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ビットコイン論文からさぐる ブロックチェーンのヒント

第1回 純粋な P2P
オージス総研
樋口 匡俊
2019年1月24日

記録によると、謎の人物サトシ・ナカモトがビットコインの論文を発表したのは、2008年秋のことでした。それから十年、いわゆる「仮想通貨」とともに「ブロックチェーン」という言葉が広く知られるようになりました。
「ブロックチェーンはビットコインから生まれた技術である。しかしビットコインはブロックチェーンの一例にすぎない。ブロックチェーンはさまざまな問題を解決する応用範囲の広い技術である。」そんな声もよく耳にします。
大きな期待のもと、さまざまなブロックチェーン・プロジェクトが生まれました。けれどもこれまでのところ、ビットコインに匹敵するような事例やユースケースはまだ生まれていないと言ってよいのではないでしょうか。
本連載では、ビットコイン論文を読みながら、ブロックチェーンについて考える手がかりになりそうなあれこれを紹介します。筆者は電子マネーや暗号技術の専門家ではなく、ブロックチェーンと向きあい始めてから日が浅い者ですが、同じようにブロックチェーンの入口あたりで思いめぐらしている方々と、筆者が思うところの「ヒント」を共有できればと思います。

ビットコイン論文

サトシ・ナカモト (Satoshi Nakamoto) が Cryptography Mailing List というメーリングリストに一通のメールを投稿したのは、いまから十年前の2008年10月31日のことでした。時刻は協定世界時 (UTC) で18時10分。日本時間では11月1日の未明ということになります。

メールには、彼がいま取り組んでいるというシステム、つまりビットコインの概要と論文の URL が記されていました。

現在、ビットコイン論文は https://bitcoin.org/bitcoin.pdf からダウンロードできます。発表当初とはいくらか異なる箇所があるといわれていますが、本連載では正式版として広く知られるこの PDF を読んでいくことにしましょう。※1

最初の一文

学術論文の冒頭におかれる Abstract (要旨) が、読者をひきつけるための広告塔であるならば、その一行目はとりわけ重要な意味をもつことでしょう。

ビットコイン論文の Abstract は、以下の一文からはじまります。

A purely peer-to-peer version of electronic cash would allow online payments to be sent directly from one party to another without going through a financial institution.

純粋なピア・トゥ・ピアの電子マネーがあるとしたら、それは金融機関を通さずに、一方から他方へ直接オンライン支払ができるものだろう。

論文のタイトル「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」からもわかるとおり、サトシはビットコインをピア・トゥ・ピア (peer-to-peer) の電子マネーシステム (electronic cash system) とみなしています。※2

ピアとは、地位や年齢、能力などが同じくらいの仲間のことです。仲間と仲間が対等につながりあって形づくるネットワークを、ピア・トゥ・ピア略して P2P といいます。

P2P

ビットコインが現れる以前、電子マネーの多くは銀行など金融機関を前提として考えられていました。金融機関を通さないことは、それだけでもひとつの大きな特徴といえるでしょう。

注目したいのは、純粋な P2P (purely peer-to-peer) という表現です。P2P に詳しい方は、ピュア型の P2P のことだろう、とあっさり通りすぎるかもしれません。けれども、今回はこの一文で立ち止まって、インターネットの歴史を簡単にふりかえりながら、サトシの言う純粋な P2P を思い描いてみることにしましょう。

バランのネットワーク類型

1960年代前半のアメリカ、ランド研究所のポール・バラン (Paul Baran) は「On Distributed Communications」という一連の論文を書き上げました。

バランが描いたネットワークの類型図は、五十年以上たったいまでも、ブロックチェーンを語るときよく引き合いに出されます。

バランによると、ネットワークはどれも大きく二つの要素に分けられます。

集中型と分散型

一つめ目の集中型 (centralized) は、もろく弱いものです。ランドはもともとアメリカ軍の支援を受けて発足したプロジェクトであり、ここで言う弱さは軍事的な弱さを意味します。弱点は、各ノードをつないでいる中央のノードにあります。そのたった一点が敵軍に破壊されるだけで、集中型は通信不能になってしまうのです。

もう一つの分散型 (distributed) には、弱点となる中央のノードがありません。あるノードが破壊されても、残りのノードは引き続き通信を行えます。それぞれが網の目のような経路でつながりあっているためです。

実際のネットワークは、これら二つの要素の混合である非集中型 (decentralized) となります。例えば以下の図のように、集中型の中央のノードがいくつかつながりあってひとつのネットワークを形作ります。

非集中型

非集中型は、中央のノードが複数あるという点で集中型より強いといえます。しかし、それらわずかなノードが破壊されただけで通信不能になるという点では分散型に劣ります。

現実としてはどうがんばっても集中型の弱さは残るのかもしれません。しかしできるかぎり理想としての分散型に近づけたい。それが研究の最大のテーマだったわけです。だとすると、まったく集中型ではないかのような「非」集中型のかわりに、「脱」集中型と訳すほうが適当なのかもしれません。

ARPANET

バランの論文から数年後、1960年代末のアメリカで ARPANET プロジェクトが立ち上がりました。大学や研究機関に散らばるコンピューターをつなげたこのネットワークは、インターネットの起源といわれています。

インターネットはもともと P2P システムとして構想されたという見方があります。当時は P2P という言葉はなかったはずですが、コンピューター同士が対等なピアであるという意味では、まあなんとなく P2P のような気もします。

