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「なぜマーケティングが重要なのか?(12) -デジタルマーケティング(1)全体像-」

2014.12.16 株式会社オージス総研  水間 丈博

はじめに

今回から「デジタルマーケティング」を取り上げます*1。デジタルマーケティングとは、端的にいえばITを活用したマーケティングのことです。当初(1990年代後半~2000年代)はインターネットと電子メールだけを意識してプロモーションを実施することから始まりました。現在は"マーケティングテクノロジー"と呼ばれるIT技術の進歩に伴う新しい技術をマーケティングに応用する動きが急激に拡がり始め、かなり広範囲をカバーする概念に進化しました。そこには消費者がデジタルメディアを活用する機会が増えたことが要因にあります。SNSでのツィートなどが蓄積され、市場(場合により個人)の反応や嗜好性などが測れるようになったのです。個々の技術がどのようなマーケティング領域に応用され、どのような目的や効果を狙っているのか、国内/海外事例・動向・課題なども交えながらご紹介できれば良いと考えています。

1.デジタルマーケティングの全体像

"デジタルマーケティング"はIT業界にありがちな"BUZZ WORD"ではありません。既に数多くのIT技術が応用されたマーケティング支援技術の総称とも言うべきものです。
先ず、この図をご覧ください。

「Marketing Technology Landscape(Chiefmartec社による)」
[図22] Marketing Technology Landscape(Chiefmartec社による)」
http://cdn.chiefmartec.com/wp-content/uploads/2014/01/marketing_technology_jan2014.png

この図は、デジタルマーケティング先進国である米国の"マーケティングテクノロジー全体構造"とも言うべき著名な図(マップ)で*2、マーケティングに関わるソリューションやサービス提供企業をカテゴリー別に分類したものです。この中に1,000社に近い企業がひしめいていることが分かります。私達が昔から良く知る大手企業や製品ベンダーも存在しますが、ほとんどが聞き慣れない企業ばかりです。理由は多くのベンチャー企業が含まれているためです。現在、米国ではマーケティング分野への投資やベンチャー参入がブームとも言うべき活況を呈しているのです。*3

2.デジタルマーケティングとは何か

英語版Wikiによれば*4、デジタルマーケティングとは「パソコン、スマホ、ガラケー*5、タブレット、ゲーム機などの電子デバイス(コンピュータ)を利用することにより、ステークホルダーの関心を引き起こすマーケティングである。デジタルマーケティングはウエブサイト、電子メール、アプリ(従来型と携帯向け)、SNSなどのテクノロジーやプラットフォームを活用する。ソーシャルメディアマーケティングは、デジタルマーケティングの構成要素である。多くの組織が伝統的なマーケティングチャネルとデジタルマーケティングチャネルとを組み合わせて利用する。しかしながら、デジタルマーケティングはマーケターにとってより一般的になりつつあり、それはマーケターにとって、他の伝統的なマーケティングチャネルと比較して明確な投資対効果(ROI)を追跡できるようになることを意味する。デジタルマーケティング研究所*6によれば、デジタルマーケティングは市場の製品や販促チャネルのためのデジタルチャネルの活用と、消費者と企業へ向けたサービスである。」とあります(訳:筆者による)。デジタルメディアの媒介をするデジタル機器が急速に大衆化し、拡大したことが、マーケティングの方法に大きな変革をもたらしたとも言えます。

3.デジタルマーケティング興隆の背景

デジタルマーケティングが発展した理由をもう少し詳しく見てみましょう。
デジタルマーケティングがブームになっている背景には以下の5つの要素があります。

(1) 製品価値では無く経験価値

かつて"購入する(お金を支払う)"価値とは"製品やサービスそのものの機能性や性能、利便性など"の価値に見合うかどうかで判断されていました。先進国では今やモノが溢れ、製品やサービス自体の価値では無く、購入した人がどのような体験・経験を期待するのか、が価値の尺度になってきました。人々はありきたりの品物では飽き足らず、自分の人生や生活にとって価値あるものにのみお金を払う、という購買行動に変わりました*7。こうした動きは、消費者が製品・サービスに"最初にどのように接するか"、や購買後にも"どのような生活局面で体験されるか"、"どのようなアフターサービスが体験できるか"といったライフサイクルにも及ぶようになりました。こうした要望に応え続けるためにはIT技術が欠かせないものとなりました。

(2) モバイルの台頭

通称モバイルと呼ばれる通信機能を持った携帯型端末(ガラケー・スマホ・タブレットなど)が世界中で爆発的に普及し、"いつでも・どこでも・繋がる"環境が実現しています。10数年前に「ユビキタス」*8と呼ばれた社会が名実ともに実現し、今やテレビや家庭電化製品、乗用車にも通信機能が搭載されるまでになりました。この現象は消費者社会に革命的な影響をもたらしたと言えます。例えば、朝の通勤電車の中で、スマホで晩の献立をネットのレシピを見ながら考え、必要な材料をネット注文して帰りにコンビニで受け取る、といったことが可能になっています。数年前には考えられないことでした。

