WEBマガジン

「IT-CMFとは何か(1)」

2016.03.23 株式会社オージス総研  水間 丈博

はじめに

オージス総研では早くから「IT-CMF」に注目し、内部で学習と適用可能性を探りつつ紹介も試みてきました(参照:当WEBマガジン2014年5月号「IT-CMF ~CIOとCEOのためのITフレームワーク」)。その後日本で「IT-CMF」を啓蒙しようとする仲間も増え、ようやく日本でも着目され始めています。

IT-CMF

そこで「IT-CMF」の概要をやや掘り下げつつ国内に紹介し、国内啓蒙の一助になればと考えました。幸い昨年(2015年)9月、"IT Capability Maturity Framework (IT-CMFTM) The Body of Knowledge Guide"が推進主体であるInnovation Value Instituteより上梓され、 誰もがその全容を理解できる態勢が整いました。世の中には数々のIT系フレームワークが存在し、それぞれ特徴を持って規範として採り入れられていますが、「IT-CMF」は既存のどのフレームワークとも異なり、コンセプトの視点が"ビジネス"に置かれているため、他のフレームワークとは一線を画しています。日本でビジネスとITとのかい離が拡大していると言われている今こそ、こうしたビジネスの価値に着目したフレームワークが求められていると信じます。
「IT-CMF」は"Artefacts"と呼ばれる数々のコンテンツとも呼ぶべき要素で構成されています。それぞれが大変興味深いものですが、その前に今回許可を得てこの"The Body of Knowledge Guide"の冒頭にある"Introduction"部分を紹介することにしました。その理由は、「IT-CMF」は米国で発生し欧州で形成されたものであり、こうしたフレームワーク(に限らず)を理解するためには、その成り立ちや構造、さらに根本的思想や哲学といった背景を理解することが第一歩と考えるためです。この"Introduction"には、それが初めて記述されているため、先ず3回(予定)に分けて紹介することとしました。(一部内容を差し替えています。)
(注) ここでは、特に必要と判断した場合を除き、基本的にIT-CMFで使われている用語を以下の通り訳しています。(これは一部であり、今後改訂する可能性があります)
  • Capability:活用能力
  • Maturity:成熟度
  • Artefact(s):創造物
  • Outcome:成果(物)
  • Practice:実践
  • Deploy:配置

■ITに関わる課題のマネジメント

情報技術(以下ITと略す)の急速な進化が、組織規模の大小、公共、民間を問わず、すべての組織に課題を提示しています。ITが可能にした変革やイノベーションは、組織が生存し続けていく上でますます重要になっていることは確かですが、組織全体にわたって価値に貢献する変革を拡大し、支援することに多くの人々が苦心しているのが実情です。

急速なITの進化は、ITのマネジメントの面で開発業務に不整合を生じさせており、結果的に投資に見合う最大限の価値を引き出すことに多くの組織が失敗しています。例えば、大規模開発の半分以上は、予定していたイノベーションと価値を提供することに失敗しています[1][2]。調査機関のIDCによれば、世界の年間IT投資額のうち2兆ドルが、こうした明らかなイノベーションと価値創出の失敗に費やされているといいます。

組織は、急速に拡大するデジタル経済の中で、適切性を保持しつつ効果的なITを配置し活用しなければなりません[3][4]。そして組織は、競合優位性を獲得し維持するために、自身が継続的に革新と差別化を続ける必要があります[5]。しかしITはそれ自体で競合優位性をもたらすものではありません。 ITが可能にする変化の安定した流れを供給する効果的なIT能力とイノベーションだけが持続可能な競合優位性を創り出すのです[6]。

イノベーション・バリュー・インスティテュート(IVI)は、こうした課題に向き合うために設立されました。持続可能なビジネス上の価値とイノベーションを提供するデザイン、情報システムの配置、そして情報システムを運用するためのツールセットと統合的なマネジメント・フレームワークを研究し開発するために、IVIはオープンイノベーションのエコシステムとなっています。
◆The Innovation Value InstituteTM
The Innovation Value Institute(IVI)は、2006年、非営利の複数の専門分野の研究と教育を実施する機関としてアイルランドのメイヌース大学に設立されました。産業界と公共機関を加えた国際的なコンソーシアム確立を目的にインテル社が共同創立者に加わっています。既に施行途上であったインテル社の実績の上にコンソーシアムを構築し、ITマネジメントの国際標準を確立しようとする意図がありました。

