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アジャイル

コッターの変革モデルと自分達の体験を対比する(後編)

エンタープライズアジャイル徒然草 第5回
オージス総研 技術部 ビジネスイノベーションセンター
藤井 拓
2020年12月17日

本記事では、『実行する組織』の組織変革の目的と組織変革を進めるためのアプローチ(デュアル・システム)をまず説明する。次に、デュアル・システムを成功させる原則、『実行する組織』の8ステップ(アクセラレータ)を説明し、これらの原則やアクセラレータについて論じる。さらに、従来のビジョンに一部置き換わる「大きな機会」についても説明し、論じる。最後に、デュアル・システムの有効性に対する自分の考察を説明する。

後編のはじめに

 筆者は、コッターの『企業変革力』 [コッター, 2002]を4, 5年ほど前に読んで本記事の 前編 で記したように8ステップを知り、それが自分たちの経験と通じる点もあると感じていた。しかし、今回本記事の前編を書く際に、8ステップがその後変わっていることを知り、そのことが説明されているコッターの『実行する組織』 [コッター, 2015]を読んだ。読んだ結果、8ステップの文言だけを見れば変化が小さいように思えるが、実際には、組織変革の目的やアプローチが大きく変わっていることに気づいた。  筆者は、『実行する組織』での組織変革の目的と組織変革を進めるためのアプローチ(デュアル・システム)が、『企業変革力』のアプローチよりも現在の日本の企業への適合性が高いかもしれないと考え、それを本記事で紹介することにした。

『実行する組織』の組織変革の目的とデュアル・システム

『実行する組織』が掲げている企業の課題は、世の中の変化のスピードが加速しているということである。書籍では、ニューヨーク証券取引所の年間出来高や特許の申請数などが1990年代以降に加速度的に増えているというデータにより、変化のスピードが加速していることを示している。つまり、この世の中の変化のスピードの加速に対して、企業が追随するのが困難になっている。

世の中の変化のスピードの加速に対して、企業が追随するのは困難になっている原因をコッターは、階層型組織の限界と考えている。つまり、階層型組織は、多数の社員を適切に管理することが可能になったり、単に反復するだけではなく、「ある程度」の変化に応じて自己強化を行えるという長所を持つ。しかし、ある程度の変化では収まらないようなイノベーションの重要性が増している現在の状況では、階層型組織で培われた企業文化が、そのようなイノベーションが起きることを阻害している。ところが、階層型組織で培われた企業文化を変える必要に気づいて、そのような変革を行おうとしてもあまり成功しないことが多い。

このような変化が加速している状況に対応する手段として、コッターは、デュアル・システムを提案している。デュアル・システムを構成する2つのシステムのうち、一方は階層型組織であり、他方はネットワーク型組織である。つまり、現在のビジネスの主力となる階層型組織を維持しつつ、これにイノベーションに取り組むネットワーク型組織を共存させるということである。このネットワーク型組織で運営されるのは、「スピードと俊敏性を追求するリーダーシップ発揮型プロセス」だとされている。

デュアル・システム(書籍『実行する組織』の図に基づいて作成)
デュアル・システム(書籍『実行する組織』の図に基づいて作成)

ここで、注意しなくてはならないのは、デュアル・システムのネットワーク型組織のメンバーは、階層型組織のメンバーでもあり、ネットワーク型組織を兼務しているということである。その一方で、このネットワーク型組織は、タスクフォースや特命チームとは異なるとコッターは述べている。これらが本当に違いうるのかを、次セクションで説明する「デュアル・システムを成功に導くための原則」に基づいて考えていく。

 なお、筆者は、デュアル・システムがうまく機能するための前提は、メンバーの自主性が発揮されることであり、またメンバーの自主性を生むために「大きな機会(テーマ)」をどのように設定するかが大事になると考えている。これらについても以降で論じていく。

