読者投稿が今回の出会いを生んでくれました。
以前のお題「モデリングカフェ 第4回:テスト駆動開発」に対して、締め切り直前に届いた複数の回答が、すべて同じ会社の方からのものだったことがきっかけで、今回の訪問が実現しました。
訪問先では、モデリングカフェのお題を活用しながら、社内で継続的にモデリング勉強会を開いていました。単なる学習の場にとどまらず、実務で活かす力を養う取り組みとして根づいており、その実践の深さと熱意に触れ、大きな学びを得る訪問となりました。
目次
読者訪問の概要
今回は、私たちの記事をご愛読いただき、モデリングカフェのお題を社内勉強会でご活用いただいている井後様にお会いするため、著者2名で新横浜のオフィスを訪問しました。なんと2013年から12年間も続いているモデリングの勉強会が、どのように製品開発の課題解決に貢献しているのか、井後様の取り組みをレポートします。
きっかけ
訪問のきっかけは、以前の記事(モデリングカフェ 第4回:テスト駆動開発)の読者回答でした。締め切り直前に届いた読者回答のモデルが、すべて同じ会社の方からのものだったのです。「もしかして社内でモデリング勉強会とかしてますか?」と聞いてみたところ、「はい、やってます」との回答を得て、「お話伺えませんか?」とお願いし訪問が実現しました。
訪問先
訪問先:井後 孝雄 様 富士フイルムソフトウエア 第一開発本部システムソリューショングループ 兼 ヘルスケアITソリューショングループ研究員
インタビュイー:井後さん 訪問者:モデリングカフェ筆者(原田、赤坂)
インタビュアー:原田さん
勉強会概要
- 勉強会:2013年より継続(毎週1時間、現在、初級、中級、それ以上の3レベルで開催)
- お題:モデリングカフェ(20問)をぐるぐる繰り返す(繰り返し解くが、毎回気づきがある)
インタビュー
勉強会から始めた、設計スキルと本質を見抜く力の育成
まずは、井後さんにインタビューさせていただきました。
課題として、現場では改修案件が多く、なかなか一人前になれるような設計経験が積み上げにくいと感じていたそうです。そうした背景もあり、勉強会では社内メンバーの育成の一環として、「設計体験を増やす」ことを目的に、モデリングカフェのお題を使った演習が取り入れられていました。
この取り組みで特に意識されていたのは、知識の習得とスキルの獲得は異なるという点です。知識は座学や参考書から得られる一方で、スキルは反復練習を通じて徐々に身についていくものであり、「感覚をつかむ」ことが重要だという認識があったとのことです。
たとえば「楽譜の読み方を知っていても、楽器を上手に弾けるとは限らない」という例で説明されており、頭で理解しているだけでは身につかない部分をどう補うかが課題であったといいます。演習の場は、その“感覚をつかむ”機会を意図的に提供するもので、単なる技術学習の場ではなく、実際の製品開発に必要なスキルを高める実践的な取り組みとして位置づけられていたのが印象的でした。
勉強会の参加者は70~80名にのぼります。参加者が現場で扱う製品はヘルスケアから映像まで多岐にわたります。中には30年選手の製品もあり、当時は変更開発が困難で生産性が低下するなどの課題があったとのこと。

井後さんは勉強会での出来事として「カレーのレシピと画像処理は似ている」例を話してくれました。モデリングカフェの読者の方も、その意外性に驚かれるかもしれませんが、実はこのたとえには深い意味があります。

