西日本旅客鉄道様:さらなる安全で安心・快適な鉄道サービスの提供に向けて~現場起点によるインバウンド向け案内の改善~

西日本旅客鉄道様では、コロナ禍以後、お客様のご利用の回復やインバウンドのお客様の増加によって、駅のホームや列車が混雑し、お客様がスムーズに乗車できないという問題が発生していました。その中でオージス総研は解決の足掛かりとすべく、駅利用のお客様へのアンケートと行動観察で実態を明らかにし、実態に即した解決のアイデアを共に考えました。
今回のプロジェクトの詳しい背景や、プロジェクトの内容、成果がどのように活用されているかなど、吉賀様、半田様にインタビューでお話しいただきました。
吉賀 総一郎 様
近畿統括本部 駅業務部 業務課長
駅構内の旅行センター、駅、車掌、運行管理部門、駅の助役、支社本社のサービス・CS向上の担当などを経て、2022年10月から現職。労働災害防止をはじめとする安全面やお客様対応における業務指導・人財育成に係る教育計画策定、CS向上、運送約款の運用などを所管している。
半田 匡代 様
近畿統括本部 駅業務部 駅営業指導監
駅での業務、広報やCS、人事、駅係長などを経て、2023年に現職に着任。管轄するエリア内の駅で発生している課題の解決策や少子高齢化の中での駅運営体制などを各駅と共に検討、人財育成として社会人採用などの教育体系の構築にも携わっている。
1. 事業内容と注力している課題
1-1. 事業内容
インタビュアー: 御社の事業内容と吉賀様、半田様がご所属の近畿統括本部、駅業務部の業務内容や提供サービスをお聞かせいただけますか?
吉賀様: JR西日本グループ全体では、人、まち、社会、それらを有機的に結びつけるという志のもと、鉄道事業を核にして、流通事業や不動産事業、物販事業などに幅広く関わらせていただいています。近畿統括本部は近畿二府四県の鉄道オペレーションを担っている組織です。イメージしやすい業務では、列車をダイヤ通りに安全に運行するために必要、例えば、駅、運転士や車掌の業務、車両のメンテナンス、線路の補修、電力関係のメンテナンスなどがあります。
1-2. 鉄道サービスの持続可能性
インタビュアー: 最近、本部や部門で力を入れていることはありますか?
半田様: 鉄道事業は災害やさまざまなトラブルなどにより、列車の遅延・運休が発生することがありますが、そのような中で、お客様にいかに情報をご理解いただける形でお伝えできるかという課題に取り組んでいます。お客様も情報提供に対する感度が高くなっている一方で、満足度は高くありません。運行管理や乗務員部門、施設や車両、電気関連の部門など組織を超えて、それぞれがどういった情報を発信し、また、事象の発生から時間を空けずに発信できるか、といったことを検討しています。
吉賀様: 今後に向けてのキーワードとしては「持続可能」です。高齢化で労働者人口が減る、少子化で学生も減るといったように、鉄道サービスをご利用になる人口が減少する中で、今の輸送サービスのレベルを全てのエリアで続けることが難しくなってまいります。地域を支えるインフラ企業として、できる限り今の輸送サービスのレベルを持続可能とするべく、デジタル化や効率的なスタッフの配置、機械化、仕組みの変更などが全社を挙げての重要なトピックスです。
2. プロジェクトの経緯と進め方
2-1. コロナ明けの利用回復とインバウンド顧客の利用増による駅の混雑
インタビュアー: ここからはプロジェクトについてお伺いします。まずは、御社内でプロジェクトが始まった経緯とその時の課題感について教えてください。
吉賀様: 時期としては、コロナ禍が明けてお客様のご利用が回復しつつあり、かつ、大阪・関西万博の開幕に向けた対応も視野に入ってきた頃でした。コロナ禍で列車の輸送力などを縮小していたため、一気にお客様のご利用が回復したことと、インバウンドのお客様も増えたことで、特に京都の嵯峨野線沿線のお客様が朝夕の通勤・通学時間帯に列車に乗れないという事態が多発し、厳しいご意見や改善要望をいただいておりました。そこで、まずは京都駅嵯峨野線の輸送品質向上と、お客様対応についての課題を抽出して打ち手を講じることになりました。インバウンド対策は近畿統括本部だけでなく、本社のメンバーとも合同で行うワーキングも立ち上がっていました。
インタビュアー: 今回、弊社がご一緒したプロジェクトは、インバウンドのお客様に情報提供や輸送改善についての反応を伺い、駅のホームや列車の混雑緩和に向けてサイン改善につなげるという内容でした。弊社にご相談いただく前、御社内で取り組まれていたことはありますか?
