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「なぜマーケティングが重要なのか?(10)― 最新のマーケティング(1) ―」

2014.06.18 株式会社オージス総研  水間 丈博

前回4回にわたり「現在のマーケティング」として従来型マーケティングの考え方に基づきながら改良・工夫を加えつつ現在に引き継がれている代表的なマーケティング方法に着目しました。
今回から『現在~将来のマーケティング』に視点を移し、現在主流となっている(なりつつある)新しい考え方を見ていきます。最初に「マーケティング3.0」を取り上げます。

◆マーケティング3.0

(1)マーケティング3.0の成り立ち

「マーケティング3.0」は著名なマーケティング学者であるP.コトラーと、インドネシアの二人のマーケティングサービス会社の専門家であるH.カルタジャヤ,I.セティワンによって2010年"MARKETING3.0:From Products to Customers to the Human Spirit"として発表されたものです(邦訳版は2010年9月出版)。
2000年頃を境にそれまで進化してきたWEBマーケティングやモバイル向けマーケティング、その後出現したSNSの爆発的普及による口コミの影響など、情報通信やインターネットを介した消費者相互の交流が活発化し、それが4大メディア中心だった広告業界の勢力図にも影響を与え始めるなど、従来型のマーケティング施策がなかなか通用しない時代になってきました。マーケティングの専門家達は時代の変化に気付いていましたが、様々なマーケティング戦略の提案がなされる一方で、どうすればよいのか考えあぐねている状況でした。
こうした閉塞感をシンプルに「マーケティング1.0/2.0/3.0」と整理することで打破し、新たなマーケティングの道筋を示したものがこの著作でした。この著作は数々の事例や研究に基づく説得力の高いもので、その後のマーケティング論に大きな影響を与えました。「マーケティング・マネジメント」など、網羅性を追求してきた大部の著作で知られるコトラーが、"SPIRIT"(日本語では精神、魂と訳されることが多いですが、心(こころ)と解釈するのが適当と思います*1)と言い始めたので、読者に衝撃と戸惑いをもたらした面もあるようです。以下にその要点をまとめてみます。

「コトラーのマーケティング3.0」P.19より
図17 「コトラーのマーケティング3.0」P.19より

この図が「マーケティング1.0」から「マーケティング3.0」の変遷を整理した著名な一覧表です。

これを「供給者(企業)」と「消費者(顧客)」との関係に着目し、さらに典型的なマーケティング着眼点と主題を置くとすれば以下のような図になります。

マーケティング1.0からマーケティング3.0への供給者対消費者の関係の変化
図18 マーケティング1.0からマーケティング3.0への供給者対消費者の関係の変化

「マーケティング1.0」は供給者から消費者への一方通行で、矢印も漠然と消費者、すなわち市場に向かっていました。これが"製品中心マーケティング"による「製品志向の時代」です。
「マーケティング2.0」になると供給者から個々の消費者への矢印が独立し、しかも一方通行ではなくなり、消費者側からも向く両矢印に変化しています。個人の嗜好や興味を追求するマーケティング(マーケティング・リサーチや会員登録した顧客向けのOneToOneマーケティングなど)で消費者の声をできるだけ忠実に取り上げようと言う動きが活発化し、双方向性が加味されたのです。これが"消費者志向マーケティング"による「消費者(顧客)志向の時代」です。

*注1:
原典訳第一章を「創造的社会の時代とスピリチュアル・マーケティング」と訳したのは不適当と考える。なぜなら、原文では"The Age of Creative Society and Human Spirit Marketing"である。「スピリチュアル」では別の意味になる(日本語では多義に解釈されるが"心霊的"といった意味が加わって、現在ではそれが主要な意味で解釈されている。英語では"黒人霊歌"の意味で使われることが多い)。"Spiritual Marketing"をそのまま訳したように見えるが、このような英語は存在しない。したがって本稿では"心の"、"精神の"または"スピリッツ"とする。

(2)マーケティングの新時代へ

そして「マーケティング3.0」は「多数の個々の消費者対多数の供給者」という構図になりました。さらに大きな変化は、消費者同士が横に連携し始めたことと、供給者側も横に連携し始めたことです*2。そして世界は必然的に「Marketing3.0」に向かっており、その理由として3つの時代の変化が今日のビジネス状況を形作っているためと説明しています。それが「参加の時代」・「グローバル化のパラドックスの時代」・「創造的社会の時代」です*3
そして新たに要請されるマーケティングは「協働マーケティング」、「文化マーケティング」、「スピリッツマーケティング」の3つであり、これを融合したものが「マーケティング3.0」になると言っています。

