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「ALM(Asset Liability Management)の考え方(その3)」

2011.01.02 さくら情報システム株式会社  遠山 英輔

あけましておめでとうございます。本年もご愛読のほど、宜しくお願い申し上げます。

銀行ALM( Asset Liability Management:資産負債総合管理)の考え方を少し一般化しながら、IFRSにおける財務戦略まで視野に入れてお話を進めて参りました。今回は最終回(第3回)、PDCAサイクルの話になります。

<アジェンダ>

第1回  1.ALMのターゲット (9月号)
第2回  2.組織と態勢の設計 (11月号)
第3回  3.PDCAサイクル(銀行ALMの実際)

3.PDCAサイクル

今回も銀行の“狭義のALM”、すなわちバンキング勘定の金利リスクをターゲットとしたストーリーを前提に話を進めたいと思います。前にもお話をしたように、銀行においては金利リスクが収益とリスク管理上の最重要のファクターとなることからターゲットとするわけですが、業種・業態、事業の方針によってこのターゲットは、為替、市況、天候、カントリーリスク、など、その企業のクリティカルファクターとすればよいということになります。
銀行におけるALMは、一般的にはCEO(頭取)を委員長とするALM委員会が推進母体になります。企画部門、営業部門、市場部門、リスク管理部門などの関連部署が主要メンバーとなり、経営環境、リスク認識などを共有することを出発点に、組織全体で整合的なオペレーションのPDCA(Plan、Do、Check, Action)のサイクルをまわしてゆきます。(組織の議論については11月号をご参照ください)
実務的には、計画の前提となる環境や市場予測などの前提条件を共有した上で計画を策定(メイン、サブ、ストレスなど数パターン)し、これを年度→半期→四半期→1ヶ月→一週間など適宜の管理サイクルにブレークダウンしてPDCAをまわしてゆくという姿が基本になります。計画の具体的内容の例を挙げると伝統的な残高計画などはもちろん

・ ボーナス預金キャンペ-ンは1年定期で取り入れるか3年定期で取り入れるか?
・ 有価証券の買い増しは国債か社債か?その年限はどれくらいか?
・ 全体として金利リスクを積極的にとって収益を追求するか安全策でゆくか?

などきわめてダイナミック(動的)なものになります。
金融市場は生き物で時々刻々変化している上に、突発的なこと(天災、人災など)も起こる可能性を考えると、緊急時の現場の裁量の範囲をはっきりさせ、こうした変化を管理サイクルの中で微調整しながら巻き取って進めることが、ALM運営を生きた血の通ったものにする上で不可欠になります。

(1) 計画の策定(P:Plan)

計画の最初のステップは、計画の前提となる環境、特に金利シナリオをALM関係者の間で共有することになります。このシナリオは、各部門が業務計画を立てる際のベースとなるのできわめて重要です。事業計画を立てるにあたり、各部署の環境や金利シナリオの認識がそろっていないと個々の計画の間の整合性が取れなくなるばかりか、無用の(あるいは意図せざる)リスクを抱え込むことも考えられます。前提となる外部環境シナリオは政治・経済のマクロの動きから、最終的には金利を主体に株価・為替など主要なKRF(Key Risk Factor)も含めたシナリオにまで落とし込みます。通常、メイン、サブ、リスク(極端なシナリオ)など数パターン用意し、想定する発生確率でウエイト付けしておきます。いずれにしても、現場が計画を立てる際に考え落としが許されない要素をカバーできていればベターです。
計画は、そもそも経営計画が設定されているという前提に立てば、それを具現化する形で立ててゆくことが基本になります。銀行の場合には、一般にこの計画は貸出や預金集めなどの「量計画」(量運営)が普通です。貸出や預金は期日がくれば返済・引き出しになり、その一部は成行きで継続されることが期待できるので、継続分を合理的に見積もった上で、新規取引を取って計画残高にもってゆくという考え方をするのが一般的です。この、量計画は金利シナリオにかかわらず共通とするケースもあれば、金利シナリオに応じて量計画を変えるという考え方もあります。
最終的には、外部環境(金利シナリオ)と量計画を掛け合わせた複数のシナリオを計画のベースとすることになります。また、将来の金利をモンテカルロシミュレーション(注)の手法を使って確率的に表現し、量計画に基づき将来の収益のブレをも表現するEaR(Earning at Risk)という手法も参考指標として活用されます。
新規取引においては、預金、貸出、有価証券の売買ともに、どの期間を中心に行うか、ヘッジ取引をどれくらい行うか、究極的にはリスクをとって収益を狙いに行くか、リスク回避策でゆくのかなど、新規取引の質がポイントになるのは言うまでもありません。当然、これは予め設けられたリスクリミットを睨みながら決められることになります。

