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「日本の金融ガラパゴスの救世主となるか? 「ISO 20022」」

2010.06.01 株式会社オージス総研  明神 知

1.はじめに

 日本の携帯電話に代表される「独自規格」「過剰スペック」「高コスト」によって海外市場で通用しない商品になっていることを「ガラパゴス化現象」といいます。おサイフケータイやレジ端末による決済サービスなど金融サービスについてもガラパゴスと言われることがあります。
 日本の決済システムを代表する全銀システムは1973年の稼動以来数次のレベルアップを繰り返し、2003年の第5次全銀システムが現在稼動しています。この全銀システムは振込依頼をリアルタイムで処理し、当日中に決済が完了する大規模なシステムです。しかも経営破綻時の支払い超過額の上限設定などを定めてBIS(国際決済銀行)の「ランファルシー・プラス基準」に合致する世界にも類を見ない最先端のインフラです。欧米が小切手の文化であるのに対して、日本が送金および口座振替の文化(先進国では他にドイツくらい)という背景のうえに、「先行しすぎた」ために、あえて国際標準に準拠したグローバル化は進まずガラパゴスとなっていました。
 去る5月10日から4日間にわたり金融業界で利用される情報通信技術に関する国際標準を策定する国際標準化機構・金融専門委員会(ISO/TC68)の総会と定例会合が日本の事務局である日本銀行を会場に開催されました。専門分科会別に19~29カ国の代表と関連団体リエゾンや関連機関の参加のもと提案・議論・決議がなされました。夕刻からは通信メッセージ標準であるISO 20022の登録管理グループ(RMG)メンバーと国内メンバーが参加してPayment、Securities、IT の3つのドメインに分けて夜遅くまでラウンドテーブルが行われ、各国の標準化の取組みやXBRL、電子マネーなど技術動向が紹介されました。オージスグループからも国内検討委員会メンバーである明神、遠山、有間が参加しました。
 金融機関においてISO 20022はグローバル対応という観点から大変重要な国際標準です。またIFRS対応の要請によって一般事業会社にもコーポレート・ファイナンス機能の強化が求められることから、ISO20022は財務部門の中核インフラとしての金融EDIへとつながっていくものでもあると考えられます。 本コラムではISO 20022の概要とインパクト、ITによる決済インフラの変革とイノベーションの可能性について触れてみます。

2.ISO20022の概要

 先月号の「証券STP(Straight-through Processing)の進展」で述べたように、STPとは「証券取引の一連のプロセスを、標準化されたメッセージ・フォーマット(電文形式)等により、システム間を自動的に連動させることによって、人手を介することなく、電子的な情報の流れとしてシームレスに処理すること」でした。図1は日本銀行金融研究所の資料[1]によるISO20022に到る変遷です。2000年代中ごろには証券決済におけるXMLの利用と通信メッセージの標準化によって自動化、シームレス化が進みました。その後のインターネットの普及に代表されるIT革新と金融業務の国際化によってSTPのメリットをさらに広く享受するためには業務分野別、決済プラットフォーム別の狭い範囲のデファクト標準でなく、銀行と証券業務の水平方向にも、金融取引・決済局面の垂直方向にも広い範囲をカバーして統合するデジュール標準が求められます。そこで2004年にISO/TC68の場で提唱されたのがISO 20022であり、銀/証の垣根を超えて、金融サービス全般で利用される通信メッセージに関する新しい国際標準です。

金融業界における通信メッセージ標準の変遷 [1]
図1 金融業界における通信メッセージ標準の変遷 [1]