カレーを作るとき、材料を揃え、手順を考え、最終的に美味しい一皿を作り上げるプロセスは、画像処理のアルゴリズムを設計する過程と共通しています。上図のように「カレーライス」と「画像処理」は似ており、モデリングと議論を通じて、物事の本質を見抜く力を養うことができると教えていただきました。(一見異なるものの中に共通点を見いだせるという、人間の認知の素晴らしさにも気づかされました)
勉強会の運営方法
勉強会は3つのコース(初心者・中級者・その後も続けたい方)に分かれていて、5人~10人で「モデリングカフェ」を教材にモデリングしています。参加者は20問のお題に挑戦し、繰り返し練習することでスキルを磨いています。
初級レベルのお題には「サンタクロース」や「ひな壇」がおススメだそうです。これらのお題は、参加者がモデリングの基本を学ぶための良い入り口となっています。
同じお題を何周か繰り返すうちに、回答例に自力でたどり着こうとする方や、回答例とは異なる視点から、より良いモデルを模索する方など、さまざまな思考が生まれてくるそうです。
運営上の苦労は、ソフトウェアを知らない周囲の人たちにモデリングが「遊びに見えてしまう」ことです。井後さんは、参加者が楽しんでいる様子を見て、時には「これが本当に役立つのか?」と不安になることもあったそうです。しかし、井後さんは役員にしっかり説明し、勉強会の重要性を理解してもらったそうです。具体的な成果と結び付けて示すことで、信頼を勝ち取ったとのことです。
成果と今後の展望
12年間の取り組みで、ドキュメントにおける静的モデルの割合が32.9%から94.2%に向上しました。これは、参加者がモデリングの重要性を理解し、実践することで得られた成果です。
製品開発では、コンセプトメイキングの段階からモデルを活用することで、関係者間の理解が深まり、変更要望がシンプルになり、開発が楽になったとのことです。以前のような変更開発の困難さが解消され、スムーズに対応できるようになったそうです。
井後さんは、今後の課題として「後継者の育成」を挙げています。彼自身が勉強会を運営しているため、業務が忙しくなると勉強会の運営が難しくなることもあるそうです。そこで、次世代のリーダーを育てるための取り組みが必要だと感じているとのこと。モデリングの重要性を理解し、実践できる人材を育てることが、今後の勉強会の発展に繋がると考えています。
モデリング勉強会の見学
インタビューの後は、勉強会を見学しました。参加者は井後さんを含めた5名で、和やかな雰囲気の中、真剣にモデルを作成していました。お題は「登山ルート」。各自がノートにモデルを描き、ホワイトボードで発表する形式です。参加者は自分たちのモデルを説明し、他のメンバーからのフィードバックを受けることで、さらに理解を深めていました。

このセッションでは、参加者が自分の考えを言葉にすることで、他の人の視点を知ることができる貴重な機会となっています。井後さんは「他の人の意見を聞くことで、自分の考えが広がる」と話しており、モデリングのプロセスが単なる技術的なスキルだけでなく、コミュニケーション能力の向上にも寄与していることを強調していました。
モデリング勉強会の最後に、見学者である我々2名にも意見を求められたので、それぞれ感謝とともに、とても感動したこと、気づいたことを伝えました。
原田からは、他の参加者や回答例にはないが、1名の参加者から出た「移動」を用いて登山ルートを表現したモデルに対して、別の視点からのヒントを伝えました(モデルには唯一の正解があるわけではなく、見方によって異なるモデルが成立し得ることの一例として、「登山者」をアクターとして加えることで、地図としての登山ルートと、登山者が実際に歩くアクティビティとの関係を表現する可能性を示しました)。
赤坂からはちょっと「揺さぶり」をかけてみる(モデル対象の仕様や前提について今後ありそうな変更を加えたときに、モデルをどう変更すればよいかを考える)とモデルの善し悪しが見えてくるよと伝えました。
まとめ
井後さんの12年間の努力と熱意に感銘を受けました。実際の開発現場での劇的な改善につなげている点もすごいと感じました。
モデリングを用いて設計力を高めることは、多くの読者にとっても参考になるはずです。勉強会を通じて、参加者が自分の成長を実感し、仲間と共に学び合う姿は、まさにモデリングの力を示しています。
私たち「モデリングカフェ」は、今後も気軽で楽しく学べる記事を提供していきます。皆さんも、ぜひ「モデリングカフェ」のお題を使って、気軽にモデリングを始めてみてください。1人でも、チームでも大丈夫。図を描くことで「考えが整理できた」「他の人と違う視点に気づいた」という声も多く、学びの幅が広がります。
モデリングの世界は奥深く、学びを通じて得られるものは計り知れません。この機会にぜひ、モデリングの魅力に触れてみてください。
この度は貴重な機会をいただき、誠にありがとうございました!今後の勉強会の発展を心から応援しています。

