ハウス食品様:N=1を大切に、お客様の深掘りを文化に
~行動観察による顧客理解からの意識の変化~

ハウス食品様は、当時自社の開発力において課題となっていたお客様理解の強化に着手されました。既存のマーケティング手法から、新たな手法を取り入れるにあたっては苦労もあったようですが、当時の活動を経た現在、N=1を大切にし、お客様を深く理解することが大切だという考えが組織全体に根付きつつあります。

小田川 周一 様
ハウス食品株式会社 食品事業本部長。
ハウス食品株式会社において、加工食品・調味料の事業を統括している。






1. 事業内容

1-1. 事業内容

インタビュアー: 御社の事業内容や提供しているサービスについてお伺いできればと思っております。特色や強みをお話しいただけますか。

小田川様: ハウス食品グループはいろいろな事業会社を迎え入れる中で、2013年にハウス食品グループ本社株式会社を持株会社とするグループ体制になりました。私は、事業会社ハウス食品において、国内B2Cの事業・マーケティングを担当しております。ハウス食品といえば「カレーやスパイス」を連想されるかもしれませんが、シチュー・ハヤシライス、グラタン、フルーチェ、レトルト製品、うまかっちゃん、とんがりコーンなど、非常に幅広くブランドを展開させていただいております。グループ理念である「食を通じて人とつながり、笑顔ある暮らしを共につくるグッドパートナーをめざします。」をお客様へのお約束として、調達・研究開発・生産・マーケティング・販売までのバリューチェーンを強みとして、お客様へ価値をお届けするべく日々活動しております。

2. プロジェクトの推進と成果

2-1. 開発力の強化に向けたプロジェクトの立ち上げ

インタビュアー: 我々が伴走させていただいたプロジェクトのスタート当時(2017年)のハウス食品様のお悩みごとはどんなところだったのでしょうか。

小田川様: ハウス食品はおかげさまで、バーモントカレーを始めとした、いろいろなロングセラーブランドを展開させていただいております。プロダクトアウト+広告投下で一気呵成にブランドを作るというアプローチは、日本の高度成長期においては有効だったと感じますが、特に2000年以降、新しいブランドが育ちにくくなってきたところが課題のスタートでした。開発やマーケティングのアプローチを根本的に変える開発力の強化が必要だと気がついたのです。モノ作りはもちろん、ユーザー体験やコトを作っていく中で、開発のやり方を変えていく1つのアプローチとして、お客様をもっと深く、お客様のインサイトをもっと理解していこうとなりました。
その取り組みの1つとして掲げたのが行動観察です。御社は行動観察では国内のトップランナーで、いろいろ書籍を読ませていただきました。お客様を理解するためには、お客様の行動をプロと一緒に見て理解して、そこから開発のヒントになるインサイトを作れないかと思い、お声掛けをさせていただきました。人間工学にも触れられていて、人間の本質を見ないといけないんだと共感した記憶があります。
その後、まず、行動観察と生活者心理、人間工学についての講演を御社にお願いしました。そして、実験的にチーム編成をして、インサイトフルな開発をしていくチームを立ち上げたのですが、その中の1つが一緒にやらせていただいた「KG(Keep Going)」というプロジェクトで、伴走いただきました。

インタビュアー: 開発力強化を掲げられたとのことですが、お客様のインサイトを理解していこうと思われたきっかけはあったのでしょうか?

小田川様: 昔は人口が増えていく中で、成長市場や、顕在市場をいち早く掴むのがポイントで、各メーカーがしのぎを削っていました。それを僕らは「市場機会探索型」と呼んでいるのですが、大概のものは世の中にあり未充足のニーズが見つけにくくなっている中で、そういうアプローチは利かなくなることはわかっていました。であれば、1人のお客様をもっと深く理解して誰も気づかなかったインサイトを深掘り、そこを大きくしていければ新しい価値を創造していけるのではないかと思い取り組んでいました。これを僕らはN=1を大切にする「インサイト探索型」と呼んでいます。
「僕らはまだまだお客様のことを理解しきれていない」というのが全てのスタートでしたので、より深い理解に向けてこだわったのは学びと実践、インプットとアウトプットです。ただ学んで終わりではなく、実践していかないと体内化できないと思い、進めようとしている開発にリンクさせてスモールスタートでやってみようというプロセスでした。

インタビュアー: お客様のことを理解しきれていないという言葉がありましたが、それはどのタイミングで気づかれたんですか?