Marketing3.0の将来モデルには3つの「i」

が必要で、さらにその根底には

の裏付けが欠かせないとしています*4

これは何を意味しているのでしょうか。「消費者が企業よりも見知らぬ他人を信用する時代には本物でないブランドは生き残る可能性はまったくない」とも言いきっています。
簡単に言えば、消費者や顧客の「信頼を得ること」こそがマーケティング以前に企業存続の条件になると言うことでしょう。3つの「i」はそれぞれ「完全性:誠実に約束を果たすこと」「消費者のエモーションを掴む」「消費者のマインド内のポジションをえること」を意味し、いわば企業側が果たすべき役割を示しています。しかしそのためには企業側が「ミッション」「ビジョン」「価値」をしっかりと定めなければならないと説いているのです。これが成功すると、人々の心の中にブランドが確立すると同時に、(ある意味何もしなくても)消費者側からアプローチしてきてくれることが期待できます。特別な宣伝や広告は要らなくなるのです*5
一方で、「そうなるとブランドは企業を離れ消費者のモノとなり、企業はブランドをコントロールできなくなる。できることは、自社の行動をブランドのミッションと一致させることだけである。」という形に移行するとしています。これが消費者に対する"ミッションのマーケティング"と呼ばれるものです。このレベルになると、企業がブランドを修正しようとしても消費者がそれを許さない、ということが起こります。その実例としてコカコーラとIKEAの事例が挙げられています*6

もはや
「マーケティング≠販売やツールを使った需要の創出」
であり、
「マーケティング=顧客の信頼を取り戻すための重要な頼みの綱」
であることが示されます。
*注2:
消費者はSNSなどで友人と繋がり、またコミュニティなどで繋がり、さらに口コミサイトや商品レビュー記事などにより他人とも繋がり始めた。供給者側(企業)も、かつて垂直統合形態(製品開発から販売まで自社で手掛ける)では多様な市場ニーズに対応できなくなり、市場もニッチの集合体と変化したこともあって、得意分野に集中化する動きが加速し、不足部分は企業提携やアライアンスで調達する(場合によっては競合企業からも購買することも珍らしくなくなった)ことが増え、企業間の連携も進み始めた。

*注3:「3つの時代」がなぜ新しいマーケティングに関係するのか?

<1>「参加の時代」:例示としてネットワーク、SNS、オープンソース、ブログ、ウィキノミクス、クラウドソーシング、オープンイノベーションが挙げられる。"協働すること"の場が提供され、世界中の人々が参加し新たな価値を創造する環境が整ってきた、といえる。
<2>「グローバル化のパラドックスの時代」:T.フリードマン対R.サミュエルソン(地球はフラット化したのか、まだ丸いのか?)の例が引かれる。"グローバル化は脅威でもあり、諸国は国内市場をグローバル化の影響から守ろうとする。つまりグローバル化はナショナリズムを呼び起こす。"という矛盾を示す。日本が現在TPP参加の瀬戸際にあって、国内反対勢力も結集している現状がまさにこれと同じ構図である。この指摘はさらに
  • 民主化の進展と非民主国の同時台頭(政治的パラドクス)
  • 経済のグローバル化と経済的不平等の深化(経済的パラドックス)
  • グローバル文化の生成と伝統的文化の強化(文化的パラドックス)
に分類されるとする。
AMA(米国マーケティング協会)は、2008年「マーケティングの定義」に「社会」を加え改訂した。"ソーシャルの時代"と言う副題は正しいと考える。
人々は相反する価値観の中で迷いつつ(または何事も無かったように)生活する。グローバルブランドの製品を使用しながら、ローカルな文化を伝える製品を愛用する。そうした社会的背景を理解することがマーケティングには必要になる。国家や時代によりそうした背景が刻々と変わるので、無視することがリスクになるのだ。ある時・場所でヒットした手法は場所が変われば使えない。70年代のCMが現代では通用しないように。
<実例>
  • 愛車はベンツだが、自宅では宅配で取り寄せた琉球泡盛を愛飲するビジネスマン
  • 茶道の師範だが、普段はiPhoneを駆使しながらネスカフェも飲む女性
マーケティングはかつての「市場に相対する」概念を超え、最も「社会」と対峙しなければならない時代となった。
<3>「創造的社会の時代」:人間社会は「狩猟社会・農耕社会・肉体労働社会・知識労働社会・創造的社会」の順に発展し、現在の「創造的社会が社会発展の最も進んだ姿」とする。そのため"左脳から右脳へ・創造型人間と共感型人間が中心に"なることが必然であり、クリエイティブな人が多い地域は成長率も高い、という。自分たちの創造性が発揮され、精神の安定や感動させる経験とビジネスモデルが求められる=「価値主導のビジネスモデル」が主流になる。
従って、「クリエイティブな人と同じく、企業自身も物質的経済的な目的を超えた自社の自己実現について考えるべき時が来た。"我が社はどのような会社であり、なぜ事業を行っているのか?"を問うべきであり、"どのような企業になりたいのか?"を把握していなければならず、それを"企業のミッションやビジョンや価値に埋め込まれていなければならない"。企業が人々の幸福にどのように貢献しているかを消費者が認識すれば、利益は自ずとついてくる。」これがスピリッツマーケティング、すなわち精神に訴えるマーケティングの意味である。
*注4:
Brand integrityは「ポジショニングと差別化」、Brand imageは「ブランドと差別化」、そしてBrand identityは「ブランドとポジショニング」で構成される。Marketing3.0は、従来型マーケティングであるMaeketing1.0とMarketing2.0を踏まえた(前提とした)考え方であることがわかる。
*注5:
SNSの発展で、良い製品やサービスは口コミで瞬時に拡がる(逆の場合もまた同様になる)。比較サイトで勧めてくれる。盛んにディスカッションされる。これはお金が掛からない広告のようなものとする考え方もあり、これをマーケティング手段として採用する企業もある。
<参考>「バイラル・マーケティング」
http://ja.wikipedia.org/wiki/バイラル・マーケティング

