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アジャイル

コッターの変革モデルと自分達の体験を対比する(前編)

エンタープライズアジャイル徒然草 第4回
オージス総研 技術部 ビジネスイノベーションセンター
藤井 拓
2020年8月25日

著者は、これまで企業(組織)の変革に関する書籍を何冊か読んできたが、その中で自分達が体験したことと通じることが多いという点で、一番納得感が高いもの1つがコッターの『企業変革力』 [コッター, 2002]である。この書籍でコッターが提案した 8 ステップ変革モデルは、変革を進める際に必要なことを時間軸に沿ってロードマップ的に示したものである。本記事では、コッターが提案する 8 ステップ変革モデルをまず紹介し、自分達の体験とこれらの 8 ステップとの類似性と相違点について論じる。

コッターの 8 ステップの変革モデル

この節では、コッターが提案した 8 ステップの変革モデル [コッター, 2002] を著者なりに簡単に説明する。

  1. 危機意識を生み出せ
  2. 変革を進めるための連帯チームを結成する
  3. ビジョンと戦略を作る
  4. ビジョンを周知徹底する
  5. 従業員の自発を促す
  6. 短期的な成果を実現する
  7. 成果を活かしてさらに変革を進める
  8. 新しい方法を企業文化に定着させる

著者は、変革の8ステップを、様々な組織変革の取り組みをどのように進めるかを考えるために役立つだけではなく、組織変革の取り組みがうまく行かない場合の課題や失敗原因を理解するために役立つと考えている。以降、各ステップを簡単に説明する。

1. 危機意識を生み出せ

組織変革の出発点となるのは、現状のままでは、自分たちのビジネスが先細りになったり、負けたりするという危機感であることが多い。ただ、そのような危機感を組織のメンバーが漠然と感じているだけでは変革を進めるためには不十分である。危機感が希薄であると、変革を進めることのリスクが、現状を維持することのリスクよりも大きいと感じて、変革に取り組もうという真剣な気持ちが生まれない(あるいは強くならない)。

組織のトップが自ら危機感を持ち、それを組織のメンバーにその気持ちを共有することで、初めてその組織に変革に取り組まねばいけないという必要性を組織メンバーが理解し始める。

おそらく、変革のきっかけとして一般的に多いのは、このように自分たちのビジネスが先細りになったり、負けたりするという危機感だろうが、将来こうなるべき(なりたい)という願望が変革のきっかけになる場合もあるとされている。

2. 変革を進めるための連帯チームを結成する

危機意識が生まれることで、変革の必要性に関する理解は芽生えるだろうが、変革を具体的に進めるためには、組織のトップ自身ではなく、変革の推進チームが必要になる。このチームを連帯チームと呼ぶ。

連帯チームは、組織のトップや上位のマネジメントがメンバーを選抜して編成する。連帯チームのメンバーは、まず危機意識を強く持つことが望ましいが、著者はこれらのメンバーとして教条的だったり、強権的ではない人で、組織内で一定の尊敬を得ているようなメンバーが望ましいと思う。

3. ビジョンと戦略を作る

連帯チームが、組織のトップや上位のマネジメントとともに、危機を乗り越えるために組織が目指すべき将来像(ビジョン)などをまとめるとともに、変革を推進するための戦略を立案する。このステップで重要なことは、組織のメンバーにとって理解し、記憶に残りやすいようなビジョンを取りまとめることである。また、ビジョンを実現するために、今までの仕事のやり方や考え方をどのように変えなくてはいけないかという解決策を提示しなければならない。

次に、変革を推進するための戦略であるが、これはビジョンを具体化する行動をどこでどのように進めるかという大きな方針である。例えば、組織内でもビジョンの具体化につながりやすいプロダクトやサービスの分野が存在する場合や、そのような分野を新たに作らねばならない場合、そのような分野に関わる人たちの変革に対する柔軟性や積極性などがどうであるかなどを考慮して、ビジョンを具体化する行動をどこでどのように進めるかという大きな方針を決める必要がある。