半田様: 京都駅の嵯峨野線ではホーム入口が列車進行方向の後ろ側なのですが、入口付近にお客様が集まってしまい、一番後ろの車両が混雑するという状況がありました。そこで、ホームに「前すいています」というポスターを貼りました。加えて、お客様に奥側に興味を持ってもらおうと、沿線の観光地として有名な東映太秦映画村様との連携でホーム奥に「忍者フォトスポット」を設置しました。しかし、認知度が上がっているかも分からないという状況でした。また、毎年実施しているお客様満足度調査において情報提供や輸送改善に対するお客様の反応を一部確認していますが、これは国内のお客様に向けたものなので、インバウンドのお客様の反応は見られていないという課題もありました。
2-2. 「旅前」と「旅中」でのインバウンド顧客に必要な情報とは
インタビュアー: ご一緒したプロジェクトについて、具体的な取り組みの概要を教えていただけますか?
吉賀様: 今回、私たちは大きく2つの視点を重要視していました。旅前と旅中です。旅前は、お客様が日本に入国されてからの公共交通の移動について、どこから情報を得ているのかを知りたいと思っていました。旅中は、駅に到着されてから列車に乗り込むまでで、お客様が何を見聞きして、それらにどのような問題点があるのかです。この2つを直接お客様に問いかけながら、打ち手を考えたいというのが背景です。
半田様: プロジェクトでの取り組みとしては、最初は、京都駅嵯峨野線ホームで、実際に列車や駅を利用中のインバウンドのお客様を対象にキャッチアンケートをしていただきました。目的地までの行き方を調べるために使ったツールや、嵯峨野線ホームにはどこから来たのか、ホームで確認したものや確認したかったことなどを多言語で聞いていただきました。そして、別の日に実施した行動観察では、インバウンドのお客様に加えて、日本のお客様も対象として、ホーム上で何を見てどのように動いていくのかなどを1日かけて観察いただきました。後日行ったワークショップで、両日の結果を踏まえて、インバウンドのお客様に対してどのようなアプローチが考えられるのか一緒にアイデア出しをしました。
2-3. 自分たちだけでは得られない視点やアイデア
インタビュアー: プロジェクトを進めてみて、良かったことをお聞かせいただけますか?
半田様: 私は、キャッチアンケートと行動観察に立ち会いました。キャッチアンケートを自分たちで実施するのであれば、言語の壁があるため翻訳した紙のアンケートをお渡しして回収する方法になると思います。今回は聞き取りによるアンケートで英語・中国語を話せるスタッフの方が対応してくださったので、お客様の表情に解釈を持てたりと、現場で生の声を聞けたのは非常に良かったです。また、アンケート内容も外部視点でのアドバイスを取り入れられて良かったです。
インタビュアー: 何か気づきはありましたか?
半田様: 私たちがホームに掲出している「前すいています」というポスターでは、調査の結果、海外の方には「前」というニュアンスが伝わっていないことが分かりました。たしかに「前」と言っても、ホームの手前側なのか、車両の進行方向側なのかなどいくつか捉え方があるので、認識に違いが生じることに気づけました。今回の状況では「奥へ」の方が分かりやすいと考えています。また、多言語放送も重要視していましたが、放送してもお客様はあまり聞いていないという結果でした。目で見る情報と耳で聞く情報を、お客様に伝わりやすいように活用していくという課題感も見えてきました。
インタビュアー: 吉賀様はいかがでしょうか?
吉賀様: お客様にしっかりコンタクトを取れ、得たかった情報が結果としてレポートにまとめられていたと感じています。そこから次の打ち手も具体的にイメージできたのでお願いして良かったと思います。
また、調査後に実施したワークショップは私たちがブレイクダウンするのに非常に有効な場でした。御社のご担当様が、調査結果に加えて、他社事例等を通して鉄道ならではのお客様がストレスに感じられるポイントや、正論では前に進められない事情やルール、国の指導や施策といった情報もご準備してくださったので、広い視野で具体的な打ち手を検討できたと感じています。先入観を持たずに、現地・現物・現人で確認していただくことはあらゆる業務で大切なことだと思います。それをしっかり提案・実施いただいたので、本当にスムーズに進められました。
また、京都駅嵯峨野線ホームを対象としたプロジェクトではありましたが、そこだけにとどまらない気づきもありました。その結果を大阪・関西万博開催に向けても活かしていきたいと思っています。
3. プロジェクトの成果
3-1. 得られた成果をできるところから実施
インタビュアー: 今回のプロジェクトで得られた成果はいかがでしたか?
