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「営業プロセスとリスク管理」

2014.12.16 株式会社宇部情報システム  永山 弘

1. はじめに

本稿では、営業プロセス全体のうち、SIerにおけるシステム導入の提案活動(以下、提案活動)を例にとって、営業部門の視点で、提案活動におけるリスクと、そのリスク対策のための統制について考えます。

2.営業プロセス

(1)営業プロセスと活動ステップの定義

弊社では、営業プロセスを下図のような活動ステップに分解して定義しています。インターネットや書籍で事例を調べてみても、大体同じようなプロセス定義がされているようです。細かい点では、顧客との関係や、ソリューションの種類、状況によって、それぞれの活動ステップの内容は違ってきます。展示会などに来場いただいただけの、まだお取引のまったく無いお客様の場合と、既にお取引があるお客様からRFPが提示された場合では、全く異なります。しかし、新規のお客様をベースにした包括的・標準的な営業プロセスを定義しておけば、状況に応じて読み替え・読み飛ばしができます。

営業プロセスの活動ステップ
図 1 営業プロセスの活動ステップ

本稿では、上図の「提案活動」の段階で顕在化するリスクを取り上げます。提案活動にまで至らないケース、つまり提案に至る前にお断りされるケースは、ここでは取り上げません。また、契約活動以降のリスク、例えば自社に不利益な契約締結や、顧客満足の低下なども、ここでは取り上げません。

(2)リスク管理

受注できない原因を、ソリューションや製品、あるいはお客様の購入意欲・タイミングなどのせいにして、場当たり的な営業をしているようでは、そもそも「リスク」という概念すら持たないでしょう。往々にして、営業マンは、失注に挫けることなく、気分を切り替えて、新たな活動を始めるものです。中には、失注の原因を分析して、過去の行動を振り返ること、反省会をする場合もありますが、あくまで事後対応です。「反省を今後に活かして」と営業マン個々人が胸に刻んでも、組織として十分な対策がとれたとは言えません。
一般的にリスクとは、ある行動をすることやしないことによって起こりうる将来の不都合や損害、とも表現できます。提案活動の結果として起こる不都合や損害は、受注できないこと、受注したが内容に問題があること、と言えます。これら不都合や損害が起こらないように、または起こる可能性を低くするために、どのような行動をすべきか、どのような行動をすべきではないか、を組織的に取り組むことが、営業プロセスにおけるリスク管理です。

3.提案活動におけるリスクとその対策

どのSIerにも発生しうる提案活動のリスクを4つ取り上げて、それぞれについて発生する原因、リスク顕在化による結果、リスク対策、組織としての統制活動について述べます。

(1)顧客ニーズとかけ離れた提案をしてしまうリスク

プレゼンがうまくないとか、アピールが弱いとかではなく、明らかに的を外した提案だったケースとします。

<原因>
  • 顧客のニーズを情報収集できていない
  • 顧客のニーズの本質を理解できていない
  • 顧客のニーズを無視して自社ソリューションを無理やり適用しようとしている
  • 提案内容を顧客にうまく伝えていない
  • 提案内容が顧客のニーズをほとんど満たしていない
<結果>
  • 顧客が期待した提案ではないので採用されない
<対策>
  • ヒアリングした結果から顧客ニーズを文書化して、ヒアリングでの確認が不十分でないかをチェックする。ニーズを深堀りできていないとか、総花的で目的が絞られてないなど。
  • 顧客ニーズに合わせた提案方針を固めて、簡単な文書で顧客に説明して、ベクトルが合っていることを確認する。
  • 提案書の内容を(できれば第3者も含めて)レビューして、顧客ニーズ→提案方針→提案書に一貫性があることや、提案書にきちんと解決策が書かれていることなどを確認する。
  • プレゼンテーションの時間内に、提案内容の重要なポイントをすべて説明できるように準備する。場合によってはプレゼンテーション用に資料を編集し直す。
<統制>
  • 顧客ニーズの確認実施状況のチェック
  • 提案書レビュー(顧客ニーズ、システムの目的、解決策など)

