成長させる能力のことである。 SAFe 5.0は、ビジネスアジリティの向上を重要な目的としている。

以降はSAFe 5.0におけるビジネスアジリティを向上させるために追加された4つの要素を述べる。

図3 ビジネスアジリティ向上のために追加された4要素
図3 ビジネスアジリティ向上のために追加された4要素


要素1 ビジネスアジリティを実現するために組織構造の変革が必要

「デュアル・オペレーティング・システム」の仕組みが必要

一般的に、大企業は小回りがきく中小の競合相手に比べると、動きが鈍く、変化への抵抗も大きいと言われている。それでも、多くの大企業は変化に強いなどアジャイル開発のメリットを手にしたいと考えている。こうした企業は、ネットワーク時代に即した組織がいかに優れていようと、真似をするのは容易でなく、超えるべき壁も大きい。今ある仕組みから、ビジネスアジリティを高めるための組織に移行する方法を模索するほうが現実的である。

図4 デュアル・オペレーティング・システム(出典:SAFe 5.0 Preview Webサイト)
図4 デュアル・オペレーティング・システム(出典:SAFe 5.0 Preview Webサイト)


SAFeは組織変革するため、一つの組織で2つの仕組みを動かすという考え方を導入する。

  • 1つ目は既存の階層型システムで、これまで培ってきた仕組みのいいところを残す。
  • 2つ目はネットワーク型組織、即ち、フラットで迅速な意思決定が可能となる組織形態を導入する。

デュアル・オペレーティング・システムが機能する組織では、ベンチャーのような俊敏な動きと、大企業ならではの安定的なオペレーションの両立が実現する。

慣れるためのスモールスタートが効果的

SAFe 4.0から、組織のニーズに合わせ、エッセンシャル、ラージソリューション、ポートフォリオ及びフルSAFeという4つの導入パターンを提示している。SAFe 5.0では、チームレベルとプログラムレベルが「Essential SAFe」に統合されることによって、SAFe導入時の最も入りやすい最小構成を示す。

業務部門のアジャイル化が必要

市場の変化と新たな機会の獲得の勝負は、イノベーションとスピードで決まる。そのため、ビジネスおよびテクノロジーリーダー、開発、IT運用、法律、マーケティング、財務、サポート、コンプライアンス、セキュリティなど、組織内ソリューションの提供に携わる全員がリーンとアジャイルのプラクティスを適用し、顧客のニーズにフォーカスし、競合他社よりも高速な高品質のプロダクトやソリューションをデリバリーできるように連携しなければならない。

要素2 ビジネスアジリティの向上に顧客への理解が欠かせない

プロダクト/ソリューション開発に顧客中心主義とデザイン思考が重要

顧客のニーズを察知し、ビジネスチャンスを獲得するために、SAFe 5.0では、Essential SAFeレベルにおいて、考え方としての顧客中心主義とプロセスとしてのデザイン思考を追加した。両者は分離できない。 まず、顧客をあらゆる意志決定の中心に置く。そして、外部顧客や内部顧客に関わらず、両方の「顧客」に耳を傾け、ニーズをよりよく理解する。顧客が望む適切なプロダクトやソリューションを組織が決定、及び実現出来るように、デザイン思考のプロセスを利用する。

要素3 ビジネスアジリティの実現に戦略を実行へ移す必要

ポートフォリオビジョンで方向性を示す

ポートフォリオのビジョンは、将来の方向性を示す。 関係者がそれを理解し、ソリューションやプロダクト開発時に、取捨選択し、優先順位付けなどを行う際に、目先の利益に基づくのではなく、長期的な視点で意思決定ができる。

組織に必要なコンピテンシー

SAFe 5.0は、組織がビジネスアジリティを向上するために、必要なコンピテンシーを図5で示すように3分類、計7つに整理した。

図5 7つのコンピテンシー(出典:SAFe 5.0 Preview Webサイト)
図5 7つのコンピテンシー(出典:SAFe 5.0 Preview Webサイト)


  • 名前変更となったコンピテンシーが2つ
    • エンタープライズソリューションのデリバリー(ビジネスソリューションとリーンシステムエンジニアリングから変更)
    • アジャイルプロダクトのデリバリー(DevOpsとニーズに合わせてリリースから変更)
  • 強化したコンピテンシーが1つ
    • リーンポートフォリオ管理
  • 新たに追加したコンピテンシーが2つ
    • 組織的なアジリティ
    • 継続的な学習の文化

