2020年3月より大手通信キャリアによる5Gの通信サービスの提供が始まりました。5Gの特長は、高速・大容量、低遅延、多数同時接続の3つで、この恩恵によりDX(デジタルトランスフォーメーション)が大きく進むのでは期待されています。一方で、ニュースになる5Gの良い面だけに目がゆき、過大な期待をしているのも散見されます。
本稿では、DX推進者に必要な範囲で5Gの良い面だけでなくそうでもない点も解説し、DX推進者として押さえておくべきポイントについて述べます。
5Gの概要
5Gの3つの特徴について4Gと比較すると、以下の表になります。
表 1 5Gと4Gのスペック比較表
No. | 特長 | 5G | 4G |
---|---|---|---|
特長1 | 高速・大容量 | 下り20Gbps | 下り100Mbps~1Gbps |
特長2 | 低遅延 | 1ms | 10ms |
特長3 | 多数同時接続 | 100万デバイス/km² | 10万デバイス/km² |
5Gの例でよく耳にする「映画1本のダウンロードが数秒でできる」というのはこのスペックに由来しています。しかし、ここに書かれているのはあくまで理論値であり、なおかつ5Gの最終構成が整った時の話です。サービスインした2020年3月現在、最終構成に達成している通信キャリアはありませんし、来年や再来年にたちまち達成できることでもありません。
5Gについてよくある誤解があります。5Gサービスイン前に通信キャリアが5Gを一般の方が体験できる特設コーナーがありましたが、特別な実証実験のデモを除けば5Gサービスイン前に行っていたのは単に有線で結ばれ遅延回路で疑似的にスペック値を再現したもので、実際に5Gの電波が飛んでいたわけではありません。特設コーナーはあくまでイメージですので誤解しないでください。
当面は“プレ5G”
通信キャリアによっては、5Gのロードマップ上、現在の5Gサービスを“プレ5G”と呼んでいるので、本稿でもこの呼び方を使いたいと思います。
“プレ5G”とは
海外のユーザーが5Gの実効速度を計測した情報をインターネットで収集してみると200Mbps台が多いようです。もちろん実効速度にはいろいろな条件が作用しますので、もっと速い例もあれば遅い例もあります。たとえば永田町近辺でおこなった計測では5Gが1.19Gbpsというのもあります。しかし、この場所は4Gの電波状況もかなり良いようで481Mbpsでていましたので5Gは4Gの約3倍程度となっています。海外の測定でも概ね4Gの3~5倍程度の実効速度でした。
5Gがスペックのように20倍速くないのには理由があります。現在5Gは図 1のNSA(ノンスタンドアロン)構成だというのが理由のひとつです。

NSAの場合は、5Gスマートフォンとアンテナの間は5G通信(5G NR)が確かに使われるのですが、その先の設備は4Gの設備(4G Core)が共用されます。また5Gのアンテナがない場合は4GのLTE通信が使われます。したがって、NSAの場合は5Gスマートフォンとアンテナの間がいくら速くても設備が追い付かないので実効速度は得られないというわけです。
真の5Gは図 2のSA(スタンドアロン)構成で、4Gとは独立した設備を用意しますので性能は改善します。

2020年、国内のどの通信キャリアもNSAで5Gサービスを開始しています。理由は簡単で、4Gの設備を流用できてSAより早くエリアを広げられるからです。まずは5Gでつながるようにしてエリア拡大をし、次の段階でSAへ移行していくというロードマップになっています。
“フル5G”時代はいつなのか
その他にも、28GHz帯(ミリ波)、ビームフォーミング技術であるMassive MIMO(マッシブマイモ)、マルチアクセスエッジコンピューティング、ネットワークスライシングなど“フル5G”の実現に必要な技術課題はたくさんありますが、そのほとんどはSAの実現がカギとなります。それでは、いつSAが実現するかというと、2021年度に着手予定や2023年末ぐらいを目標として公表している通信キャリアはありますが、NSAが始まったばかりで流動的なのが現状でしょう。
自分の街が5Gエリアかは通信キャリアのサイトでも公表されていますが、実際にアンテナを探して目にすることもできます。4Gと5Gではアンテナがまったく異なっており、4Gはビルの屋上などに図 3のようなアンテナ(FD-LTEやTD-LTE)が設置されています。縦に並んだカマボコのようなものがアンテナ収納部分で2~8本のアンテナが収納されています。