<参考>「マーケティング活動を進めることで営業が不要になる3つの理由」
http://u-note.me/note/47493580
*注6:
もう一つ世界的なチョコレートメーカー「ハーシーズ」の例がある。1894年に米国ペンシルバニア州ハーシーで創業した「ザ・ハーシー・カンパニー」は米国最古のチョコレート製造会社。2002年に会社身売りの噂が街に流れた時、従業員や街の人々は大反対運動を繰り広げた。ハーシー社は創業以来会社の発展に伴って街に学校、協会、病院などを建設してきた。歴史的に会社と街は一体のものだったので、住民は深い誇りと愛着を持っていたのだ。結局身売り話は無くなり人々は安堵した。住民がブランドを守ったのだ。
<参考>http://www.sanyo-gravure.co.jp/excellent/hershey.pdf

(3)ブランドのミッション(優れたミッションは例外なく変革や変貌をもたらすことをめざす)

優れたブランドは優れたミッションから出発する、と説いています。一方で、熟考されたミッションを掲げている企業は稀で、実際は策定することは難しく多くの企業はありきたりの美辞麗句を掲げているだけだとの実体験に基づく警告も発します。優れたブランドのミッションは「消費者の生活を変える新しいビジネス観を打ち出すべき」であり、それには3つの原則

  1. 「普通ではないビジネス」*7で創造性を喚起
  2. 「人々を感動させるストーリー」で価値観を普及
  3. 「消費者エンパワーメント」でそれを実現(拡散するとも言えるでしょう)

が必要と言います。ここに大きな示唆があり、「人々を納得させる方法」として

と言えるようです。
「消費者カンバーセーション(消費者同士で語ってもらうこと)」が促進されると、これは"新たな広告"とも言える機能を果たすことがAmazonの事例を引いて示されます*8

*注7:
「普通ではないビジネス」として、数々の事例が挙げられている。(IKEA、ヴァージン、アップル、アマゾン、ウィキペディア、フェイスブックなど。)
*注8:
例えばAmazonは書籍の読者のレビューが示され、五段階で評価数が見られる。時には、読者同士で激論が戦わされることもあり、読み手は興味をそそられ議論の輪に入りたい誘惑に駆られることもある。良い評価も悪い評価もフィルタリングされること無く開示されているので信頼感を醸成する。これは大変有効な広報活動と見なすことができる。

(4)社員に対する価値のマーケティング

さらに「社員に対する価値のマーケティング」の重要性が説かれます。
従来、企業は市場すなわち顧客こそが最上のもてなしを受けるべきであり、顧客さえ満足すればたとえ企業内部の労働環境や労働条件が過酷であってもそれは止むを得ない、従業員がどう感じるかは無関係、と言う考え方が主流でした。しかし、もはやそのような考え方では通用しなくなりました。

"共通価値:コアバリューとは何か?"として"4つの価値"が示され、

価値と行動を一致させる:企業の役割は何か?

