WEBマガジン
「EA最新動向-EAC2014から ~エンタープライズ・アーキテクトは変革を担う~」
2014.07.17 株式会社オージス総研 明神 知
1.はじめに
6月16日から18日にかけて、サッカーのワールドカップで日本と同じように1次リーグ敗退が決まったイングランドの応援で家や車にユニオンジャックが旗めくロンドンでエンタープライズ・アーキテクチャ(EA)のカンファレンスに参加してきました。
夏休みの始まるこの時期は、バラが綺麗に咲き誇り、気温も湿度もイギリス最良の時期です。クリケット大会やアスコット競馬が開催され、子供たちが学校別のお揃いの制服でサマースクールに出かけていました。
さて、今年で15年目のIRM-UKによるEAC2014[1]は数年前からBPMとの共同開催となり「Hands on EA」、「Innovations in EA」、「Business Architecture」、「BPM Insights from Leading Practitioners」、「BPM Insights from the Gurus」という5トラックが並行して49講演と3本の基調講演がありました。
カンファレンスの前日には22本のワークショップがあり、私は「Introduction to Strategic Enterprise Design」と「Architecture Programs that Work」を受講しました。
さらにロンドン滞在中に2012年にも面談した英国ガスのエンタープライズ・アーキテクト、Jane Changさんと再会して相互に情報交換を行いました。
今回のカンファレンスとJaneさんとの面談で印象に残ったのは次の3つのポイントでした。
(1) | エンタープライズ・アーキテクトは変革を担う |
(2) | サービスデザイン(Outside In)とエンタープライズ・アーキテクチャ(Inside Out)は両輪で新しいビジネスをデザインする |
(3) | デジタルイノベーション組織による顧客接点の統合 |
以下、順に解説していきましょう。
2.EAC2014
EAC2014の参加者は262名で、イギリスからが最も多く76名、北欧からは59名、中東14名、日本は私の1名でした。
まず、EAはこの15年間進化してきました。ザックマンがITのフレームワークからエンタープライズ・オントロジーに進化しているように、その本質は変わらないものの顧客をより全体的に捉え、要求駆動からアウトカムや顧客価値駆動にシフトしています。
その関係からか、顧客の共感にフォーカスして感動体験を作り出す「サービスデザイン」によって新しい顧客接点を統合的にビジネスアーキテクチャに埋め込んで、企業変革を担うのがエンタープライズ・アーキテクトであるという主張が多くの事例でなされていました。
さらに、この2、3年の間にデジタル・イノベーション組織を情報システム部門とは別に設置して顧客接点の統合化と従業員支援を強力に推進している事例も出てきました。
また、スウェーデン農水省の次世代農水産業計画をAgile開発の方法で作成する「Agile EA」のワークショップもありました。最後にオランダEneco Supplyは顧客の個人情報を守るという新たな付加価値を提供しながらスマートエネルギーを進めていました。
以下、特徴ある事例やトピックスを取り上げてみます。
3.エンタープライズ・サービスデザイン
今年のEAC2014では、顧客指向のビジネスアーキテクチャにするためにデザイン思考が普通に取り込まれていました。
どうやら昨年ごろからエンタープライズ・アーキテクチャへのデザイン思考の影響について取り上げられているようです。
サービスデザインで有名な英国のEngine社が「デザイン思考がEAをダイナミックなビジネスに向けて再形成する」[2]と言っています。
また、昨年のEAC2013[3]ですでに、eda.c のMilan GuentherがJPMorganの副社長Mike Clarkと共同で「designing and modelling the future of your business」と題する講演を行っています。Guentherは今年「Introduction to Strategic Enterprise Design」というワークショップで彼らの「Enterprise Service Design」というフレームワーク[4]を紹介していました。これは図 1のようにデザインとアーキテクチャを両輪にして企業にイノベーションと変革をもたらせて戦略の実装を行うというものです。サービスデザインとの違いはBig Pictureという鳥瞰フェーズでアーキテクチャがあることなどデザイン思考とEAを融合しています。彼らはこれを、サービスデザイン(Outside In)とエンタープライズ・アーキテクチャ(Inside Out)による「Full Alignment」としています。
![]() 図 1 Enterprise Service Designのコンセプト[6] |
図 2の右側は、今回も元気に講演されていた、EAの父ザックマン氏です。ザックマンは1987年に「A framework for information systems architecture」としてITのフレームワークとして始まったのですが、2011年にはITでなくてビジネスのフレームワークであることを強調するために「The Enterprise Ontology」として打ち出しています[5]。図 2左側がGuenther氏ですが、すでに昨年講演しているので二人は相互に情報連携しており、まさに「Full Alignment」の構図であります。eda.c[6]は3人の小さなエンタープライズデザインの会社ですが、SAPのパートナー組織やボーイングのコックピットのデザインなど大手企業のサービスデザイン実績を持っています。
![]() 図 2 EAの父「Zackman」とEnterprise Service Designの「Milan Guenther」 |
