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「Connect the Dots イノベーションの原動力」

2011.11.10 株式会社オージス総研  明神 知

 最近、Connect the Dotsという言葉をいくつかの場面で見聞きしました。日本語では「点と点をつなぐ」ということですが、イノベーションやデータ・ガバナンスにも深く関連するので、ご紹介したいとおもいます。

1.Steve Jobsの「Connect the Dots」

筆者はある大学でカリキュラムのアドバイザーをしており、学生の卒論を見る機会がありました。そのレベルが学生ごとにバラバラだったので、具体的な行動原則を掲げるとよいとアドバイスをしました。卒論にはふさわしくない項目もあるものの、具体的な行動を規定する具体例として紹介したのが、「ジョブズの成功を支えた10原則」[1]です。その矢先に飛び込んで来たのが10月5日のジョブズの訃報でした。筆者は22年前にHyperCardで知的CAIを研究し、Macintoshが代々ホームコンピュータであったこと、何より同年齢でもあったことから「稀有なイノベーター」喪失の衝撃は大きいものでした。
その10原則とは、

1) 完璧を目指せ
2) 専門家を使え
3) 冷徹になれ (競合も見て撤退も)
4) 消費者調査はいらない (自分が調査の代わり)
5) 学びあるのみ (徹底調査)
6) ひたすらシンプルに (ボタンをなくせ)
7) 秘密を守れ (小集団での極秘活動)
8) チームは小さく
9) ムチよりアメを
10) 試作は極限まで (アップルストアは店舗の試作も)

 というものです。
 このような行動原則はどのようにして生まれてきたのでしょうか?
 ジョブズのスタンフォード大学卒業式での講演における人生から学んだ3つの話の最初が「Connect the Dots」でした。ジョブズはアートなこと、面白いことがしたくてリベラルアーツのリーツ大学に入学しましたが、その厳格な必須科目修得要請に疑問を持ち、両親の学費負担も考えて大学を中退してしまいます。好きな科目だけを自由に聴講しながら放浪者のような生活を続けているときに出会った数々の経験が後になって、この上なく価値があるものだったと語っています。そのひとつがカリグラフィーの講義。カリグラフィーは日本の書道と同じく、文字を美しく見せるためのデザイン文字のこと。今のパーソナル・コンピュータにはすべてマルチ・フォントで書体が選べ、文字の装飾や間隔が自由に設定できますが、その原点であるMacintoshに最初から搭載されたわけです。このカリグラフィーは、アートとテクノロジーがつながる交差点の技術といえます。
 ジョブズと東洋思想との出会いもこの学生時代で、禅の本をたくさん読んでいます。サンフランシスコ禅センターに足繁く通い、熱心に禅を学んだのです。 1991年の結婚式もジョブズの禅の師である曹洞宗の僧侶、千野弘文の読経のなかで行われました。この禅のジョブズへの影響は、ぎりぎりまでそぎ落とすミニマリスト的な美の追求や、厳しく絞り込んで行く集中力に見られると言われています。また直感や洞察を重視する姿勢も仏教の教えに強い影響を受けています。
 また、12歳のときに周波数カウンターをどうしても作りたくなってHP社の創業者であるビル・ヒューレットに部品をもらいに行ったという逸話があります。子供のころ自分は文系だと思っていたが、エレクトロニクスが好きになり、ジョブズのヒーローだったポラロイドカメラの発明者の「文系と理系の交差点に立てる人にこそ大きな価値がある」という言葉に影響されて、そういう人になろうと思ったという。
 こういったことから、ジョブズの行動原則はハードウェアとソフトウェアの接点にも立ち、創造性溢れるデザイナーと優れたエンジニアを率いて「点と点をつなぐ」イノベーションを生み出すための行動原則でもあったわけです。
 講演では、「先を読んで点と点をつなぐことはできないが、後から振り返ってつなぐことはできる。点と点が将来どこかでつながると信じて、他人と違う道を行こうとも自分の心に従う自信を持ってほしい。このことが大きな違いをもたらす。」と卒業生を鼓舞しています。未来は過去(背面)にあるのです。ジョブズのいわゆる「現実歪曲フィールド」に周りの人々を巻き込んで不可能を現実にしていくイノベーターの原点は「点と点をつなぐ」ことにあったわけですね。

2.イノベーションは「Connect the Dots」から

 ジョブズの「点と点をつなぐ」と同じようなことが、イノベーションを起こす人「企業家」について書かれた「経営革命の構造」[2]に記載されていました。この本で米倉は、イギリスの産業革命に始まる3カ国300年に渡る経営革命の歴史から、技術と市場が変化するたびに、人間は新たなビジネスを考え、技術が人間の能力を大きく超えたときに組織を作り出して経営革新してきたことを明らかにしました(図1)。そこから「他を圧倒する競争力を持つということは、必ずある種の経営革命の構造を提示したときである」ことを見出しました。また、「この革命的なアイデアは必ず突出した個人の努力や失敗に基づいている」という。
 こういったブレークスルーを生み出す技術は、極めて社会的なものでいくつかの要素が複合的に出現しないと進歩しないのです。図1の下部にある誰も気づかず点在する技術要素を組み合わせて、新しい変化にまとめあげる(点と点をつなぐ)企業家がいなければ、進歩の契機が見出されないという。例えば、蒸気機関の産業革命でも、強力な圧力を閉じ込める釜、加工しやすく耐久性のある物質(鉄)、これを製造できる工作技術、工作機械が兵器産業の勃興などで揃わないと完成しないのです。ジョブズの居たシリコンバレーはまさにMacintoshを生み出すのに必要な要素技術が点在していたと言えます。また、図1の個々の要素の突出は必ず、市場・技術・製品(サービス)・組織といった、ビジネス構造間のインバランス(ギャップ)を生み出し、イノベーションがイノベーションを生み出します。例えば綿工業では、毛織物に代わってインドから輸入されたしなやかな綿布によって爆発的に高まった綿織物のニーズに対して、綿花を摘み取り、紡糸、紡織にいたる手作業のプロセスは、生産性にアンバランスがありました。このプロセスを自動化する紡績機械の開発によってボトルネックが順次解消されていったのですが、図1の需要と供給のギャップを解消するための経営革新が続けられた歴史であると言えます。その革新を生み出していったのは、突出した個人の努力や失敗に基づく革命的アイデアです。
 これは人間だけができる想像的で、創造的な行為ですが、突出した個人の「精神の自由」がなければ生まれてくるものではありません。ジョブズはスタンフォード大学の講演を「Stay Hungry, Stay Foolish!」で締めくくっていますが、まさに「精神の自由」を謳歌して革命的に「点と点をつなぐ」人生だったといえます。