コンソーシアムの基金と初期リソースの委託については、アイルランドの企業とアイルランド政府産業開発庁(IDA)がテクノロジーセンタープログラムを通じ支援していると同時に、IVIの研究項目に対し、ITマネジメントの最も有効な実践事例と知識の収集、創生に焦点をあてるために支援しています。

●コンソーシアムのメンバーシップの特徴
IVIは産業界、学会、公共組織の国際的メンバーシップのコンソーシアムと相互に支援しあう形式になっており、このコンソーシアムがメンバー自身のITの価値を実現し、IT機能のマネジメント能力を深く理解し向上させるために協調しています。コンソーシアムは現在100以上の企業や団体で構成されており、この中には世界的に最大規模かつ高名な企業が含まれています。コンソーシアムメンバ間のコラボレーション活動はIVIの研究開発プロセスの重要な部分を構成しています。

●研究と開発:オープンイノベーションとデザイン科学研究
IVIの研究開発プロセスは、基本的にオープンイノベーションの原則に基づいており、元々はHenry Chesbrough[7]と"EUオープンイノベーション戦略"およびそのポリシーグループ[8]によって拡張された「オープンイノベーション2.0」に依っています。
このアプローチは、様々な業界のITプロフェッショナルと学会の研究者が共同し、研究項目を定義し、調査研究を推進し、その結果を評価するという形式をとります。この非営利の共同体手法は、研究成果と新たなアプローチの生成を大きく加速させ、ツールやテクニックはもちろん、新たな実践例を拡散し組織の多様性と経験に基づく結果を対照させるのに貢献します。さらに参加者自身がどのような環境下で何が有効で何が有効でなかったかを素早く認識することを可能にします。IVIにとっても、ここから本質的なフィードバックが得られ、継続的な研究を適切かつ厳格に進めることができるようになっています。

IVIが採用するコアとなる研究パラダイムは、デザイン科学研究(Design Science Research)にあります[9][10][11]。デザイン科学研究は、"組織の問題を解決するようにITによる創造物を創生し評価する"[12]というもので、中心となる目標はITの専門家や実践者が自身のフィールドで経験した問題を解決するデザインのために活用できる知識を開発できるようにすることにあります[13]。20世紀の情報システム研究は、永らく行動科学に基づくものが主流でしたが、今日、代わってデザイン科学研究が主流となり、IVIはその先陣を担っています。情報システム研究におけるデザイン科学の根源的な目標の一つはその実用性にあります。これこそが、現実世界の問題や課題に対峙し有効に活用されるべき結果として得られる創造物となります。IVIはその研究アプローチの統合された部分にこの実践主義に基づく検証を施し、この活用されるべき有効性に取り組んでいます。

IVIにおける研究は、産業界の代表、学会の研究者が参加する運営委員会により監督されます。研究は反復的で段階的なアプローチで進められ、そこでは創造物や原理に演繹的または帰納的プロセスに基づく検証や生成が施されます。研究活動は幾つかのワークグループで遂行されており、そこには業界別の専門家と学会の特定領域の専門家が参加しています。各ワークグループは権限移譲されたIVIの研究者によって運営され、彼らはワークグループ内の研究の方向性の管理、研究成果物の標準様式への変換などを担っています。

●IT-CMFの起源
西暦2000年、インテル社が自社内のIT機能の変革プログラムに着手した際、彼らは包括的で、統合されたCIO向けのフレームワークが世の中に存在しないことに気付きました[14]。それから数年の間、確実に成功できる成熟度フレームワーク・アプローチを開発することになります。このアプローチとそれを試行した経験から学んだ教訓が、Martin Curleyの著作'Managing IT for Business Value'にまとめられています[15]。

2006年にIVIが創立された際、このインテル社の成熟度フレームワークが採用されました。そして引き続き開発と洗練が続けられることになりました。以来、IVIはさらにこのフレームワークの研究を進め、顧客からのフィードバックを得ながら主体的に強化拡張してきました。それは業界(企業、公共団体)を問わず、組織の俊敏性、イノベーション、そして価値を改善する鍵となるIT能力をマネジメントする必要のある多くの意思決定者を適切に支援してきました。

