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「【なぜマーケティングが重要なのか?(1)】-マーケティングとは何か-」

2013.09.18 株式会社オージス総研  水間 丈博

◆はじめに

 「マーケティング」という言葉は普段良く耳にしますが、何を示しているのかいまひとつ良くわからない、という方は多いと思います。言及している対象が使う人によって異なることや、専門的な用語が多いこと、概念が不明確で広過ぎることも理由でしょう。「売るための技術」とか「プロモーションとほぼ同じ」と考えている人もいます。部門を指すこともあります。
 このWEBマガジンを読まれる方は工学系学部などで学んだITエンジニアの方が多いと思います。「マーケティング」に関して学生時代に学んだり、就職後にトレーニングを受けた経験がある人は少ないでしょう。
 そこで「マーケティング」に関してその重要性を現在の社会的背景、トレンドなどを交えてひも解き、今後のビジネスにどのように活かしていくべきなのか考察したいと思います。

 では、なぜマーケティングをここで論考するのでしょうか?

 それは、エンジニアの方々もこれからはマーケティングを意識すべき時代になったと考えられるためです。
 一般的にエンジニアの方々は、技術開発や製品開発など上流工程(ITであれば設計・開発)で活躍することが求められ、製品ができてからの下流工程はマーケティング部門、販売、営業推進部門など、エンジニアでない人々に任されることが普通でした。高度成長時代から80年代末頃まではほとんどの産業で、そうした役割分担で問題はあまり生じませんでしたし、国内はもちろん世界で戦えるだけのポテンシャルを日本は持っていました。特にIT業界では最初からベンダーが製品を供給し開発・運用に至るまでユーザー企業を主導してきた時代が長かったため、この傾向が強かったのです。
 しかし、かつて世界を席巻した半導体業界や、国内大手家電メーカーのように*1、経営危機が顕在化し、以前から真面目に開発に取り組んでいた優秀な技術者が大量にリストラされる事態に陥りました。彼らの一部は中国や韓国などの企業に好待遇で招かれ再チャレンジしていますが、市場や顧客に無関心だったり己の技術にこだわり過ぎると足元をすくわれ、企業存亡の危機に陥ることが現実になりました。また、組織や事業部などの内側の論理ではなく、企業全体で市場や顧客の動きに対処しなければならない、と言う教訓にもなりました。世界が認める"ものづくり日本"といえども、市場の動向を顧みない製品開発はできなくなったのです。

マーケティングの考察対象
図1 マーケティングの考察対象

 マーケティングはマネジメントそのものと言われます。(図1)で示したように、マーケティングが研究・考察する対象は広く、"社会における自社・市場・競合との関係"で多くが語られます。市場の中に顧客・潜在顧客が散在するため、この顧客の獲得と維持がテーマになります。その一方で、新たな市場を開拓する努力も求められています。このように企業の成長と新たな事業領域を得るには、企業自身が持つあらゆる資産と市場・顧客とを照らし合わせて総合的に研究する必要があるのです。ですから、販売の前線で市場開拓する・広報宣伝する役割といった狭い概念では語れなくなったのです。
 今はどの業種・職種に限らず企業の社員には起業家精神が鼓舞され、一本立ちできるスキルを身につけることが求められるようになりました。"総合力と専門性"の両面具備性(T字型人材とも呼ばれます)が求められてきたと言えます。こうした時代だからこそエンジニアもマーケティングを意識する必要が出てきたのです。これはエンジニア自身の自衛のためでもあり、強みにもなります。またそうしたエンジニアが増えることは企業力を向上させることにもなります。

 そのためここでは「なぜマーケティングが重要なのか?」と題し、エンジニアの方々がマーケティングに興味を持ち、知識の一助になるような連載を目指していきます。
 本連載は

といった順(仮題)に連載する予定です。

*1:シャープの奥田前社長(現会長)が2012年社長就任時に「自社に足りないものは何か?」と問われ、「海外を経験して思うことはマーケティングの弱さ。(高い技術力があるのに)市場をよく分かっていないから、よい商品をタイムリーに出せなかった」と語った。。
 (「自社に足りないのはマーケティング」:2012年3月19日朝日新聞)

◆マーケティングとは何か?

 「マーケティング」のもっとも定評ある定義はアメリカ・マーケティング協会(AMA)のものと言われています。それは"2007年定義"と呼ばれるもので、1935年の協会設立以来5回目の改訂版です。

 『マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである』

 とあります。。
 「価値のある創造物」を「創造する活動」が含まれていることに注目してください。まだ世の中に存在しない新しいモノを生み出すこともマーケティングに含まれているのです。

米国マーケティング協会における定義(模式図)
図2 米国マーケティング協会における定義(模式図)

 日本マーケティング協会(JMA)の定義は少し異なっています。これは1990年に改訂されたものです。

 『マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。』

 米国AMAの定義よりもやや抽象的になっているように見えますが、米国でも日本でも定義には様々な議論が反映されています。それは時代の変化に応じてマーケティングも変化するべきであるという前提に基づいています。

 日本の定義の中で「他の組織」には、「教育・医療・行政などの機関・団体を含む」意味が込められています。非営利組織におけるマーケティングの必要性を最初に説いたのはP.コトラーで1975年のことでした。これを見てもマーケティングが利益を追求する企業だけでのものではないことが読み取れます。
 「グローバルな視野」とは、「国内外の社会、文化、自然環境を重視する姿勢」を示しているとされています。かつて企業活動が公害等の環境汚染や自然破壊を引き起こしていると批判された時代がありました。あれから相当な年月を掛け、現在では途上国を除き世界的にかなり改善されるに至りました。このようにローカルな微視的短期的視点ではなく、広い視野で長期的な欲求に応えられる仕組みを作る必要性が込められています。
 また「相互理解を得ながら」は、提供者側から一方的な商品の押しつけ(プロダクト・アウト)を戒めた文言で、顧客の理解が得られて初めて交換・取引が成立することを強調したものです。

 マーケティングの定義は様々な団体、学者によって提唱されていますが、マーケティングの大家であるP.コトラーの定義では

  『マーケティングとは、製品と価値を生み出して他者と交換することによって、個人や団体が必要なものや欲しいものを手に入れるために利用する社会上・経営上のプロセスである』

 と言っています。ここで着目するべき点は「価値の交換」と「経営上のプロセス」です。製品を販売するということは、顧客に価値を理解してもらって対価と交換する、というWin-Win関係を示唆しています。「経営上のプロセス」には、マーケティングは単独の部門や組織機能で担うものではなく、経営に直結するプロセスであることを意味しています。企業マネジメントに近い概念であるといえるでしょう。
 マーケティングの定義については、フリー百科事典『ウィキペディア』の"マーケティング"に詳しく記載されていますので是非参照してみてください。またこの中で「マーケティング」は様々な知識から成り立つ高度なスキルである、と述べられています。マーケティングは現場の実学とも言われますので、その推進には様々な企業内部門が関係し、またそれぞれの専門家の知識と経験(心理学や社会学、経済学、芸術をも含まれる)が必要であることが示されています。

参考
『マーケティング』wikipedia日本版(http://ja.wikipedia.org/wiki/マーケティング)
『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント第12版』Philip Kotler, Kevin Lane Kelle;Pearson Education Japan (2008)

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