(注)モンテカルロシミュレーション
乱数を使って行う多様なシナリオをシミュレーションする手法。不確実性が高く、無数のケースが想定されるような対象(数値)がどの程度の幅に収まるかを統計的に表現できる。金融工学の核ともいえるテクニック。

(2) オペレーション(D:Do, C:Check)
→計画のブレークダウンと権限規定

計画は、通常は管理サイクルに合わせて、より短い期間のものに適宜ブレークダウンします。四半期計画は半期計画に、月次は四半期に、週次は月次に... と、それぞれ従属する形が基本になり、刻々と変わる環境に応じて微調整を繰り返して行くことになります。
一般に、より短いスパンの計画のほうがより実際的・具体的なレベルとなり、例えば調達の実施計画などDoの内容をより具体的に定めることになります。計画期間終了後は速やかに総括を行い、以降のサイクルの計画に順次反映してゆきます。計画とのギャップについては、要因分析が不可欠の前提となります。
また、Checkにおいては、ALM委員会のオペレーションといえども、予め設けられたリスクリミットの範囲内で行うことが求められる点がポイントです。ALMがこの範囲内で計画され、実際のオペレーションがそのリミットを遵守して行われているかを、常にリスク管理部署などの独立した牽制部門がモニタリングを行います。

(3) アクション(A)
→計画の適時修正

問題は、突発的な事故や市場の環境変化などで、例えば目先一週間のオペレーションをやる上で、より上位レベルの計画を逸脱したり(たとえば月次計画の前提や計画など)や、環境変化で上位計画そのものを再策定したりする必要が出るようなケースです。
具体的には、通期計画そのものを見直す必要があり経営層の参加するALM委員会を開かねばならないがその開催までの間をどうするか、などといったことは常に想定しておくべき事態です。前回の話で書いたように、こうした場合の緊急時オペレーション権限委譲などはBCPとあわせてしっかりと行っておく必要があります。

3回にわたり、銀行のALMを念頭に書いてまいりましたが、この手法自体は何も銀行に限らず様々な業態でも適用可能なものでありますし、実際「そんなことはもっとちゃんとやっているよ」という会社も多いのではないかと思います。
ただ、銀行においてはやり方のよしあしは別にして、こうした管理手法そのものは、COSOの内部統制フレームワークによって定められている金融庁の「検査マニュアル」に基づき当局からモニタリングされているという点を改めて指摘しておきたいと思います。この観点から、こうした考え方、組織や権限、管理の手法、等は、経営管理手法の一つのモデルケースとして参考にしていただけるとよいのではないかと考えています。
最後に付け加えれば、同じWEBマガジンの中でIFRSについても議論をさせていただいていますが、今後金融以外の業態においても包括利益概念と時価評価がより徹底して求められることから、バランスシートが大きく時価でぶれることが想定されます。(バランスシートのボラティリティ(=変動性)が高まるという言い方がされます。)IFRSを念頭においたバランスシート管理(時価とリスクを飼いならす!)という観点で、こうした手法を考えてみるのはERM(Enterprise Risk Management)の観点も含めて有益ではないでしょうか。

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