イノベーションの構造
図 1 イノベーションの構造

3.データ・ガバナンスの「Connect the Dots」

 次はデータ・ガバナンスにおける、「データ」、「情報」、「業務」、「ビジネスニーズ」といった点をつなぐ(図2)ことについてです。情報品質やデータ・ガバナンスのコンサルが「Connect-the-Dots Technique」という手法を提唱しています[3]。
 ITの扱うデータや情報の品質を保ち、維持管理するデータ・ガバナンスは、単独の活動では意義を見出せません。情報を構成する「データ」から人や組織を支援し技術が使用する「情報」へとつなぎ、その「情報」を使う「人」「組織」「プロセス」「技術」の業務から、ビジネスニーズにつなぐことが重要なのです。 図2のように、何のために、なぜそのデータに関するガバナンスが必要なのかを「データ」から「ビジネスニーズ」に至る「点と点をつなぐ」ことで明らかにして、データ・ガバナンスの企画をしっかり立案し、データ整備の意義をアピールできたら、半分解決したようなものだといいます。

ビジネスニーズに関連するデータ[2]
図 2 ビジネスニーズに関連するデータ[2]

 例えば、通信販売ビジネスにおいて、競合関係などから「ビジネスニーズ」として24時間以内の配送を目指すとします。このときに必要な「情報」は注文から出荷までの時間です。これを毎日2回計測し、その出荷時間によって「業務」である出荷プロセスを見直していくとしたら、必要な「データ」は、「受注品目」「注文日時」「出荷日時」「出荷場所」などとなるでしょう。こういったデータは「ビジネスニーズ」であった「24時間以内の配送」の実現には必須のデータであり、そのデータ品質を維持するガバナンスが重要だと納得できます。このように、個々のバラバラな事象ともいえる「データ」を意味のある「情報」に組み上げて、ビジネスプロセスや人・組織、技術といった「業務」に組込み、その業務が「ビジネスニーズ」という顧客価値を生み出すという「点と点をつなぐ」ことによって、データの持つ意味や重要性を関係者が十分理解することが重要なのです。ここでいう「データ」を先に述べたイノベーションにおける、突出したイノベーターの努力や失敗と置き換えて考えることができないでしょうか?
 その個々の発明の意味合いを理解できる交差点に居るイノベーターが経営革命につながる意味のある「情報」として拾い上げ、製品やサービスに組み上げた「業務」を通してビジネスニーズにつなげるのです。
 このことは、データをビジネスニーズという「点と点をつなぐ」過程そのものがイノベーションにもなりうることも意味しています。

4.おわりに

 イノベーションはひとつの企業のなかに留まっていません。企業を越えて突出と突出をつなぐ「オープン・イノベーション」も「Connect the Dots」でイノベーションを目指すものといえます。大阪ガスグループは、技術開発のスピード・質、コスト競争力の向上を目指して、「オープン・イノベーション」を活用した外部技術の収集・活用を積極的に行っています[4](図3)。時代の要請からつなぐべき「点」の対象が拡大しているのです。さらに、携帯端末やソーシャルネットワークの普及で情報ギャップによる統率の時代が終わり、個人の持つ多様なコミュニティを通した情報、知恵、価値といった「点と点をつなぐ」情報結節点としての個人の企業における活動がこれまで以上に重要性を持ってくるように思います。
 本稿では、ジョブズの「点と点をつなぐ」行動原則がイノベーションを生み出す「経営革命の構造」にもなっていることを示しました。さらに、データ・ガバナンスにおいて、管理すべき「データ」を「ビジネスニーズ」につなぐことは単にデータ・ガバナンスを推進するうえで必須であるだけでなく、ネットワーク社会の現代においては、「点と点をつなぐ」過程そのものがイノベーションにもなりうることも示唆しました。
 筆者は、制御工学を学んで、制御理論を宇宙実験に応用しました。これをビジネスに活かすのがライフワークですが、制御工学の果実であるシステム・ダイナミクスが社会科学の問題を含めて相互依存する複合システム「System of Systems」に活用されており、世界の環境問題まで扱っています。執念深く「点と点をつなぐ」ことを追求していきたいものです。

オープン・イノベーション・プラットホーム[4]
図 3 オープン・イノベーション・プラットホーム[4]

(参考文献)
[1] Steve Jobsの十戒(十の鉄則)」、Newsweek, 2011年9月5日号
[2] 米倉誠一郎:経営革命の構造, 岩波新書、1999
[3] Danette McGillivray: Executing Data Quality Projects,Ten Steps to Quality Data and Trusted Information、Enterprise Data World,April 4, 2011
[4] 大阪ガス:オープン・イノベーション、 http://www.osakagas.co.jp/company/efforts/rd/innovation/index.html

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