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「映画で考えるファイナンス(その3)」

2011.06.02 さくら情報システム株式会社  遠山 英輔

 人気のドラマ、「仁」を見ていましたら、大沢たかお扮する主人公の南方仁(現代から江戸時代へタイムスリップした医者)が、内野聖陽扮する坂本竜馬に健康保険の仕組みを説明するシーンが出てきました。すると、竜馬が「せんせぇ、そりゃ講の仕組みぞな」という趣旨の台詞を発するのを聞いて、実に興味深く思いました。
 「講」はもともと信仰集団を指しましたが、後に転じて相互扶助団体の意味を帯びます。さらに、一部の講は無尽、相互銀行を経て現在の地域金融機関にまでつながっていますが、こうした「講」のあり方はリスク負担の観点で見ると、この「稿」で扱っている製作委員会にも通じるものともいえます。(少々強引な論旨展開で恐れ入ります。)
 そして前回までの本稿では、ナレッジを持っている「プロ」の「ネットワーク」によるリスク分散のお話を扱ってきましたが、今回はプロとは情報格差のある「アマ」の人たちとリスクを分散することについて、話を進めてみたいと思います。これは図の左下部分、証券化にかかる話です。少し、議論を先取りして言ってみれば、「講」はこの両者の中間に位置するという位置づけもできるかもしれません。

映画の「製作委員会」方式<
図 1 映画の「製作委員会」方式

 さて、映画のように個人の嗜好、趣味、に立脚し、一般大衆と同じくらいに固定ファン、すなわちロイヤルカスタマーの存在も大きいビジネスにおいては、業界・一般投資家・ファンの三者をバランスよくビジネスモデルの中に取り込むことはきわめて有効な手段だと思われます。
 こうしたビジネスの意外なお手本は、ベルギービールの世界にありました。世界で最初にインターネット上で行われた株式の公募、いわゆるオンラインIPOは、ベルギービールをアメリカでビジネス化しようとした、元はウォール街にもいた弁護士のアンドリュークラインという人の手になるものでした。自らが社長を務めるウィットビール社が、ベンチャーキャピタルなどからの資金調達も限界に達したところで、クライン氏が考えたのがネット上で自社のビールファンに小口の出資に応じてもらうという方法だったわけです。
 そのビールをこよなく愛しよく知る人々こそが、そのビール会社の価値を本当に理解しており、一般のべンチャーキャピタル、銀行などより、ある意味ではるかにリスク評価能力を持っていると言えるかもしれません。そして同時に、ロイヤルカスタマーでもある彼らは、おいしいビールを飲みその会社を応援する意味でも、喜んでリスクも負担する意思を有するという文字通り「リスクアペタイト」(※)を十分にもつ人達ということになるわけです。

※ リスクをとる意思、志向性のこと。これに対してリスクを取る能力ないし許容度のことをリスクトレランスと呼びます。リスク管理における基本的な対の概念です。

 

 映画、特にジャパンクールな最近のアニメ映画などは、こうした話になぞらえることができるように思われてなりません。最近の映画は、観客の嗜好の多様化や細分化で、あたるかどうかが見極めにくくなっているという意味で、非常にリスクの高いビジネスになってきているといえます。特に、アニメなどはもっともその傾向が先鋭化しているように思われます。その裏返しとして、最近はいわゆる「テッパン」の映画、あるいはTV番組が数多く作られています。「ガンダム」「ヤマト」など、もはや国民的文化ないしフォーマットと化したシリーズもの、「仁」や「のだめ」(のだめカンタービレ)のようにコミックスですでに売れた実績のあるものの映画化、「実写版ヤマト」などコンテンツや主演・助演などのパーツ自体に依存して一定のヒットが安定して見込めるもの、などが非常に幅を利かせているように思われます。
 そうした中で、言わば観客との絆をベースにするような(すなわちウィットビールや図の左下の)ファイナンススキームというものには非常に大きな可能性を感じさせます。言わば、マーケティング(しかもセグメント化の進行している)と切っても切れない、顧客志向型のマイクロファイナンスというところですね。これは、視点を変えるとロングテールを確実に捕捉し、そのビジネスリスクを最小化する技法といってよいかもしれません。その意味では、マーケティングとファイナンス(リスク管理)の境界分野における、一つのビジネス・イノベーションという言い方もできるのではないでしょうか。
 その映画が当たるかどうかを見極めるうえでも、こうしたスキームは使えるかもしれません。例えば事前の公募資金調達が成功したら、映画を作りましょうというプレマーケティングとしてのファイナンスなんていうのも面白いかもしれません。これは、リアルオプションの考え方にも通じる意思決定でもあります。AKB48主演の映画を作るとして、ファンの皆さんならどの映画が見たい?出資したい?みたいな公募ファイナンスをやったら、昨今の総選挙などよりよほどおもしろいのではないでしょうか?しかも、製作者はどっちを(誰を)主役にするか悩まずにすむというものです。
 ただ、ファイナンスにおいてアマチュアの人々をこうしたフレームワークの中に取り込むには、一つの重要な要素が不可欠になってきます。それは、ディスクロージャー(開示)、すなわちビジネスそのものや財務内容などをきちんと出資者に伝えるという一連のプロセスです。おいしいビールに立脚したカスタマーロイヤリティーの代わりという意味も含めて、出資者との絆にもなる部分です。出資者の裾野が広がれば広がるほど、またファイナンスそのもののプロではないアマチュアの参画度合いが大きくなればなるほど、ディスクロージャーの果たす役割は大きくなってきます。

 さて、本稿ではあまり採り上げませんでしたが、図の左下のスキーム、証券化にはリスクコントロールという側面があります。これは、アマチュアはアマチュアなりに、プロはプロなりに投資を行えるようにするために、リスクを加工して投資のメニューに松竹梅を付け加える手法にまでつながってきます。次回は、そのあたりのお話を少し深めてみたいと思います。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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