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「医療介護の連携(その4) -医療介護連携における情報について-」

2015.05.18 株式会社オージス総研  明神 知

1.医療介護連携における情報とは

これまで医療と言うと病気になってからの治療が中心でした。ところが、高齢者の病気は慢性化して複数の疾病を持つ複雑系になっています。これに対応するためには生活全般を見る介護とのシームレスな連携が必要になってきていることは「その1」で触れた通りです。
また、国民皆保険で病気になっても比較的安価に治療できるために健康維持に対する関心が低く、生活習慣病による医療費の高騰が大きな課題となっています。健康で自立して生活できる健康寿命を伸ばすためには、まだ病気に至らない未病の状態から病気にならないための予防医療や先制医療が重要です。
そうなると、これまでの病気の治療を中心とする医療情報だけでなく、介護や生活全般に関する情報連携が必要になってきました。
このことは、日本老年医学会が高齢になって筋力や活力が衰えた段階を「フレイル」と名付け、攻めの予防に取り組むとする提言をまとめたことにも現れています。これまでは「老化現象」として見過ごされてきましたが、統一した名称をつくることで医療や介護の現場の意識改革を目指しています。フレイルは「虚弱」を意味する英語「frailty」から来ています。健康と病気の「中間的な段階」で、提言では、75歳以上の多くはこの段階を経て要介護状態に陥るとしています。高齢になるにつれて筋力が衰える現象は「サルコペニア」と呼ばれ、さらに生活機能が全般的に低くなるとフレイルとなります。 たんぱく質を含む食事や定期的な運動によって、この段階になるのを防いだり、遅らせたりできるとされます。医療や介護の費用の抑制にもつながるものと期待されているのです。
このように個々の住民の生活の質(QOL)を高めるためには、多様な関連機関の持つ「住民が生まれてから死ぬまでのライフログ」も含めた、「医療・介護・健康・福祉」全般の個人情報の連携・活用が必要になってきました。
さらに、最近では医療や健康、さらには遺伝情報まで含めたビッグデータの活用によるEBM(Evidence-based medicine)にも注目が集まっています。
こういった多様で広範囲な情報の取り扱いについては数々の課題と乗り越えなければならないデータマネジメント上の問題があります。
今回は、医療介護連携の情報にはどのようなものがあるのか、標準化の取組みとともに紹介します。次回以降でヘルスケア関連の情報セキュリティや、多くの要素が絡み合う複雑系としてのヘルスケアのシステムダイナミクスによる扱いなどを紹介します。

2.医療・介護連携情報について

医療介護連携の情報について、最近の動向も含めて代表的なものを紹介します。

(1)医療・介護情報の発生源別分類と個人情報

医療情報の発生源は多様です。生体情報、症候的情報、価値判断情報、事実の記録情報などが医療機関やその他の機関の各部署で収集、記録、利用されています。発生源別にどのような情報があるのか[1][2]から引用して図 1図 2に上げました。

病院・医院・診療所の医療情報[2]
図 1 病院・医院・診療所の医療情報[2]

その他発生源の医療・介護情報[2]
図 2 その他発生源の医療・介護情報[2]

(2)ビッグデータとしてのライフログ[3]

最近のスマートホンやウェアラブルデバイス、さらには各種サービスの利用履歴などを含めて個人が生まれてから死に至るまでの情報はライフログと呼ばれ、その活用が期待されています。
ライフログとは、人間の生活を長期間に渡りデジタルデータとして記録すること、またその記録自体のことです。 ブログのような日記の類もライフログと呼ばれることがあります。ライフログには、ユーザが自分で操作して記録する手動記録と,外部デバイスにより自動的に記録する自動記録があります。 手動記録は、詳細で自由度の高い記録が可能であり、ブログやメモなどのように記録にユーザの主観的意見を含めることができますが、ユーザ操作を伴うため記録負担が大きいのです。 後者の自動記録はウェアラブルデバイスを装着して、画像・動画・音声・位置情報といったデータを常時記録するというものです。 ユーザの記録負担は小さいが、取得されるデータが限定されており、客観的なデータしか取得することができません。
ライフログは図 3のように基本属性・行動情報・付加情報の3つから構成されます。基本属性とは氏名や生年月日、職業、パスワードなど。行動情報とは移動、商品購買、通信・サイト利用、健康・医療などの履歴です。付加情報は、信用情報や属性や履歴の分析結果のような2次的な加工データのことです[3]。
ライフログすなわちPHRであるという捉え方もあるようですが、PHRは生涯型電子カルテとして患者の視点の情報であり、医療側の視点がEHRとも言えます。ライフログには医療情報は含まれますが、それだけでなくもっと広い行動記録であり、長い期間の個人情報です。