小田川様: きっかけは、僕が経営企画部に異動してからでした。経営企画部では、事業部門全体の開発力を向上させるという取り組みを担当していたのですが、そのときに、新製品の売り上げの規模やウエイト、何年それが続いたのか、利益を生んだのか、など全部調べてみたんです。データを見て、ブランドが過去と比較して短命化していることに気がつきました。
発売当時の資料を読むと、お客様の捉え方が表面的というか、編集された市場・顧客データを中心に、お客様ニーズを探索するというアプローチが中心でした。これは決して間違ってはいないのですが、お客様の本音に迫れていないのではという仮説を持ちました。そこで、課題を顧客理解に置いたのです。
インタビュー等でお客様がお話しされることって限られるんですけど、その間に抜けているところもあると思うんです。例えば「もっとヘルシーなものが欲しい」という声に対してヘルシーなものを出すのはなんら間違ってないんですが、「ヘルシーなものが欲しい」の裏には、「たまには罪悪感を感じながら食べたい」という本音もあります。そこを捉え違えるとずれたものになってしまいます。そこの本音を深掘らないと、今の成熟した時代の中では新しい商品を作っていけないんだろうなと思っていました。

2-2.会社全体で課題感を共有してのスタート

インタビュアー: そういった課題感の中で弊社にご依頼いただいて、プロジェクトが始まりました。共同したKGプロジェクトとはどんなものだったかお聞かせいただけますか?

小田川様: このプロジェクトは「メニュー専用調味料(おかずの味がしっかり決まるセット調味料)」という領域で、新価値を創造できるコンセプトを3つか4つ抽出することをゴールにしました。
チーム編成はハウス食品8人で、共創でやるために、マーケティング部門、リサーチ部門、R&D部門などいろいろな部門からメンバーを招集しました。そこに、オージスさんに入っていただいて、約3ヶ月間、伴走いただきました。

インタビュアー: 現業をお持ちのプロジェクトメンバーの皆さんが現場に戻ると上司の方がいらっしゃるわけですが、その方たちの理解はあったんでしょうか?

小田川様: そこはすごく大事なところで、スタート時点から参画いただくメンバーの上司や担当役の理解をいただき、メンバーが取り組みやすい状況を作ることにはこだわりました。

2-3. N=1を大切にするプロジェクトの推進

インタビュアー: このプロジェクトをやってみていかがでしたか?

小田川様: はい。それまでは試作品をお客様に使っていただいて「風味」「価格受容性」など課題を見つける製品調査はもちろんやっていたんですが、実際に生活者のお宅にお伺いして、調理に対する意識を聞く生活調査は、当時はやったことがありませんでした。そこをプロとして伴走し、引っ張っていただいたのは良かったと思います。
印象的な例としては、料理好きの方と料理嫌いの方にインタビューと観察をさせていただいたときのことです。料理嫌いの人のお宅に伺い料理嫌いの理由を深掘りしようとしたときに、訪問した弊社のメンバーは気がつかなかったのですが、料理嫌いといいながら本棚にボロボロになった料理本がありました。オージスの方はそこに違和感を持ち、深掘ったそうなんです。プロの方の目線があってこそだと参加したメンバーはいっていました。
実際にそこを深掘ると、料理嫌いの人の理由を、僕らも決めつけていたと気づきました。面倒くさいとかスキルがないとかが理由だろうと想像していたんですが、実際は家族に出しても喜んでもらえないかもしれないことへのプレッシャーや、料理の正解を自分で作ってしまいそこに届かないことへのストレスでした。料理嫌いも単純なものではないという発見がありました。
なので、料理好きの方、料理嫌いの方、どちらをターゲットにするか決めるときは料理嫌いの人を助けてあげたいねと、自然と方向づきました。チームの難しさってアイデアがいくつかあるときに、どれを選ぶかが難しいところにあるのですが、このときはほぼ全員の意識が一致したと思います。同じ人を目で見ていたことで、「『こういうお客様』を助けてあげたいよね」という共通認識を、具体的な人物像としてチーム全員で共有することができ、みんなの意識が自然と固まっていくんだと思いました。まさにN=1で1人のお客様のことを深く知ることの大切さはこのとき感じたことです。

インタビュアー: プロジェクトの中で大変だったことや、もやっとしたところはおありでしたか?

小田川様: メンバーと後々どこが一番きつかったかと聞くと、実際に見たこと聞いたことをインサイトといえるものに紡いでいくところだったそうです。エンパシーマップに整理し、発言録や記録の中から、引っかかったことを書き出していき、マッピングして、グルーピングしてを繰り返して、やっと「こういうことじゃないか」と出すところに一番時間がかかりましたし、モヤモヤしていたと思います。そこはオージスさんに上手くファシリテートしていただいたと思います。
ただ、この過程が大切で、何となく行動観察に同席し、解釈とまとめを御社だけにやってもらっていたら、実感とか魂とか入らないと思います。チームにとって絶対必要な一番大事なプロセスだと思います。

2-4. お客様理解を大切にすることが定着化

インタビュアー: ここまでプロジェクトについてお話を伺いました。私どもが伴走させていただいたのはここまでですが、ご一緒したことで得られた成果はありましたでしょうか。

小田川様: ここまでがこのプロジェクトの1つの大きな山場でしたので、最初に置いたゴールであるコンセプトまで出し切れたところが成果物ですね。当然このプロセスでの学びも成果物の1つです。

インタビュアー: 参加されたプロジェクトのメンバーの皆さんから感想はお聞きしましたか?