4.注目すべき事例
たくさんの事例紹介があり、すべてを記載することはできませんが、なかでも特徴のある事例について以下に列挙しておきます。
・スイスの生保会社「Zurich」
顧客指向の会社へ変革するため、インドネシアや米国といったグロ―バルガバナンスの確立にBusiness architecture(BA)とBPMに取り組んだ。
・オランダの生保会社ASGの子会社「Loyalis」
Just enoughでJust in timeのEAとして再利用できるBAから取組み「Business Canvas Model」「Business Function Model」「Business Process Model」「Application Interaction Model」から始めた。ユースフルなEA=使い続けるEAを目指しており、弊社の百年アーキテクチャ[7]にも通ずるところがある。
・CREDIT SUISSE
個々のビジネス課題解決のプログラムに将来に向けたEAをガバナンスの仕組みとして取込み、メトリックスを使って進捗管理しステークホルダーの継続的な関与獲得事例。ビジネスケーパビリティモデルなど多様な視点のモデルが参考になる。
・米国保険金融サービス企業(住宅金融組合)「Nationwide」
2012年からDigital Developmentグループ(ディジタル・イノベーション組織)を設置。元チーフEnterprise Architectがリーダーとなって「機能横断の要求を統合」「戦略を示して実行を監督」「R&DとSIの優先順を定め」ている。
新商品開発には顧客中心デザインを組込み。モバイルアプリで顧客に見せ、ネット支払のディジタル未来を先取り、サービス改善など数々の顧客SNSを形成し、従業員向けのディジタル労働力革新に努めている。ディジタル・イノベーションに関する意識はかなり高い[8]。
・アムステルダムの信用保険会社のAtradius Credit Insurance
どのようにすれば内向きでなく顧客中心の会社、業務になれるかサービスデザインでBAを再定義した。4つのペルソナ(顧客像)を具体的な生活目線で定義し、今後の関連プロジェクトのベースを築いた。
・バルト三国とスウェーデン向け14,000従業員のSwedbank
ITプロセスマネジメント成熟度に応じて、組織横断のプロセスマネジメントを確立した。トップダウンで確立してボトムアップで最適化する、プロセスを武器にしたマネジメントの変革の紹介。
・カナダ五大銀行のひとつCIBCにおけるプロセス変革
プロダクトから顧客中心プロセスへ、従業員経験の改革、パフォーマンス可視化。Burlton Hexagon[9] End to Endプロセス変革によって売り上げを42%増加、プロセス効率28%改善した。
・都市計画アプローチとArchimate
EAはよく都市計画にたとえられる。オランダのコンサル会社のVeldhuijzen氏はロンドンの地下鉄をERPになぞらえて経営層にもわかる都市計画に似た機能構成図をオープングループのEAツール「ArchiMate」に展開していた。
5.British GasのEnterprise Architect
British GasのEnterprise ArchitectのJane Changさんとは2012年のEAC2012のときに面談して以来の再会でした。出身大学だというRoyal Albert Hallの南にあるインペリアル大学の図書館で面談しました。
Janeさんは昨年のEAC2013で「Plug and Play Business Processes」と題する講演をしたそうです。最も自由化の進んだイギリスのエネルギー業界では外部環境の変化に迅速に対応するためにコンポーネントベースのアーキテクチャにしているそうです。また、Enterprise Architectの役割は新サービスを作って変革を担うことだそうでITサービスだけでなくビジネスサービス領域も手がけておられました。サービスデザインにも取組んでおり、50名規模でトレーニングを受けているそうです。
![]() 図 3 British GasのEnterprise ArchitectのJane Changさんと |
6.おわりに
EAC2010[10]では経営に貢献するEAが求められIT投資マネジメントに組込んで成果を上げていること、EAC2012[5]では、EAが着実にビジネスに貢献していることを紹介しました。米国政府のエンタープライズ・アーキテクチャ[11]ではアウトカム重視、ビジネスとしてのEA、法による義務化と予算統制への組込で成果を上げていることを解説しました。欧米では当たり前のようにEAが語られ、様々なビジネスマネジメント手法を取り込んで進化しています。そのギャップにいつも驚いてきました。
日本でEAがなぜ浸透しないのかお客様とお話したことがあります。IT部門も事業部門も、それぞれの現場が優秀で、個別に頑張った結果、相互に理解することや情報交換することもなく全体像が見えなくなっているとのことでした。
そのような状態で海外へ販売や製造、物流機能を再配置したり、M&Aで海外企業を買収したりしていくと、いよいよ混乱するのが目に見えています。そこでグローバルな機能の最適配置のためにEAを使うことをお勧めします[12]。リコーさんのEAのように百年アーキテクチャの第三ステージに至るための各企業のビジネス特徴に合わせたデジタルプラットフォームを選定してグローバルに共通化すべき機能とローカルに個別対応すべきかを見極めてグローバルなITガバナンスにしていくのです。弊社ではこの演習を提供しており、製造メーカーさんでの実践を踏まえて東京大学公共政策大学院で演習を行っています。
(参考文献)
*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。
『WEBマガジン』に関しては下記よりお気軽にお問い合わせください。