IVIは、同様にIT-CMFのトレーニングやコンサルティングの要請に応えるためにグローバルなプロフェッショナルサービスの体系を育成してきました。IT-CMFの認定プログラムは国際的に適用可能となっており、組織能力を改善するためのフレームワークを採用する必要のあるスキルを備えた認証された個人と組織で構成されています。
◆IT-CMFとは何か
IT活用能力を管理している組織のパフォーマンスは改善します[16]。しかし多くの組織では自身のIT活用能力を系統的な方法で管理することに苦心しています。IT-CMFは、意思決定者が、組織のためにイノベーションと価値、そして俊敏性を組織にもたらすためのIT活用能力が何かを識別し開発できるよう支援します。

●包括的にカバーする範囲の広さ・ビジネス上の価値に焦点
2011年の150以上のITマネジメントツールに関する調査で明らかになったことは、すべてのIT領域をカバーし明らかに価値に焦点を当てているフレームワークが存在しないことでした。

IT-CMFと代表的なフレームワークとの関係
図1 IT-CMFと代表的なフレームワークとの関係

個別のマネジメントツールや特定エリアに焦点が当てられ、価値を加えられる可能性を持つフレームワークは存在するものの、その複雑性と多くのツールを同時に活用することの非現実性を考えれば、このギャップを埋めることは到底不可能であることがわかります。
"ビジネスの価値"に資する包括的なITマネジメントアプローチが欠落しているという事実は、主要な学術誌である'Information Systems Research'による分析サマリーでも指摘されています[17]。ビジネス上の価値を、重要な、または中心テーマとして扱っている論文も発見できませんでした。
IT-CMFが出現するまで、拡大する一途のグローバルなコンピューティングと通信を設計、運用そしてサポートする単体で統合された企業向けのITアプローチは存在しませんでした。とりわけビジネス上の価値の面では皆無だったといってよい状況です。
IT-CMFは、組織へ迅速にイノベーションと価値を提供できるIT機能に必要なIT活用能力をカバーするように明確に設計されています。さらに、新たな活用能力が出現した際には、それを取り込み、表現できるようにフレキシブルにデザインされています。

●IT-CMFと他のフレームワーク
ITを管理する特定領域やニッチなスペシャリストのニーズに応える管理者や実践者向けのフレームワークは数多く存在します。しかしながら、CIOの責任の範囲をフルにカバーするフレームワークはまったく存在せず、包括的なソリューションを互いに補完して形成できるよう異なるフレームワークを統合することもできません。それらの多くは、組織の他の領域に予期せぬ望ましくない結果を及ぼすかもしれないことを真面目に評価することなく、特定の、または局所的な領域だけを最適化しようとします。

これとは対照的に、IT-CMFはCIOの責任に対応する必要のあるコンポーネント群(これをCC:クリティカル・ケイパビリティと呼んでいます)を包括的にカバーすることを目的にしています。これは活用能力を向上させるためだけではなく、環境や戦略の変革を適合させる必要のある組織の再構築のためのメカニズムを提供することによって、動的活用能力[18]のコンセプトを強めることになります。さらにIT-CMFは、CIOやほかの上級管理者が彼らにとって特徴あるIT活用能力要求とビジネス環境にふさわしい独自性のある改善プログラムをデザインできる、オプションのポートフォリオを提供します。

IT-CMFは、ソフトウェア工学研究所の'CMMモデル'[19][20]を採り入れた成熟度モデルの概念化で構成されています。しかしCMMモデルがプロセスと能力成熟度に焦点を当てているのに対して、IT-CMFでは成果としての成熟度 - これが能力成熟度の異なるレベル毎に求められる特定のビジネスの成果物に焦点を当てている点が異なります。

