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アジャイル

リーンとアジャイルで変わる物語

第1回:アジャイル開発推進役の指名
株式会社オージス総研 技術部アジャイル開発センター
藤井 拓
2017年4月27日

本連載では、ある日本の製造業の会社がリーンとアジャイルで変わる過程で直面する様々な課題と解決策を物語仕立てで提供する。第1回は、アジャイル開発推進役が登場し、アジャイル開発の導入に際する課題への検討を開始する。なお、本連載の物語はフィクションであり、実在の企業や人物を記したものではありません。

物語表紙

プロローグ

A社の12月の役員会で、営業本部が3Qの製品の売り上げを報告した。ここ数年間続いている製品の売り上げの低下はいっこうに止まる気配がなかった。マーケティング本部長の前田の分析では、競合製品と比べて、ハードウェア本体の機能はそん色無いか上回っているのだが、新リリースを投入したにも関わらず周辺のサービスの機能が消費者のニーズに合わずに負けているとのことだった。

CEOの椎名が「なぜ競合他社は、消費者のニーズに合う周辺のサービスの機能をタイムリーに開発できてわが社は開発できないのかね」と問うと、前田が「開発本部の開発スピードが遅いからですよ」と答えたが、開発本部の貝原は「マーケティング本部は営業本部のメンバーからの要望を単にまとめただけの的外れの要件を山のように定義している。こんな的外れの要件では開発スピードがいくら高くても競合できません」と反論した。この議論は、ここ1年以上役員会で繰り返されてきた。

椎名が、「議論はいつもそこに行きつくが、そもそも競合他社とわが社の開発のやり方はどう違うのか?」と問いかけた。前田は、「競合他社はアジャイル開発という生産性の高い開発方法を用いていると聞いています」と答えた。椎名が「そうだとしたら、なぜわが社はアジャイル開発を使わないのか?」と貝原に聞くと、「アジャイル開発の導入については本部内で議論したのですが、いろいろとこれまでの開発方法と違うのでマネージャーや開発を委託しているパートナー企業の反対意見が強く、導入を見送っていました」との答えだった。

椎名は、「反対意見が多いからと言って挑戦せずに許されるような状況ではない。可能性がある方策はとにかく試そう。できるだけ早くアジャイル開発を適用して次回以降の役員会で状況を報告してほしい」と貝原に要望を述べると、それがこの場での結論だということで役員会は次の議題に移った。

A社の組織図

アジャイル開発の推進役を確保する

貝原は、開発本部に戻ると、早速本部でアジャイル開発の紹介セミナーを開催した吹田とその上司の宮本部長を呼び寄せた。

宮本が本部長席に近づき、「本部長、お呼びでしょうか」と声をかけると「おぉ、宮本と吹田君待っていたぞ」と貝原が待ちわびたようにモニターから宮本達に視線を移し、「いろいろと相談があるので、まずそこの席に座ってくれないか」と応じた。

宮本に続いて吹田がいぶかしげな表情で席に座ると、貝原は宮本の方に向いて「実は、早急にアジャイル開発を適用し、その状況を逐一役員会で報告することになったのだ」と話始め、役員会での議論の概要を宮本達に説明した。

貝原は、「吹田君にアジャイル開発導入の進め方をまず考えてほしいと考えているのだが、頼んでいいかね」と宮本に確認した。「お聞きした状況では、吹田に白羽の矢が立つのはやむを得ないですね」と宮本はしぶしぶ応じた。吹田は、開発本部でも名前が通った30代半ばのリーダーで、新しい技術に興味を持ちつつも、自分のチームのメンバーからの人望も厚く、筋の通らないことは頑として跳ね除けるだけの度胸も持ち合わせた卓越した人材だった。

「吹田君は、引き受けてくれるか」と貝原が聞くと、吹田は「はい、とりあえずアジャイル開発導入の進め方を考えます」と答えた。

貝原が「吹田君の現在の仕事は他のメンバーに早々に引き継いで、できればここ数日でアジャイル開発導入の案を立案してほしい」と述べると、宮本はしぶしぶながら「分かりました」と応えた。

アジャイル開発の導入に際する課題

吹田は、これまで参加したアジャイル開発関係のコミュニティー活動や書籍を通じてアジャイル開発の導入に際して一般的に以下のような課題に直面することが多いことを知っていた。

  1. プロダクトオーナーの理解と関与が得られない
    • プロダクトオーナーが開発の中で自らの役割を理解せず、その役割を積極的に果たさない
  2. 開発メンバーの知識不足
    • 開発メンバーがスクラムや技術部プラクティスを知らず、生半可な知識でアジャイル開発を実行して開発に失敗する
  3. 開発メンバーの柔軟性が低い
    • 開発メンバーの一部が新たな方法を取り入れることに抵抗する
  4. 従来手法に基づくガバナンスが課せられる
    • 従来手法の WBS に基づく計画策定、成果物やレビューをアジャイル開発でもそのまま適用することで開発のオーバーヘッドが生じ、開発の生産性が低下する

吹田の会社では開発を委託していたので、A、D は社内の他部門が絡む課題で、B、C には開発の委託先が絡む課題である。A社では、原則として開発の委託先はロングパートナー社と決まっていた。その際の契約形態としては、請負以外に準委任も認められていた。しかし、ロングパートナー社は A 社からの継続的な開発委託が得られてきたことで満足し、アジャイル開発のような新たな取り組みにはあまり積極的ではないのではないかと考えられた。

吹田は、これらの課題を自分の権限の範囲で解決するのは難しいし、アジャイル開発を実践して成果を早急に出すことを考えると、これらの問題の解決に時間をかけている暇はないと考えた。

第 1 回の終わりに

読者の皆さんが吹田と同じ立場にあったら、どのようにこれらの課題を解決されるでしょうか?

次回のお話では、吹田がまず最初に講じた策が明らかになります。