吉賀様: ターゲットの課題が客観的に見える化されたのが一番良かったです。観察したサンプル数は多くはありませんが、考察の説得力が上がったと思います。
印象的だったのは、列車の情報が欲しい時に弊社のホームページを見る方が少ないことや、お客様は携帯ばかり見ながら歩いているので、駅ホーム上の情報は、あまり見てもらえていないことです。今後の取り組みにはなりますが、多くのお客様がご覧になっているGoogleマップなどとの情報の紐づけなども検討課題と位置付けています。
また、弊社では「嵯峨嵐山駅」なのですが、お客様はGoogleで「嵐山」で検索していて、「嵯峨嵐山駅」とは異なる「嵐山」が結果で出てきます。駅名と目的地の名前が違うだけで、「この電車に乗って本当に嵐山に行くのか?」と疑問に思う方が多いことに初めて気づきました。実は「嵐山の駅にはどの電車が止まりますか?」という問い合わせは多く、こういったところから生じていたのだと行動観察する中で見えてきました。
インタビュアー: 実際にプロジェクトで出た施策案を実施されたことはありますか?
半田様: すぐに取り組めることから始めています。春の桜のシーズンにまずは放送だけでもと思い、「前に進んでください」から「奥に進んでください」に変更しました。また、他社事例を参考にして、停車駅一覧の図による案内も掲出しました。普通・快速・特急列車それぞれがどの駅に停車するのかを示して、嵯峨嵐山駅には全ての列車が停車することをお伝えするものです。
インタビュアー: 状況は改善されましたか?
半田様: アナウンスについては、プロジェクトでもお客様になかなか聞いていただけていないという結果が出ていたとおり、大きな変化はまだ見られていませんが、停車駅一覧の図については立ち止まって見ていただけているのではと感じています。
3-2. 社内でのプロジェクトへの関心の高さ
インタビュアー: 社内での反響や評価はいかがでしたか?
半田様: 今回プロジェクト中に、社内のインバウンド関係を担当する部門にもアンケートでどんなことを聞きたいかなどを相談していたのですが、その段階から、結果を知りたいなどの話が出るなど関心は高かったです。プロジェクトが終わった後に、報告書としての結果だけはなく、キャッチアンケート、行動観察、ワークショップでのアイデア出しなどの工程もあわせて共有し、とても参考になるという声を貰っています。
吉賀様: 社内での関心が高いポイントは、やはりお客様の生の声・実態をしっかり得られたということだと思います。
3-3. 行動観察を体験しての日常業務での変化
インタビュアー: 半田様は行動観察に触れるのは初めてだったとのことですが、行動観察に対する最初の印象と、実際にプロジェクトを終えてみてどうだったのかをお聞かせいただけますか?
半田様: 最初は不安もありましたが、進め方の調整から一緒にできたので不安は払拭されました。キャッチアンケートや行動観察の結果をワークショップで展開していただきましたが、事実に対する解釈やアイデアを押し付けることなく、事実に対しての私たちの考えを引き出しながら、こういったこともできるのでは、といった提案もいただきながら進めていただき、良かったと思っています。
インタビュアー: 行動観察のプロジェクトを終えてみて、お仕事の進め方などで変化はありましたか?
吉賀様: 現地・現物・現人を常に大切にしているものの、1つの問題点に対してそこに関わるお客様や働くメンバーの目線に本当に立てているのかと言うと、今回のように1日張り付いて動向を見聞きできているわけではありません。ただ、こういった取り組みは大切ですので、課題解決に向けての中期的なプロセスを考える時に、行動観察という手法を1つの選択肢として持てるようになったのは私の中で大きな変化で大変うれしいです。
4. 今後の展開
4-1. 日本の鉄道の正確性やホスピタリティの維持向上へ
インタビュアー: 今後の展開について考えていることはありますか?
半田様:

吉賀様: 元々、御社にお仕事をお願いする前から、ホーム上に既にある掲示板で基本的な情報をしっかり伝えられていない(伝わっていない)という問題意識がありました。その中でデジタルサイネージを導入する方向性で議論が進んでいる状況で、行動観察のプロジェクトでの気づきも加勢して、打ち手に対する納得感は社内で非常に高まったと感じています。行動観察の取り組みをしたこともあり、現場からもより関心を上げて意見が出てきましたし、それが形となって今のサイネージの大幅改良につながっています。
インタビュアー: 弊社がご一緒したプロジェクトは完了しましたが、今感じておられる新たな課題はありますか?
吉賀様: 先にも述べましたが、お客様に効率的に情報を入手いただくために、SNSなどネット環境の中で公共交通との接点をどのように作っていくのが良いのかは課題だと考えています。また、日本の鉄道の正確性やホスピタリティはさまざまな場面で好印象を持っていただいているので、それを継続できるようにインフォメーションもしていきたいです。
インタビュアー: 長時間のインタビューにご協力いただきありがとうございました。
(インタビュー: 2024年12月4日実施、インタビュアー: 弊社ソリューション開発本部 濱口 萌子)
2025年3月26日公開
※この記事に掲載されている内容、所属情報(会社名・部署名)は公開当時のものです。予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。
行動観察についてのご紹介資料

学べること
(1)行動観察のご紹介
(2)プロジェクトの進め方
(3)行動観察のプロジェクト事例