1. はじめに
通勤中にスマホで一流大学の授業が無料で受けられる。そんな時代がやってきました。支えているのはMOOC。
本稿では、この大学教育におけるイノベーティブな試みであるMOOCについてご紹介します。大学はもう卒業したから関係ないという印象をお持ちの方もおられるかもしれません。また、学びたいけれど大学院やビジネススクールに通う時間もお金も厳しいと感じている方もいらっしゃるでしょう。しかし、これからご紹介するMOOCは大学教育の裾野を広げ、学ぶ意欲のある人たちにとって魅力的なものとなっていますので、ぜひご覧いただければと思います。
2. MOOCとは
MOOC(ムーク。またはMOOCs:ムークス)とは、Massive Open Online Coursesの略で、日本語では「大規模公開オンライン講座」と訳されています。簡潔に言うと、MOOCとはインターネット上で誰でも無料で受講できる大規模な講義です。この「インターネット上で」「誰でも」「無料で」が意味することは、大学のキャンパスに通う必要も、大学受験の必要も、授業料を払う必要もなく大学レベルの教育が受けられるということです。そのため世界中から膨大な人数の受講者が集まることにつながります。この画期的なMOOCが、2012年頃からアメリカを拠点に、世界的な広がりを見せています。
受講者は、受講したい学習コースを選択し、講義の動画をオンラインで視聴します。学習コースの多くは数週間で学ぶものとなっています。受講者は講義を視聴するだけでなく課題の提出が求められ、修了すると修了証が発行されます。2013年には東京大学が日本の大学として初めてMOOCを配信し始めたこともあり、NHKなど日本のメディアでも多く取り上げられ話題となりました。MOOCの発展により、私たちはさまざまな大学の講義を無料で学ぶことができる、そんな時代が到来したのです。
3. MOOCの発展
まずはMOOCの歴史を簡単に振り返ってみましょう。
MOOCの誕生は2008年にさかのぼります。
カナダのアサバースカ大学のジョージ・シーメンスらが開講したcMOOC(connectivist MOOC)と呼ばれるもので、ここで初めて「MOOC」という言葉が使われました。あるテーマに興味を持つ人々が集まり学び、ブログ等で交流することで学びを深めるといった活動でした。
2011年にはスタンフォード大学が人工知能や機械学習のオンライン講座を配信。なんと16万人の受講登録者を集めたと言われています。スタンフォード大学の単位がもらえるわけでもないのに、すごい数ですね。
そして、MOOC元年とも言われる2012年。MOOCは大きく発展します。これまでのMOOCの成功に影響され、アメリカの有名大学の関係者が次々とMOOC提供サービスを立ち上げたのです。
◆MOOC提供サービスの仕組み
MOOCは、大学が各自に提供サービスを立ち上げるのではなく、仲介業者である「MOOCプロバイダー」や「MOOCコンソーシアム」のプラットフォームを利用して受講者に届けられます。受講者はMOOCプロバイダー/コンソーシアムにユーザー登録することで、複数の大学のコースを受講することができます。
図 1 MOOC提供サービスの仕組み
次にMOOCを提供する主なプロバイダー/コンソーシアムをいくつか見てみましょう。
◆coursera (https://www.coursera.org/)
まずはスタンフォード大学教授らが2012年に設立した教育ベンチャー企業によるcoursera(コーセラ)です。courseraは「MOOCプロバイダー」として分類される営利団体で、MOOC配信のプラットフォームを提供しています。世界108大学による600のコースを公開し、700万人を超える受講者を集めました[参考1-1]。
2013年2月には、東京大学もcourseraにて講義を開始。2013年に開講した2講座で受講生は8万人を超え、東大の講義を世界中に届けることができました。[参考1-2]
図 2 courseraのコース一覧
(Software Engineering関連の2014.9.3現在開催中のコースの一部)
おもしそうな講義が目白押し!スマホのアプリもありますので、通勤電車の中で視聴するのもよさそうです。
◆edX (https://www.edx.org)
edX(エデックス)は2012年にMITとハーバード大学によって設立された組織です。MOOCを公開する大学の連携組織で「MOOCコンソーシアム」に分類される非営利団体です。