(3) 選択肢の多様化、メディア間競争の熾烈化、接触時間競争の激化

アマゾンのロングテール戦略*9で実現したように、現在地上に存在するモノで手に入れられないものはない、と言う状況になりました。人気商品には競合製品が数え切れないほど存在します。これら夥しい商品情報に接する人々の情報ソースも、かつては4大メディアが主流でしたが、時代の流れと共にそのシェアは減り続け、世代間のギャップも大きなものになっています*10。現在は様々なメディアやコンテンツが増加したために消費者の各メディア接触時間が多様化・短時間化している傾向にあります。メディア側企業や広告主など製品やサービス提供側にとっては、この「メディア接触時間の奪い合い」状態になっているのです。言い換えれば、消費者の"頭の中の占有率の奪い合い"とも言えます。また、競合と言う意味では、かつてコンテンツとしてのテレビの競合は限られた数のテレビ局同士でした。それがレンタルビデオになり、テレビゲームとなり、今やテレビの競合はモバイル機器(モバイルゲームやネットコンテンツ)になりました。

(4) オムニチャネル化

オムニチャネルは、"あらゆる顧客接点を通じて共通の体験を顧客に約束する仕組み"のことです*11。これを実現するには、仕掛ける側(多くは企業)の内部(組織・業務・情報システム)だけでなく外部(取引先や提携先、委託先、フランチャイジ―など)をも含めた広義の顧客管理システムの構築が前提となります。IT技術の積極的な活用や援用が現在は必然になったともいえます。

(5) テクノロジーの進展

冒頭で述べた通り、ITのマーケティングへの応用は、かつてはWebサイトを中心としたインターネットまわり(Webマーケティングと呼ばれる)と電子メールマーケティングの2つが主流でした。キーワード検索でできるだけ自社サイトを上位表示させる工夫や(SEO)、訪問者の望みに適うWEBサイトの構築(LPO)、企業のサイトで会員を募り、IDを発行してメールアドレスを収集しメールマガジンを定期的に送信して再度サイト訪問を促すなどの技術です。現在でももちろん運用されていますが、SNS情報や端末に一時的に保持される"クッキー情報"を拠り所にした"アドテク"(広告テクノロジー)が進展したことにより消費者を取り巻く環境が一新されました。これらマーケティングテクノロジーについて今後順に見ていくことにします。

4.デジタルマーケティングの構成要素

図22から、カテゴリー名称だけを抜き出し和訳したものを参考までに注12に掲げました。この中には直接顧客に関係するものもあれば、企業内でのみ利用されるものもあります。このままでは顧客(市場)側と提供者側のどちらに貢献するものなのか、やや判別が難しいので、これを私たち"提供者側(企業)"の「コアビジネス」に対する「市場と顧客」という観点でおおまかにマッピングして見ます。

「Marketing Technology Landscape(Chiefmartec社による)」
[図23]デジタルマーケティング全体概念

数多くのデジタルマーケティングの要素をどのように見ていくか難しく、異論も多いことと思いますが、これを本連載で取り上げる"カテゴリー"と仮定しておきましょう。図22の各カテゴリーすべてを網羅することはできませんが、重要な技術はできるだけ取り上げることにします。

(1) WEB系

最も古くからあるテクノロジーで、Webマーケティングと呼ばれているエリアです。Webサイト(いわゆるホームページ)にまつわる技術の集合です。SEM(サーチエンジン・マーケティング)、SEO(サーチエンジン最適化)、CMS(コンテンツマネジメントシステム)、WCM(ウェブコンテンツ管理)、LPO(ランディングページ最適化)などが該当します。

(2) REAL系

顧客と直接的に接する店舗に着目した分類です。O2O(オンライン・トゥ・オフライン)、AR(拡張現実)、ポイントカード、自動行動観察、電子決済、デジタルサイネージ、GPS(グローバル・ポジショニング・システム)、ジオフェンスなどが該当します。

(3) DirectMarketing系

顧客にプッシュ型で直接情報発信する、または接する機会があるもの、といった分類です。SNS、電子メール、コールセンターを取り上げることにします。

(4) ADTECH/Cloud系

広告テクノロジー全般がここに分類されます。ここ数年で最も発展した分野で、高度に分業化されたデータ流通機能が確立しており、新技術を持って新規参入する業者も多いエリアです。SSP(サプライサイドプラットフォーム)、DSP(デマンドサイドプラットフォーム)、RTB(リアルタイム入札)、3PAS(第三者配信)、タグマネジメント、リターゲティング、アトリビューション、動画広告などを取り上げます。それらの多くが"Cloud"システムを利用して提供されています。他にEC(電子商取引)やAPIなどに触れる予定です。

(5) PLATFORM系

これは基本的に提供者企業内部に存在するデジタルマーケティングのためのIT基盤とも言うべきテクノロジーエリアで、顧客データベースやCRMから発展してきた分野が中心となります。CRM、DMP(データマネジメントプラットフォーム)、IMC(統合マーケティングコミュニケーション)、マーケティングオートメーションなどが該当します。