4. ビジョンを周知徹底する

連帯チームが、とりまとめたビジョンや解決策を組織のあらゆる階層の人たちに、繰り返し説明したり、変革に関係する話題を取り上げる。組織のメンバーは、ビジョンや解決策の説明を1回受けただけでは、それを十分に理解したり、そのビジョンや解決策に共感できないことが多い。そのために、しつこいほど、繰り返し説明したり、変革に関係する話題を取り上げる必要がある。

しつこいほど、繰り返し説明したり、変革に関係する話題を取り上げるためには、連帯チームだけではなく、組織の中間管理職もこの活動を積極的に担う必要がある。そのために、このステップの初期段階で、組織の中間管理職に対してビジョンや解決策を説明したり、議論をする場を設けて、組織の中間管理職が自らの言葉でビジョンを語れるようにすることが必要になるだろう。

5. 従業員の自発を促す

ビジョンで示されたことを実現するために、組織のメンバーが新たなやり方や考え方を自発的に実践できるように障害を取り除く。当たり前のことだが、このステップにおいて、新たなやり方や考え方が自分たちの仕事において実際に適用できることが求められる。

6. 短期的な成果を実現する

変革を開始してから3か月程度で、新たなやり方や考え方に対して肯定的な成果を得る必要がある。成果が上がらないと、変革の取り組みへの期待が萎み、勢いが失速する恐れがある。成果については、必ずしも大きな売り上げや多数の新規顧客の獲得などを達成する必要は無いが、少なくとも既存のやり方/考え方とは異なる成果が出ていることを示す必要がある。

逆に、新たなやり方や考え方とのビジネス成果との結びつき—つまりビジョンと解決策の妥当性—が考えられていなければ、この段階で変革が挫折する可能性が高い。

7. 成果を活かしてさらに変革を進める

新たなやり方や考え方を適用することでの良い成果が1つ以上得られたら、それらをてこにして新たなやり方や考え方をさらに組織に広げる。

Fearless Change [Mary Linda, 2014] では、イノベーションに対して社内での成功事例が生まれることでそのイノベーションに取り組み始める人たちを Early Majority と分類している。この人たちが組織内で存在する割合が比較的高く、この人たちが新たなやり方や考え方を適用し始めることで変革が少しずつ組織内で広がり始める。

この段階で、新たなやり方や考え方とのビジネス成果との結びつき—つまりビジョンと解決策の妥当性—が本格的に問われることになる。

8. 新しい方法を企業文化に定着させる

文化とは、新たなやり方や考え方がその組織内で当たり前になった(=定着する)状態のことを意味する。新たなやり方や考え方が文化として根付くためには、10年近い時間が必要だと言われている。

自分達の体験との対比

自分達の体験で、コッターの8ステップの変革モデルと最も通じたのは、20年以上前の話だが「オブジェクト指向技術」をビジネスの柱としようとした取り組みだ。この取り組みの推進の中心にいたのは、私の元上司のFさんや私の先輩のYさん、その他の同僚であり、私はそれらの人たちと連携しながらオブジェクト指向技術のビジネスを広げる初期段階で力を尽くした。以降、私達の体験をコッターの8ステップの変革モデルに即して大雑把に記述する。

1. 危機意識を生み出せ

我々の場合、「オブジェクト指向技術」を担ごうとしたのは危機意識からではなく、根源的には思い上がりかもしれないが、「日本のソフトウェア開発の現状」をより合理的なものにしたかったからだと思う。

ただ、「日本のソフトウェア開発の現状」をより合理的なものにするというゴールが当初から設定されていたのではなく、「オブジェクト指向技術」に関するいくつかの技術を研究開発的に取り組むうちに、私の元上司のFさんが「それを事業にしたい」と思い始め、私の先輩のYさん、その他の同僚や私がそのブレーンとなり、活動する中で徐々に形成されたのだと思う。(この段階は、実際には様々な軌道修正があり、最終的に「オブジェクト指向技術」に行き着いた)

ただ、「オブジェクト指向技術」をビジネスの柱にできた大きな原動力の1つは、Fさんが社長や役員に働きかけをして、社長の理解を得るとともに、シリコンバレーにオフィスを構えたり、米国のベンダーと提携するなどの投資を認めてもらったことが大きい。