デュアル・システムを成功に導くための原則

 コッターは、デュアル・システムを成功に導くために以下の5つの原則を提案している。

  1. 社内のさまざまな部門からたくさんのチェンジ・エージェントを動員する
  2. 「命じられてやる」ではなく「やりたい」気持ちを引き出す
  3. 理性だけでなく感情にも訴えかける
  4. リーダーを増やす
  5. 階層組織とネットワーク組織の連携を深める

これらの原則は、デュアル・システムのネットワーク型組織側の在り方に対するものであるが、これらに対する補足説明と筆者の考察や経験を以下に述べる。

変則的ではあるが、E からまず補足すると、これは「階層型組織のメンバーが、自主的にネットワーク型組織のメンバーを兼務することで実現される」とされている。

このやり方は、階層型組織にとって比較的受け入れやすく、なおかつ階層型組織で能力を認められたメンバーもネットワーク型組織に加わりやすいという利点があるのではないかと思われる。その反面、階層型組織とネットワーク型組織の両方の業務のバランスをとることが難しいのではないかという懸念がある。いずれにせよ、階層型組織とネットワーク型組織の両方が会社にとって重要だという認識をマネジメントが持つ必要があるだろう。本記事の前編で記したことから分かるように、私たちの体験では、階層型組織とネットワーク型組織は併存していなかった。

次に、B だが、筆者はこれが大きなポイントではないかと思う。E の補足で「自主的に兼務する」と記したことが、この原則で表現されている。ここが、タスクフォースや特命チームとの違いになると思う。『マネジメント3.0』 [Appelo, 2010]では、階層的ではなく、コミュニティー(ネットワーク)的な組織を目指しているが、それと似ているような気がする。

前編で記した私たちの体験で記述していなかったが、私たちがオブジェクト指向に興味を持った大きな原因は、仕事でオブジェクト指向プログラミング言語を使っていたことに加えてもう1つあった。当時会社の職場ごとに小集団活動が行われており、私たちの小集団活動で同僚が OMT (Object Modeling Technique) 法を取り上げようと言ったことも大きかったのではないかと思う。その点で、私たちは、確かにオブジェクト指向への取り組みの早期から「命じられてやる」ではなく「やりたい」気持ちを持っていたのだと言える。

ただ、「やりたい」気持ちを持つというのは大きなポイントであるが、「やりたい」気持ちを持つようなテーマをどのように設定するのかということがそれ以前に問われる。むろん、「やりたい」気持ちをテーマとして表現することもありうると思うが。

C は、ハース兄弟の『スイッチ!』[チップ・ハース ダン・ハース, 2013]で組織の変革のポイントを象と象使いのメタファーで説明している点と重なる。つまり、象で例えられる組織というものは、必ずしも論理に従って行動はしないものであり、感情に訴えかけることが象を動かすために必要だということである。

A は、本記事の前編で記したように、私たちの経験とはあまり一致しない。A は、変革しようとするテーマの広さ(波及する範囲)に依存するのではないかと思う。また、チェンジ・エージェントが自主的に多数参加することが起きえるのだとすると、それはそのテーマが広く共感を呼ぶものである必要があるのではないと思われる。

D は、本記事の前編で記したように、私たちの経験と比較的一致する。ネットワーク型組織自身が成長したり、階層型組織を変革する時には、それを推進するリーダーが必要になるからだと思われる。

繰り返しになるが、以上の考察と自らの経験との対比から、筆者は、デュアル・システムがうまく機能するためには、以下の 2 点が大事だと考えた。

  • メンバーの自主性に基づくこと
  • 「やりたい」気持ちを持つようなテーマをどのように設定するのか

この両者を考えた場合、「やりたい」気持ちを持つようなテーマは、メンバーの自主性(=やりたい気持ち)を誘起するという意味で、より根源的だと考えられる。この「やりたい」気持ちを持つようなテーマを、コッターは、「大きな機会」と呼んでいる。この「大きな機会」に対するコッターの説明と、筆者の考察については、本記事の後の部分に記す。