ビッグデータとライフログ[3]
図 3 ビッグデータとライフログ[3]

(3)時代とともに変遷して拡大してきた医療情報

医療機関に閉じた患者記録であったEMR(Electronic Medical Record)は、医療関係者が患者の諸記録を電子的に保存・管理・利用できる段階でした。それが他の関係機関と連携するEHR(Electric Health Record)となり、別々の医療機関、健康関連組織で別々に管理されている個人の健康医療情報を地域/国レベルで集約・統合して共同利用できるようになりました。
そして、第3がPHR(Personal Health Record)で、個人が自らの健康に関する情報を、自己管理の下に集約・累積した状態です。そして最後がEBM(Evidence-based medicine)で、治療効果・副作用・予後などを統計学的に比較することで作られた科学的根拠を活用して医療行為を決定・実行していける段階です。このEBMの段階になって初めて、真の医療ビッグデータ活用となるのです。

・EHR(Electronic Health Record)[4]
EHRとは,「国民一人ひとりが自らの健康・医療情報を『生涯を通じて』把握/管理でき、健康管理、疾病予防あるいは疾病管理に活用できる生涯型の健康医療電子記録」です。これは病院や診療所が実際の医療のために作成する患者の診療電子記録、いわゆる個々の医療施設の「電子カルテ」(Electronic Medical Record:EMR)とは異なり、それらの診療情報を集めて一定の形式で要約し,必要な健康情報も加えて、継続的に蓄積し全国的な規模の情報ネットワークを通して活用できるようにした電子化記録です。EHR政策は「国民一人ひとりの生涯にわたる健康維持」に対する国の医療政策の基本となるものです。EHRは本来、国民的規模の健康医療情報基盤を指すが、英国など欧州のいくつかの国を除いて実現している国は少ない。これに対して州、県、医療圏などで完結的に健康医療情報基盤を構築している例は多く見られ、これらは地域EHRと呼ばれています。地域EHRに対比して本来の国民的規模での実現を明示する必要がある場合には国民的EHRと呼びます。日本の医療ITは欧米と同じような経過をたどって個々の医療機関の診療情報の電子化から始まっており、2013年における病院向け電子カルテ普及率は約31.0%。大規模病院(400床以上、821施設)では69.9%と普及率が高いものの、今後納入数の伸びが期待されるのは普及率が34.0%とまだ低い中規模病院(100~399床、4562施設)です。2013年にはクラウド型の電子カルテの普及もあり小規模病院への導入も進んでいます[5]。医師不足や医療費抑制政策などによる2010年当時の地域医療崩壊を背景として、厚生労働科学研究班が提示した地域包括ケアを含む地域医療情報連携が「どこでもMY病院」や「シームレスな地域医療連携医療の実現」構想として各地で整備されました。これは国全体の本格的な取り組みには至っていないが、今後のEHRの一部となりうるものです。
・PHR(Personal Health Record)
PHRは個人の生活の質の維持や向上を目的として,生涯にわたり健康・医療情報を蓄積し,自ら管理できる仕組みを指します.その主な特徴は,PHRにより蓄積した情報を基に,個人が自分の健康状態を正確に把握することが可能になり,自発的な健康増進や生活習慣病予防を目指した健康管理が促進されるといった効果があげられます。また,PHRに蓄積された情報を分析し活用することで,個人の健康状態に合わせたトレーニングプログラム等への適用も可能になります。また、医師の側からも状況の変化に応じた疾病予防指導が可能になり、慢性疾患につながる生活習慣病の予防や重症化の予防といった効果や、重複検査の回避、セカンドオピニオンへの活用なども可能となります。そして多数の医療・健康データの蓄積や疫学的な解析を行うことにより、治療法・新薬などの臨床研究や治験への活用など医療の質の向上にも幅広くつなげていくことも期待ができます。その典型的な事例が2007年から2010年まで沖縄県浦添市で実施された、総務省、厚生労働省、経済産業省の三省連携事業として展開した浦添地域健康情報活用基盤構築実証事業プロジェクトです。ここでは自治体がPHRのサービス提供の主体となり、疾病管理サービス(糖尿病)を展開しました。かかりつけ医とフィットネスクラブによる診療情報と運動プログラムの提供で疾病管理を行いました。参加者は83名(継続して参加したのは54名)で運動量や空腹時血糖などの数値の改善がみられました[6](図 4)。