小田川様: 当時はお客様の自宅にお伺いして根掘り葉掘りインタビューしたり、キッチンの動きを観察したりという経験はなかったのでそれだけでもすごく刺激があったようです。プロのように見られるわけではないですが、生で見たこと聞いたことはとても大事なことだっていうのは、全メンバー感じたと思います。
単にデータだけ見ているわけじゃなく、生のお客様に接して見聞きしたことって後々の自信につながるし、全メンバー同じ人を見ているので、「あの人はこういっていた」など共通言語ができたのも良かったと思います。

インタビュアー: 小田川さんの目線でプロジェクトメンバーについてお感じになることはありましたか?

小田川様: マーケターってみんな忙しいじゃないですか。そういう人たちにとって新しいやり方は最初は拒否反応があるんです。それを「ちょっと待って」とこういうやり方を入れてくべきじゃないのかっていう話をした記憶があります。開発プロセス自体を変えていく取り組みだったので、多少何かいわれても絶対やっていこう、強制的に時間を作ってでもやっていこうと、メンバーに理解をしてもらいました。
一通り終わった後はこういうやり方が大事だというのはみんな気づいてくれたと思います。その点はすごく良かったです。お客様の理解にもっと時間を使っていくべきだというところ、それが根付いたのが良かったですね。

インタビュアー: 関連部門の方などから小田川さんのところに届いた声はありましたか?

小田川様: いろんな部門の混成のチームだったので、いろんな部門の責任者にも協力してもらいました。ハウスでは、こういう取り組みの場合、共有会をやるんです。そこは社長も入っていただいて、取り組みの中で開発プロセスを変えていこうとしていることもご理解いただけたんで、反応はすごく良かったと思います。

3. プロジェクトを通じて得られた成果の展開

3-1. お客様理解の大切さがプロジェクトメンバー以外にも展開

インタビュアー: 小田川さんの思いとしては、こういった考え方を社内に広めることも大事なポイントだったと思います。その後、御社の中でN=1を大事にしていこうみたいな当初の思いはどのように展開していったんでしょうか?

小田川様: こういうことはある日突然、全員がそうなるわけではなくて、やっぱり繰り返ししかないと思うんです。その中でちょっとずつ考え方とかやり方をみんなで変えていくのが大事だと思います。
そこから5、6年経ちましたが、全ての開発でやるわけではないんですが、ここぞというところでN=1を大事にしたインサイト発掘型の調査設計はすごく変わってきたと感じますね。

インタビュアー: それはこのプロジェクトに参加されてない方たちにも浸透しているのでしょうか?

小田川様: そうだと思います。今日たまたま持ってきています去年の8月に発売したクロスブレンドカレーですが、ルウカレーの市場って、保守的といいますか、お客様のブランドスイッチが起きにくいマーケットっていわれているんです。
ブランドスイッチが起きにくい市場で、さらに人口減でマーケットがシュリンクしていく中で、新しいカレーを作っていくということは、非常に難しいテーマではあります。
もちろん、さまざまな数値的なデータを活用しながらではありますが、「お客様が普段の生活においてどのようにカレーを選び、調理~食卓でどんな問題を持たれているのか」という観点で、より深い洞察が必要となります。このカレーの発売にあたっては、どうお客様を理解するかなど、そういうところに当時の活動が脈々と受け継がれているんだと思いまして、今日ここに持ってきました。
できた製品を聞くだけじゃなくてベースとなる食生活周りのことを聞くとか、ハウスの製品だけじゃなくて、カレー全般についてお客様を深掘りしていくとか、そういうことをやるようになっている感覚はありますね。

インタビュアー: ありがとうございます。それは皆さんが自発的にする文化になりつつあるということでしょうか?

小田川様: そうですね。みんなの意識が変わってきているのが大きいと思いますね。
あと、目線を変えれば、既存カテゴリーでもまだ新価値を深掘れる可能性があるんだっていうことを学んだので、新価値って真新しい商品だけじゃなくて既存の保守的なカテゴリーでも十分イノベーションは起こせるんだとわかったと思います。

4. 今後の展開

4-1. 真のお客様理解をめざした新たな取り組み

インタビュアー: 今後の展開・展望・取り組みたいことについてお聞かせいただけますか?

小田川様: お客様の理解を深めるというのは永遠のテーマなので、全員が継続してこのスキルをもっと上げていかなきゃいけないと思っています。お客様を見ることと、僕らの強みをどう生かして、どういう価値に転換できるかという組み立てをするのがマーケターの仕事ですので、そこを組み立てる力を全員で高めていかなきゃいけないなと思います。
今関心があるのは、インタビューでも観察でもわからないことってあると思うんです。感情の動きは今だんだんとわかるようになってきているので、それをもっと生かしていけると、お客様の真の理解に近づくと思っています。例えば調理のどこにストレスを感じているのかとか、このパッケージの何がわかりにくいと感じているのかを、脳波などで見える化できるようになってきているので、活用検討していきたいと思っています。

インタビュアー: 長時間のインタビューにご対応いただきありがとうございました。

(インタビュー: 2024年8月6日実施、インタビュアー: 弊社ソリューション開発本部 小川 理恵)

2024年12月19日公開
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