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「なぜマーケティングが重要なのか?(3)― マーケティングの全体像(上) ―」

2013.11.11 株式会社オージス総研  水間 丈博

◆マーケティングの全体像

 本連載1回目にマーケティングはマネジメントに近い概念と述べました。ですから「全体像」などと言うのはおこがましくマーケティング全体を絵にすることは"マネジメント"を絵にするに等しい冒険になってしまいます。しかし敢えて考え方のプロセス、対象、主な手法の大枠を抜き出すとすれば図4*1のような体系になると考えます。今回は、この体系にしたがってマーケティングの全体像を解説します。

マーケティングの全体像
図4 マーケティングの全体像

*注1:
1980年代以降に、マーケティングで定着したと考えられる用語のみを使用し筆者が構成。

(1)「企業コンセプト」

 企業コンセプトは、企業理念と企業使命(存在理由:レゾンデートル)を筆頭に経営方針や経営目標などで構成されます。特に企業使命と理念を定義する"我々はどのような使命をもって誰を顧客としてどのような事業を行うか?"は、重要なポイントの一つです。その理由は、こうした理念が企業で働く人々の基本的なモチベーションとなり、一人ひとりが顧客に対する基本姿勢を形成し、競合企業との相違点を理解する源となるためです。経営理念は経営ビジョン、経営戦略、経営計画へと繋がっていきますので、当然マーケティング施策にも反映されることになり、社員一人ひとりが理解しておくことが求められます。ここがぶれていると、企業としての一貫性を失い事業収益に多大な影響が及んで顧客の信頼を失う結果となり、新しい施策を打っても"笛吹けど踊らず"・"仏造って魂入れず"といったことになってしまいがちです。*2

*注2:
前回セオドーア・レビットの論文『マーケティング近視眼』*2-1を紹介したが、他の事例としてハリウッドが挙げられている。ハリウッドの映画業界は自らをエンターテイメント産業と定義せず、芸術的な映画を提供する産業と定義していたために、後に隆盛となるラジオやテレビに市場を奪われ、停滞を招いたと評している。映画づくりのプロセスがテレビドラマを制作するプロセスに応用できるにも関わらず、演出家、俳優などのネットワークも活かすことなくテレビ業界を脅威と捉えた結果、自らの衰退を招く結果となった。
*注2-1:論文は有料で頒布されている。(http://hbr.org/2004/07/marketing-myopia/)

(2)「調査/分析」

 マーケティングの「調査/分析」は、マーケティング機会分析とも呼ばれます。この目的は、企業にとっての市場における参入機会や事業拡大の機会を、市場そのもののポテンシャルや自社のコア・コンピタンス、競合や取引先などの社外プレイヤーなど様々な要素を総合的に判断して、より効率的で確実性の高い投資機会を発見することにあります。その対象は外部環境と内部環境に大きく分かれ、外部環境は社会情勢や人口動態などのマクロな条件から業界内部の市場動向、顧客の動向などミクロなモノまで広範におよびます。内部環境は主に自社の資源・技術・強み・弱みなどを競合との対比によって分析することが主体です。市場リサーチは、市場機会の探索や製品化の意思決定手段としてよく利用されます。リサーチ手法は定量法、定性法、観察法など様々な手法があり、分析手法についても、テキストマイニング、データマイニング、コンジョイント分析など数多くの手法があり、それぞれITツールも販売されています。
 現在は各種のBA/BI(Business Analysis/Business Intelligence)ツールが市場に出回っています。Hadoopや非構造型データに対応するDBMSの普及もあり、大量データ(顧客取引データ、SNSデータ、位置情報データなど)を分析してマーケティングに活かす活動が盛んに進められています。

・3C分析について
 調査/分析の中でもっとも重要であり、また一般的に広く活用されている手法は3C分析でしょう。「3C」とは「企業(自社)Company」・「顧客Customer」・「競合Competitor」の頭文字をとった俗称で、企業戦略やマーケティング戦略を考えるベースとなるものです。これは「調査・分析フェーズのまとめ」とも言うべき必須の作業であり、マクロ分析とミクロ分析で収集したデータを客観的に評価することにより自社のマーケティング戦略の方向性を定める作業になります。
 「自社分析」は自社の売上構成・シェア・強み・弱み・人的リソース・技術的可能性・ブランド力などを、「顧客分析」は市場規模・市場動向・顧客嗜好の推移・成長性などを、「競合分析」では競合の数・市場参入難易度・競合先別についても自社同様にシェア・技術力・強み・弱み・販売戦略・広告戦略などを分析します。

・顧客分析について
 顧客分析の目的は市場規模や顧客嗜好性を把握して自社の事業計画に活かすことです。顧客分析は、"市場"という枠組みからデモグラ(デモグラフィックの略)と呼ばれる最もベーシックな性別・年齢層別・居住地域別などの各種人口動態統計属性に基づく分類からスタートすることが定石ですが(現在もコンビニのレジではこうした属性の一部が入力されています)、消費者の購買決定プロセスに基づく分類や、既存顧客向けの個別マーケティング技術(行動ターゲティングとも呼ばれます)が進展し、現在では顧客の意識/無意識を問わず潜在的なニーズである"インサイト"を探る試みにまで発展しています。要は"顧客が求める価値観は何か?"にどこまで迫れるかが顧客分析であり、"発見された顧客の価値にどこまで我々は近付くことができるか?"が次の計画段階のテーマになってきたといえます。