筆者はアジャイル開発チームを支援するときはいつも、チームに継続的な学習の必要性やチームでの成長の重要性を強調してきた。同様に所属先のオージス総研でも組織としての学習を促進するために、「今なにを学ぶべきか」、「今どこに向かっている」のかを共に確認し、様々な施策を実施してきた。SAFe 5.0から追加された継続的な学習文化のコンピテンシーは、企業内の全員が継続的に学習し、革新することを奨励する一連のプラクティスを提供する。両者の一致は偶然なのか、時代の流れなのかは分からないが、筆者としてはSAFe 5.0のこのような方向性を非常に歓迎している。

組織を成長させる

SAFe 5.0は、組織のビジネスアジリティを評価するツール及び成長を加速する方法を提示する。 評価は、各コンピテンシー内のさまざまな基準とレベルに従って組織を評価し、経済的成果を改善し、望ましい将来の状態に到達するための戦術的なステップを特定するのに役立つ。以下図6のレーダーチャートは評価の一例である。

図6 ビジネスアジリティの自己評価(出典:SAFe 5.0 Preview Webサイト)
図6 ビジネスアジリティの自己評価(出典:SAFe 5.0 Preview Webサイト)


このような評価の結果を分析し、組織の現状を把握して成長が必要な場所を特定する。それから、ビジネスアジリティを実現するために優先順位付けにし、アクションプランを立てて実行する。

要素4:SAFeの原則とマインドセットに基づいて適用する

新しい原則の追加 原則#10:価値の周辺で組成する

SAFe 4.0にはリーンとアジャイルの既存の原則に由来する9つの重要な原則があった。SAFe 5.0の原則に「価値の周辺で組成する」が新たに追加された。

図7 SAFeの原則
図7 SAFeの原則


バリューストリームマッピングを実施することによって、顧客がプロダクトやソリューションからどのように価値を受け取るかを理解する(コンセプトからキャッシュを得るまで)。そのバリューストリームに沿ってチームとアジャイルリリース列車を構築する。このアプローチは以前のSAFeで既に主張されていたものの、「原則」として盛り込まれていなかった。しかし、組織にとって非常に重要であるため、今回新たに10番目の原則となった。 この新しいSAFeの原則は、組織が完全なエンドツーエンドの価値フローに沿ってプロダクトやソリューションを開発する時に調整するのに役立つ。

リーン・アジャイルのマインドセット

言うまでもなく、SAFeを利用し、ビジネスアジリティを向上するのはアジャイル宣言とリーン思考の概念を取り入れた「リーン・アジャイルのマインドセット」をもつ「人」である。 SAFeのリーダーや実践者にとっては、リーン・アジャイルのマインドセットは一種の信念であり、行動の前提条件、姿勢及び行動基準である。こういったマインドセットは生まれつき持っているものではないため、日々成長のマインドセットを持って、育む必要がある。

図8 2種類のマインドセット
図8 2種類のマインドセット


リーン思考について、SAFeはリーンの家で表現している。SAFe 5.0のリーンの家は構造上、SAFe 4.Xからの変更がないが、細かい要素の追加によって、補強された。

図9 リーンの家(出典:SAFe 5.0 Preview Webサイト)
図9 リーンの家(出典:SAFe 5.0 Preview Webサイト)


  • リーンの家の土台
    リーダーが持つべきリーン・アジャイルの考え方と振る舞いとして再定義した。 SAFeにおいて、マネージャー等のマネジメント層はリーン・アジャイルのリーダーにならなければ、組織全体のアジリティが実現できないと主張する。

  • リーンの家の4つの柱
    以下のように新たな要素が追加された。

    • 第1の柱:人々と文化に対する敬意
      • 生成的な文化
    • 第2の柱:フロー
      • プロジェクトからプロダクトへの移行
    • 第3の柱:イノベーション
      • 革新的な人々
      • 実験とフィードバック
      • イノベーションの津波
    • 第4の柱:たゆまぬ改善
      • 問題解決の文化
      • ファクトに基づく改善

終わりに

本記事はSAFe 5.0の主な変更点を紹介した。さらに知りたい場合、以下SAFe 5.0のプレビューサイトを探索してください:
https://v5preview.scaledagileframework.com/whats-new-in-safe-5-0/

1月20日から、以下のサイトはSAFe4.6から5.0になる。
https://www.scaledagileframework.com/

謝辞

本記事にある「SAFe 5.0 Preview Webサイト」から出典するすべての図はSAI Inc.の許可下で利用する。


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