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「強い会社を創る 自律し進化するビジネスアーキテクチャの設計 第2回」

2012.01.17 株式会社オージス総研  左川 聡

マネジメント体系とビジネスアーキテクチャ

 今回は、自律し進化するビジネスアーキテクチャを、マネジメント体系に結び付けて説明したいと思います。図1は、私のほうでまとめたマネジメント体系です。

マネジメント体系
図 1 マネジメント体系
  ※本図は、こちらからダウンロードすることができます。

 これは、以下の複数の視点が組み合わさってできています。

外部と内部
 企業組織は、システム(系)なので、それを取り巻く外部環境があります。企業の外部環境を経営環境といい、ミクロ環境とマクロ環境に分けて考えることができます。ミクロ環境は、経営環境のうち、準統制可能なもので、ここでは、マイケル・ポーターの5フォースというフレームワークでいう五つの競争要因である顧客(買い手)、新規参入者、代替製品、競合企業、供給業者(売り手)から成る業界と考えます。ただ、供給業者を広く考え、協業する全てのパートナーと考えます。マクロ環境は、経営環境のうち、企業にとって統制不可能、つまり業界内の各企業とは無関係に事象が起こる領域で、ここでは、政治的(Political)環境、経済的(Economic)環境、社会的(Social)環境、技術的(Technological)環境に分けて考えます。
 
型と実例
 マネジメント体系では、物事の個々に共通した特徴(本質)を表している「型(type)(※1)」と、その「事例(instance)(※2)」を分けて考えています。例えば、目、口、見る、食べるなど個々人に共通した特徴で類別した「人間」は型で、その実例は鈴木さん、山田さんなど具体的な人です。「事例」は時間とともに変化します(動的)が、「型」は本質なので不変(静的)です。よく起こる問題に対する解決方法をパターン(型)として形式化すれば、毎回、解決方法を考える必要がなくなりますし、優れた物や方法をモデル(型)として教育の材料にすることができます。ハーディという数学者が「数学者は、画家や詩人のように、型のつくり手である」と言ったようですが、数学が物理法則になり物理法則が様々な文明の利器を生み出したことを考えると、物事の本質である型を考えることが有益であることは間違いないでしょう。さて、マネジメント体系の中の型は、図1の青い背景の部分で示されています。なぜ企業活動を行うのかという企業目的、それを実現するための事業構造、および、それを構成する事業、なぜ、その事業をするのかという事業目的、それを実現するためのビジネスモデルが型になります。それに対してベージュ色の背景にある要素が時間とともに変わる事例を表しています。例えば、事業ポートフォリオ(事例)は事業構造(型)によって、組織(事例)は事業(型)によって、事業目標(事例)は事業目的(型)によって、戦略マップおよびバランスト・スコアカード(事例)はビジネスモデル(型)によって生成されます。なお、いかに型とはいえ、事業目的やビジネスモデルは半永久的なもので、時代に合わなくなる可能性もあります。その場合は、新しい事業を創り出す必要があります。例えば日本郵船が海運業から脱却して物流事業会社に生まれ変わったように、企業は、時代時代に合わせて、その姿形を変えて生きます。
 
部分と全体
 ハーバート・A・サイモンが、その著書「システムの科学」で、階層システムを「相互に関連する下位システムから成り立っており、その下位システムがまた順次、もっとも低いレベルの基本的な下位システムに至るまで、それぞれ階層的な構造をもって連なっているシステムである」と述べ、その例として社会システムの一つである「企業」をあげています。本マネジメント体系も上位要素(全体)と下位要素(部分)による階層構造になっています。企業は複数の関連する事業から構成され、事業もさらに下位の事業から構成されます。組織も様々な部門の階層構造によって成り立っています。
 
目的と手段
 ハーバート・A・サイモンは目的あるいは目標を人工物(artifact)の特徴の一つとしていますが、企業も目的、目標を持つ人工的なシステムです。目的や目標には、それを実現するための手段があり、繰り返されます。例えば、企業目的に対する手段は事業構造になり、企業目的の手段である事業にも目的があり、それを実現するのがビジネスモデルです。また、事業目標を実現する手段は戦略マップになります。企業は目的を持つ人工的なシステムなので、「ビジネスモデルを設計する」というように、それを扱うためには極めて工学的なアプローチを要します。経営者はビジネスの建築家でなければならないのです。
 