(3)「計画/実行」

 調査と分析を経て、具体的なマーケティング計画と施策を立案し、実行、結果のモニタリングまでを実施するフェーズです。新製品のマーケティング計画立案の第一歩は「セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング」(STPとも呼ばれる)です。
 STPは大変重要な作業になります。セグメンテーションは、市場を区分する行為であり、ターゲティングは自社がどのセグメントを狙うかを決定する行為であり、ポジショニングはそこで自社の新製品やサービスをどのように顧客にイメージ(認識)してもらうかを設計する行為になります。図5に概念を示します。

セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング概念
図5 セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング概念

・セグメンテーション
 セグメンテーションは"同質のニーズを持つと類推できる顧客群"で市場を分割します。例えば、マンション市場であれば富裕単身者層、富裕家族層、中間ファミリー層などに分け、それぞれ都心タワー型、山の手高品質型、郊外ファミリー型などのマンションを勧めることに繋がります。
 留意点は「顧客視点」で分割することです。ただし分割が粗ければ競合との差別化が困難になり、分割が細か過ぎると市場規模が矮小化する上に到達コストが高くなるとう二律背反性を持っているため、専門家でも常に悩んでいるのが実態です。現在は顧客ニーズの多様化が進行して久しく、特に競合の激しい食品やアパレル業界では既存市場をセグメント化する余地がほとんど無くなっているといわれ、熾烈な新カテゴリー獲得競争*3が繰り広げられているのはご存知の通りです。

*注3:
セグメントの枠を超えて新たな市場領域を開拓する動き。国内スポーツ飲料市場を開拓した大塚製薬の「ポカリスエット」、第三のビールのカテゴリーを開拓したサッポロビールの「ドラフトワン」などが有名。

・ターゲティング
 ターゲティングとは、自社の製品やサービスを市場へ投入する際に、どの標的市場を狙うかを決定することです。この決定の際には、セグメント化された市場の規模やそのセグメントの競合状況、そこで自社の強みが活かせるかどうか、などを総合的に判断することになります。この時、前フェーズの「調査/分析」で収集したマーケティング機会分析データが必須となるのです。ターゲティングの留意点は、"絞り込むこと"にあります。ターゲットを定めたなら、そのターゲットの顧客を継続的に深く理解することが必要になります。場合によっては市場の反応を見て製品仕様を素早く変更することも求められます。ターゲティングはこの後のマーケティング施策の実行に大きく影響するため、ターゲットを曖昧のままにスタートすると、予算や人的リソースが分散され、想定した成果に結び付かないおそれがあります。

・ポジショニング
 ポジショニングとは、ターゲットセグメントの中の顧客に自社や自社の製品、サービスをどのように認識してもらうのかを定めることです。換言すると、"顧客の心の中で自社や自社製品の独自のポジションをイメージしてもらうようにデザインすること"です。セグメントの中では競合がひしめいていることが通常ですので、顧客には競合と違うイメージを持ってもらう必要があります。さらにいえば、「市場差別化」とは"顧客の心の中のイメージの違いを演出すること"にほかなりません。
 例えば、「吉野家」は"早い、安い、うまい"であり、「VOLVO」は"安全性と耐久性"であり、「コカ・コーラ」は"スカッと爽やか"であったりします(イメージの個人差はありますが、このように理解している人は多いと考えられ、それが企業の狙いでもあります)。
 留意点は、"顧客の心の中で思ってもらいたいこと"と"実際に顧客が心に生成するイメージ"の間には多かれ少なかれ差異が発生することです。したがって、ここでも"顧客指向"の考え方と"顧客のインサイトや本音"に迫る努力が必要になるのです。継続的なリサーチを実施し、ポジショニングを変えるか、製品やサービスの仕様を微調整するなどの対策により顧客を逃さないように工夫することが欠かせません。

 ポジショニングを検討する際には、既存自社製品の分布や競合製品と対比させた「ポジショニングマップ」を制作することがあります。一般的な事例を以下に引用します。
 ここでは"何をポジショニングの軸とするか?"が良く課題になります。通常は調査/分析で得た製品属性のうち、競合との差異を最も大きく反映する属性や、顧客嗜好分類などが取り上げられますが、別々の指標(軸)で多面的に評価されることもあります。

女性向けカジュアル衣料品市場のポジショニングマップ
図6  女性向けカジュアル衣料品市場のポジショニングマップ出典:『マーケティング入門』小川孔輔 日本経済新聞社(2009)

日本酒の製品ポジショニングマップ
図7  日本酒の製品ポジショニングマップ
出典:『越の誉オンラインショップ』 http://homare.ir.shopserve.jp/SHOP/88808/list.html

 このようにSTPは、企業の産みだす製品やサービスを無駄なく的確に求める顧客へ供給するために必須の準備作業であることがお分かり頂けると思います。軍艦の砲撃に例えれば、方角・距離・仰角(更に発射後着弾するまでの時間に標的が移動する距離と方角を加味する)を定める行為に相当します。この準備段階が不十分な場合、"下手な鉄砲"になってしまい、貴重な企業リソースを費消した上に"マーケティング効果が出ない"といった結果になります。
 次回は図4の中のマーケティング・ミックス(4P)と顧客視点の4Cなどを掘り下げます。

参考
『MBAエッセンシャルズ マーケティング』野沢誠治著・バルーク・ビジネス・コンサルティング編 東洋経済新報社(2003)
『図解 実戦マーケティング戦略』 佐藤義典 日本能率協会マネジメントセンター(2005)
『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント第4版』Philip Kotler プレジデント社 (1983)
『マーケティングリサーチ』石井栄造 日本能率協会マネジメントセンター(2001)
『マーケティングDB』JMR生活総合研究所
http://www.jmrlsi.co.jp/mdb/index.html

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