(6) ANALYTICS系

データ分析の技術で、BI(ビジネスインテリジェンス)、マーケティング分析、リコメンデーション等を扱うことにします。BIは"BigData"と対になる用語ですが、マーケティングに関するデータも増えたために分析技術のマーケティングへの応用が進んでいます。

今回は"デジタルマーケティング"の全体像を俯瞰しました。次回は上記のうち、"Platform系"のDMPを中心に取り上げます。

[注/参考資料]

*1:近年TVがデジタル化され、新聞・雑誌の電子配信も開始されているが、"4大メディア(TV、ラジオ、新聞、雑誌)"は対象外とする。
*2:Marketing Technology Landscape Supergraphic(2014 Jan)
http://chiefmartec.com/2014/01/marketing-technology-landscape-supergraphic-2014/
(注)これは2014年1月に発表されたもので、第三版にあたる。2011年版ではおよそ100社程度に過ぎなかったが、3年を経過しない間に約10倍に増加したとする(ただし、新たに加えたカテゴリーも多かったという)。その後多くの参入やM&Aがあり、現在は様変わりしていると考えられる。原典では図を拡大して見ることができる。
*3:米国シリコンバレーのVC(ベンチャー・キャピタル)は約370社で米国全体の約半数を占めるが、2013年度の投資総額は約117億ドル(約1兆2千億円)となり、前年度を16%上回った。これはリーマンショック前の水準を超える。このうち、IT分野への投資は約65%を占めた。
出典:「IT Leaders」"2013年のVC投資は前年比16%増の117億ドル、65%がソフトウェア関連に"(2014年4月9日(水) 山谷 正己)
http://it.impressbm.co.jp/articles/-/11209
参考:日本のVC投資額は米国の投資額の約20分の1に過ぎない(2012年度)
「2013年度 ベンチャーキャピタル等投資動向調査結果」(一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター 2013年10月18日)
http://www.vec.or.jp/wordpress/wp-content/files/2013-sokuho20131018.pdf
*4:http://en.wikipedia.org/wiki/Digital_marketing他にSAS「デジタル・マーケティング 概要と重要性」が参考になる。
http://www.sas.com/ja_jp/software/customer-intelligence/digital-marketing-overview.html
*5:原文は'cellphones'
*6:原文は'Digital Marketing Institute'。2008年に設立されたアイルランドのマーケティング高等研究機関(略称DMI)
*7:「経験価値」について、詳しくは本連載『第9回-現在のマーケティング(下)-』参照
*8:ユビキタス(Ubiquitous)は、本来ラテン語源で「遍く・いつでも・どこでも」を意味するが、英語では「神は偏在する」と言う意味であるという。日本では2000年代に入ってから「ユビキタスコンピューティング」や「ユビキタスネットワーク」などと使われ始め、"どこでも"と言う意味が強められる結果となった。
参考:Wikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/ユビキタス
*9:ロングテールは、2006年クリス・アンダーソンによってAmazonのビジネスモデルを説明するために提唱された戦略。それまで、商品売上の上位20%で売上の80%を占めるとする、いわゆる「パレートの法則」が経験的に常識となっていたが、"死に筋"と呼ばれるあまり売れない商品であっても、多品種を揃えることによって販売機会が得られるとする。売れ行き順に商品を並べると下位80%が長く細く尾を引くように描かれるため「ロングテール」と呼ばれた。
参考:Wikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/ロングテール
参考:『ロングテール』クリス・アンダーソン 早川書房 2006年
*10:4大メディアの広告費は2006年から2013年の8年間の推移で見ると、新聞(62%)、雑誌(52%)、ラジオ(71%)、テレビ(89%)となっており、総額で約7兆円から約6兆円に減少した。この間、2009年のリーマンショック後の落ち込みが大きく、未だに回復していない。一方インターネット広告費は2006年媒体費3,630億円・広告制作費1,196億円、総額約4,800億円だったが、2013年はそれぞれ7,203億円、2,178億円で約1兆円に迫る勢いで倍増に近い。この傾向は当面続くと予想されている。
出典:「日本の広告費をいろいろグラフ化してみた」(2006~2013年)
http://nmbr.jp/blog/2014/03/18163938.html
参考(原典):「特定サービス産業動態統計調査」経済産業省
http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/result/result_1.html参考:電通ニュースリリース(2014年2月20日)http://www.dentsu.co.jp/news/release/2014/pdf/2014014-0220.pdfまた、博報堂の調査によれば、世代別のメディア接触時間の違いが明らかになっており、既に20代以下の世代はテレビ視聴時間をモバイル(スマホ・携帯)接触時間が上回っている。出典:「メディア環境の「イマ」メディア定点調査(東京)2014」 ?博報堂DYメディアパートナーズメディア環境研究所(2014年6月10日)http://www.media-kankyo.jp/wordpress/wp-content/uploads/teiten2014.pdf
*11:「オムニチャネル」について、詳しくは本連載『第11回-最新のマーケティング(2)-』参照
*12:[参考] Marketing Technology Landscape(上位レベル)(和訳:筆者による)

 Marketing Technology Landscape(上位レベル)
[参考] Marketing Technology Landscape(上位レベル)

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