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「米国政府のエンタープライズ・アーキテクチャ(EA)に学ぶ」-アウトカム重視、ビジネスとしてのEA、法による義務化と予算統制-

2014.04.16 株式会社オージス総研  明神 知

1. はじめに

 日本政府のエンタープライズ・アーキテクチャ(EA)は米国政府のEAに学び、「業務・システム」最適化計画として2003年頃から取り組まれてきました。当初はEAガイドラインに基づいて大量で詳細な現状(As-Is)と将来(To-Be)アーキテクチャのドキュメントを作成することが目的化して、十分アウトカムに繋がらないといったこともありました。最近では、政府CIOを登用して情報システムの棚卸を行い、「お客様サービスの視点」や「政府全体でのIT投資管理」といったIT投資を成功に導くポイントを打ち出しています[1]。以前の記事に、NASAの事例を紹介したことがあります[2]。そこでもEAドキュメント作成が目的化していたものを改めて、経営に役立つEAへと変貌に至った7年間の歴史を紹介しました。東大公共政策大学院の奥村先生は2004年から「仮想政府」セミナー(シンポジウム)を開催して電子政府やEAの取組みについて内外から専門家を招いて発信されてきました[3]。元米国政府のチーフアーキテクトのRichard "Dick" Burkさんも、このセミナーに2012年と2013年の2年に渡って講演されました[4][5]。このたび、奥村先生のご紹介でDickさんと面会して、その経験談をお聞きする機会を得ました。Dickさんは30年の住宅都市開発省(HUD)におけるチーフアーキテクトを経て、巨大な連邦政府全体のEAをチーフアーキテクトとして推進しました。その経験からくるEA成功要因のお話は非常に示唆に富んでいました。特に印象に残ったのは、アウトカム重視、ビジネスとしてのEA、法による義務化と予算統制でした。以下、米国EAの歴史とともに紹介します。

2. 米国電子政府の歴史と特徴

 ここで、米国の電子政府の歴史を簡単に振り返り、その特徴を見てみましょう。
 (1) パフォーマンス重視[6]
 米国政府IT投資の改革は、行政マネジメント近代化の一環として、1990年代に入って冷戦終結後の膨大な財政赤字と向き合うために、行政効率化の取組みのなかで生まれました。調達対象が物品からサービスへと変わって行く中で80年代の連邦調達の方法(ブルックス法)では契約や調達目的達成に関して問題が生じていました。そこでサービス契約に適した「パフォーマンス評価基準」の確立や品質保証、ベストバリューを重視した新たな方式を模索したのです。
 同時期に、米国では行政改革の基盤として業績評価が重視されるようになっていました。それまでにも業績主義に基づく予算(Performance Budgeting)の概念は存在し、半世紀に渡って改革が進められてきましたが、どれもが大統領主導のイニシアティブであり政権を跨いで定着することはありませんでした。これに対し、90年代における行政改革は議会での立法を根拠としており、以後、クリントン政権とブッシュ政権に渡って続く長期的な取組の基盤となったのです。
 これら政府調達の性格の変化と業績主義に基づく行政改革とが組み合わさって、90年代にはパフォーマンス基準契約(Performance-Based Contracting)の概念が形成され、以下の指針や法が順次制定されました。
 1993年に政府業績結果法(GPRA)が制定されました。GPRAは連邦政府内の各省庁に対し主として以下の項目を議会が義務付けた画期的なものでした。
 本法の特徴は各省庁の主要なプログラムについて業績目標と実績を定期的に報告する点にあります。

 

 次に、1994年には連邦調達簡素化法(FASA)が制定されました。
 同法では、政府に固有の発注要件や手続きを入札業者となる民間企業に強いていることに連邦調達制度の問題があるとし、調達価格において低価格帯に属するものと高価格帯に属するものとでそれぞれに規制緩和を行いました。
 低価格帯に関しては、民間で広く流通しているコモディティ型の製品・サービスを対象に簡素な手続きでこれを調達できるように規制緩和を行い、コモディティ品の調達を奨励しました。
 高価格帯に関しては、パフォーマンス基準契約(PBC)の利用を基本方針として打ち出しました。パフォーマンス基準契約は主にサービス契約を念頭に置いた契約手法であり、納入される製品・サービスの内容ではなく、それらによって達成されるべき業務上の目標を要件として調達契約を締結するものです。
 パフォーマンス基準契約は業務にとっての調達の意味を明らかにするという仕掛けでもあり、その後のITマネジメント改革でも1つの理論的柱となりました。