  1. 価値を弱める慣習を改める
  2. 行動を直接価値に結び付ける仕組みを創る

と説きます。ブランドのミッションは顧客へ変革を約束し顧客のブランドイメージに沿った行動を継続する限りにおいて存続(成長するとは限りません)が期待できますが、今やそれは顧客だけのものでは無く、従業員すべてが価値観を共有し、心から企業の活動に喜びを見出す仕組みにしなければミッションは果たされないことを示しています。

昨今、日本でも"ブラック企業"が注目され、有名企業であってもブラック度合いが明らかになると人材が流出し、売上も伸びないことが実例として挙げられています。「自社の価値に背く企業は社員からも顧客からも叩かれる」時代となったのです。

(5)10の原則

終章では「Marketing3.0」のための"10の原則"が示されます。

 

この原則はMarketing3.0で示された総括と言えるものであり、"自己のミッション・ブランドのためのQCD改善の弛まぬ努力・顧客と共に成長する・フェアな取引を心がける・変化を受け容れ、自身を変革させる"、といったメッセージにまとめられると思います。ことマーケティングに関しては、かつての「競合優位を確立することが最優先」といった時代とは隔世の感があります。

(6)BtoBはどう変わるか

最後に、Marketing3.0のBtoBへの影響を考えてみましょう。
本連載でも「BtoB」「BtoC」を分けて論じていますが、マーケティングの本質的には違いはあまりないと考えます。個人の消費者は購買動機が理性的判断によることも感覚的判断に依ることもあるでしょう。一方、BtoBでは基本的に合議制ないしは評価指標や原則に基づいた購買意思決定が行われます。換言すると

  1. BtoBでは合理的・理性的判断に依ること
  2. 意思決定者が一人とは限らないこと(むしろ複数であることが多い)

の違いがあるだけと考えられます。ただ、意思決定機関の構成要素は個人です。人間としての個人を中心に考える必要があることはBtoCと何ら変わりません。従ってBtoBでもMarketing3.0と同様の考え方が必要になると考えられます。ただ、個人ごとの"理性的判断の拠り所(社業の発展・部門課題の解決・個人の思惑の達成など)はそれぞれ異なるので、重層的な説得方法が必要になるでしょう。

*参考:
「B to Bのマーケティングは何が難しいのか?」 http://kmo.air-nifty.com/kanamori_marketing_office/2009/03/b-to-b-c9d6.html
BtoC:「嗜好性」「習慣性」「美意識」など非論理的合理性が入り込む余地が大きい
BtoB:「経済合理性」「課題解決能力」など論理的合理性で判断される⇒QCDが満たされることとほぼ等しい。
さらにDMU(Decision Making Unit)を説得することが必要だと述べている。

 

(7)まとめ

今回はマーケティングの学者や実務者に大きな影響を与えた「Marketing3.0」に焦点をあてました。本書の副題は「ソーシャル時代の新法則」ですが、"ソーシャル時代"とはどういうことなのか、社会変革の様子から解き明かしそこに置かれるマーケティングと企業の新たな行動原理を解き明かしたと言う意味でも画期的でもあるのです。

次回は最近注目を浴びているオムニチャネル(O2O=Online to Offline)を取り上げます。

参考文献:

Philip Kotler, Hermawan Kartajaya and IwanSetiawan (2010). MARKETING3.0:From Products to Customers to the Human Spirit (フィリップ・コトラー監修 (藤井清見 訳 恩蔵直人 監訳)(2010)『コトラーのマーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則』朝日新聞出版)
『マーケティング2.0』渡辺聡ほか著 翔泳社(2006)
(補足) コトラーのMarketing3.0の前作と見紛うが、WEB2.0の流行を受けて"メディア・広告"の観点から研究された国内の著作。コトラーの言う[Marketing2.0]とは全く意味が異なり、"顧客との関係性の見直し"や"口コミコミュニティの重要性"、"共創"、"ユーザーエクスペリエンス"などに着目しており、現在のマーケティングの現状を先取りしていた。
Daniel Pink "A Whole New Mind" (『ハイ・コンセプト』大前研一訳 三笠書房 2006)(補足)本稿「(2)マーケティングの新時代へ」で触れた「創造的社会の時代」が到来したことを論証する書。次代は「コンセプトの時代」となり、左脳の論理的思考に加え右脳の創造性が社会で求められるとする。右脳的資質として求められるのは、「6つの感性」であり、それは
  • 「機能」だけでなく「デザイン」
  • 「議論」よりは「物語」
  • 「個別」よりも「全体の調和」
  • 「論理」だけでなく「共感」
  • 「まじめ」だけでなく「遊び心」
  • 「モノ」よりも「生きがい」

と説いている。

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