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「マス・カスタマイゼーションを見直す」
2010.05.06 株式会社オージス総研 宗平 順己
1.はじめに
マス・カスタマイゼーションは、「最高の顧客満足を、迅速に、かつ低コストで実現させることであり」(Pine 1994)[1]、1990年代から製造業でのチャレンジがなされています。
ニーズの多様化が顕著になっている現代において、このマス・カスタマイゼーションのコンセプトは、製造業に限ったことではなく、すべての産業において目指すべきテーマであると考えています。そこで、本コラムでは、情報システム・サービス分野へのマス・カスタマイゼーションの適用を考察していきます。
2.マス・カスタマイゼーションの概要
2.1 マス・カスタマイゼーションの定義
GilmoreとPineはマス・カスタマイゼーションのアプローチを、次の4つに分類しています[2]。
- 共創のカスタム化
顧客との対話を通して顧客のニーズを明らかにし、顧客のニーズに合致するカスタマイズ商品を提供する。 - 順応のカスタム化
顧客が自分自身でカスタマイズできるように設計されたスタンダード商品を提供し、顧客自身が自らのニーズに適合できるようにカスタマイズする。 - 表層のカスタム化
スタンダードな商品を特別にあつらえたかのように表面的にかえて個々の顧客に提供する。 - 深層のカスタム化
個々の顧客にカスタム化した商品やサービスをカスタム化したことが悟られないように提供する。
そしてこれら4つのアプローチを、「商品自体の変化」と「商品の表現の変化」の2軸で図1に示すように整理しています。
図1 マス・カスタマイゼーションの類型
これらのアプローチは背反するものではなく、マス・カスタマイゼーションに成功した企業は、これらをうまく組み合わせて用いています。
2.2 マス・カスタマイゼーションの成功要件
個客への対応を大量生産並みのコストで実現するという一見矛盾した要求への対応は、継続的な改善で達成できるものではなく、業務改革が必要となります。
このマス・カスタマイゼーションへの取り組みを成功させるために、Pineらは、
・業務プロセスを自律した活動単位から構成されるものに再編し、
・製品やサービスを顧客にあわせて生産するために最善の組み合わせで順序や活動単位を統合できるようなアーキテクチャを作りださねばならない
とし、そしてこのような業務プロセスの活動単位を調整するために次の4つの特性を備えたリンケージ・システムが必要であるとしています[1]。
- 瞬時に行うこと
各顧客が望む製品やサービスは迅速に決定され、そしてそれを提供する業務プロセスは迅速に機能しなければならない。 - 低コストであること
初期投資を除き、製品やサービスの開発コストは、このリンケージ・システムによって可能な限り抑え込まれなければならない。 - 継ぎ目がないこと
組織に継ぎ目があると製品にも継ぎ目が生まれる。顧客との関係、カスタム化された製品やサービスの開発プロセスを調整し、顧客に継ぎ目が見えないようにしなければならない。 - 摩擦がないこと
顧客に対応するためには、「瞬間的なチーム」を形成し、その構成メンバーは摩擦なく、共同作業ができるようにしなければならない。
2.3 効果的なマス・カスタマイゼーションの具現化
FeitzingerとLeeは以上のリンケージ・システムの成功事例としてヒューレット・パッカードを取り上げ、その効果的なマス・カスタマイゼーションの具現化のための「モジュール化デザインの3原則」を提案しています[3]。
- 製品デザインのモジュール化
各製品は独立したモジュールからなるようにデザインし、他の製品に対しても、それらを利用することによって安価に、かつ簡単に製造ができるようにする。 - 製造工程デザインのモジュール化
製造工程は、独立したモジュールから成るようにデザインし、異なった流通ネットワークに対しても、それらを並び替えることによって容易に対応できるようにする。 - サプライ・ネットワークデザインのモジュール化
サプライ・ネットワーク(在庫の配置、製造・流通設備の場所、数、構成)は
・標準製品をカスタマイズを行う施設まで安価に輸送でき、
・カスタマイズした製品を迅速に配達できる柔軟性と敏感な対応能力を持つことができるようにデザインする。
3.システム開発・サービス提供への適用
システム開発は、独自開発であれ、パッケージ適用であれカスタマイズ作業に価値を認めてもらうことが基本となっています。したがっていわゆる「共創のカスタム化」を高いコストで実施しているといってよいでしょう。
現実には「共創」および「コスト」の妥当性に関して問題が生じており、経営者からは「システムは金食い虫」と呼ばれるようになってしまうことも多々あるのは、皆さんもご承知の通りです。