(2) CIO任命とEAの義務化
 1996年に制定された、クリンガー・コーエン法(CCA)はITマネジメント改革法(ITMRA)と連邦調達改革法(FARA)からなる法です。
 ITMRAは一般調達庁(GSA)に集約していたITシステムの調達に関する権限を各省庁の裁量に振り分けた上で統制の仕組みを強化しました。手段として、調達するITシステムと適用対象となる業務における目標達成の関連を示唆するEA(公式にはITアーキテクチャ)の活用を義務付けた他、各省庁における最高情報責任者(CIO)の設置および関連する専門技能を育成する体制作りを求めました。同法ではまた、IT利用に伴うパフォーマンス基準マネジメントの実施を義務付けました。さらに行政管理予算局(OMB)に各省庁の資本計画投資管理(CPIC)とパフォーマンス・結果基準マネジメント(PBM / RBM)の推進と監視を求めたのです。
 一方、FARAでは競争調達に関する裁量の拡大を行うことで、公募を進める省庁と入札する事業者の双方に対し、競争調達の実施に関する効率向上を求めました。
 これらの法は実質的にEAと各省庁CIO任命義務化の裏付けとなりました。
 2002年にブッシュ政権下で制定された電子政府法(e-Government ACT 2002)は、連邦政府の情報システム全般を統括する役割(Administrator)をOMB(行政管理予算局)の下に置いた「Office of Electronic Government」に持たせることを規定しました。同時に各省庁CIOとの連携のためのCIO協議会設置とEAを法定しました。
 公式な米国連邦政府CIOの任命は2009年オバマ政権になってからでした。
 これは、オバマ政権が電子政府政策を主要な政策として位置付けたことがその理由の一つです。政府CIOは社会的IT基盤の最適化を担うCTOと、CPO(最高業績責任者)と連携してオープンガバメントを推進しています。

(3)予算統制
 米国連邦政府の電子行政の最大の特徴は、各省庁の上に民意を反映する大統領直轄のOMB(行政管理予算局)が予算で無駄の排除をコントロールしていることです。
 OMBは連邦政府EA(FEA)に基づく業務分析を各省庁に課しており、重複の特定、統合、業務合理化の指示へと導く体制を整備しており、これによってIT投資の統合を進めています。このように米国連邦政府では「全ての投資はEAに対して行われるか、EA移行計画(As-IsからTo-Beへ)から導き出されるかのいずれかであるべき」とされ、EAと投資計画が連動しています。
 米国連邦政府の戦略から個別のIT投資、そして予算申請の流れを見ると、民意→大統領公選→国家の方向性→省庁の業務戦略(EA将来像)→IT投資案件→予算反映 というPDCAのプロセスを運営していることがわかります[7]。

3.Dickさんインタビュー

3.1 東大公共政策大学院での2本の講義から

 Dickさんは、2012年と2013年の2年に渡り、東京大学の仮想政府セミナーで講演されています[3][4]。「人、プロセスそしてテクノロジー」では米国政府におけるEAとITマネジメントの採用の歴史を述べたうえで、そこから得られた教訓と日本への提言をされた。「How to Better Use of EA 」ではEAの活用事例とそこから学んだことを紹介したうえで、EAの効果的な活用方法を紹介された。これらの講演資料の中から次の質問をしてみました。
(1)2013年2月の講演「人、プロセスそしてテクノロジー」

(2)2012年2月の講演「How to Better Use of EA 」

ウイルスメールの形態の変化
図1  元米国政府チーフアーキテクトRichard "Dick" Burkさんと

3.2 米国住宅都市開発省(HUD)での経験

3.3 米国OMBでの経験

3.4 他機関の支援内容

3.5 オージス総研の「百年アーキテクチャ」について

4. おわりに

 必ずしも米国のアプローチで電子政府行政がすべて完全に成功しているとは限りませんが、少なくともPDCAサイクルを回しながら国として前進させようとしているところは高く評価すべきと考えます。そのサイクルの中核に、ビジネスとしての「EA」があり、アウトカムを生み出すプロセスに組み込み、その運営を法による義務化と予算統制で確立していることが大きな特徴です。ポトマック河畔の桜が咲き始めた雨の3月にワシントンのホテルでビジネスランチをしながらの長時間インタビューでした。「Enterprise Architect」とだけ書いた名刺のDickさんは、現在も講演やコンサルで活躍中で、学校の先生のごとく噛んで含めるようにお話していただきました。Dickさんをご紹介いただいた奥村先生に感謝して、この拙文を終えます。

(参考文献)

[1]第1回電子行政シンポジウム「日韓電子行政の取り組みと課題
~韓国電子行政戦略のキーパーソンを迎えて~」開催報告 、奥村裕一、行政&情報システム、2013年12月
[2]Robert Stauffer, Larry Helm:Assessing Effectiveness:NASA Capability Portfolio Management, EAC Europe 2010
[3]第1回仮想政府シンポジウム
[4]HOW TO BETTER USE ENTERPRISE ARCHITECTURE、Dick Burk
Former Chief Architect U.S. Government、Richard Burk、第7回仮想政府セミナー、2012年2月
[5]第8回仮想政府セミナー米連邦政府における業務改革とEA~事例研究~、2013年2月
[6]行政と情報通信技術(PAdIT)研究DB
[7]米国連邦政府におけるIT投資管理の最新動向、田村暢大、行政&情報システム、2013年12月
[8]「百年アーキテクチャへのシステム科学アプローチ(その1)」、明神

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