●IT-CMFで何が得られるのか
IT-CMFは系統的で継続的な組織IT機能のパフォーマンスを改善するベースを提供し、その進捗と生成された価値が測定可能となります。組織はより強力な戦略を考案できるようになり、豊富な知識に裏付けられた意思決定ができ、一貫して俊敏性、イノベーション、価値のレベルを向上させることができます。
IT-CMFが提供できること;
継続的かつ包括的に管理すべきIT機能全体のパフォーマンスを向上させるビジネス主導アプローチ
ビジネスの俊敏性、イノベーションおよび価値を達成するための、主な焦点となる永続的なIT活用能力の開発支援
多様なステークホルダー、および彼らの目標設定、採るべき手段、そして改善度合いの測定を可能とする情報交換のための共通言語とプラットフォーム
既に組織で利用中のフレームワークと相乗した改善パフォーマンスが得られる統合的なフレームワーク
この'IT Capability Framework(IT-CMF)'は、現在にいたるまで世界の数百もの組織で活用されており、早くも大規模組織におけるITマネジメントのためのフレームワークとして事実上の標準(de facto standard)になっています。[21]
[参照]
[1]British Computer Society, 2004. The challenges of complex IT projects. The report of a working group from the Royal Academy of Engineering and the British Computer Society. London: The Royal Academy of Engineering.
[2]Blooch, M., Blumberg, S., and Laartz, J., 2012. Delivering large-scale IT projects on time, on budget, and on value. Mckinsey & Company.
Available athttp://www.mckinsey.com/insights/business_technology/delivering_large-scale_it_projects_on_time_on_budget_and_on_value.
[3]Pavlou, P.A., and El Sawy, O.A., 2010. The 'third hand': IT-enabled competitive advantage in turbulence through improvisational capabilities. Information Systems research, 21(3), 443-71.
[4]Granados, N., and Gupta, A., 2013. Transparency strategy: computing with information in a digital world. MIS Quarterly, 37(2), 63-7-42.
[5]Keen, P., and Williams, R., 2013. Value architectures for digital business: beyond the business model. MIS Quarterly, 37(2), 643-8.
[6]Ross, J.W., Beath, C.M., and Goodhue, D.L., 1996.Develop long-term competitiveness through information technology assets. Sloan Management Review, 38(1), 31-42.
[7]Chesbrough, H.W., 2003. The era of open innovation. Sloan Management Review, 44(3).
[8]Curley, M., and Salmelin, B, 2014. Open innovation 2.0: a new milieu. In: EU Open Innovation 2.0 Yearbook. Luxembourg: European Commission.
[9]Curley, M., 2012. The emergence and initial development of a new design pattern for CIOs using design science. In: Practical aspects of design science (Communications in Computer and Information Science Series, Volume 286). Berlin: Springer.
[10]Curley, M., Kenneally, J., and Dreischmeier, R., 2012. Creating a new IT management framework using design science: a rationale for action and for using design science. In: Practical aspects of design science (Communications in Computer and Information Science series, Volume 286). Berlin: Springer.
[11]Helfert, M., and Curley, M., 2012. Design science in action: researching and developing the IT-CMF. In: Practical aspects of design science (Communication in Computer and information Science Series, volume 286). Berlin: Springer.
[12]Van Aken J.E., 2005. Management research as a design science: articulating the research products of mode 2 knowledge production in management. British Journal of Management, 16(1), 19-36.
[13]Hevner, A., March, S., and Park, J., 2004. Design science in information systems research. MIS Quarterly, 28(1), 75-105.
[14]Curley, M., 2006. The IT transformation at Intel. MIS Quarterly Executive, 5(4).
[15]Curley, M., 2004. Management information technology for business value. Hillsboro, OR: Intel Press.
[16]Mithas, S., Ramasubbu, N., and Sambamurthy, V., 2011. How information management capability influences firm performance. MIS Quarterly, 35(1), 237-56.
[17]Whitman, M., and Woszczynsk, A., 2003. Handbook of information systems research. Hershey, PA: Idea Group Publishing.
[18]Teece, D., and Pisano, G., 1994. The dynamic capabilities of firms: an introduction. Industrial and Corporate Change, 3(3), 537-56.
[19]Humphrey, W.S., 1988. Characterizing the software process: a maturity framework. IEEE Software, 5(2), 73-9.
[20]Paulk, M.C., Curtis, B., Chrissis, M.B., and Weber, C., 1993. Capability maturity model for software (Version 1.1). Software Engineering Institute. Available athttp://resources.sei.cmu.edu/library/asset-view.cfm?assetID=11955.
[21]Costello, T., Langley, M.A., Botula, K., Forrester, E., Curley, M., Kenneally, J., Delaney, M., and Mclaughlin, S., 2013. IT frameworks. IEEE IT Professional, 15(5).
(c)IT-CMFはInnovation Value Instituteの登録商標です。
オージス総研は、IVIの正式メンバーシップ企業です。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

『WEBマガジン』に関しては下記よりお気軽にお問い合わせください。