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「サービスデザインにおける顧客経験価値の考察」

2014.05.16 株式会社オージス総研  竹政 昭利

 サービスデザインでは顧客経験価値が重要になります。そこで、『新訳 経験経済』※1を参考に、顧客経験価値について見ていきたいと思います。
 この本は2000年に出版された書籍です。2005年に再出版されました。少し昔の本ですが、内容は今読んでも、全く古くなっていません。

経済価値の進展の最終形態
図1 経済価値の進展の最終形態
出典:『新訳 経験経済』B.Joseph Pine Ⅱ James H.Gilmore P178

 この本では、経済価値を、コモディティ、製品、サービス、経験、変革の5つに分けています。
 「コモディティ」は、「代替可能な自然物からの産物」と定義されます。コーヒーを例に取ると収穫したコーヒー豆です。豆の産地やグレードが同じならば差別化する要素はありません。
 「製品」は、「用途に応じ規格化されたもの」とあります。メーカーが、コーヒー豆を加工して、パッケージングしたインスタントコーヒーなどがこれに相当します。大量生産が可能になりますが、次第にこれも他のメーカーが参入してコモディティ化してきます。
 「サービス」は、「他人にはしてもらいたいけど、自分ではしたくない仕事」です。コーヒーの例で言えば、喫茶店で提供されるコーヒーです。最近では、このサービスもコモディティ化しており、価格競争になっています。

 「経験」は、「顧客を魅了し、サービスを思い出に残る出来事に変える」です。コーヒーを単に飲むだけでなく、経験をするということです。たとえば、一流ホテルで提供されるコーヒーは、おいしいコーヒーの味以外に、一流ホテルの雰囲気を経験することになります。この経験が心地よいものであれば、普通の喫茶店で提供されるコーヒーより高いものだとしても、顧客は納得してその代金を支払う訳です。その顧客にとって経験が価値になるのです。(顧客経験価値)
 さらに、この本では経験さえもコモディティ化すると言っています。顧客は潜在的に自分自身を変えたいと思っています。そこで企業は、経験を顧客に合うような形でカスタマイズすることで、その顧客が変わることを手助けします。ここで企業が提供している経済価値が「変革」です。
 しかし個々人によって、感じ方は異なるので同じ経験を提供しても、変革に至るとは限りません。また、同じ経験ばかりでは、顧客も次第に感動が逓減していきます。企業は顧客に変革をもたらすような経験を提供できる、ホスピタリティ溢れる文化的土壌を築き育むことが必要なのでしょう。その顧客にとって何が、顧客経験価値なのかを探しだすフレームワークがサービスデザインであると言えます。

経済価値の進展と価値を実現する知
図2 経済価値の進展と価値を実現する知
出典:『新訳 経験経済』B.Joseph Pine Ⅱ James H.Gilmore P210

 「変革」には今までビジネスの世界では用いられることがほとんどなかった「知恵」が求められると主張しています。そして「経験」には「知識」、「サービス」には「情報」、「製品」には「データ」、「コモディティ」には「ノイズ」が対応しています。
 「ノイズ」は無数の意味のないまとまりです。「ノイズ」は体系化されると意味を持ち「データ」となります。製品の製造にコンピュータが貢献したときには、「データ」をいかに処理するかが重要だった訳です。ITが「サービス」を対象にするようになると、「サービス」を提供する側と提供される側の枠組みとして、「情報」が利用されようになりました。
 このあたりまでは、コンピュータシステムとも親和性があったと言えます。ところが、「経験」に対応するのは、「知識」です。確かに、ナレッジベース、ナレッジマネジメントなどが話題になったことはありますが、コンピュータを使った仕組としてあまり成功はしていません。
 「知識」は、「経験」を通して得られるものであり、「知識」を蓄積し利用するためには、「知識」活用のシステムを提供する前に、「経験」をする仕組みを提供する必要があるのではないかと思います。
 利用する人も積極的に参加し経験するという意味では、参加して経験する場としてのコミュニティが大きな役割を担うと期待されます。それは知識の蓄積のために、ITによるツールを補助的に利用することは有効ですが、ツールだけで知識を蓄積していくことは困難と思われるからです。知識はリアルまたはオンライン、あるいはその両方のコミュニティ内に経験として蓄積するのではないでしょうか。そう考えると知識を活かしオープンイノベーションを実現するためのコミュニティは1つの企業内で閉じたものではなく、複数の企業やその他の組織に対して開かれたものである必要があります。

 サービスデザインは、経験、知識を提供するものであると考えるので、その提供の仕方もサービスとしてではなく、ユーザーに経験をして頂くことが重要になります。
 その経験を通して、個人、企業、組織の変革をすることは、文化を変えたり、作ったりすることにつながります。ただし、この「変革」のレベルについては、サービスデザインに携わる人の間でもあまり言及されていません。さらに考えていく必要があると思います。

※1出典:『新訳 経験経済』 B.Joseph Pine Ⅱ/James H.Gilmore:著 岡本慶一/小高尚子:訳
   ダイヤモンド社

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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