27カ国の大学が参加し、100万人を超える受講者を集めています。2013年には京都大学が加入し、その後東京大学や大阪大学も加入しました。また、オープンソースのプラットフォーム「Open edX」を開発し、MOOCの発展に寄与しています。
図 3 edXのトップ画面
◆Udacity (https://www.udacity.com)
2012年にスタンフォード大学の教授により設立されたUdacity(ユダシティ)。教育ベンチャー企業のMOOCプロバイダーです。
2014.9.3現在39のコースを公開しています。
図 4 Udacityのコース一覧(一部)。
人工知能によるロボットカーの制作などテクノロジー系のコースが多いですね。
◆gacco (http://gacco.org)
日本も負けてはいられません。2014年に日本を拠点としたMOOCプロバイダー「gacco(ガッコ)」が誕生しました。設立したのは株式会社NTTドコモ、NTTナレッジ・スクウェア株式会社です。2014年4月の東京大学本郷和人先生の歴史のコースを皮切りに、慶応大学村井純先生のインターネットのコースなど相次ぎ開講されました。2014.9.3現在、募集中の講義が12コースあり、7万人の受講生を集めています。
courseraなど多言語対応しているMOOCプロバイダーもありますが、やはり海外のMOOCは基本的に英語の講義です。(courseraやedXで日本の大学が講義を配信していますが、講義はすべて英語です)したがって、日本語で受講できるgaccoはグッと学びやすいですね。MOOCがより身近になりました。
図 5 gaccoのコース一覧(一部)。
ビジネス系や技術系のコースの他にも俳句や歴史、文学など幅広いコースがあります。
4. MOOCの特徴
eラーニングやオンライン大学など、インターネットを活用した学習はこれまでにもありました。MOOCはこれらと何が違うのでしょうか。受講者目線で少し掘り下げてみましょう。
◆無料で受講できる
受講は基本的に無料です。ただしMOOCプロバイダーを運営する上で収入が必要であるため、有料コースも用意されています。
◆誰でも受講できる
大学といえば大学受験が必須というイメージがありますが、MOOCの受講には受験は必要ありません。大学生だけでなく、高校生や社会人など誰でも受講することができます。
さらには受講登録したコースを修了する/しないも自由です。「どんな内容なのかチョット興味あるなー」程度の動機でも「Join(受講登録)」ボタンをクリックするだけOK。 課題提出せずに講義動画だけ見ることも可能です。
◆教材の配布だけにとどまらない
大学のこれまでの活動として、教材のオープン化がありました。MOOCの特徴としては、オープン教材の配布のみならず、数週間にわたる一連の学習コース(講義視聴、課題提出、評価)として組み立てて提供したことが挙げられます。これによって修了した受講者は、ある特定分野の知識を学習したことをアピールしやすくなりました。さらに最近では、複数の学習コースをパッケージにし提供する活動も始まっています。
例) courseraのData Scienceのコースは、9つの個別コース+最終課題をパッケージングしたものとなっている。個別コースは無料でも受講できるが、最終課題を含む全Data Scienceコース修了証を得るのは有料。
◆オンラインのコミュニケーションやTAのサポートがある
各コースには専用のオンライン掲示板が用意されています。そこで受講者同士でディスカッションをしたり、TA(Teaching Assistant)がフォローしてくれることもあります。掲示板での議論はコースの修了条件に関係ないケースも多いですが(たまにレポート課題の提出先が掲示板という場合もあります)、議論したり受講者同士で助け合ったりする中で、理解が深まったりモチベーションがアップするなどの効果があります。
◆オフラインでの活動もある
・ミートアップ
「ミートアップ」と呼ばれるオフ会のような活動も盛んです。ミートアップの多くは受講者の中から有志が企画しています。同じテーマに興味を持つ人たちと実際に会ってコミュニケーションできるのは刺激的で楽しいものです。コーヒーを飲みながらなど、カジュアルに行われるようです。
courseraの掲示板を見てみると、「今度カリフォルニアのサンディエゴでやるけど興味ある人いる?」「ブラジルでやるけどどう?」「シンガポールで開催します!」「スイスで集まりますが誰か近くにいますか?」「ウクライナのキエフで」など、たくさんのミートアップ企画が投稿されています。