 ISO20022は通信メッセージに関する国際規格ですが、具体的なメッセージのフォーマットを直接規定しているわけではありません。いわば「登録手続き」を規定したものです。 登録の対象はUMLで記述する「業務モデル」と「通信メッセージモデル」、XMLスキーマで定義する「XMLメッセージフォーマット」の3つです[1]。 
 どのような業務で取引を行い、そこでどんなメッセージが必要となり、そのフォーマットはどのようなものかをモデルで記述するのです。
 このように初めにシステムやアプリケーションから独立したモデルを作成し、そのモデルを基に、実装するプログラム・コードを生成する手法はモデル駆動開発(MDD)と呼ばれる開発手法です。これはオブジェクトマネジメントグループ(OMG)で標準化された手法で、メッセージ標準化の手法としてはモデル駆動メッセージ互換性標準(MDMI)を採用しました。これはすでに多くの既存デファクト標準を統合するに当たって従来のように直接に個別具体的なメッセージを定義する手法を取らず、ソフトウェア工学の成果を利用したメタ標準化の「レポジトリ方式」が有効と判断したからです[2]。 OMGは医療分野での成功を金融分野でも広げるべくTC68にリエゾンを派遣して共同作業をしています。最新のISO 20022 Newsletter[3]にはOMGのSoley会長がMDMIのメリットを解説しており連携を強化しています。このMDMIによれば既存の標準に準拠した実装の併存と相互通信が可能となり、利用者における新旧両方式並存の過渡期の投資を抑えて段階的な採用が可能となります。

3.ISO20022の動向

 TC68国際会議でISO20022の最新状況が報告されていました。265メッセージが公開、50候補があがっており、16開発承認、4レビュー中とのことでした。  イタリア銀行、ブラジル銀行といった各国中央銀行によるISO20022適用事例の紹介のほかアジア開発銀行におけるアジア債権市場育成イニシアティブ(ABMI)の紹介など国際的に協調した通貨危機の再発防止インフラ作りの活動紹介がありました。
 近年、欧州では、資金や証券の決済の世界において、通信メッセージ標準としてISO20022 を採用した大型決済プロジェクト(単一ユーロ支払い地域:SEPAなど)が立ち上がる中、米国でも、ISO20022 との互換性を確保する形で、e-invoicing に代表されるような企業間の決済業務のSTPを高度化しようとする動きがみられます。さらにSEPAと米国の企業間決済メッセージ標準プロジェクト(ISTH)を整理統合してISO20022に登録することになり、フィンランドなど北欧諸国はこの統合案を使った資金決済システムの導入を進めています。日本でも証券保管振替機構、第6次全銀システムなど決済インフラの再構築におけるISO20022 への準拠が表明されており[2]、 2013年から2015年にかけて稼動開始予定の新日銀ネットでも採用の検討がなされています。

4.ISO20022のインパクト

4.1 証券業界へのインパクト

 証券決済に関するISO20022によるSTP化のインパクトは、決済リスクと事務リスクの低減とクロスボーダー取引の効率化です。日本の国債、株式の決済期間はともにT+3(取引の3営業日後決済)ですが、これを短縮することは決済期間が短縮して、未決済残高削減につながり決済リスクが低減します。
またSTPの実現によって手作業が減り、事務リスクが減少します。また、近年、投資家の国際分散投資が進展しており国境を越えて海外の株式や債権に投資する「クロスボーダー証券取引」が活発になっています。国内投資家のみならず海外投資家からの日本市場へのアプローチが安全で効率よく利便性が上がればわが国市場の競争力強化につながります。ニューヨークとロンドン市場ではすでに国債決済はT+1決済(取引日の翌日決済)、国債のレポ取引(現金担保付債券貸借取引)と短期社債はT+0(取引日の当日決済)での決済が行われています。この6月にも日本証券業協会が国債決済の短縮化工程表を発表の見込みということですが、日本市場の競争力強化が望まれるところです。