浦添地域健康情報活用基盤構築実証事業[6]
図 4 浦添地域健康情報活用基盤構築実証事業[6]

(4)電子カルテ

医療関係の代表的な情報は電子カルテであろう。ただ、日本で使われている電子カルテは、「EMR(Electronic Medical Record)」というカテゴリーに属するもので、EHRとは区別されている。EMRは、その医療機関内に限定して使われる詳細な診療録であり、一般的には施設ごとに独立したシステムです。EMR開発や導入については、日本は世界でもトップレベルです。例えば米国医療機関では発生時点での情報入力の普及率は低く、紙カルテが多いのですが入力補助者による入力が強力に進められています。これは医療情報共有によるコストダウンが目的で、むしろEHRのほうが普及していると言えます。
前述したように診療所を含む小規模病院への電子カルテ導入はこれからですが、これに対して診療報酬請求のためのレセプト(診療報酬明細書)コンピュータ(レセコン)は規模を問わず90%を超えています。これはレセコンが診療報酬の電子化加算があるのに対して電子カルテは点数加算されないということ、電子カルテが高価であることや維持費用に対する費用対効果が見えないことから普及が加速していないのです。
EHRはEMRほど詳しいデータは必要としませんが、国のネットワークを通じてどの医療機関からも同じ形式で集積し、共有するものです。
EHRのデータは、各医療機関にあるEMRのサマリーデータの集合体とも言えるため、EMRのデータ形式や接続環境の標準化が整備され、EHRとの相互運用性が確保できれば、非常に有用なものとなり得る可能性があります。
そういう意味では、従来の電子カルテとは異なるアプローチでブレークスルーの可能性があるのが、クラウドベースの無料ソフトと、モバイル連携のソーシャルソフトによる医療介護連携です。
例えば、サンフランシスコのWebベースの無料電子カルテソフトでRyan Howardが2005年に設立した、Practice Fusion社のPractice Fusion[7]です。
2013年11月時点で、10万人以上の医療従事者が利用し、毎月7500万人以上の患者の診療に用いています。収益は製薬会社の医師向け広告収入や匿名での患者ビッグデータを売ることで得ています。さらに医療費支払いの手数料なども収入源です。Practice fusionは電子カルテにとどまらず例えば患者が自分の病歴やデータを知るためにアクセスするなど医療に関する総合プラットフォームとして患者からは料金はとらず、規模を拡大しているPatient fusionとよばれるサービスまでも提供しています[8][9]。
次に、携帯電話キャリア各社がスマートホンやモバイル端末を活用したSNSを無料の医療介護連携ツールとして提供をしています。このサービスから電子カルテの機能を含めた情報共有の仕組みに発展する可能性があることは「その2」で紹介しました。マイクロソフトのHealth Vaultも類似のサービスですが、医療や介護の前の予防や健康管理に重点を置き、自分と家族の健康情報を収集、保存、使用、共有することができる利用者無料の健康管理プラットフォームです[10]。このようにPHRからEHRやEMRへの連携へと発展していく可能性が出てきました。

