三菱電機様:匠の技術と心を伝承し、日本の競争力を取り戻す

三菱電機様では新規事業の1つとして、「鳥獣被害対策に関する事業・サービス」に取り組んでおられます。弊社オージス総研は2022年度に行動観察を用いて、エゾシカを捕獲する匠のノウハウの可視化を支援いたしました。
今回のプロジェクトの背景や実施後の成果、今後の取り組みについて、甲斐様、石光様にインタビューでお話しいただきました。

甲斐 貴文 様
統合デザイン研究所 ソリューションデザイン部 公共ソリューションデザイングループ グループリーダー。プラスティック成型メーカー、建機・マイニング機器メーカーを経て2017年に三菱電機へ入社。入社後はスマートタウンおよび空港向け提案SEとして従事し、2020年より統合デザイン研究所に異動しソリューションデザイン研究に参画。主にビジネスデザイン領域にて社内外との共創スキームを構築しつつ、新事業創出活動や社会課題解決活動を支援している。


石光 弘貴 様
北海道支社 事業推進部・総合営業課 担当課長。製薬企業営業を経て、2021年6月に三菱電機へ入社。当社製品営業支援、新規ビジネス創出をミッションとした部署に所属。製造業、金融機関等幅広い顧客を担当。また、三菱電機今後100年を見据えた活動として新規事業創出にも注力している。地域課題にコミットした鳥獣害対策ビジネス事業化に向けてプロジェクトリーダーとして活動している。



1. ご経歴と担当されている業務内容について

インタビュアー: 御社では、幅広く多様な事業を展開されています。まずは、お2人が所属されている部門と業務内容や役割について教えていただけますか。

甲斐様: 私は研究・開発部門である開発本部の統合デザイン研究所に所属しています。ここでは三菱電機が創り出す製品やサービスをデザインしていますが、私が所属するソリューションデザイン部は、その名の通り「ソリューション」を「デザイン」します。困り事に対してどういう解決策や取り組みをしていくかの具体化をお手伝いする部門です。いわゆるサービスデザインやビジネスデザインという領域となります。

石光様: 私は営業本部の北海道支社に属しています。三菱電機は事業が多岐にわたっています。営業本部としては、エンドユーザーのお客様のところに行くことが多いので、私たちがフロントとしてお客様の課題を伺い、社内の他部門などに連携する橋渡し役もしています。
特に北海道支社では、お客様と三菱電機の橋渡しに加えて、今回の鳥獣被害対策のように新規事業を生み出す取り組みも行っています。

2. プロジェクト発足の経緯とオージス総研にご依頼いただいた理由

インタビュアー: 鳥獣被害対策のプロジェクトが始まった経緯について教えていただけますか。

石光様: ファーミングサポート北海道というNPO法人の方と、私の元上司が2013年頃からお付き合いがありました。その方から元上司に「鳥獣被害対策をしており、何か一緒にできないか」と相談を受けました。そこが起点です。
三菱電機としてできることを、甲斐さん所属の研究所に相談したところ、鳥獣を音で追い払うスピーカー等のアイデアをいただきました。その後、NPO法人の方を含めて意見交換し、鳥獣被害減少のためのビジョンを作成しました。このビジョンの中に、オージス総研さんにご依頼させていただいた内容「熟練者の勘・コツの可視化」があります。
鳥獣被害について、被害状況などを調べた後、農水省や自治体にも話を伺いました。被害減少に向けて「デジタル化が進んでない」とか「人手が足りない」といった課題があり、三菱電機が描いているビジョンをぜひ広めてほしいという声をいただきました。

インタビュアー: そのような中で2022年にオージス総研が「熟練者の勘・コツの可視化」のご支援をさせていただきました。オージス総研がご支援させていただくことになった経緯や理由について教えていただけますか。

甲斐様: 今回可視化の対象となっているエゾシカ捕獲の熟練者、以後、匠と呼ばせていただきますが、匠は、できれば無害な獣は殺さず、悪さをする獣だけを捕まえたいという考えを持っておられる方です。匠は、くくり罠という罠だけで、エゾシカを年間300頭ほど捕まえてきた80歳を超える方です。
今回のオージス総研さんへの依頼は、北海道岩見沢市での匠の講習会がきっかけです。講習会に参加していた大学生に向けて、捕まえるための心構えや注意事項、生き物を仕留めることへの感謝について話しておられました。このお話こそ、鳥獣被害提言のためにいろいろな人に知ってもらうべきノウハウだと感じました。ちょうど、NPO法人側もこの講習会を広めていきたいという想いがありました。そこで、まず匠の暗黙知を可視化していき、将来はAI化していこう、というアイデアからこのプロジェクトは始まりました。
実は私たちの部門にオージス総研さんから転職してきたメンバーがいまして、一緒に講習会に参加したときに、「オージス総研はエスノグラフィーや現場の可視化をしている」「匠が何を考えているのかは専門家に見てもらったら良い」という話になり、オージス総研さんに依頼することになりました。

インタビュアー: では、弊社からご提案させていただいたとき、自分たちのやりたいことが実現できそうだと思っていただけたのでしょうか?