8つのアクセラレータ

『企業変革力』の8つの企業変革のステップは、『実行する組織』では、ネットワーク組織を機能させ、加速させるための以下の 8 つのアクセラレータと位置付けられている。

  1. 危機意識を高める(危機感を持ち、機会の実現を目指す)
  2. コア・グループを作る(コア・グループを形成する)
  3. ビジョンを掲げ、イニシアチブを決める
  4. 志願者を増やす(志願者を募り、イニシアチブを進める)
  5. 障害物を取り除く
  6. 早めに成果を上げて祝う
  7. 加速を維持する
  8. 変革を体質化する

ここで、コア・グループは「ネットワーク組織の母体となるグループ」とされている。「ビジョンを掲げ、イニシアチブを決める」では、以下の2点がポイントになる。

  • ビジョンの前に「機会の提言」を行う
  • 「最初に実行するイニシアチブには、コア・グループが『ぜひやりたい』と意気込むものを選ぶべきだ」

「機会の提言」とは、先に言及した「大きな機会」の説明を意味する。「機会の提言」については、あとでさらに説明する。また、「障害物を取り除く」では、「戦略的に重要な行動を阻む障害物を見つけて取り除く」ということを行う。

前述した8つのアクセラレータで、『企業変革力』の8つの企業変革のステップと大きく異なるのは、以下の2点である。

  • 志願者を増やす
  • 変革を体質化する

これらの2点について、以降論ずる。

「志願者を増やす」は、コア・グループのメンバーが階層型組織のメンバーにさらに仲間を増やしていくというものである。このステップは、『企業変革力』では「ビジョンを周知徹底する」であった。つまり、『企業変革力』は、組織の階層を通じて繰り返しビジョンを伝えることで、組織単位で変革への共感を得ようというものだったのだ。『企業変革力』と『実行する組織』の間の違いは、以下の2点にある。

  • ビジョンなどの伝え方:組織の階層 vs コア・グループのメンバー
  • ビジョンなどを伝える相手:組織の全メンバー vs 組織のメンバー

先に記したように、『実行する組織』では、変革の必要を感じて、それに情熱を持つ人たちが、自らの知り合いに対してビジョン(あるいは「機会の提言」)を伝え、それにより、仲間を増やしていくという形を取ることで、まさにコミュニティー活動のように活動を広げていく形なのである。

「変革を体質化する」は、デュアル・システムによる変革を体質化するということである。このステップは、『企業変革力』では「新しい方法を企業文化に定着させる」であった。つまり、『企業変革力』では、変革によって組織に取り入れた新しい行動様式を習慣として定着させるというものだった。これに対して、『実行する組織』では、新しい行動様式がデュアル・システムによる変革に特化する形になっている。つまり、既存のビジネスと併存する形で変化への対応を模索することこそが、組織の生き残りに非常に重要な能力であり、8つのアクセラレータはそれを習得するためのステップなのである。

大きな機会

『実行する組織』で、コッターは、「大きな機会」についての説明の最初の部分で、「デュアル・システムを成功させ組織を加速させるには、スタートの時点の違いが大きい」と記している。そのために、組織を加速させるためには、組織を奮い立たせてすばやいスタートダッシュを切れるような目標の提示が必要になるのである。この目標の提示は、戦略目標やビジョンのようなどちらかと言えば、理詰めのものではなく、論理と感情に訴えかけるものが必要になる。コッターは、この目標の提示を「機会の提言」と呼んでいる。

さらに、コッターは、ビジョンや戦略イニシアチブは、「機会の提言」から導き出されるものとしており、それらの違いを以下のように記している。

  • 機会の提言:論理的かつ感情に訴える、覚えやすい
  • ビジョン:大きな機会を活かすための方向性、全体像
  • 戦略イニシアチブ:ビジョンを実現するための具体的な行動