(5)レセプト情報

レセプト情報は、診療報酬の請求のために患者が受けた診療について、医療機関が保険者(市町村や健康保険組合等)に請求する医療報酬の明細を記載したものです。
ナショナルデータベース(NDB)は、「レセプト情報・特定健診等情報データベース」の通称で、全国の医療レセプトや特定健診のデータを各保険者団体から集めたものです。2006年度の医療制度改革において,レセプト情報のオンライン・電子媒体での請求が推進されることとなり、2009年度から電子化されたレセプトデータがNDBに収集されています。レセプト情報は,審査支払機関における一次審査分データに対し,所定の匿名化処理が行われたものを国が収集し保有するサーバに格納したものです。また特定健診等情報は、各保険者が所定の匿名化処理が行ったものを、社会保険審査支払基金が収集し国の保有するサーバに格納したものです。2010年8月末時点で,レセプト情報は約15億9,800万件、特定健診・保健指導情報は約2,065万件が格納されており、2012年11月末時点で,レセプト情報は約50億件,特定健診等情報は約6,600万件が格納されています(図 5)。
このNDBを使って、全国患者数の推計、診療行為・医薬品等の実態把握、医療費等の推計、地域医療計画への活用など医療政策への活用が進められています。

レセプト情報・特定健診等情報の収集経路[11]
図 5 レセプト情報・特定健診等情報の収集経路[11]

(6)看護診断用語(NANDA-I)[12]

さきに、「その1」で「医療と介護の問題」として医療・介護関係者共通の"言語"が少なく、介護関係者が医療情報を十分理解できないことや、医療関係者が介護に関する情報を十分に持ち合わせていない、在宅の視点が少ない(医療と介護の専門性の違い)といった問題を上げました。
これは、従来の医療は病気を治し、介護は生活を支えることから、その用語の範囲や意味合いが異なっているのも仕方がないことでした。
ところが最近は高齢者を中心に医療と介護の両者のサービスを受ける人が増えて、サービス提供側も多職種連携による対応によって医療から介護予防や健康の維持と増進へと重点を移す必要性が出てきています。そこで医療介護連携に必要な用語の範囲を定めて統一化、標準化する取組が進められています。看護診断用語については、NANDA-I(北米看護診断協会)が2012年に3年ぶりに改訂されました[12]。この改訂では「多職種協同」の時代を見据えて同じ現象を示す言葉が例えば心理学や作業療法学の領域で使われている場合には、そちらの用語を採用して相互理解の促進をはかっています。

(7)医療健康機器情報

近年、体重計・組成や血圧睡眠などの測定データをネットワークを介して自動的に蓄積する仕組みの需要が高まっています。疾病管理など医療支援ツールとした使い方をはじめ、健康管理・アドバイス のために測定データやバイタル変化を、わかりすくユーザに見せることが有用です。病院での問診や健康診断システム、サービ付高齢者向け住宅などへの導入も始まっています。
CHA(Continua Health Alliance)[13] は、 2006年にインテルを中心として22 社で設立された、家庭用医療機器とノートPC などのIT 機器との相互運用性向上にけた非営利団体です。Continuaは個人向け健康機器や IT 機器・ソリューション間での 相互運用性確立に向けた活動を行ってきおり、現在メンバー企業は約200社近くに上っています。 Continuaでは、厳密な相互接続性や運用を可能にするためのガイドランを策定しており、適切な業界標準規格の選定や標準実装方法を規定しています。標準規格そのものを新たに策定ことはありません。
また、Mobile Health(mHealth)[14]が予防医療や在宅医療の取組みとして注目されています。これはモバイル機器を使った医療あるいは公衆衛生にかかる行為あるいはそのシステムを意味します。予防医療や在宅医療として活用することが期待されており、遠隔モニタリングを含めて受診に来る患者数を11-30%削減できるという見方もあり医療費の低減に貢献することが期待されています。

