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アジャイル

変革の現状と課題の把握に役立つADKAR®モデルの概要とアセスメント

エンタープライズアジャイル徒然草 第6回
オージス総研 技術部 ビジネスイノベーションセンター
藤井 拓
2021年3月18日

本記事では、ProsciのJeffrey Hiattが提案したADKAR®モデルという組織変革モデルを紹介する。ADKAR®は変革を実行する個人と組織の両面で変革の状況や課題を把握することに役立つ。本記事では、まずADKAR®の特徴を説明し、さらにADKAR®の5ステップを説明する。さらに、変革の状況や課題を把握するために役立つADKAR®のアセスメントシートを紹介する。

ADKAR®モデルの特徴

ADKAR®モデルとは、ProsciのJeffrey Hiattが書籍『ADKAR: A Model for Change in Business, Government and Community』 [Hiatt, 2006]で紹介した比較的シンプルな組織変革モデルである。ADKAR®は、組織変革のステップを以下の5ステップで捉える。

  • Aware (認識)
  • Desire(願望)
  • Knowledge(知識)
  • Ability(能力)
  • Reinforce(強化)

アジャイルの世界では、Mike Cohnが提唱したADAPTというアジャイルの導入のステップが有名だが、そのADAPTを発想するもとになったのがADKAR®である。筆者は、『Lean Change Management』 [Little, 2014]という組織変革手法で組織や変革の現状を評価するためにADKAR®が使われていることで興味を持ち、前述の『ADKAR』本を読んだ。その結果、これが確かに組織変革を進める際に非常に有用なモデルと考えて、本記事を執筆した。

ADKAR®の特徴は、以下の3点にあるのではないかと筆者は考えている。

  • 組織で変革を実行する人々の目線(気持ち)を理解(推測)するために役立つ
  • 変革対象の組織の状況や課題を把握するために役立つ
  • 変革を実行するために必要な知識や能力を個人が習得することの重要性やタイミングを示している

これらの特徴により、ADKAR®は変革を実行する個人と組織の両面で変革の状況や課題を把握することに役立つとともに、変革を実行するために必要な知識や能力を育むという観点で変革を考えるために役立つ。これは、本連載の前回前々回で紹介したコッターの組織変革にはない特徴であり、この特徴ゆえにADKAR®が『Lean Change Management』などで組織や変革の現状を評価するために用いられている。

なお、ADKAR®は、変革の状況や課題を把握するだけではなく、6つのステップを通じて組織の変革を進める際のプラクティスや役割についても提案している。しかし、本記事では変革の状況や課題を把握することにおけるADKAR®の有効性のみを紹介する。

ADKAR®モデルの5ステップ

この節では、ADKAR®の5つのステップを前回までの2回にわたり紹介したコッターの企業変革モデルなどと対比して簡単に紹介する。また、『ADKAR』本では、社会的な変革などを例として用いているが、以降では「地球の温暖化」と「新型コロナへの対応」を題材にADKAR®を適用してみる。

Aware (認識)

このステップは、コッターの『企業変革力』 [コッター, 2002]の「危機意識を生み出せ」というステップに対応する。組織で変革を実行する人々に対して、その組織のシニアな立場の人やその発言に信頼がおかれている有識者が、その組織で変革が必要な理由や新たに挑もうとしている方向性(機会)を説明する。

その組織で変革が必要な理由を訴えた結果、その組織のメンバーの多くが変革が必要なことを理解している状況になれば、その組織変革はAware(認識)のステップを達成したことになる。

「地球の温暖化への対応」では、マスメディアを通じて、化石燃料によるCO2排出量削減が必要な理由と、再生可能エネルギーへの転換の必要性が広く知らされている。さらに、日本政府も化石燃料によるCO2排出量削減に対する取り組みを強めることを発表した。

一方、「新型コロナへの対応」でも、2020年の春にマスメディアを通じて、新型コロナの危険性と、感染拡大を防ぐために、当面の間これまでの生活を変える必要性が説明された。その際に、「3密」というようなキーワードで注意すべきポイントが示されたことが非常に有効だったのだと思われる。

正確には、これらの変革の必要性がどの程度の割合で理解されているかを調査する必要があるが、おそらく「地球の温暖化への対応」も「新型コロナへの対応」も課題や進むべき方向性に対する認知度は高いと思われる。このことから、これらの2つの変革に対するAware (認識)はかなり達成されていると思われる。

Desire(願望)

このステップは、コッターの『企業変革力』でいえば「ビジョンを周知徹底する」や「従業員の自発を促す」に相当すると考えることが可能かもしれないが、それを周知徹底されたり、促される側の視点から捉えている点で違いがあるかもしれない。Desire(願望)は、ビジョンを聞いた人が、それを自ら実践したい気持ちを持つ状態になるということである。