甲斐様: はい。オージス総研さんに行動観察の事例を説明していただきました。
工場でのベテランのノウハウを可視化するプロセスや、その後の工場のメンバーへの良い影響をお話しいただき「これはお願いできる」と思いました。匠は80歳を超える方で、「オレはシカの気持ちになって罠を張る。例えばこの場所なら、右足ではなく左足で罠を踏ませたいんだよ」とおっしゃる方なんです。かなりマニアックな話なので、いくらオージス総研さんでも無理かもしれないという話はしていましたが、それは全く心配無用だったと後ほど気付くことになります。

3. プロジェクトの内容と進め方

インタビュアー: 実際に御社と弊社でプロジェクトを一緒にさせていただきましたが、具体的にどのようなことをしたのでしょうか。

甲斐様: 匠が講師をしている合宿が形式知を拾える場だと思い、岩見沢での講習会にオージス総研さんに来ていただきました。大学生や匠へのインタビューを通して、何を考えて捕まえようとしているのか、そのときにどういう想いで作業をするのか、注意点や心がけていることは何かということを聞きました。そこで得られた形式知を匠に直接レビューしていただきました。準備と実践と心構えという形でレポートに纏めていただきました。

インタビュアー: このプロジェクトで良かったことを教えていただけますか。

甲斐様: これは全く想定していなかったのですが、匠の心構え・考え方の部分である「基本姿勢」を可視化いただいたのがすごくありがたかったです。レポートの中で、罠の掛け方に関するノウハウ、これはもちろん大事なのですが、「匠の考え方から可視化しないと駄目なのか!」と驚かされました。私たちだと、罠による捕獲ノウハウの準備と方法論だけを考えてしまうのですが、基本姿勢を可視化いただいたのは大きかったです。
他にも、レポートに定型的熟達、適応的熟達、創造的熟達、という記載があり、とても興味深かったので論文を探しました。そういった知見がさらっとレポートに書かかれている点はとてもアカデミックだと思いましたし、説得力がすごくあると思いました。このレポートは部分的に農林水産省の方にお見せしましたが、とても驚かれていました。こういう可視化をしている企業さんはそう多くないと思いますし、そういう意味でオージス総研さんは少し抜き出ていると感じています。
また、レポートの最後の方に、伝授のためのポイントが纏められているのですが、これは普段の仕事や、取り組む姿勢にもあてはまると思いました。自分自身がメンバーへ何かを伝達するとき、この部分はすごく大事だと感じました。このプロジェクトを通じて、個々のメンバーにどう寄り添うべきかを、このレポートで勉強させてもらいました。

石光様: 実際にレポートを匠が見られたときに、「自分を丸裸にされた」と本当に驚かれていました。また、「自分が無意識にしていることが、文字として出てきて改めて気付かされた」「ここまでしてくれてありがとうございます」と言われました。実際にインタビューされた当事者に喜んでいただいて良かったと感じています。匠は、寡黙で職人気質なので、そういう言葉が出てくるのは余程驚かれたんだと思います。
私も、レポートを初めて見たときに、細かく分析されて、時系列になって、誰が見てもわかりやすく作られたのには本当に驚かされました。
あとは、相手は職人の方など聞き出すのがちょっと難しい方が多い業種だと思いますので、本当にオージス総研さんに相手から引き出すノウハウが詰まっているんだと感じました。

インタビュアー: 「聞き出すのが難しい」とおっしゃいましたが、対象者とのコミュニケーションや、関係性を築いていく部分で思ったところがあればお願いします。

甲斐様: オージス総研のコンサルタントのお二方とも、当たり前かもしれないですが、すごく丁寧な接し方だったと思います。
匠が話しやすいような問いかけの仕方であったり、匠が何かをするときには必ず一挙手一投足を見た上でメモを取ったり、質問をされたりするので、匠はとても話しやすかったと思います。実際、問いかけが進むにつれてだんだんと匠が笑顔になっていく姿を目の前で見ていて、話すたびに匠が打ち解けていくようでした。
またもう1人の方は、隣でやり取りを観察されていました。多分、役割分担があったと思いますが、コンビネーションがすごく良かったと思います。