一方で、5Gはビルの屋上ではなく2階程度の位置に設置されます。4Gのカマボコと違い、図 4のような四角いトウフ型のアンテナ収納部分(Massive MIMO)になります。このトウフの中にはなんと最大128本ものアンテナが収納されています。この圧倒的な本数により、5Gデバイス1台1台に追従して通信するビームフォーミング、1台の5Gデバイスに対して上りと下りで2つのアンテナを割り当てて高速にすることができます。

DX推進者が押さえておくべきポイント
まだ“プレ5G”で“フル5G”は先だということを述べてきたので、当面はDXに関係ないかもと肩を落としてしまったかもしれません。しかし“プレ5G”を侮ってはいけません。
社内や自宅のLANと変わらなくなる
“プレ5G”であっても通信速度は現在の社内や自宅のネットワークを利用するのと変わりがなくなります。筆者が職場と自宅のネットワークを計測したところWi-Fiルーター経由で200~300Mbps程度でした。“プレ5G”により、屋外や出先であっても同等のネットワーク環境を利用できるようになるということです。
既存システムの使い方が変化する
5Gによって屋外や出先でも同等に利用できるようになると、既存システムであっても利用頻度が上がるなど使い方が変わってきます。ちょうど4Gによってどこでもネットをするようになったのと同じです。どんなに良いスマートフォンでもネットワークが3Gでは、現在のようには普及しなかったと思います。利用頻度が上がるとシステムのキャパシティのアップが必要ですし、夜でも使えるように可用性も変える必要がでてくるでしょう。
要求が変化する
わざわざPCでプログラムを立ち上げて何かしていた時代と、スマートフォンでいつでもアプリが使える現在とでは同じ目的のプログラムでもユーザーの要求は異なります。どこでも使えることによりワークスタイルやライフスタイルに変化が起きるからです。5Gでも同様の変化が予想されます。“フル5G”でしかできないシステムだけでなく、既存システムの再構築や業務を変えるぐらいの大幅な要求の変化が起きるかもしれません。
“フル5G”でのブレイクスルーを見つける
“フル5G”の高速・大容量、低遅延、多数同時接続を活用して、製造、農林水産、自動運転、建設、医療など様々な分野でのユースケースの検証が行われています。IoT、AI、AR、VRを活用したものが多く、5Gのプロモーションも兼ねた検証なので目を引くようなユースケースです。しかし、そのような大掛かりなユースケースだけでなく、まだだれも気づいていない身近な業務のブレイクスルーとなるような活用方法があるかもしれません。
筆者が2019年に5Gについて調査していた時に通信キャリアの方とディスカッションする機会があり、私が欲しい5Gのユースケース案として“テレワーク”への活用をお話ししたのですがピンときていない様子でした。しかし新型コロナでにわかにテレワークや在宅ワークが重要になった今ならなるほどと思っていただけたかもしれません。
まとめ
現在は “プレ5G”とはいえ、DXを起こせるだけの能力が5Gにはあります。DX推進者が押さえておくべきポイントに挙げたような観点で現場の変化に目を光らせましょう。そして次の“フル5G”での劇的なDXのアイデアに知恵を絞りましょう。
参考リンク
- 「5Gと4Gで何が変わる?何ができる?」 ソフトバンク株式会社 2020年 https://www.softbank.jp/biz/5g/column3/
- 「5G商用サービス概要」NTTテクニカル・ジャーナル Vol.28 ドコモ 2020年 https://www.nttdocomo.co.jp/binary/pdf/corporate/technology/rd/technical_journal/bn/vol28_1/vol28_1_003jp.pdf
- 「【動画】5Gは4Gと比較してどのくらい速いの? 5Gスピードテストを公開」 ロボスタ 2020年3月19日 https://robotstart.info/2020/03/19/5g-4g.html
- 「第5世代移動通信システムの導入のための特定基地局の開設計画の認定に係る審査結果」 総務省 総合通信基盤局 平成31年4月 https://www.soumu.go.jp/main_content/000613735.pdf
(誤記修正:2020/07/22)