5.医療情報の標準化について

これまで述べてきた様々な医療介護連携に関する情報を情報システム間で交換するための標準化が進められています。ここでは代表的なものを取り上げて概観します。なお、図 6に各組織による医療関連情報の主な国際標準規格の例を示しました。[1][15]

医療関連情報の主な国際標準規格の例[15]
図 6 医療関連情報の主な国際標準規格の例[15]

ITU: 国際電気通信連合: International Telecommunication Union 1865年設立
(1947年:国際連合の専門機関)
無線通信と電気通信分野の国際規格の作成と規制、無線周波数帯の割当や国際電話の各国接続調整。WHOと連携して、M2M(Machine to Machine)のサービスAPIとプロトコルについて、当面の具体的なサービス対象としてe-healthに焦点を当て検討を開始している。
CEN: 欧州標準化委員会: 1961年に欧州18ケ国の標準化機関が参加し創設。
1982年からは、非電気分野担当のCENと電気分野担当のCENELECとの共同体制。通信分野はETSIが担当。欧州規格(EN)を制定。
欧州各国は、原則としてENを自国規格として採用。-医療情報関係は、TC251が担当
GS1: Global Standard One: 世界的なサプライチェーン標準を開発しているNPO法人で、前身は国際EAN協会。
2005年1月に"GS1"に名称変更。
Healthcare領域でのコード体系標準として、GS1GTIN(Global Trade Item Number、製造業者ID、製品ID)に加え、アプリケーションで変更できるコード領域(ロット番号、有効期限に利用)をもつコード体系がある。

(1)ISO/TC215

1998年に国際標準化機構(ISO)に、医療情報に関わる標準化を行うための技術委員会TC215 Healthcare Informatics が設置されました。現在、TC215 には図 7に示すように8つの作業部会が設置されています。WG9 に関しては、標準の重複を避けたるため関係標準開発団体(SDO、Standard Development Organization)や関係国との調整を行うことを目的にしており、実際の標準を開発することが目的ではありません。なお、WG5 に関してはその活動目的の大半が達成されたため、WG4 が管轄するタスクフォース(TF)として規格の保守などの作業を継続しています。なお、TC215の組織に関しては現在TF を立ち上げて見直しが図られています。国内おいては、ISO に関する全体的な統括は経済産業省に設置されている審議会のひとつである日本工業標準調査会( JISC: Japanese Industrial StandardsCommittee)が担当していますが、TC215 の実務面での対応方針などの審議は医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)におかれた国内対策委員会が分担しています。
WG9では、関係標準開発団体(CEN,HL7,DICOM,CDISC,IHE)とリエゾン関係を結び、協力して標準類の開発を行っています。

ISO/TC215の組織[16]
図 7 ISO/TC215の組織[16]

(2)HL7

HL7(Health Level Seven)は1987 年に米国で設立され、2009年時点で32か国にわたり会員数2,400 名を擁する任意団体によって規定された、医療情報交 換のための標準規約で患者管理、オーダ、照会、財務、検査報告、マスタファイル、情報管理、予約、患者紹介、患者ケア、ラボラトリオートメーション、アプリケーション/人事管理などの様々な情報交換を扱っています。HL7 は「医療情報システム間のISO-OSI 第7 層アプリケーション層」に由来しています。
日本では保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)がバージョン2.5に準拠したわが国の診療現場で利用しやすい情報交換規約を策定して公開しています。

