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「ITスキル標準と戦略MAPを活用した人材育成の仕組みについて」

2010.11.04 株式会社オージス総研  今井 康雄

 『企業の人材育成とは研修を計画し実施すること』という考え方は、ITスキル標準やユーザースキル標準など、IT関連のスキル標準が普及することで大きく変わりつつあります。
 企業の中長期戦略、社員特性、企業風土や取り巻く環境などを考慮し、独自の仕組み、キャリアフレームワークや育成手段を考え、効果的・効率的な人材育成の運用が主流になりつつあります。

 当社では、中期戦略をもとに、ITスキル標準をベースにしたキャリアフレームワークを設定し、職種別コミュニティなど企業特性に合った戦略的な人材育成の活動を行っています。
 能力開発の目標を戦略的な分野の高いレベルに設定し、社員の自主性を尊重しながら、会社が育成のバックアップをしています。

 当社における会社戦略を実現するための人材育成フレームワークおよびプロセスは次のとおりです。

当社人材育成プロセス
<図 1 当社人材育成プロセス>

(1)会社戦略と人材育成
当社の中期戦略を実現する人材像(職種/レベル)を抽出し、キャリアフレームワークとしました。
(2)キャリアフレームワーク
市場ニーズと会社戦略を反映した、ITスキル標準ベースのキャリアフレームワークを策定し、社員が目指すべきキャリアパスを提示しています。
(3)要員育成計画の設定
要員のAsIs、ToBeを確認し、当社の中期戦略を実現する人材像(職種)と必要数を抽出し、人材育成の目標としました。
(4)職種・職務群別の要員育成施策/計画の策定
職種別コミュニティなどとも連携して、職種ごとに必要となる育成施策を検討し、育成計画を策定します。
(5)個人別のキャリアプラン/能力開発目標の設定
要員育成計画をもとに、社員が自身のキャリアプランを作成しています。また、年度ごとに社員全員が能力開発の目標とその達成手段を設定します。
(6)人材育成施策の実施
職種別コミュニティ活動、研修、メンター制度、自己啓発支援策、OJT制度などの手段により人材育成を推進しています。
(7)現状要員レベルの把握
技術者認定制度(OCP*)やITスキル診断等により職種別レベル別に要員数を把握し、目標との差を確認しています。
* OCP(OGIS-RI Certified Professional)の概要
(8)人事制度との関連づけ
キャリアフレームワークや認定制度を人事制度と関連づけし、施策/制度の一体感を持たせています。

 ここでは上記(1)(2)の会社戦略から必要な人材を抽出するポイントについて、当社の事例をもとにいくつかの視点から説明します。
 当社においても、中長期の経営戦略と年度の経営方針が適宜発表され、それをもとに社員が活動します。その中で人材育成については重要な項目として常に目標となります。
 人材育成部門では、その戦略を達成するために、どのレベルのどんな職種の人材がどれくらい必要かについて検討することになります。

 中期の戦略実現のための必要な人材の設定に関しては、「戦略マップ」(キャプラン、ノートン著 ランダムハウス講談社)の“人的資本レディネス”の考え方を参考にし、中期計画を実現するために必要となる重点領域職種を定義し、その人材の必要人数を抽出しました。

(1) 職種設定の基本方針

 職種の設定に関しては、ITスキル標準をベースにしながら、会社戦略をどのようにその人材像/職種に反映するのか(カスタマイズし独自な職種を作るのか、ITスキル標準の職種のままで設定するのか、など)を検討しました。
 当社では、基本的にはITスキル標準の職種はそのままで、計画するビジネスの戦略的なスキルを明確にし、関連する職種のスキルに付加する方針をとりました。
 その理由は
・ITスキル標準が発表される以前に、当社独自の職種/スキルの人材像を抽出し、人材育成を目的に運用したが、この業界の進歩が早く、人材像やスキルの変更が煩雑になり、運用が破綻した経験があること。
・ITスキル標準の標準としてのメリット(他社と比較して分析が出来る、自社の業界内での立ち位置がわかる、調達での活用も視野に入れる、など)が期待できること。
などです。
 スキルを高める軸は、ITスキル標準の[市場価値]の軸と、当社の戦略的なスキルの[戦略実現]の軸の多次元の軸となります。人材育成の考え方としては、ITスキル標準のスキルと当社の戦略的スキルの両方を高めることを目指します。なお、戦略的なスキルに関しては、会社戦略や技術動向等の内的・外的要因に応じて変化する可能性が高く、その都度、変更や追加をすることになります。<図2>