活動サイクル
 最後に、図1のマネジメント体系には、企業の活動サイクル、つまり、マネジメントサイクルが含まれています。経営戦略、事業戦略、経営計画策定、経営戦略実行、経営戦略検証がマネジメントサイクルを構成する活動になります。マネジメントサイクルの詳細は後述します。
 

 次に、構成要素について説明します。各要素は、ここで使用する意味として定義します。

企業目的
 企業目的は、企業の価値観、および、ステークホルダー(※3)に提供する価値を明示した企業理念、企業理念を実現するために行うべき任務を明示した企業使命(ミッション)、企業の価値観に基づいた社員の行動規範などから成ります。
 
事業構造
 企業目的を鑑みた上で、事業間の関係を事業構造として設計します。例えば、ある事業が別の事業の一部としてあるのか(集約関係)、製品販売事業と、製品保守事業のようにバリューチェーン上の補完関係になるのか、市場開拓戦略で、同じ製品を別の市場に提供して事業を拡張するのか(拡張関係)、各事業がどのような関係なのか明確にします。
 
事業目的
 企業のステークホルダーにどのような価値を提供する事業なのか、その目的を明確にします。ステークホルダーのうち、顧客に対してどのような価値(効用)を提供するのかを、市場×製品×技術の軸で定義したものが事業ドメインになります。 P.F.ドラッカーは、著書「マネジメント」の中で、「われわれの事業とは何か」を問うことこそ、トップマネジメントの責任だと言っています。
 
ビジネスモデル
 主に戦略マップ、事業資産、ビジネスプロセス(バリューチェーン、サプライチェーン)、事業拠点の観点でビジネスモデルを設計します。事業資産は、顧客やパートナー、人的資産、情報資産など事業を構成する要素、および、要素の特徴(価値など)、可能性のある事象(機会やリスク)、事業目的を実現するシナリオ(戦略マップ)などを設計します。
 
ビジネスアーキテクチャ
 全事業共通のビジネスモデル、および、事業構造、各事業における事業目的とビジネスモデルを合わせてビジネスアーキテクチャとします。
 
エンタープライズアーキテクチャ
 ビジネスアーキテクチャと、全社で管理するデータ構造(データアーキテクチャ)、アプリケーションシステム構造(アプリケーションアーキテクチャ)、IT基盤(テクノロジーアーキテクチャ)を合わせてエンタープライズアーキテクチャとします。
 
企業目標
 ある時点における企業目的の状態(ビジョン)を表します。例えば、株主に対しては、企業全体のROE、EBITDA、EVA、SVA、企業価値などの目標値を設定します。
 
事業ポートフォリオ
 ある時点の事業構造の状態を、ボストンコンサルティンググループ(BCG)の提唱したPPM(プロダクトポートフォリオマネジメント)を適用して表します。なお、事業ポートフォリオを管理するためには、事業ライフサイクルを設計する必要があります。
 
事業目標
 ある時点における事業目的の状態を表します。例えば、株主に対しては、事業単位のROE、EBITDA、EVA、SVA、事業価値などの目標値を設定します。
 
BSC
 ビジネスモデルで設計した戦略マップを、具体化してBSC(バランスト・スコアカード)を策定します。なお、戦略マップ、BSC(バランスト・スコアカード)はロバート・S・キャプラン、デビッド・P・ノートンの提唱した概念です。
 
経営戦略
 経営戦略は、全社レベルの全社戦略と、事業単位の事業戦略から成ります。全社戦略は、エンタープライズアーキテクチャ(事業戦略の部分のビジネスアーキテクチャ除く)、事業構造、事業ポートフォリオから構成され、事業戦略は、事業目的とビジネスモデル、事業目標と戦略マップおよびBSCから構成されます。マーケティング戦略、人事戦略、財務戦略など機能別戦略は、ビジネスモデルの設計や戦略マップの策定の中に組み込まれます。
 