インタビュアー: 逆に苦労したことや、モヤモヤしたことがあれば教えていただけますか。

甲斐様: ないです。オージス総研さんに何かネガティブな印象や大変だったことはないです。むしろこちらが無茶ぶりをしていたと思います。

石光様: 私もオージス総研さんに対しては、苦労などなかったです。オージス総研さんは2回目3回目と回を重ねるにつれて勉強されているのがわかるので、匠も心を許されたんだと思いました。インタビューされる側が「また同じことを聞いている」とか、「私たちのことを全然わかってない」となると私たちも苦労したと思いますが、そういったところがなかったので、全く苦労しませんでした。

4. プロジェクトの成果に対する所感・評価

インタビュアー: プロジェクトが一段落してのご感想などございますか?

石光様: 今回のような職人の方や一人親方もですが、自分の知識がないと業務が回らない会社はたくさんあると思うので、今回のような可視化がもっと広まれば、職人も増えて、世の中が良くなると思いました。

甲斐様: うん。オージス総研さんが一緒にやってくれれば、世の中良くなると思う。

インタビュアー: ありがとうございます。甲斐さんはいかがですか?

甲斐様: よくよく考えると形式知化って、ずっとやってきたことだと思います。
1つの会社組織で、次の世代にやり方を伝えるとか、変わっていくところをアジャストするとかは、私が育った高度成長時代はやっていたはずなんです。団塊の世代が去ってノウハウがなくなったみたいな言い方をされています。でも、私はちゃんと残っていて、それが体系化した情報に纏まっていないからわからなくなっているだけだと思います。ただ体系化して纏めることって難しいなと思っていたところに今回のレポートが出てきて、これが体系化の1つの形ではないかと思っています。

インタビュアー: 社内の方などこのプロジェクトに直接関わっていない方からの評価はいかがでしたか。

石光様: 鳥獣被害に取り組むことについて、社内での最初の評価は「楽しそうだけど、これがどう三菱電機の事業に繋がっていくのか」という目線で見られていました。
オージス総研さんと実施した内容もアウトプットが出て、多くの方の目に触れるようになりました。徐々に認められる部分が増えてきたと思います。

甲斐様: 研究所の中では面白いことに取り組んでいると、最初から大絶賛でした。三菱電機は、一次産業に参入できていないので、その難しい領域に取り組んでいるところを評価されていました。
一方で、「出口がない」「どれだけ研究の意味があるのか」とは言われていました。私自身は、やっていないことに取り組むことも研究の1つだと思っています。こういう可視化は役に立つと思いますし、一方で、できる人も限られていると思います。いろいろな会社で一緒になって取り組めば、知恵も繋がると思っています。

5. 今後の展望について

インタビュアー: プロジェクトの成果をその後どのように生かしていくのかお聞かせいただけますか。

石光様: いろいろな人の目に触れてもらうようにしたいと考えています。今は紙媒体ですが、このアウトプットを多くの人が学ぶことができ、実際にその街の人たちも、「匠みたいなことができている」ところまでできたら、本当の1つの成果になると思います。今は岩見沢でN=1ですがN=2,3,4・・・となったときに、どういうことが起きていくのかわくわくしながら、携わっていければと考えています。

インタビュアー: 甲斐さんはいいかがですか?

甲斐様: この後、成果を形にしていかなければならないのですが、形にしていけばいくほど、次なる壁が待っているので、三菱電機だけじゃなく、いろいろな人を巻き込んだ形にしたいと考えています。今後の進め方については3つぐらい案があるんですが、どこかでオージス総研のコンサルタントさんの考えをお聞きしたいと思いますし、できればそこの部分も一緒に仕掛けられればと思っています。

インタビュアー: 最後に何かお伝えしたいこととかあればお願いします。

石光様: 可視化していることを知らない、知る機会がない人もたくさんいると思います。可視化は大事だと思いますし、今の競争力の低下した日本においては、技術力を高める上でいいところを可視化しつつ、ブラッシュアップしていく必要があると感じています。

甲斐様: 三菱電機がちゃんと自然や動物に向き合った、その第一歩だったと言われればいいと思っています。三菱電機も100年たって、新しい100年を歩む前に、足元を見つめ直すという取り組みの元年だと私は考えています。

インタビュアー: 長時間のインタビューにご対応いただきありがとうございました。

(インタビュー: 2023年11月13日実施、インタビュアー: 弊社ソリューション開発本部 濱口 萌子)

2024年2月9日公開
※この記事に掲載されている内容、所属情報(会社名・部署名)は公開当時のものです。予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。

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