もちろんこの課題解決のために、効果的な開発プロセスおよび支援ツールの開発、開発業務の標準化などを進めようとはしていますが、製造業のように洗練されているとは言い難い状況です。
3.1 SaaSによるマス・カスタマイゼーションへのチャレンジ
このように状態から脱出するためのSaaSという新たなビジネス形態が最近盛んになっています。
Salesforce.comを代表とするこのSaaSモデルは、2節で紹介した4パターン、3原則と照らしあわせると、次のような点で一致しています。
【顧客へのアプローチ】
- 共創のカスタム化
適用事例をいくつか紹介しながら、顧客の要求仕様を顕在化させる。実際に動くアプリケーションが見ることができるので、効果的に要求検討ができる。 - 順応のカスタム化
カスタム作業自体は、簡単な講習を受けるだけで顧客が自分自身で実施できるようになっている。より深いカスタム化(自社システムとの連携など)を望む顧客には開発プラットフォームを提供し、顧客による開発を可能にしている。 - 表層のカスタム化
カスタム作業をSaleforce.com側で実施する際も、パッケージそのものには一切手を加えず、少ないコストで個々の顧客にみせかけている。 - 深層のカスタム化
顧客の声を取り入れて、サービスを提供しながらシステムのバージョンアップを継続して実施している。顧客側は何の操作も契約変更もせず、突然これまで欲しかった機能が利用できるようになっている。
【提供のアーキテクチャ】
Salesforce.comの最大の特徴は、「順応のカスタム化」にあります。マルチテナント機能がその鍵となっており、BTO的なシステムアーキテクチャを構築していると推測されます。
まさに、2節で示した以下の必須要件をソフトウェアで実現しています。
「業務プロセスを自律した活動単位から構成されるものに再編する」
「製品やサービスを顧客にあわせて生産するために最善の組み合わせで順序や活動単位を統合できるようなアーキテクチャを作る」
従来は人手(SE)が行っていたこれらの作業を「順応のカスタム化」を行うために、システムが処理するようにしているため、次の4条件を満たしていると判断できます。
- 瞬時に行うこと
従来3~6ヶ月かかっていたものを2~3日でカスタマイズが完了する。 - 低コストであること
SEが不要となるので、双方ともコストが激減する。 - 継ぎ目がないこと、4. 摩擦がないこと
全ての手順がシステム化されており、チーム間の引継ぎミスや摩擦が発生しない。
3.2 BPM+SOAによるチャレンジ
Salesforce.comはマス・カスタマイズに失敗するASPでの成功事例ですが,情報システム部門が様々な要求を突きつける利用部門に対して,迅速かつ低コストに対応しようとするアプローチが,BPM(Business Process Modeling)とSOA(Service Oriented Architecture)を組み合わせた方法論です。
この方法論では,社内業務プロセス,既存システムをそれぞれ細分化してモデル化し,自由に組み合わせて使えるようにすることで,ビジネス変更にシステムがすぐに変更できるようにすることを目指しています。すなわち、BPM+SOAはシステム開発においてマス・カスタマイゼーションを実践しているものとみなすことができます。
3.まとめ
本コラムでは、マス・カスタマイゼーションをシステム開発やサービス提供に適用している事例についてレビューしました。モジュール化という概念は、システム開発に限らずBPOサービスにおいても今後十分に検討すべきテーマと考えています。
次号では、この点についての知見を述べます。
(参考文献)
[1] B. Joseph Pine II、 Bart Victor、 Andrew C. Boynton、 坂野友昭訳、 「BPRが可能にするマス・カスタマイゼーション」、 ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー、 1994 Dec-Jan、 pp34-46
[2] James H Gilmore、 B. Joseph Pine II、 近藤敬・三浦和仁共訳、 「マス・カスタマイゼーションの4つの戦略」、 ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー、 1997 Apr-May、 pp26-37
[3] Edward Feitzjinger、 Hau H L. Lee、 山本真士・立石綾子共訳、 「ヒューレット・パッカード マス・カスタマイゼーションの3原則」、 ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー、 1997 Apr-May、 pp38-44
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