マネジメントサイクル
 経営戦略策定、経営戦略実行、経営戦略検証から成ります。経営戦略策定には、全社戦略策定、事業戦略策定、経営計画策定が含まれています。経営戦略実行は、事業資本調達、事業資産構築、事業資産運用から成ります。経営戦略検証は、経営計画検証、事業戦略検証、全社戦略検証から成ります。検証には評価と修正が含まれています。事業期間には、事業ライフサイクルを構成する事業フェーズ(3年から5年)と、それを構成する各年の会計期間があり、各事業期間で環境の変化を分析し、経営戦略まで見直し、直ぐに環境の変化に適応できるようにします。
 
マーケティング3.0
 「現代マーケティングの父」と呼ばれるフィリップ・コトラーが、2010年、「マーケティング3.0 ソーシャルメディア時代の新法則」という本で、新しいマーケティングの概念を打ち出しました。マーケティング1.0が「製品中心」、マーケティング2.0が、顧客満足をめざす「消費者志向」と位置づけた上で、消費者志向はもう古いとし、新たなマーケティング3.0の時代に入ったと提唱しています。マーケティング3.0を実行している企業は、消費者を受動的なターゲットとしてではなく、精神を持つ全人的な存在ととらえ、その社会的、経済的、環境的公正さに対する欲求に対する、より大きなミッションやビジョンや価値を持ち、社会の問題に対するソリューションを提供すると言っています。ワタミ創業者の渡邊美樹氏は、氏の著書の中で、「コトラーが提唱するマーケティング3.0を実践する社会的企業こそが生き残れる時代になるのは確実」と言っています。
 ここでも、可能な限り、この考え方を適用して行きたいと思います。なお、図1では、企業目的である理念や使命、ビジョンが、顧客やパートナーなどの利害関係者にソリューションを提供する流れを表現しています。

 さて、この中で、進化するための活動、つまり、企業が、環境の変化に適応するために、新しく、その構造を変える活動が、まさにビジネスアーキテクチャを設計する活動になります。また、自律に関係する活動は、事業目標(競争優位な状態)と、それを実現するためのシナリオ、戦略マップを設定し、それを粛々と実行して、設計されたビジネスアーキテクチャを構築する活動になります。つまり、強い会社は、環境の変化に適応するためにビジネスアーキテクチャを設計し(進化)、それに基づいて事業目標を段階的に実現して競争優位性を獲得する(自律)、このマネジメントサイクルを持続的に繰り返すのです。
 孫子の計篇に、戦争は、国家の一大事であるから行うべきか否かよくよく考える必要がある、そのとき、「道」、「天」、「地」、「将」、「法」の観点で比較して判断すべきだという意味のことが書かれています。「道」は、君主と国民を一心同体にさせるもので、経営で言うと企業目的や事業目的になります。「天」は、気温や時節などの自然のめぐりなので、経営で言うと、事業のタイミング、時間的側面を表し、マクロ環境や事業ライフサイクルを分析することで計ります。「地」は、そこに行くまでの距離や険しさを表すので、経営で言うと、事業の外部空間を表し、顧客(市場)を中心とした業界構造を分析することで計ります。「将」は、将軍の質を表すので、経営でいうと経営戦略を実行する者のリーダシップになります。「法」は、軍隊の法規や軍制を表すので、経営でいうと、ビジネスモデルとして設計される内部統制、および、それが具現した組織の統治になります。このように、孫氏が重要視する「道」、「天」、「地」、「将」、「法」は、ビジネスアーキテクチャを構成する要素でもあり、ビジネスアーキテクチャを設計、構築することがいかに重要かわかります。
 読者の方で、具体的に自分の会社に適用して考えたいので、本ビジネスアーキテクチャ設計、構築について、もう少し詳しく内容が知りたいという方がいらっしゃいましたら、会社名、個人名、連絡先を明記して、下記私のメールアドレスに連絡いただければと存じます。
sagawa_satoshi@ogis-ri.co.jp
(執筆者宛にメールを送る場合は@を半角にしてください)

※1.型:物事を類別するとき、その個々に共通した特徴を表している形式です。
※2.事例:型に対する具体的な実例です。
※3.ステークホルダー:ここでは、株主・投資家、債権者、従業員、顧客、取引企業、競争企業・業界団体、行政・監督官庁、地域住民など企業の利害関係者という意味で使用します。

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