実際のところどのようなネットワークだったのか見てみましょう。以下の図は RFC 33 をもとに初期の ARPANET を描いたものです。

ARPANET

バランの類型にあてはめてよく眺めてみてください。分散型のように見えて、U だけが S にしかつながっていませんね。どうもこれは非集中型のようです。

これを P2P と呼んでもよいのでしょうか? U が A や B とやりとりするためには S が欠かせないようですが。

まあもしも透過的といいますか、U が S を気にせず A や B とやりとりできるのならば、P2P と呼んでもよいかもしれません。この中で最後に ARPANET に接続したのは U ですし、また、S, A, B はカリフォルニア州にあるのに U だけがユタ州にあるという現実を踏まえれば、P2P の理想を追求しても仕方ないでしょう。なんだか S に弱みを握られているような気がしなくもないですが。

クライアント/サーバーの時代

1990年代後半になると、インターネットは爆発的に普及していきました。それから今日まで、ごく当たり前のものとして利用しているのが、クライアント/サーバー・モデルです。

クライアント/サーバー

Webブラウザからサーバーにアクセスし、さまざまなコンテンツやサービスを利用する。この仕組みを、バランの類型で考えてみるとどうでしょう。サーバーがダウンしただけで何もできなくなってしまった。そんな経験はありませんか?クラサバは非常に便利な反面、集中型のような危うさをあわせ持っているといえます。

また、クラサバは P2P の概念とは対極にあるような気さえします。近ごろ話題の GAFA を持ち出すまでもなく、膨大なデータやユーザーの管理権限など、クライアントとサーバーは明らかに対等ではありません。

P2P の登場

そうして2000年ごろから注目されるようになったのが P2P です。P2P では、ユーザーとユーザーが直接つながり、協力してコンテンツやサービスを提供し合います。P2P では、だれもがクライアントでありサーバーでもあるのです。

ピアがたくさんあれば、そのうち一つ二つダウンしたからといって P2P ネットワーク全体が崩壊することはありません。ついに P2P によってバランの分散型ネットワークが完璧に実現された!と言いたいところですが、現実にはそうとは言い切れません。例として、当時の代表的な P2P サービスであるナップスター (Napster) を見てみましょう。

ナップスター

ナップスターは P2P の音楽共有ファイルサービスです。一世を風靡したサービスですので、知識も経験も豊富な方が多いかもしれませんが、簡単に仕組みを説明します。

ナップスターのユーザーは、別のユーザーが所有する音楽ファイルをダウンロードしたり、その逆に提供したりできました。ファイルは各ユーザーのコンピューターに入っていますので、ほしいファイルを誰が持っているか調べた上で、そのユーザーと直接つながる必要がありました。

「○○という曲を持っていますか?」とユーザーひとりひとりに聞いて回るのは現実的ではありません。音楽ファイルに限らず、効率的な検索を実現することは P2P にとって大きな課題です。

ナップスターの場合、検索は開発元のナップスター社のサーバーを利用することになります。

ナップスター

サーバーは、音楽ファイルの所有者などメタデータを管理しています。ファイルを提供したいユーザーはサーバーにメタデータを登録します。ファイルをダウンロードしたいユーザーは、サーバーにアクセスしメタデータを検索します。サーバーには多数のユーザーのファイル情報が集約されているので、効率的に目的のファイルを見つけられるというわけです。

このように検索など一部の機能をサーバーが担う P2P はハイブリッド型の P2P と呼ばれます。バランの類型で言うと、分散型を志向せず、非集中型に敢えてとどまり続ける P2P といったところでしょうか。一口に P2P といってもさまざまな種類があるというわけです。

言うまでもなく、この検索用サーバーは集中型の弱点をかかえています。当時のナップスター社は、権利関係やトラフィックの増大などを背景に、結局は廃業に追い込まれました。そしてサーバーとともに、ナップスターのネットワークも消えていったのです。

サトシの純粋な P2P

あらためて、サトシの言う純粋な P2P とはどのようなものなのでしょうか。

まず確かなことは、ナップスターのようなハイブリッド型とは明確に区別すべきものだということです。ハイブリッド型 P2P の支払システムであれば、従来の電子マネーのように金融機関を通すものになるはずです。

そして、バランの類型で言うと、純粋な P2P とは分散型のことだと言ってよいでしょう。ただし、それはあくまで理想であって、ある面では集中型の弱さが残ると感じていたように思われます。

最初の一文をよく読むと、断定を避けたのか助動詞「would」が使われています。そもそも論文では、ビットコインが P2P を利用しているとは書かれていても、純粋な P2P であるとは断言されていません。おそらくサトシは、現実的には今後ビットコインに様々な課題が見つかるだろうと予感しながら、純粋な P2P という自身の理想をまっさきに表明すべく、最初の一文を書いたのではないでしょうか。

おわりに

今回は、純粋な P2P (purely peer-to-peer) という表現に注目して、論文の最初の一文を読み解いてみました。興味のあるブロックチェーン・プロジェクトについて、バランの分散型にどれだけ近いのか、P2P としてどれだけピュアなのかなど、読者の方があらためて考える手がかりになれば幸いです。


*1: 「ビットコイン論文」は他に「原論文」「ホワイトペーパー (white paper)」「サトシペーパー (Satoshi(’s) paper)」などと呼ばれます。

*2: 「electronic cash」は「電子現金」や「電子キャッシュ」などとも訳されます。また、先日発表された日本語訳では「電子通貨」となっています。しかし本稿では、紙幣や硬貨によらない支払手段を広く含む言葉として定着していると思われる「電子マネー」と訳します。「電子マネー」の定義はさまざまで、ビットコインなどの仮想通貨と「電子マネー」はまったく異なるものとして区別されることもありますが、筆者としてはビットコインを「電子マネー」の歴史の中に置いて考えてみたいと思っています。

参考資料