2. 変革を進めるための連帯チームを結成する

このステップに分類できるかなと思われることにおいて、私の体験はコッターのモデルと少しずれているかもしれない。私の元上司のFさんは、自らがマネジメントしている組織で変革を開始し、その部下であった先輩のYさん、その他の同僚や私がその変革を自ら実践する実行部隊となった。そのために、様々な機能所属からエースを集めたチームではなく、1つの所属内のほぼ1つのグループ(技術者)が変革を自ら実践する形になった。このメンバーを変革のコアメンバーと呼ぶ。

但し、オブジェクト指向のビジネスが立ち上がる早い段階で、先輩のYさんを中心に、マーケティング、営業のメンバーもチームに加わり、製販マーケ一体の体制になった。

3. ビジョンと戦略を作る

私の元上司のFさんは、日本の組織において珍しい戦略家であり、かつ勉強家で新たなアイデアを自ら考えるとともに、部下の意見を柔軟に取り入れる人だった。また、先輩のYさんは、勉強家かつアイデア豊富な人であり、顧客とのコミュニケーションに優れたひとであった。先輩のYさんから、「オブジェクト指向技術」をビジネスの柱にするということ、つまり「オブジェクト指向技術のトータルベンダーになる」というビジョンが生まれた。

1.危機意識を生み出せのところですでに述べたが、Fさんは、いくつかの米国のベンダーと提携することについて、社長を始めとする役員に認めてもらうことを通じて、社長に味方になってもらうとともに、若手のメンバーをマネジメントの立場に引き上げて、自分の影響力が及ぶ所属のグループから変革を実行するグループに徐々にメンバーを移した。この変革を実行するグループを変革の実践グループと呼ぶ。これにより、社長、Fさん、我々ミドルマネジメントというビジョンを共有したメンバーによる組織を形成できたのである。

4. ビジョンを周知徹底する

このステップに分類できるかなと思われることにおいて、私の体験はコッターのモデルと少しずれているかもしれない。Fさんは、「オブジェクト指向技術」をビジネスの柱にするビジョンを繰り返し役員会で説明するとともに、「オブジェクト指向技術」に関連する書籍を翻訳し、出版した。その一方で、Yさんは、「オブジェクト指向技術」を分かりやすく解説するプレゼンを作成し、それにより顧客の開拓を行った。これら以外にも社内外に向けた「オブジェクト指向技術」のプロモーションを行った。

さらに、我々ミドルマネジメントも、ビジョンを共有していたため、自らの行動を通じてビジョンの実現に向かう姿勢を組織のメンバーに常に見せた。また、実践を通じてメンバーにオブジェクト指向技術を教えていった。

5. 従業員の自発を促す

変革のコアメンバーは、各々「オブジェクト指向技術」の様々な分野のエキスパートであったが、米国ベンダーとの提携を通じて各々専門性をさらに高めていった。このような技術を継続的に学ぶという姿勢は、変革を実践するチーム全体において比較的広がっていた。また、専門性に対する興味が高まるとともに、社内での勉強会などの活動が自発的に高まった。

6. 短期的な成果を実現する

「オブジェクト指向技術」の開発案件を得るまでの道のりは全然平たんではなく、理想的でもなかった。最初のプロジェクトは、私が関わっていたが、いろいろな意味でかなり難航し、社内的に成功と歯切れよくアピールできるものではなかった。ただ、私たちは少なくともオブジェクト指向のモデルにより、要求を分析し、設計し、プログラミングにつなげるという開発スタイルを複数チームの体制で行えることを実証したことが成果と言えるかもしれない。

最初のプロジェクトが終わるころに受注した2番目のプロジェクトは、Yさん自らがリードし、このプロジェクトの成功が「オブジェクト指向技術のトータルベンダーになる」というビジョンの有効性を示す第1歩になった。

7. 成果を活かしてさらに変革を進める

2番目のプロジェクト以降は、その実績が呼び水になって、「オブジェクト指向技術」関係のプロジェクトが徐々に増えていった。同時に、オブジェクト指向の方法論が UML により記法レベルで統一されたことや、Java の登場や普及にも後押しされて、「オブジェクト指向技術のトータルベンダーになる」というビジョンの成果が増えていき、組織内でより広範に共有されていった。

