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「“Cash is King, Cash Flow is Queen.”(その2) ALM(Asset Liability Management)」

2010.07.02 さくら情報システム株式会社  遠山 英輔

 

ALM(Asset Liability Management)は、通常「資産負債の総合管理」と訳されていますが、特に銀行において全行的な(ディ-リング以外のいわゆるバンキング勘定の)金利リスク、為替リスク、流動性(資金繰り)リスクを総合的に管理する経営手法という意味合いで使われることが多いように思われます。これはALM自体が、1980年代の米国で預金を集めて長期の住宅ローンなどの貸出を行うという大きな金利リスクを抱えていたS&Lなどの小規模金融機関において、ボルカーFRB議長の高金利政策の下で大幅な逆ザヤが発生して倒産が多発したことをきっかけに進化してきたという事情が大きな背景にあります。高度な金融工学手法を駆使して、デリバティブや証券化など多彩な取引を行いながら精緻なリスク管理を行う現代のALMは、医療の世界で言えば脳神経外科のようなイメージに近いかもしれません。

一方で、筆者が1997年前後の金融危機の時代に経験した銀行ALMは一部で「バランスシートマネジメント」と呼称されていた時期がありましたが、その趣はやや異なる側面がありました。冒頭の脳神経外科のような理解は、ALMにおけるリスク管理面(ミドルオフィス機能)に重きを置いたものといえますが、むしろALMは本来バランスシートを恒常的に管理しながら業務遂行・日々のオペレーションをまわしてゆくPDCAサイクルそのもの、すなわちフロント機能こそがその真髄であり、それがもっとも鮮明であったのがこの時期であったと筆者は考えています。
この頃は金融機関の倒産や格下げなどで国内では最近のリーマンショックとは比べ物にならない信用収縮が起こり、誰もがKingのCashを抱え市場全体の資金の流れは極端に詰まって、QueenのはずのCash Flowは息も絶え絶えという状況になりました。収益追及を第一義に業務を推進し「結果として」バランスシートが後からついてくるという運営、決算日の融資シェアや自己資本比率合わせなどの伝統的な「お化粧」(決算対策)はまったく成立しない状況に陥っていました。
よき時代ならいくらお金を貸しても、あとから何とでも資金調達ができたものが最早そうもいかなくなり、例えばジャパンプレミアムの発生に見られるように、極端な上乗せ金利での調達を強いられ、あるいは上乗せをしても調達ができない...という状況だったわけです。こうした状況の下でのALM(バランスシートマネジメント)の要諦は、市場の信任を得るための資本政策や自己資本比率の維持と収益の確保を目指す一方、主に資金調達能力の許す範囲にバランスシートを質量ともに、しかも恒常的に収めてゆくということにあったわけです。再び医療でたとえてみれば(医龍やチームバチスタの見過ぎかもしれませんが)、優秀なER(救命救急医療)のチームの機能にきわめて近いものと筆者は考えています。すなわち、全身状態(経営状態や調達能力)を見極め、循環と呼吸(CashとCash Flow)を確保しつつ全身状態を管理する麻酔医(ALM委員会)とともに、優先度に沿った救命措置や手術(業務推進や各種施策)を専門医(企画部や各業務部門)が行なってゆくといったところではないでしょうか。

このように見てみると、ALMにはいわゆるBCP(コンティンジェンシー)的な側面と恒常的に経営状態をモニタリングしつつ業務のPDCAをまわしてゆくという、二つの側面を特に意識して考える必要があることが理解できようかと思います。この点、リスク管理機能的な考え方(ALMをミドルと位置づける)を主眼に考えてしまうと、オペレーションに直結したダイナミックな運営は難しくなってしまうかもしれません。例えてみれば、リスク管理はやや予防医学や漢方に近いのに対し、ALMは対症療法や蘭方と考えるべきかもしれません。そして、どんな企業でも破綻するときには必ず最後には資金繰りに詰まることを考えれば、最優先にして究極のゴールが”Cash is King, cash flow is queen.”にあることは論を俟たないところだと考えます。

ただ一方で、こうしたALM(というよりバランスシートマネジメント)を銀行固有の経営管理手法として捉えるのは適切でない、あるいはもったいないのではないかというのが筆者の考えです。銀行ALMでは、金利リスクと資金繰りリスクをターゲットとするリスク管理的な色彩が強いことは否めないところですが、むしろ「その企業固有の環境や様々な制約条件のもとでバランスシートをコントロールしつつ企業目標の達成を目指す恒常的なPDCAサイクル」というくらいに幅広く考えると、さまざまな業種・業態での適用可能性が見えてこようと思います。
ALMという考え方が銀行になじんでいた一つの背景は、銀行が「バランスシートそのもので商売する」典型的な業態であったということが大きいと思います。業容や収益はバランスシートの大きさ(資金量)に直結するということになりますし、リスクと資産の質(不良債権問題や投資資産の含み損益)は表裏一体の関係にあったわけですから、バランスシートのコントロールとオペレーションのコントロールは近似値であったわけです。IFRS対応や先月述べたGRC(Governance、Risk、Compliance)の統合管理などにおいては、銀行にとどまらず大げさなところすべての企業において、多かれ少なかれこうした要素の比重が高まるわけです。
特に、IFRSを前提として自社のバランスシートをターゲットとするALMを考えることは、今後の企業の経営管理の観点からもきわめて有用になろうと思います。先月の本稿でも少し論じましたが、IFRSの要求するバランスシートは、言ってみればキャッシュフローの生成能力をNPV(現在割引価値)で表示するものにほかなりません。バランスシート自体をコントロールのターゲットにしてゆくことは、時価ベースの企業(事業)評価それ自体を直接的にグリップするということになります。言い換えるとIFRSは否応無しに、バランスシートをターゲットとして、あるいはそれそのもので商売することを迫るという一面があると考えてよさそうです。

IFRS自体は、包括利益概念と公正価値評価という二つの柱の下で、期間損益と含み損益(時価評価損益)を同じ俎上に載せている点で、ALMの実際的な運営にも多大な影響を及ぼすことになります。例えば、金利リスクをヘッジするための金利スワップポジションが含み益を抱えている状態を想定してみましょう。今までの会計ルールでは、このポジションを一旦反対取引でクローズして実現益を狙うか含み益のまま持ち続けるかという選択肢が常について回り、最適なポートフォリオにあるポジションを、経営者が目先・短期的な今期業績(期間損益)計上のために長期的な不利やリスクを承知で解消する誘惑などのモラルハザードが残ることになります。
ところが原則論的に言えば、IFRSにおける包括利益概念は含み損益と実現損益を区別しない上、時価評価がすべての資産負債に適用されることになります。従って期間損益の呪縛が良い意味で緩和され、ALMの実施状況もいわばガラス張りで見える化されることになります。目先の期間損益目当てのゆがんだ財務オペレーションの誘因が無くなると同時に、ALMオペレーションの結果がそのままBSに表現されるということ、つまりALMが直接的に「決算書を作る」ことにつながるという点をポジティブな視点で押さえておく必要があろうかと思われます。


では、こうしたALM運営は、どういう形で経営管理や業務推進と結びつき、どのようにバランスシートというターゲットに落とし込んで行くべきでしょうか?銀行ALMの手法を一つのケーススタディーにして、来月の本稿で論じてみたいと思います。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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