(3)DICOM

DICOM(Digital Imaging and Communication in Medicine)は米国放射線学会(ACR:the American College of Radiology)、北米電子機器工業会(NEMA: the National Electrical Manufacturers Association ) が開発したCT,MRI,CRなどで撮影した医用画像のフォーマットとそれらの画像を扱う医用画像機器間の通信プロトコルを定義した標準規格です。この団体は1985 年にACR-NEMA Ver.1 と呼ばれる放射線画像の標準フォーマットを制定,異なるベンダ間での画像のやり取りを可能としました。しかしながら、画像フォーマットの規格だけでは不十分で、異なる機器間での通信を制定する必要があり、1988 年ACR-NEMA Ver.2 と呼ばれる通信基準を含んだ規格を制定しました。この時期、ネットワークを介した機器間での通信も可能となっており、ローカルな機器間のみの通信を想定したVer.2 では手順は時代遅れでした。ネットワーク上での複数機器間の通信をも含んだ規格を本Ver.2 を基にして制定したのがDICOM 規格です。

(4)IHE

IHE は1999 年、北米放射線学会(RSNA)と医療情報・管理システム会議(HIMSS)が中心となってスタートした団体です。医療情報の共有のためヘルスケア分野で使用されるコンピュータシステムの改善を目指したイニシアチブです。IHE はDICOM,HL7 の相互運用を支援することを目的としています。
2004 年に米国心臓病学会(ACC)も加わりアジアやヨーロッパにも支部ができています。日本では, 日本医学放射線学会(JRS)、日本放射線技術学会(JRST)、日本画像医療システム工業会( JIRA)が中心となって2000 年に「IHE-Jプロジェクト」がスタートし2001 年からは経済産業省の補助金を受け本格的な活動が始まりました。現在は日本医療情報学会(JAMI)、医療情報システム開発センター(MEDIS-DC)、保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)の6 団体で構成されています。

(5)JAHIS

保健医療福祉情報システム工業会(JAHIS)は保健医療福祉情報システムに関する技術の向上、品質及び安全性の確保、標準化の推進を図る、保健医療福祉情報システム工業の業界団体です。JAHIS標準には治療や検査データ交換規約、各種ガイドランやマニュアルなど14標準が制定されています。
JAHISで作成する標準類は次の4区分に分けて、制定しています。
1)JAHIS標準・・・技術的標準として定めた文書
2)JAHIS技術文書・・・JAHIS標準に準ずる文書
3)国内標準への見解・・・国内の標準化組織・団体に対する工業会の統一的見解を示す文書
4)国際標準への見解・・・国外の標準化組織・団体に対する工業会の統一的見解を示す文書

(7)厚生労働省標準規格[17]

医療機関等における医療情報システムの構築・更新に際して、この厚生労働省標準規格の実装は、情報が必要時に利用可能であることを確保する観点から有用であり、地域医療連携や医療安全に資するものであり、また、医療機関等において医療情報システムの標準化や相互運用性を確保していく上で必須であるため、厚生労働省において実施する医療情報システムに関する各種施策や補助事業等においては、厚生労働省標準規格の実装を踏まえたものとされています。厚生労働省標準規格については現在のところ、医療機関等に対し、その実装を強制するものではありませんが、標準化推進の意義を十分考慮することを求めるものです。以下に2012年4月現在で認められている厚生労働省標準規格の一覧を示します。

6.医療情報の用語と医療オントロジー

オントロジーは用語やモデルの標準化を行うに当たり、強力な根拠を与える物事の深い理解の概念体系です。それゆえにコンピュータで知識を扱う基盤となるとともに最近ではセマンティックWEBやオープンデータとして公開するためのLOD(Linked Open Data)対応などネットワーク上の膨大な知識活用基盤として期待されています。最近ではビッグデータやIoTの関連からセンサーネットワークに関するオントロジーもW3Cなどで盛んに取り組まれています[18]。
多様な関係者が存在する新たな領域における電子化を検討するには、領域全体を俯瞰しながら進めることが必要になりますが、そのようなときに有力な視点を与えてくれるのがオントロジーです。
医療のオントロジーは、診療情報データベースの標準化だけでなく、診療現場の質と安全性の向上、研究面でのデータ解析などへの利用が期待され盛んに研究、開発、実用されてきました。海外の医療オントロジーでは米国で開発され,現在、国際機関IHTSDO が管理するSNOMED-CT(Systematized Nomenclature of Medicine-Clinical Terms)やICD-11が有名です。後発である日本の医療オントロジー[19][20]はそれらの欠点や不足するところを補った先進的なものといえます。その根拠は存在の一般構造を表現した和製上位オントロジー「YAMATO」の採用にあります。YAMATO(Yet Another More Advanced Top-level Ontology)は先発であった海外の上位オントロジー「DOLCE」や「BFO」に次の改善を行ったのです。