「地球の温暖化への対応」では、地球の温暖化を課題として認識した人たちや会社が、再生可能エネルギーへの転換をしたいと思うかということである。例えば、日本ではハイブリッド車への転換が進んでいるが、それは再生可能エネルギーへの転換をしたいというDesire(願望)が生まれていることを表しているかもしれない。その一方で、再生可能エネルギーへの転換に向けて自分自身ができそうなことが無いと思い、Desire(願望)を持てない人もいるかもしれない。

「新型コロナへの対応」では、自分や家族などの健康(生命)に対する危険をより切実に感じる人がさらに多いのではないかと思うが、そのために「新型コロナへの対応」を実践したいDesire(願望)はより高いのではないかと思われる。また、先に述べたように「3密」というようなキーワードで実践すべきポイントが示されたことでDesire(願望)を抱く人の割合が増えたのではないかと思われる。

これらの考察から、「地球の温暖化への対応」では、Desire(願望)がある程度生まれているが、Desire(願望)を持てない人の割合も高いのに対して、「新型コロナへの対応」ではDesire(願望)を抱く人の割合がかなり高いのではないかと思われる。

「地球の温暖化への対応」では、「再生可能エネルギーへの転換に向けて自分自身ができそうなことが無い」というところがDesire(願望)をさらに生むために重要になりそうである。同様に、企業内で変革を進める際には、変革に向けて個人個人がどのようなことを実践できるかを具体的に示せるかどうかがDesire(願望)を生むために重要になる。

さらに、企業の変革の話を続けると、『ADKAR』本では、Desire(願望)を持つために直属の上司の役割が大きいと記している。つまり、Aware (認識)で一般論として変革の必要性が分かっても、自分自身という各論で「この変革が自分に何をもたらすだろうか」という疑問や「この変革で自分が何を行うべきか」という疑問の解消を直接の上司が支援する必要があるということである。このためには、直接の上司自身が変革に対して前向きであることが前提になる。

Knowledge(知識)

このステップは、コッターの『企業変革力』では言及されていないステップである。このステップでは、Desire(願望)を抱いた人たちが変革を実践するために必要な知識を習得するというものである。ここで、Desire(願望)を抱いた人たちに必要な知識を提示できなければ、変革へのDesire(願望)がしぼんでしまうかもしれない。

「地球の温暖化への対応」では、このステップでは、様々な再生可能エネルギーに対する知識や、CO2の発生を抑制する方法に対する知識を習得することが考えられる。「新型コロナへの対応」では、感染を予防したり、流行を抑えたり、在宅勤務のストレスを軽減するための様々な方法に対する知識を習得することが考えられる。

変革を推進する人の立場では、Desire(願望)を抱いた人たちに必要な知識を提示できるように準備しておかねばならない。但し、大切なことは、Aware (認識)、Desire(願望)の段階を経て初めてKnowledge(知識)が必要になるということである。日本の学校教育は、これまでKnowledge(知識)の比重が高かったこともあり、その経験でKnowledge(知識)を先行すれば、変革の実践につながると考えてしまう傾向があると思う。

Knowledge(知識)を得るところが退屈になることも多いので、筆者は次のAbility(能力)も併せて育成するようなワークショップを持つことが有効であることが多いのではないかと考える。

Ability(能力)

このステップも、コッターの『企業変革力』では言及されていないステップである。このステップでは、変革を実行するKnowledge(知識)を得た人達が実際にそれを活用して実行できるようにする。ここで、Knowledge(知識)を得た人達がそれを活用して実行できるようにならなければ変革の実行は進まないのである。

「地球の温暖化への対応」では、再生可能エネルギーへの転換に向けて自分自身ができることを実行していくことが必要になる。例えば、先に述べたようにハイブリッド車を購入したり、ソーラーパネルを自宅に設置したり、あるいは省エネに貢献できるように自分の行動を変えることである。「新型コロナへの対応」では、マスクを着用し、こまめに消毒をして、3密を避けることを始めとして、感染を予防したり、流行を抑える行動をとることになる。

Reinforce(強化)

このステップは、『企業変革力』では「成果を活かしてさらに変革を進める」、『実行する組織』 [コッター, 2015]では「早めに成果を上げて祝う」に対応するかもしれない。このステップでは、Ability(能力)を得て変革を実行している人たちを認めて、変革をさらに実行するように後押しすることが必要になる。

「地球の温暖化への対応」では、再生可能エネルギーへの転換に向けてそれを後押しする補助金を提供するなどの施策を実行することが考えられる。「新型コロナへの対応」では、通信料やシステム的なインフラなどに対する補助などテレワークを普及する施策を実行することが考えられる。