(2)プロジェクト遂行困難な提案をしてしまうリスク

顧客業界の知識不足や、該当ソリューションの経験不足などの理由から、提案内容と、プロジェクトの実現性に大きな乖離が生じているケースとします。

<原因>
  • システム規模を過小に見積もっている
  • プロジェクト規模に見合った体制(スキル・人数)がとれない
  • 顧客との役割分担が明確になっていない
  • 顧客の希望納期に合わせようとするがあまりスケジュールに無理がある
<結果>
  • プロジェクト管理上の問題を顧客から指摘され、提案が採用されない
  • 受注はできたものの、プロジェクトが破綻してシステムが稼働しない
<対策>
  • 顧客ニーズの実現方式とシステム規模の妥当性をチェックする
  • システム規模に対して、顧客希望納期を満たし、かつ現実的なスケジュールと体制がとれるか、パートナーも含めて検討する
  • 顧客の業務繁忙期なども考慮して、プロジェクトへの参画可能な範囲・期間を事前に確認する
<統制>
  • 提案書レビュー(システム構成・機能一覧、スケジュール、体制、顧客の役割)
  • パートナーが参画する場合、購買部門との調整状況の確認

(3)算出根拠のない見積をするリスク

「今週中に見積が欲しい」といった顧客からの希望で、識者を集めて十分な検討をする時間がないままに、個人的な実績ベースの提案書・見積書を提示してしまうことがあります。精度の悪い見積は、低い金額でも、高い金額でも、それぞれにリスクがあります。

<原因>
  • 標準的な見積手法がない
  • 特殊な条件(新技術採用など)を見込んでいない
  • 難易度・複雑性・経験などに応じた割引・割増を見込んでいない
  • 顧客の予算内に収めようとするがあまり規模と見積が合っていない
<結果>
  • 顧客予算を大幅に超えた過剰見積となり、採用されない
  • 実態に合わない過小な見積金額で受注して、最終的に大幅な赤字となる
<対策>
  • ファンクションポイント法他の算出方法を元に、自社の実績に合わせた見積標準策定方法を作成する。また、定期的に見直す。
  • 規模算出方法では表現できない、非機能要件・新技術・経験値などの影響度を洗い出す。その他、コストが上振れする要素を出来る限り洗い出す。
  • 見積対象範囲とそれ以外を、書面で明確にしていることを確認する。
  • 原価見積をした部門以外の第3者もいれて、原価見積の妥当性をチェックする。
<統制>
  • 標準見積手法
  • 提案書レビュー(見積対象範囲、非機能要求など)
  • 見積審査会(提案・受注の方針、原価見積・提示金額、採算性)

(4)行き過ぎた値引をするリスク

ここでは、関係部署や受注決裁者で話し合った結果で値引を決めたわけではなくて、営業担当者の個人的判断で、そうなったケースとします。

<原因>
  • 適正な利益率を定めたルール(または値引限度のルール)がない
  • 見積金額に応じた承認ルールが定められてない
  • 利益よりも売上がインセンティブになっている
<結果>
  • 過小な見積金額で受注してしまい、適正な利益が得られない
  • 顧客が値引前金額に不信をいだく。正常な取引に戻せない
<対策>
  • 顧客に金額提示するまでの承認ルールやシステムをきちんと整備して、周知することによって、ルール遵守に対する感度を上げる。
  • マーケットの状況や、競争の実態を調査し、価格体系を見直すべきか検討する。
<統制>
  • 標準利益率
  • 受注稟議決裁基準
  • 稟議ワークフロー
  • 見積審査会(提案・受注の方針、原価見積・提示金額、採算性)

4.まとめ

提案活動とリスク対策の関係を、簡単に図示にすると以下のようになります。リスク対策によって、インプットの品質向上にまで遡ります。

提案活動とリスク対策の関係
図 2 提案活動とリスク対策の関係

リスク管理を、「受注した後のリスク」だけに着目するのでは、ルール違反がなければよいということになってしまいます。「受注できないリスク」にも着目して、よりよい提案活動を目指すことに向けることが重要と考えます。
本稿は、顧客ニーズが顕在化している前提ですが、そうでない場合は、提案前に立ち戻って、「サービスデザイン思考」などの、顧客とのニーズの共創に取り組む方法もあります。表面的なニーズの背景や、本質的なニーズを掘り起こす過程で、顧客との関係性を深めることによって、広い範囲でリスク低減につながると思います。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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