この機会の提言とビジョンの分類を本記事の前編に記した私たちの体験に当てはめてみると、以下のようになる。

  • 機会の提言:オブジェクト指向技術のリーディングベンダーになる
  • ビジョン:
    • 「オブジェクト指向技術のリーディングベンダーになる」ために、それらを実現するための製品、方法論を選りすぐり、提供するとともに、それらの製品、方法論を活用したソリューションの開発サービスや技術移転を提供する

つまり、私たちの体験においても、結果的には、機会の提言とビジョンに相当するものが存在したのではないかと思われる。また、機会の提言は、確かにネットワーク組織に自発的に参加したコア・メンバーを勢いづけるとともに、志願者をさらに得るために有効ではないかと思われる。

デュアル・システムの有効性に対する考察

 コッターのデュアル・システムのネットワーク型組織は、スタートアップと似たようなその企業の創成期の姿を再生できる可能性がある。ただ、スタートアップと似たような組織を作ることでビジネス的に成功の確率は高まるにせよ、客観的にはビジネス的に成功する確率は高くはない。つまり、ビジネス的に成功しないことも多いのではないかと考えられる。そこで、ネットワーク組織でのビジネス創出の成功と失敗の両方の可能性を考えて、デュアル・システムの有効性を考えた方がいいのではないかと筆者は考えた。

 ネットワーク型組織でのビジネス創出の成功と失敗の両方の可能性を考えてデュアル・システムの運営や有効性について、さらに考えたことが以下の2点である。

  1. 「社内のさまざまな部門からたくさんのチェンジ・エージェントを動員する」ことの意義
  2. デュアル・システム自身がどのように企業(組織)に可能性を切り開くか

A については、以下の2つの可能性があると思う。

  • 多様な人材(観点、アイデア)を集めることで、ネットワーク組織でのイノベーションの創出を促進する
  • さまざまな部門からのネットワーク組織の参加者が、元の階層型組織の所属に帰ってから、その所属の変革を行っていく

後者は、ネットワーク型組織に参加することで、既存のビジネスを離れた視点がその参加者に生まれ、それを元の階層型組織の所属で活かすということである。企業の将来に懸念される状況であれば、これらの2つの可能性を追求することに意義があるのではないかと筆者は考える。

B の可能性とは、A の意義で述べた2つの可能性なのではないかと筆者は考えた。さらに、ネットワーク型組織と階層型組織の両方を行き来して、両方での体験を活かすことで、会社が変化することを体質化できる可能性があると考えられる。

後編の最後に

本記事では、『実行する組織』の組織変革の目的と組織変革を進めるためのアプローチ(デュアル・システム)をまず説明し、次にデュアル・システムを成功させる原則、『実行する組織』の8ステップ(アクセラレータ)を説明した。これらにおいて注目すべき点は、ネットワーク型組織にメンバーが自発的に参加することを前提としている点と、そのためにこれらのメンバーが「やりたい」気持ちになるようなテーマの設定が必要な点である。さらに、メンバーが「やりたい」気持ちになるようなテーマである「大きな機会」についても説明し、自分たちの経験と対比した。最後に、デュアル・システムの有効性は、ネットワーク型組織が新たな機会を創出することではなく、ネットワーク型組織を経験した人たちが階層型組織に戻った以降に階層型組織を変えていく可能性を拓く点にあるのではないかと論じた。

参考文献

[Appelo, 2010] Jurgen Appelo, Management 3.0: Leading Agile Developers, Developing Agile Leaders, Addison-Wesley, 2010
[コッター, 2002] ジョン・P. コッター、企業変革力、日経BP、2002
[コッター, 2015] ジョン・P・コッター、ジョン・P・コッター 実行する組織、ダイヤモンド社、2015
[チップ・ハース ダン・ハース, 2013] チップ・ハース、ダン・ハース、スイッチ! 〔新版〕― 「変われない」を変える方法、早川書房、2013