疾患は川や人生と同じ持続物であるが疾患は人体に依存する従属的持続物としています。このことは臨床医が日々接する生々しい疾患を捉えているのです。
これは、例えば糖尿病の実態が教科書的定義「持続的高血糖がある異常状態」だけでは記述できず、「治療中の血糖値をコントロールできている状態」も自然に記述できるように考えたのです。
また、人体解剖的構造定義においても慣習的に使われている名称の定義のために「部分と全体」の関係を表す(part-of)の意味関係を4つ(通常、別視点、部分名称、コンテキスト依存)を導入しています。
このように疾患を表す表現の構造を検討する中で臨床医も多面的な視点で疾患の全体像を捉えることができ医学的にも意義があるという感想はオントロジーの有効性を示唆するものです。
さらには、臨床医学オントロジーの有効活用可能なLOD公開法についての検討も進められています[21]。


7.医療介護連携における情報の課題

これまで見て来たように、医療介護連携に関する情報は電子カルテに見られるように必ずしも標準化が進んでいるとは言えません。これは法律で定められたサービスのグランドデザインがないままに個別サービスが走って来た結果、個々の業務に合わせた情報システムとデータベースが乱立している状況にあります。こういった状況は至る所に見られます。健康診断の健診データ、自治体の情報システム、ヘルスケア事業(健康科学、健康食品、運動、メンタル、健康経営、予防医療、先制医療)といった領域でも、国の補助を受けるために特徴ある実証実験を推奨してきた結果、小さな取組みが、個別バラバラに散在してしまい、継続しないものがほとんどです。自治体システムについても総務省は広域連携と叫ぶものの、これをコーディネートする人材も組織もないために重複した類似の小さい取り組みが乱立する結果となっています。こういった状況の打破には「全体像の共有」が有効です。例えばエンタープライズ・アーキテクチャ(EA)や「概念データモデル」、多様なステークホルダーが多層的に関係する複雑系を扱う「システムダイナミクス」などが有効です。これらは次回以降で解説します。
また、情報化のメリットが明確である必要があります。例えば、この秋に国民全員に設定される「マイナンバー」[22]。これと電子カルテを対応付ければ利用者の利便性向上は明らかですが、日弁連などが個人情報保護の観点から防ぎきれないからとの理由で反対しています。こういう二者択一の理由では未来永劫使うことができないでしょう。リスクと利便性を見ながら知恵を絞って活用することが重要です。例えばバルト海沿岸の小国「エストニア」に学ぶことができます。ここでは電子カルテ95%、銀行取引の99%、所得税の申告95%、国勢調査の回答66%といった電子化が進んでいます。さらに国民DNAのDB化によるゲノムバンクが進められ、ベンチャー企業(WellBiome)が個人別の腸内バクテリアDNA配列を調べて個人に合った食生活アドバイスをするという医療系のサービス開発にも繋がっています[23]。ここでの情報セキュリティは「関連法規によるガバナンス整備」「国を上げたサイバーディフェンスとセキュアな情報連携基盤」「国民の権利保護と責任の明確化」といった多様な対策を打ちながらも利便性を高めています。特に個人情報保護という部分では、自分の個人情報のアクセス履歴を閲覧することができるので心当たりのない閲覧を確認したら強い権限を持つ第三者機関に調査を申し入れることができるのです。これは現在のクレジットカードのレベルのセキュリティが担保されているということになりますが、日本政府が2017年に開設する個人サイト「マイポータル」にも類似の閲覧機能が実装される予定です。紙のカルテやコピーは盗み見されても記録が残らないので、電子カルテのほうが安心できるということにならないでしょうか?
エストニアでは、こういった電子政府を発展させて「電子居住」によって海外に居ながらの起業ができますし、政府機能の電子化によって万が一の事態に備えた「データ大使館」など次々と新たなサービスを生み出しています[22]。

