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「「アジャイル経営を実現するためのスマートなシステムとは」  ~ ビジネスルールとスマートなアーキテクチャ ~」

2014.01.22 株式会社オージス総研  林 公恵

昨年12月にビジネスアナリシスの普及を推進する国際非営利団体IIBA(R)の日本支部主催の「イノベート・ジャパン・カンファレンス2013」に参加してきました。このカンファレンスでは「ビジネスルールの父」として世界的に認められているBusiness Rule Solutions 社代表の Ronald G.Ross 氏が基調講演をされました。今回は、このRonald G.Ross 氏の著書「アジャイル経営のためのビジネスルールマネジメント入門」(※1)について紹介したいと思います。

本書では、変化する経営環境に合わせてアジャイルな意思決定を行い、ビジネス戦略を進化させる「アジャイル経営」のためには、ビジネス運用上のノウハウ・知識であるビジネスルールをベースとしたスマートなアーキテクチャを備える必要があるとしています。
現実のビジネスの世界であるビジネスシステムは、「用語」と「ビジネスプロセス」と「ビジネスルール」で構成されています。これは、人体でいうと、「用語」は骨格である構造、「ビジネスプロセス」は振る舞い、「ビジネスルール」は振る舞いをコントロールする神経にあたります。これらは人体の仕組みと同様に、全てが不可欠であり、特定の役割に特化しながら、互いに統合されている必要があります。
ここでは、まずビジネスルールをベースとしたスマートなアーキテクチャを支えるこれらの構成要素と関係を確認し、そこからスマートなシステムについて見ていきます。

■用語・ビジネス用語集
用語集はビジネス運用についての構造化された知識です。本書では、ビジネス用語集の構成要素は「用語」と「表現法」であるとしています。「用語」は特定の使用方法において限定された意味を持つ語です。あいまいさを排除するためにコンセプトを定義します。基本的なコンセプトを用語と定義し、時とともに変化する可能性のあるものはビジネスルールとします。「表現法」は用語間の関連について動詞を用いて表現する「用語(名詞)と動詞」の構成です。例えば、「顧客が注文を出す」は、用語「顧客」「注文」と動詞「出す」で構成されています。用語だけでなく用語間の関連を簡潔に表す動詞を特定することで、あいまいさのない文を書くことができます。
この用語間の関連を表現法を用いて構造的に表現したものが、「コンセプトモデル」で、基本的なビジネス知識の設計図であり、組織のノウハウの集まりです。ConceptSpeak(TM)(※2)では以下のように表します。

ConceptSpeak(TM)を用いた図書館のコンセプトモデル
図1-1 ConceptSpeak(TM)を用いた図書館のコンセプトモデル(本書を基に著者が作成)

きちんと構造化されたビジネス用語をビジネス担当者とIT担当者で共有することは、コミュニケーションギャップを埋めることに役立ちます。ビジネスルールは構造化ビジネス用語集の用語と表現法を使用して表現しますので、構造化ビジネス用語集はビジネスからの要求とビジネスルールの整合性を高めるために欠かせません。

本書では、コンセプトモデルを作成するにあたって、動詞の扱い方や、用語(名詞)の特殊な目的を持つ構造の要素であるカテゴリ化、属性、コンポジション、分類が紹介されています。

■ビジネスルール
ビジネスルールとは、ビジネス運用において振る舞いをコントロールするためのガイダンスで、「ビジネス権限範囲内」のルールです。つまり、ビジネスが適切と判断した時点でビジネスルールを制定し、変更し、廃棄できることを意味しています。

ビジネスルールは宣言的に表現します。宣言的とは、表現の順序に依存しないことを意味します。これは、ビジネスルールは、特別なプロセスや手続きや、それを強制・適用する手段を示していないということです。
また、ビジネスルールは実行可能でなければなりません。ビジネスポリシーは一般的に実行可能ではありませんので、解釈してより具体的なビジネスルールにする必要があります。

ビジネスルールは、「行動ルール」か「定義づけのルール」の2種類です。
行動ルールは、ビジネスがその目標に最適・最善と思われる方法で活動できるようにするために、望ましくない或いは害を及ぼすかもしれない可能性を意図的に排除するものなので、義務や禁止の意味を含んでおり、予防的なものです。そして直接違反が発生しえます。
例えば、行動ルール「ゴールド顧客は、倉庫へのアクセスを許可されなければならない」は、アクセスの拒否を防ぐためのものです。
定義づけのルールは、行動ルールを評価するための基準で、必要性や不可能性の意味を含んでいます。定義づけのルールは誤って認識されたり使用されたりすることがありますが、直接違反は発生しません。行動ルールの違反になります。
上記行動ルールにある「ゴールド顧客」の定義づけルールは「1年に12を超える注文を出す顧客は、常に、ゴールド顧客と考える」です。

