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「IoTのビジネス上の課題」

2017.07.20 株式会社オージス総研  水間 丈博

日本でもようやくIoT導入が本格化してきた。ここ3年ほどIoT市場や採用企業の状況を観察してきた結果、一作年、昨年、今年とIoTを取り巻く環境は確実に前進しているといえる。一昨年(2015年)は海外のリーディングIT企業に動きに合わせて、国内IT企業も「IoTソリューション」を標榜し始めた。昨年(2016年)は、それまで乏しかった事例が大幅に増えてきた。ただし、実験的なものや、当然ながら最初はごく一部の業務に適用するというものがほとんどだった。今年に入り、その基調は大きく変わらないものの、大幅に適用事例が増えた印象がある。一方、日経ITProによれば、日本企業のIoT利用率は5.4%で、前年比でわずか0.5%増加しただけであり、その中心は製造業だという。
さらに現在は、IoTに限らず、BIGDATAやマケテク(マーケティングテクノロジー)、FINTECH等の分野では、AI機能と繋げて高度な分析や予測ができるかどうかが、プラットフォームとして競合優位となるかどうかの焦点になっている状況にあり、IoTでもMicrosoft Azure Machine Learning、Amazon Machine Learning、IBM Watsonなど、既に機械学習機能を連携させているクラウドサービスも増えた。米国では大手ベンダー、ベンチャー共にここへ投資が集中している。製造業や機器サービス業では予兆検知などでAIの応用が始まっている。IoT分野でもすでに「IoTとAI」を"不可分の関係"または"IoTにAI機能は必須になる"として、一緒に議論する動きも出てきている。
この部分を見る限り、日本はどんどん遅れが拡大している感がある。

なぜ日本ではIoTの進展が遅いのか? 

技術的には「セキュリティの問題」が最大と考えられているが、ここでは「IoT浸透を阻んでいるビジネス上の課題」としてリサーチした結果を考察してみることにする。

ビジネス上の課題は様々存在するが、代表的なものは明らかに
マネタイズ問題
推進すべき人材の問題
新たな機会に挑戦する意識の問題
の3点に集約される。

以下、順に考察する。
◆マネタイズ問題
「マネタイズ問題」は、文字通り「IoTを推進していくために継続的投資の原資となる収益を確保していけるか?」という問題であり、多くのマネジメント層が口にする「投資対効果が見えにくい」とするROIへの疑念と同じ問題である。しかしIoTは世界的に新しい市場であり、参入し先行した者が必ず利益を手にする、という構図にはならない。現代は情報のフラット化が進みあらゆる製品やサービスがコモディティ化しているため、新たなテクノロジーが即利益に結びつくというビジネスモデルは成立しにくくなっている。IoTも同様に、マネタイズ化の模索が続いている状況下にある。

米国のカーネギー・メロン大学発祥のソフトウェア会社Formtek社は、「IoT は、数多くの産業に革命をもたらすと期待されるだけではなく、それを用いる企業に対して、莫大な収益をもたらすドル箱になると期待されている。しかし、Capgemini のレポートは厳しい見方を示しており、数多くの企業が IoT 市場に参入するが、なんと 70% もの企業が、IoT サービスから収益を上げられないと主張している。」とレポートしている。
参考までにこのCapgeminiのレポートを以下に示す。
[参考] ・Monetizing the Internet of Things:Extracting Value from the Connectivity Opportunity  Capgemini Consulting
https://www.capgemini-consulting.com/resource-file-access/resource/pdf/iot_monetization_0.pdf

この主張に対し、米国シリコンバレーでクラウドベースのビリングソリューションを提供するAria Systemsの共同創業者の一人は、「IoT が急拡大しているが、マネタイズに関しては、まだ具体化していない。数多くの企業が IoT を使用しており、また、顧客サービス/運営形態/サプライチェーンなどを改善している。ただし、IoT によるマネタイズのことになると、大半の企業が直視していない状況にある。つまり、それらの企業は、自社のシステムを IoT に対応させることで、誇大なマーケティングを実施しているに過ぎないのだ。」と述べている。