・反転学習
オンラインでの講義の視聴と、教室での授業を組み合わせた取り組みも行われています。gaccoの反転学習コースが良い例でしょう。反転学習では、受講者はあらかじめ講義動画で学習したうえで教室の授業に出席します。教室では受講者同士でのディスカッションや、個別の指導を通じて理解を深めるといった学習の進め方となります。「教室で学習→家で宿題」という順序と反対であることから、反転学習と呼ばれています。
◆大学の単位ではない
一部例外はあるものの、ハーバードやスタンフォードやMITの先生たちのMOOCを修了しても、大学の単位や公的資格にはなりません。
5.MOOCの意義
1)受講者にとっての意義
さて、受講する私たちにとって、MOOCはどのように活用できるでしょうか。
◆自己啓発
言うまでもないことですが、知的好奇心を満たすことができます。IT分野やビジネス系知識、数学や生物や化学、政治や経済、歴史や芸術などなど、幅広い分野のコースがあり、わたしたちの好奇心を刺激してくれるでしょう。
◆就職・転職活動に活用
Udacityのトップページには「Get that ideal job. Grab that promotion. 」と書かれています。
前述の通り、MOOCでの修了は大学の単位ではありません。しかし、 MOOCの修了証を武器に自分の知識のアピールし就職活動に活かしていくことができます。特にIT分野はコース数も豊富です。IT企業の採用担当の方もぜひ注目してみてはいかがでしょうか。
◆さらに高度な内容を勉強したい中学生・高校生
この記事をお読みの方の中には、中高生の親御さんもいらっしゃるでしょうか?意欲のある子供たちにとってMOOCは、より高度な学びの場となっています。
高校生がプログラミングの講座を活用したり[参考1-3]、パキスタンの12歳の少女が次々と難易度の高いコースを修了し日本のメディアでも紹介され話題になりました[参考1-4]。
2)大学にとっての意義
大学側にもMOOCに対する取り組みは意義があります。
◆大学の社会貢献として
MOOCが発展する以前から大学は、教材などが行き渡らない一部の国々や地域に向けて、教材のオープン化などに取り組んできました。MOOCもその流れの一貫として、大学の社会貢献的な意義がある活動と言えます。
◆大学の広報や優れた学生へのアプローチとして
courseraやedXなどのコース一覧を見ていると、あたかもそれぞれの大学のショーケースのような印象です。
インターネットを利用したMOOCは地理的な制約を超え、優秀な受講生にその大学を知ってもらうきっかけになります。また大学側も優秀な成績を修めた受講生にアプローチし、優れた学生を集めるきっかけを得ることができます。例えばMOOCで優秀な成績を修めたモンゴルの少年が、マサチューセッツ工科大学からの奨学金を得て入学を果たしています[参考1-4]。
◆講義の改善として
MOOCのMがMassiveであることで表現されるように、受講者の学習履歴などのデータは膨大なビッグデータとなります。受講者がどのようなところで間違えやすいのか?どのような講義動画が多く見られているのか?などさまざまな受講者のデータを解析することで、学習に有益なものを盛り込むといったコースの改善につなげることができます。
このように、MOOCは受講者にとっても大学にとっても意義のあるものとなっているのです。
6.おわりに
第1回目の記事では、MOOCを提供するプロバイダー/コンソーシアムの役割、そしてMOOCの特徴や意義について紹介いたしました。第2回目では、MOOCを支えるビジネスモデルや課題について触れたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。
(参考文献)
[参考1-1] | coursera blog (2014/3/24) |
[参考1-2] | 東京大学がコーセラでのMOOC成果を発表、2講座の受講者数は東京大学全学生の2倍以上の8万人超(edmaps) |
[参考1-3] | coursera blog (2014/2/14) |
[参考1-4] | NHK「クローズアップ現代」「あなたもハーバード大へ -広がるオンライン無料講座- |
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