補助金などの例が続いたが、企業で変革を進める場合には、必ずしも金銭だけを強化の手段として考えるのではなく、個別のメンバーが新たな仕事のやり方に取り組むことを直接の上司が認めていくことも強化を行う手段になる。あるいは、新たな仕事のやり方によって成果が生まれた際にそれを直接の上司を含めてみんなで祝うことも有効である。

逆に、個別のメンバーが新たな仕事のやり方に取り組むことを直接の上司が認めなかったり、新たな仕事のやり方によって成果が生まれても祝わなかったりすることは、変革を進める観点ではマイナスに作用する。

ADKAR®モデルによる変革のアセスメント

「ADKAR®モデルの特徴」の節で紹介したようにADKAR®モデルは、変革を実行する個人と組織の両面で変革の状況や課題を把握することに役立つ。それを具体的に実践するために、以下のようなアセスメントシートが『ADKAR』本に掲載されている。

ADKAR®のアセスメント

あなたの職場で実装されつつある変革について短く記述してください。その変革の重要な要素を要約してください。

1. あなたの変革の必要性に対する認識を記述してください。変革のニーズを生みだしたビジネス、あるいは顧客、競争相手の問題は何でしょうか?(記述式の回答)

その理由をレビューし、この変革に対するビジネス上のすべての理由をあなたが認識し、理解している度合いを自問してください。それを 1 から 5 の目盛りでランク付けしてください。(1=最も低い、5=最も高い)

2. あなたの変革したいという願望に影響する、この変革の動機を高める要素あるいは結末(よいものや悪いもの)を、その変革を支持せざるをえない、あるいはその変革に対して反対せざるをえない理由を含んで、リストアップしてください。(記述式の回答)

これらの動機を高める要素、あるいは潜在的な反対を考慮してください。あなたの変革したいという願望を評価してください。それを 1 から 5 の目盛りでランク付けしてください。

3. その変革を支持するために、転換の間や転換後にあなたが必要としているスキルと知識をリストアップしてください。(記述式の回答)

あなたは、必要なスキルと知識をはっきりと理解していますか?これらの領域で、あなたはトレーニングや教育を受けましたか?それを 1 から 5 の目盛りでランク付けしてください。

4. 先に挙げたスキルと知識を考えて、この変革を実装する自分の全体的な能力を評価してください。あなたは、どのような挑戦を予期していますか?この変革を実現する組織の能力を妨げる障害はなんでしょうか?(記述式の回答)

あなたは、この変革に関係する新たなスキル、そして知識や振る舞いを実装する能力をどの程度持っているでしょうか?それを 1 から 5 の目盛りでランク付けしてください。

5. あなたがその変革を持続することを助けるだろう、あなたの組織における強化策をリストアップしてください。変革が定着するために、どのようなインセンティブが適用されるべきでしょうか?その変革を支持しないインセンティブはなんでしょうか?(記述式の回答)

その変革を支持し、持続するような強化策がどの程度適用されているでしょうか?それを 1 から 5 の目盛りでランク付けしてください。

出典:『ADKAR: A Model for Change in Business, Government and Community』の記載内容を翻訳

変革の現状や課題を理解するために、『Lean Change Management』でもこのようなアセスメントが活用されている。

まとめ

本記事では、まずADKAR®の特徴を説明し、さらにADKAR®の5ステップを説明した。さらに、変革の状況や課題を把握するために役立つADKAR®のアセスメントシートを紹介した。

ADKAR®の特徴は、以下の3点にあるのではないかと筆者は考えている。

  • 組織で変革を実行する人々の目線(気持ち)を理解(推測)するために役立つ
  • 変革対象の組織の状況や課題を把握するために役立つ
  • 変革を実行するために必要な知識や能力を個人が習得することの重要性やタイミングを示している

これらの特徴により、ADKAR®は変革を実行する個人と組織の両面で変革の状況や課題を把握することに役立つとともに、変革を実行するために必要な知識や能力を育むという観点で変革を考えるために役立つ。これらは、コッターの『企業変革力』などの変革アプローチに含まれていないものであり、ADKAR®がそれらの変革アプローチを補うために役立つと期待できる。

ADKARは、Prosciの登録商標です。

参考文献

[Hiatt, 2006] Hiatt, Jeffrey. (2006). ADKAR: A Model for Change in Business, Government and Community. Prosci Research.
[Little, 2014] Little, Jason. (2014). Lean Change Management: Innovative Practices For Managing Organizational Change 1st Edition. Happy Melly Express
[コッター, 2002] コッター, ジョン・P. (2002). 企業変革力. 日経BP
[コッター, 2015] コッター, ジョン・P. (2015). 実行する組織―大企業がベンチャーのスピードで動く. ダイヤモンド社