また、米シスコシステムズは2017年5月23日(現地時間)、英国ロンドンで開催された「IoT World Forum」(IoTWF)で、米国、英国、インドの企業で1つ以上のIoT(Internet of Things)プロジェクトの戦略や方向性の策定に携わったITリーダーや経営層に対して行った調査(2017年4月実施、回答者1845人)によれば、IoTプロジェクトが『完全に成功した』経験のある企業や組織は、全体の26%にとどまり、全体の60%はPoC(Proof of Concept:概念実証/導入前実機検証)の段階で行き詰まっていたことが判明した、と公表している。
こうした困難なプロジェクトとなった要因として、「プロジェクトの納期」、「限られた社内ノウハウ」、「データ品質」、「チーム間の連携」、「予算超過」などの問題が挙げられていた。特に、プロジェクトの全段階でパートナーの力を借りずに自社単独で手掛けようとした企業や組織ほど困難に直面しているようだ。
逆にIoTプロジェクトが成功した企業に『成功要因』を尋ねた結果、
IT部門とビジネスサイドの協力54%
技術重視の文化(トップダウンのリーダーシップなども含む)49%
社内外のパートナーシップによるIoTのノウハウ48%
となっており、「強力なリーダーシップ」、「IT部門とビジネス部門の協力」、「パートナーの協力」が成功のための必須要件になっているといえるだろう。
さらに、回答者の64%が、初期のIoTプロジェクトは行き詰まりや失敗があったものの、それで得られた教訓が「IoT投資を加速させるのに役立っている」と答えているとし、「IoTの取り組みの初期段階のつまずきは、決して無駄にはならない」と結論付けている。

[出典] ・4分の3近くのIoTプロジェクトは「失敗」? しかしその先に──シスコ調査 (AtmarkIT 2017年5月25日)
http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1705/25/news092.html
こうした調査を見ても、マネタイズが困難な中でも海外企業は失敗に対して前向きであり、鷹揚であるように見える。失敗は教訓とし、次に生かすという考えが浸透しているのだろう。
対して日本企業は失敗を恐れているように見える。一度失敗したら、その責任者は二度と評価されることはないといった雰囲気である。これも長い高度成長期の負の遺産だろかもしれない。かつて成功することが普通だったし、失敗は許されない銘じられてきた。もし失敗したら原因を徹底的に追究され、判断力や指導力、マネジメント能力が問題視された。失敗を前向きにとらえる文化が定着するまでまだ時間が掛かるのかもしれない。

[参考]
・IoTの「マネタイズ方法」をガートナーが解説、「サービス売り」のその先が重要だ(10NV16) http://www.sbbit.jp/article/cont1/32864
・AIとIOTによる産業最適化と社会問題解決(DoCoMo 21NV16)https://www.slideshare.net/minoruetoh/aiiot
・なぜ、経済産業省はIoTの導入を推進するのかhttp://blog.certpro.jp/?p=910
◆推進すべき人材の問題
IoTは主に「デバイス(センサーなど機器類)」、「ネットワーク(LPWAN、BLEなど)」、「プラットフォーム(IoT基盤)」、「アプリケーション(データ分析・ビジネス適用)」で構成されるため、推進のためには、従来の「エンタープライズIT(企業内を中心とするビジネス支援システム群)」の枠を超えた幅広い技術分野の深い知識が求められ、さらに市場や新ビジネスを立ち上げるためには事業部門とのコラボレーションやマーケット・コミュニケーションが必須となる。今までのように「ITの専門家集団」に任せて納品されたソリューションを利用しすれば良しとするスタイルでは実現できない。

独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「IT人材白書2016」によれば、IoTを担う人材に関する調査の結果、「IoTに関わる人材にはビジネスアイディア構想力と技術を俯瞰する力が求められる」とし、IT化によって実現する事業には、既存事業の拡大や変革、新事業や新サービスの創出があるが、それらを生み出す人材にはどのような能力が求められるかを尋ねたところ、「ビジネスアイディア構想力」がユーザ企業とネット企業および部門で第1位、IT企業では第2位となった。また、「技術力」の順位もユーザ企業とネット企業および事業部門で第2位、IT企業では第1位と高くなっている。さらに技術力の内容を尋ねると、「事業全体の技術を俯瞰し、全体を設計する能力」がユーザ企業、IT企業、ネット企業および事業部門いずれでも第1位となった」とし、「IoTで新事業・新サービスを生み出す人材に必要なのは、『各分野の専門分野とその周辺分野だけでなく、ビジネスアイディアを構想し、事業全体の技術を俯瞰した上で全体を設計する能力』であることが、企業によって認識された。」と結んでいる。
これは換言すれば「ビジネス全体の構想力」と同義と考えられ、これには現実のビジネスへの深い理解と課題認識はもちろんのこと、同時に確固とした将来ビジョンと戦略が必要ということになるだろう。これは経営者の仕事そのものとも言えるし、相当難度の高い要請であると考えられる。現実的には社内のIT技術者とビジネス部門責任者に加えて、外部コンサルタントや専門家、さらに部門やマーケティング担当者なども参画させたコラボレーション体制を確立する必要があると捉えられる。これにトップマネジメントの強い意志と指導力、コミットメントによって推進されることが求められるだろう。