8. 新しい方法を企業文化に定着させる

「オブジェクト指向技術のトータルベンダーになる」というビジョンやその新しい方法が文化として定着したか否かという観点で考えた場合、例えば、技術部という組織ではその精神を受け継ぐ形で文化としてある程度定着したかもしれない。それでも、企業全体で文化として定着した訳ではないかもしれない。その理由として、以下の2点が考えられる。

  • J2EE等の普及により「オブジェクト指向技術」が当たり前になった
  • 「オブジェクト指向技術」そのものが文化になりえなかった

前者については、あまり説明が必要無いだろうが、確かに「オブジェクト指向技術」が当たり前になったが、これを文化と呼ぶべきかは悩ましいところだ。その原因の1つとして考えられるのが、「オブジェクト指向技術」という技術をビジョンに設定したことではないかと考えらえる。つまり、技術をビジョンに設定することには、ビジョンを実現するために行うことを具体的に示すという長所がある反面、比較的短い期間で陳腐化し、文化のように長期的に企業の行動様式として根付くものにはなりにくいという短所があるのではないかと考えられる。

コッターの8ステップの変革モデルと自分体験を対比して分かったこと

今回、コッターの8ステップの変革モデルと自分体験を対比して分かったことは以下の4点である。

  • ビジョン作成の難しさ?
  • ビジョンを共有したメンバーによる組織の形成が大事
  • 連帯チームは最初から組織横断とは限らない
  • 短期的な成果が望ましいが諦めないことも大事

ビジョン作成の難しさ?

まず、「オブジェクト指向技術のトータルベンダーになる」というビジョン自身は素晴らしかったと思う。しかし、悩ましいのは、このビジョンそのものが長期的に人々の行動様式になり、文化として根付くものだったかと考えた場合に、このビジョンそのものでは難しいと思われる点である。

長期的に人々の行動様式になり、文化として根付くためには、特定の技術に対するビジョンから、「特定の技術をビジョンとして担いだ」自分たちの考え方や価値観をさらに深掘りして、ビジョンを再定義すべきだったかもしれない。

ビジョンを共有したメンバーによる組織の形成が大事

この点については、先に記述したのであまり追記することはないが、ビジョンを共有したメンバーの思いの強さ(熱さ)というのは、独善的になりかねない危険性はある反面、ビジネス成果をなかなか出せない間も耐えて前向きに活動する原動力になると思う。

連帯チームは最初から組織横断とは限らない

この点については、先に記述したのであまり追記することはないが、1つの所属内のほぼ1つのグループ(技術者)が推進したことで、ビジョンがぼやけず、ビジネス成果をなかなか出せない間も強く連帯して活動できたと思う。このように組織の一部で、変革を推進し、実行するという、モデルケース的アプローチは現実的にはかなり有効ではないかと著者は思う。

それでも、ビジネス成果を出すためには、多様なスキルが必要であり、連帯チームにおいてそのようなスキルの多様性をどのように実現するかが課題になる。

短期的な成果が望ましいが諦めないことも大事

短期的な成果は、連帯チームが組織に広く変革の有効性をアピールするために有効だと思われるが、その反面、短期的な成果を上げることは現実的にはなかなか難しいことが多いのではないかと思う。この点は、まず1つの所属内のほぼ1つのグループ(技術者)での実践に焦点を合わせて、組織に広く変革の有効性をアピールすることをすぐに目指さないことで少し緩和されるかもしれない。

前編の最後に

本記事では、コッターが提案する8ステップ変革モデルをまず紹介し、自分自身の体験とこれらの8ステップとを対比し、それらの対比で分かったことを論じた。実は、本記事で取り上げたコッターが提案する 8 ステップ変革モデルは、文献 [コッター, 2002] に基づくものだが、この 8 ステップ変革モデルは文献 [コッター, 2015]で変更されている。次回の記事では、文献 [コッター, 2015] における 8 ステップ変革モデルの変更点を紹介し、この変更点と今回の記事との考察とを対比する予定である。

参考文献

[コッター, 2002] ジョン・P. コッター、企業変革力、日経BP、2002
[コッター, 2015] ジョン・P・コッター、ジョン・P・コッター 実行する組織、ダイヤモンド社、2015
[Mary Linda, 2014] Mary Lynn Mans、Linda Rising, Fearless Change アジャイルに効く アイデアを組織に広めるための48のパターン、丸善出版、2014