8.おわりに

今回は、医療介護連携の情報について、どのようなものがあり、どのような取り組みがなされ、その課題と方向性について概観しました。次回以降でヘルスケア関連の情報セキュリティや、多様な要素が複合した複雑系である「情報セキュリティマネジメント」を扱うシステムダイナミクスのアプローチを紹介します。

(参考文献)

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

[1]日本医療情報学会医療情報技師育成部会、「医療情報」第2版、医療情報システム編、2013年
[2]NPO東京ITコーディネータ、医療・介護分野での個人情報保護法対策のご提案、2004年
http://www.npo-tokyoitc.jp/common/pdf/consul-medical.pdf
[3]安岡寛道、ビッグデータ時代のパーソナルデータ(ライフログ)の利用・流通に関するビジネスについて、2012年
http://www.soumu.go.jp/main_content/000190689.pdf
[4]田中博、日本版EHR(Electronic Health Record)の実現に向けて、情報管理vol.54 no.9、2011年12月
[5]日経デジタルヘルス、「国内電子カルテ市場は2018年に2000億円規模、シード・プランニングが予測」
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20140820/371619/?ST=ndh
[6]浦添市医師会、浦添地域健康情報活用基盤構築実証事業プロジェクト、2010年
http://ogb.go.jp/move/100809wellnesskenkyukai/wellness_siryou2.pdf
[7]http://www.practicefusion.com/
[8]http://www.patientfusion.com
[9]Webベースの無料電子カルテソフトをいじってみた(Practice Fusion)
http://ichibat.blogspot.jp/2014/04/web.html#!/2014/04/web.html
[10]HealthVault とは?
https://www.healthvault.com/us/ja-JP
[11]第9 回病床機能情報の報告・提供の具体的なあり方に関する検討会、レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)の概要、2013年
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000034160.pdf
[12]ここが変わった!新しいNANDA-I看護
http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/pdf/3012.pdf
[13]コンティニュア・ヘルス・アライアンス,
http://www.continua.jp/
[14]木村康則ほか、米国の医療制度改革を支えるセンサー技術、2011年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/essfr/4/4/4_4_311/_pdf
[15]e-Health 国際標準化動向とライフログ、藤野雄一ほか、画像電子学会年次大会予稿、
http://www.y-adagio.com/public/committees/std/ann_confs/mcc2013/T4-6.pdf
[16]ISO/TC215 の活動概要
http://www.jahis.jp/wp/wp-content/uploads/3%20gaiyo
[17]保健医療情報分野の標準規格(厚生労働省標準規格)
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/dl/tuuchi_240323.pdf
[18]Semantic Sensor Network XG Final Report, W3C Incubator Group Report 28 June 2011
http://www.w3.org/2005/Incubator/ssn/XGR-ssn-20110628/
[19]溝口理一郎、オントロジー工学の理論と実践、オーム社、2012年
[20]來村徳信編著、オントロジーの普及と応用、オーム社、2012年
[21]古崎晃司ほか、医療知識基盤の構築に向けた臨床医学オントロジーのLOD 化の検討、The 27th Annual Conference of the Japanese Society for Artificial Intelligence, 2013
https://kaigi.org/jsai/webprogram/2013/pdf/543.pdf
[22]日本経済新聞2015年5月11日朝刊「オピニオン」欄、「マイナンバー、そんなに心配?」、大林尚
[23]人間の腸内細菌の個体数は100兆, そのDNA配列を調べて個人的な食生活アドバイスをくれるWellBiome
http://jp.techcrunch.com/2014/04/22/20140422wellbiome/

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