IoT関連技術を活用した事業変革・新事業・新サービスの創出を実施する人材に必要な能力
IoT関連技術を活用した事業変革・新事業・新サービスの創出を実施する人材に必要な能力(上)、技術力(下)

[出典]「IT人材白書2016」概要版 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)https://www.ipa.go.jp/files/000052136.pdf

[参考]「IoT、ビッグデータ時代に挑む姿勢の見えないIT企業 --IPA調査 - (page 2)」ZDNethttp://japan.zdnet.com/article/35082314/2/
また、経済産業省の「新産業ビジョン~第4次産業革命をリードする日本の戦略~」では、「人材育成・獲得、雇用システムの柔軟性向上」の章で、「(今後世界と伍して競争できるために)初等中等教育段階からの取り組み」が必要とし(その結果2020年度からの次期学習指導要領において、小学校でのプログラミング教育が必修化されることとなった)、さらに「成長分野への労働移動の過渡期においては、IT分野を中心に、トップ層はもとよりミドルスキル人材についても、専門的・技術的外国人獲得ニーズへの対応が必要」として、制度や慣習が古く閉鎖的でダイバーシティも進んでいない現在の日本の状況を打破するべき、と主張している。
[出典]「「新産業構造ビジョン」 ~第4次産業革命をリードする日本の戦略~ 産業構造審議会 中間整理」平成28年4月27日 経済産業省
http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/shin_sangyoukouzou/pdf/008_05_01.pdf
さらに、2016年6月10日に経済産業省から公表された、「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」では、「ビッグデータ、IoT 等の新しい技術やサービスの登場により、今後ますます IT 利活用の高度化・多様化が進展することが予想され、中長期的にも IT に対する需要は引き続き増加する可能性が高いと見込まれる。しかし、我が国の労働人口(特に若年人口)は減少が見込まれており、今後、IT人材の獲得は現在以上に難しくなると考えられる。IT 需要が拡大する一方で、国内の人材供給力が低下し、IT 人材不足は今後より一層深刻化する可能性がある。」と危機感を露わにしている。

その一方で、諸外国におけるIT人材の状況調査と日本との比較(キャリアや年収、労働移動の状況など)では、日本のIT産業従事者が年収500万円前後に集中し、1000万-2000万の間に広く分布する米国との格差の大きさに言及している。IT人材の需給に関する推計では、「先端IT人材は、現在約 9.7 万人、不足数は約 1.5 万人であるが、2020 年には不足数が 4.8 万人に拡大する。」と見込んでいる。

「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」
[出典]「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」経済産業省
http://www.meti.go.jp/press/2016/06/20160610002/20160610002.html

日本でも『戦略とITは一体』と永らく言われてきていたが、その一方でIT技術者はIT子会社や外部コンサルタント、外部のITベンダーに依存し続けてきた。今後は優れたIT人材の争奪戦に発展していく可能性が高く、既にその兆候が見られるようになった。
[参考]
・業界の垣根を越えた大移動 -IT人材争奪戦の熾烈な舞台裏- (週刊東洋経済PLUS 2017年3月4日)
http://tkplus.jp/articles/-/7138
・IT人材争奪は戦国時代の様相へ。狙いはモバイル開発者 -2017年最新のIT業界採用動向レポート- (IoTToday 2017年4月21日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49802
・年収2000万円提示も アパレルでIT人材争奪戦  - 通販に主戦場シフトで-(日本経済新聞 2017年7月18日)
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO18632940X00C17A7TJ1000/
◆新たな機会に挑戦する意識の問題
これは新しいことに取り組む際のマインドの問題と言えよう。「IoTの波」をチャンスと捉えてポジティブに取り組むか、脅威やリスクと捉えて影響を回避するか、を考えた場合、日本では後者の考えに近い層が相圧倒的多数を占めると考えられる。