4.2 一般事業会社へのインパクト

  金融決済について日本銀行・金融業界のSTP化が進み、利用者である一般事業会社の利便性が追及され、商流と金融EDIの一気通貫が実現したときには何が起こるでしょうか?
 ICカードや携帯端末の普及によって、よりいっそうのキャッシュレス化が進み、法制度面では決済サービスに関する「資金決済に関する法律」(資金決済法)が成立(平成22年4月から施行)しました。これにより銀行のみに認められている送金などの為替取引について、資金移動業者として登録を行うことで、銀行以外の事業者でも少額の取引に限り為替取引が可能になります。銀行以外からの外国送金も可能となり、証券口座やポイントの組み合わせによって新しい決済や送金の新サービスや新製品が生み出されていくものと思われます。
 このような利便性向上をうけて、一般事業会社の財務部門は単純なキャッシュマネジメント(CMS)から時価評価やリスク管理を含むグループ企業に対するトレジャリーマネジメント機能(TMS)を担うようになるでしょう。財務部門は外部システムとの電子的連結(金融EDI)によって資金管理の垂直統合(自動化)と水平統合(サービスやインフラの外部連携)を進めることができるようになります。たとえば日中資金流動性管理やリスクマネジメント、資産・負債の総合管理(ALM)、短期資金運用・調達(銀行貸出等)との連動、電子CPなど直接金融とのブリッジングといった新興サービス群との企業を超えたサービス連携でイノベーションを生みだしながら、グループ向け金融機能を担うことになっていくと考えられます。OpenIDなどの認証やPayPalといった送金サービスの連携は欧米ですでに利用されています。「企業が銀行に頼らず、キャッシュマネジメントの最適化ができる世界」が来て、銀行は本来業務の「信用創造」に特化していくだろうという予想もあります。ISO20022や第6次全銀システムのXML化などは銀行に対する「キラーソリューション」ともいえるのではないでしょうか?
 図2は企業内部のSTPと外部のSTPが実現して商流と金流のEDIを介してTMSを担う、財務部門のコーポレート・ファイナンス情報基盤のイメージです。

コーポレート・ファイナンス課題の対応
図2 コーポレート・ファイナンス課題の対応

5.おわりに

 ガラパゴスは悪なのでしょうか?日本の消費者は注文が多くて細部の品質にうるさいことで有名です。だからこそ携帯電話が独自の発達を遂げたわけです。 
 競争によって技術力が高まることはよいことです。その高い技術力を売れる消費者層に届けるマーケッティングが問題なのでしょう。イタリアのアパレルブランドのように高い品質の商品が高価でも売れる市場を攻めることをもっと考えてもよいでしょう。大量生産の巨大市場に安価に最低限の機能に絞ったサービスを提供するには標準化が必須です。技術で勝って、ビジネスでも勝つためには自由闊達なコラボレーションの組織風土でなされる社内の「インターナルマーケティング」[4]にも取り組む必要があります。 
 日本は中途半端な規模のガラパゴスです。お隣の中国は巨大なガラパゴスでこれから無視できない存在。欧米は巨大なグローバル標準化市場です。そうなると今西進化論の「棲み分け」が必要なのかもしれません。5万円送るのも5億円送るにも同じ手続きと料金では不合理なわけで、第6次全銀システム後は「大口緊急」、「小額緊急」、「小額非緊急」といった用途に応じた金融決済サービスの棲み分けになっていきます。小額非緊急という決済サービスでは銀行以外のベンチャー企業による様々なイノベーションが生まれてくるでしょう。銀行を介さないことで、送金の手間が大幅に省け、手数料も下がることが期待できます。資金決済法などの規制緩和とISO20022に代表されるグローバル標準の採用によって脱「ガラパゴス化」のイノベーションが生まれてくるものと考えます。

 (参考文献)
[1] 日本銀行金融研究所 森毅、金融業務で利用される通信メッセージの国際標準化動向、Discussion Paper No. 2007-J-5
http://www.imes.boj.or.jp/japanese/jdps/2007/07-J-05.pdf

[2] 日本銀行金融研究所 山田隆人、金融サービス向け通信メッセージの国際標準化― メタ標準としてのISO20022の特性 ―、2009年9月30日
http://www.boj.or.jp/type/ronbun/rev/data/rev09j11.pdf

[3] ISO20022 Newsletter (Summer 2010)
http://www.iso20022.org/documents/general/ISO_20022_RMG_Newsletter_Summer_2010.pdf

[4] 早稲田大学 木村達也、日本企業のマーケティング向上策「社内向け活動今こそ」、日本経済新聞 経済教室、2010年4月9日
http://www.nikkei-r.co.jp/topics/news/2010/04/post-40.html

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