本書では、ビジネスルールの分析のスキルとして、ドリルダウンや品質評価の妥当性確認と検証、デジジョンテーブルについて紹介されています。

■ビジネスルールとイベント
ビジネスルールはイベントで評価されます。ルールを評価するイベントを「引火点」と言います。例えば「顧客が注文を出したら、その顧客は販売担当者に割り当てられる必要がある」であれば、ビジネスルールは、「顧客は販売担当者に割り当てられる必要がある」であり、「顧客が注文を出すとき」はビジネスルールを評価するイベント「引火点」です。ルールを評価するとは、ルールに違反していないかを評価することで、違反を検知するとガイダンスメッセージで通知します。
ビジネスルールは、一般的に、評価する必要のある引火点を複数持ちます。ある1つのビジネスルールについて、引火点に到達するたびに忠実にサポートすれば、全てのプロセスや手続き、ユースケースを通じて整合性のある結果を得ることができます。また、1つのビジネスルールなので変更も速く行えます。

■統合ルールブックシステム(GRBS:General Rulebook System)
ビジネスルールをマネジメントするための、特化型の自動化されたビジネスレベルのプラットフォームです。GRBSの目的は、ビジネスルールを記録し、作成し、統合することです。それは組織の知識を保持することでもありますので、GRBSには、ビジネス担当者とビジネスアナリストがビジネスルールを扱うために、ビジネスルールとビジネス用語集を統合してマネジメントできる必要があります。また、ルールが変わった場合に影響分析を実施するためにルール間の依存関係を解釈すること、由来やトレーサビリティをサポートすること、引火点の自動的な特定ができること、ビジネスルールの検証と妥当性確認などができる必要があります。

■ビジネスルールとビジネスプロセス
ジェイニー・コンキー・フレイザーによるビジネスプロセスの定義は、「組織がビジネスイベントへの対応として計画したものを実現するためのタスク。・・・」です。また、ロジャー・バートンはビジネスプロセスを、「ポリシー、標準、ルールなどのガイダンスに従って、インプットをアウトプットに変化するもの」としており、このガイダンスがビジネスルールに当たります。バートンは、「変化するビジネスルールを切り離なせば、安定したビジネスプロセスを作成できる」としています。
この「ビジネスルールをビジネスプロセスから切り離す」という、ビジネスルールとビジネスプロセスを分離する原則を「ルール独自性」と呼びます。これは、後述するスマートなアーキテクチャには欠かせません。ルール独自性の原則として挙げられたのが「ビジネスルール・マニフェスト(※3)」です。

■スマートなアーキテクチャを持つスマートなシステム
ビジネスルールはビジネス運用上のノウハウであり、ビジネス知識・ナレッジです。スマートなアーキテクチャとはこのビジネスルールに基づいたものです。
そのため、スマートなアーキテクチャは、構造化されたビジネス用語集を使用して作成したビジネスルールをルールブックに管理することから始まります。そして、ビジネス担当者がいつでもそのビジネスルールを進化させて改善できる環境を提供できることや、少数のルールから有効なシステムを構築し、一般的でないルールは後から追加するインクリメンタルな実装ができる必要があります。
また、ビジネスルールの急速な変化に対応するためにビジネス担当者の教育も重要です。ビジネス担当者が企業のノウハウであるルールブックをいつでもオンラインで読めることにより、実地の教育訓練も可能になります。

スマートなシステムとは、ビジネス変化に応じて簡単に手続きを置き換えられるように、使い捨て手続きをサポートする自動化されたシステムです。また、全ての引火点を管理し、それを自動的に検知して再利用することで、動的な手続きも可能となります。動的に使い捨て手続きをサポートする自動化されたシステムはスマートなシステムであり、アジャイル経営を実現していくのです。

■さいごに
「イノベート・ジャパン・カンファレンス2013」でRonald G.Ross氏は、ビジネス構成要素は、ビジネスナレッジ(intellect)、ビジネスプロセス、情報、技術、人材であり、その中でもビジネスナレッジ(intellect)は他社と差別化できる要素なので、その管理が非常に重要であるとしていました。つまりビジネスルールを適切に管理し、戦略に合わせて改善し、モニタリングすることでスマートなビジネス経営が実現できるということです。
また、北米のビジネスアナリスト(BA)状況についての説明もありました。北米におけるBAの役割は「変化を担うエージェント」ですが、BAの内、ビジネスモデルに関わっているのは20-25%、残りの75-80%はシステムモデルを設計しているのが実態とのことでした。
BA育成については、変化の担い手として考え方を変えていく必要がある、SEであれば、IT思考からビジネス思考へマインドを切り替えていくことが必要であるとのことでした。また同時に企業がBAの価値を認識し、他社との差別化するためのビジネスナレッジを企業として管理をすることの重要性を強調していました。
日本はまだBAが成熟していませんので、企業がBAの必要性を認識し、トレーニングを広く行うことでBA育成に期待できるとRonald G.Ross氏もコメントしていました。IIBA(R)の認定資格であるCBAP(R)の日本語試験も2013年6月より始まり、2011年11月に日本語試験の始まったCCBA(R)と合わせて、資格保有者も増えつつあります。日本でもBAの育成が進み、アジャイルな経営のためにビジネスルールベースのスマートなシステムが構築されていくように期待したいと思います。

※1:「アジャイル経営のためのビジネスルールマネジメント入門」2013年7月29日, 日経BP社発行

※2:ConceptSpeak(TM)
Business Rule Solutions社が構築した、構造化ビジネス用語集の表記法とガイドラインとテクニックのセット

※3:ビジネスルール・マニフェスト:
http://www.businessrulesgroup.org/brmanifesto/BRManifesto-Japanese.pdf

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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