ITスキル標準と戦略スキル
<図 2 ITスキル標準と戦略スキル>

(2) 質的な側面

 上記の基本方針のもと、中期戦略をもとにBSC/戦略マップを作成し、戦略実現に重要なビジネスを設定します。そのビジネスを達成する優位性のあるスキルを抽出し、ITスキル標準の職種に反映しました。当初の独自スキルとしてオブジェクト指向開発スキルやモデリングスキルを抽出し、多くの職種にそのスキルセットを付加して、当社の人材像としています。
 業務を遂行するうえではITスキル標準にあるすべての職種が必要ですが、今後の戦略/ビジネスを実現するうえで大きく不足している職種や、テコのように少数の力で大きくビジネスを動かせる職種を重点的に育成する方針で、重点領域職種を抽出しました。
 例えばITアーキテクトという職種に関しては、一括請負には必要な職種として考えられています。契約関係やプロジェクト規模に大きく影響するということで、重要な職種として位置づけています。
 キャリアフレームワークは全技術者を対象にしたものであり、ビジネスに必要な全職種が含まれていますが、上記のような考えで重点領域職種を設定し、重点的に人材育成を実施する対象としています。

 他には社内の人材動向にも考慮が必要となります。
 当社においても年齢構成変化による将来ビジネスの動向およびそれに対応した人材育成ということを考慮する必要が生じていますが、年齢構成が高い方にシフトすることから、付加価値の高いビジネスへの移行とそれを実現する人材の育成が必要になっています。

(3) 量的な側面

 <図1>(3)の要員計画につながるところですので、詳細は省略しますが、中期戦略に必要な職種が抽出されると、次に量的な計画が求められます。
 ビジネスを種類別にし、必要要員を推計することになります。
 ビジネス別には、例えばシステム開発/運用サービス/コンサルティングなど、今後の戦略にマッチしたものに分けて推計します。
 システム開発ビジネスでは、プロジェクト規模により、職種、レベル、構成比が異なるので、ビジネス規模別に推計することが望ましいビジネスもあります。
 当社ではシステム開発など3種類のビジネスについて、大規模から小規模まで5分類し、フェーズ毎の工数比率を当てはめてコンサルタントやITアーキテクトなど重点領域職種の要員数を推計しています。

(4) 育成の視点で考慮すること

 当社では、社員のキャリアプランを長い場合は定年まで計画できるようになっています。
 ビジネス戦略の方向に人材像をシフトしようにも、社員の望むキャリアの方向性に合致しなければ困難を伴うことになります。どんな職種を目指している社員が多いかを把握しておくことも重要であり、それを把握できる仕組みも持っておく必要があります。
 また、重点領域職種に育つまでの育成の基本的な考え方や道筋を明確にしておくことも重要です。
 当社では、レベル3までは様々な経験を積むことを推奨しており、開発系の職種では、アプリケーションスペシャリストとして経験を積み、その経験をもとに、コンサルタントやITアーキテクトなど上流を担う職種にシフトすることを推奨しています。
 ITスキル標準でもレベル1、2については職種を分けずに共通スキルの経験を重視するようになっており、その考え方を取り入れています。

(5) ITスキル標準との関連で考慮すること

 自分の目指すべき人材像が企業独自のものより、業界標準や専門誌などで一般的になっている職種の方が、スキルアップやビジネス推進のための情報収集もやりやすいです。教育業者の研修もITスキル標準の職種毎に研修ロードマップを提示しているケースが多く、コース選定などの判断がしやすくなります。また、他社の方にも話が通りやすく、共通認識のもとに情報交換やディスカッションが出来るメリットがあります。
 企業独自の人材像を設定したとしても、ITスキル標準や他のスキル標準の職種/人材像と対応付けできていることが望ましいと考えます。

(6) 社員へのアピール面で考慮すること

 仕組みを運用し定着させるためには、各職種/人材像の説明が必要ですが、当社では職種別に下記の項目について明確にし、説明会や社内掲示にて広報しています。
 ・定義・ミッション
 ・戦略プロセス
 ・対応する人事職群、レベル
 ・ベースとなるITスキル標準職種
 ・ITスキル標準レベル
 ・当社戦略スキル
 ・戦略スキルレベル
 ・社内・外研修の種類
 ・参加できるコミュニティ

 上記に加え、実際の業務に於いてどのような職務行動が求められるかをわかりやすく表現したものが、今後必要と考えています。

当社のキャリアフレームワーク
<図 3 当社のキャリアフレームワーク>

 以上、ITスキル標準をベースに会社戦略から必要な人材像/職種を抽出する、当社における考え方を述べましたが、詳細につきましては、次の文献・資料をご参照ください。
 当社での経験やお客様での実績をふまえ、ITSS/UISS導入支援コンサルティングを実施していますので、ご活用下さい。

【ご参考文献】

「戦略マップ」ロバート S・キャプラン、デビット P・ノートン著、櫻井通晴・伊藤和憲・長谷川惠一監訳(ランダムハウス講談社,2005年)

【ご参考】
 当社の人材育成構築全般につきましては、下記資料の当社事例をご参照下さい。

『ITスキル標準:導入活用事例集2010』IPA/情報処理推進機構

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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