米GEでは世界的規模で大手企業エグゼクティブを対象とした「グローバル・イノベーション・バロメーター」という調査を実施しており、2016年1月に発表された2016年版は5回目である。ここでは、「第4次産業革命」に対して"前向きか否か"を尋ねている。
その結果、
  • 第4次産業革命について楽観的に捉えているか?」に対して、日本は33%で最下位(悲観派が優勢)。
  • 「リーダーらは協業によるイノベーションの財務成績への好影響が高まっているか?」についても、日本は最下位の54%であった。
  • 「イノベーション戦略:自分の会社に明確なイノベーションの戦略があるか?」についても、日本は最下位の38%だった。
こうした消極的な傾向は数年来継続しており、これについて、日本GEでは「画期的・破壊的なアイディアを着想する難しさ」が自分たちの重要な課題の一つと考える日本企業が過去最多であり、「日本の企業幹部の間では、リスク回避が自分たちにとって重要な課題の一つであるとの認識が前年よりも強まった」と解説し、保守的で変化を好まず、リスク回避傾向にあることを危惧している。その一方で、同じ調査で世界からは、イノベーションに期待する国として米国に次いで第2位であり、ドイツを大きく引き離している。
「世界からの期待は大きいが、自信のない日本の経営層」という構図が浮き彫りになっている。
[出典]「2016 GEグローバル・イノベーション・バロメーター」(日本語版)
https://www.ge.com/jp/sites/www.ge.com.jp/files/2016-GE-Global-Innovation-Barometer-Japan.pdf
同上 国際版
http://www.gereports.com/innovation-barometer-2016/
また、これはIoTだけでなく、イノベーション全般(特にオープンイノベーションについて)に対する日本企業の現状を分析したNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「オープンイノベーション白書(初版)」によれば、国内大企業におけるイノベーションを阻む阻害要因として
イノベーションンbの目的に対する理解(不足)
イノベーションに取り組むための組織体制の構築(の遅れ)
外部から獲得すべき経営資源または外部で活用すべき経営資源の把握(不足)
連携先の探索(不十分))
連携先との関係構築(の遅れ)
の5点を仮説要因として列挙している。

イノベーション創出環境整備に向けた取り組みステージと日本企業の現状(仮説)
イノベーション創出環境整備に向けた取り組みステージと日本企業の現状(仮説)

かつてイノベーションにより新たな市場が創設され、それが普及するまで長期間を要することが多かった。しかし近年、この速度が急激に早期化している。たとえば、「通信手段」に関しては、電話が発明されてから普及率10%を超えるまで76年掛かったと言われている。これがファクシミリは19年、携帯電話は15年、パソコンは13年、インターネットは5年だった。スマホにいたっては3年未満で10%を超えている。
[出典]平成27年版情報通信白書 総務省
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/h27.html
このように、画期的な技術が開発され、広く認識され、利活用されるまでかつて長期間を要したが、現在はイノベーションの果実を獲得するまでのレースは短期化している傾向にある。

かつて、Google創業者のEric Schmidtは、2009年米国カーネギー・メロン大学での講演でこのようにスピーチした。
  • 「イノベーションを計画することはできない」
  • 「発明を計画することもできない」
  • 「できることと言えば準備ができた状態でいい場所にいけるよう最大の努力をすることぐらいだ」
    (そして人とのつながりの重要性を説き、)「パソコンから離れて人と会いなさい!」
    [出典]Eric Schmidt's Keynote Speech
    https://www.youtube.com/watch?v=xiYwUde3wNo

◆まとめ

以上、これら3点の問題は相互に依存し合う。マネタイズの問題がクリアにならないため事業会社のマネジメントがなかなか投資に踏み切れない、という構図でもあるし、後々利益を生み出すかどうかわからないことに時間も金もかかる人材投資をする余裕はない、ということが本音かもしれない。それが、挑戦意欲が高まらない要因になっているともいえる。
しかし、マネタイズが容易であれば誰もが参入するだろうし、リスクが低く成功の可能性が高いビジネスなど存在しない。反対にリスクが高くても人々の期待が大きければ投資も呼び込めるかもしれない。かつて不動産バブルに踊った日本は失われた20年への道を突き進み、デフレ状態になったまま20年以上、実質GDPはほとんど上昇していない。

主要国のGDP規模の推移
主要国のGDP規模の推移

[出典]経済産業省 通商白書 平成28年度版
http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2016/2016honbun/i1110000.html
先に引いたように、日本は世界から『イノベーションでもっとも期待する国』として最上位にある。IoTに今後積極的に取り組み、名実ともに「イノベーション・チャンピオン」として世界のIoT市場に貢献していくことを切望する。

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