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「マネジメント 3.0 エッセイ第3回」

2021.09.22 株式会社オージス総研  藤井 拓

秩序づけられた系から適応力のある複雑系へ

本エッセイシリーズは、Jurgen Appeloの『Management 3.0』 [Appelo, 2010]の内容に対して筆者が考えたことや体験談を中心に記すものである。今回の記事では、複数の構成要素の間の相互作用により全体の振る舞いが決まる系が、複雑性という観点で3種類の系に分類できることを説明する。これらの3種類の系の分類は組織と組織を取り巻く環境に当てはめることができるが、90年代以降の日本の半導体ビジネスの競争力の低下をこれらの系の分類と関係づけて論じる。最後に、マネジメント3.0が、日本の企業の競争力の向上に必要な組織の適応力の強化に対する1つの方向性を示すことを説明する。

■系と複雑性による系の分類


人間の世界を含む自然界では、複数の構成要素の間の相互作用により全体の振る舞いが決まるようなものが多くみられる。例えば、宇宙の太陽系、銀河系など天体で構成される人間の影響がない自然界の振る舞いや、新型コロナウイルスの流行のような自然界(ウイルス)と人間の活動の両方をまたぐもの、株式相場や為替相場のような人間の経済的な活動などを考えることができる。
このような複数の構成要素の間の相互作用により全体の振る舞いが決まるようなものを系(システム)と呼ぶ。さらに、さまざまな系を「複雑さ」という観点で分類することができるが、その際に「複雑さ」という言葉の意味には、一般的に以下の2通りの意味がある。

構造的な複雑度
振る舞いの複雑性

前者の意味での複雑さは、系を構成する要素が多いかどうかを表す。例えば、飛行機は構成要素(部品)が非常に多いので、構造的な複雑度が高い。それに対して、消しゴムや鉛筆などは構造的な複雑度が低い。また、人間の組織においても、多くの人が所属する組織は階層的に機能分解する構造をとることが多く、構造的な複雑度が高い。
後者の意味での複雑さは、系の振る舞いの予測の難しさを表す。例えば、飛行機は、機能などに問題がなく、異常気象などに遭遇しなければ、操縦士の意図した航路で飛行するだろう。この場合、飛行機の振る舞いは予測可能なので、複雑性が低い系になる。一方、新型コロナウイルスの流行は、突然変異などが起きるとともに、ワクチンの普及や地域ごとの対処法の違いなども絡んで、より複雑性が高い系と言える。さらに、初期状態のわずかの違いにより、大きく振る舞いが変わるもの系もあり、このような系は複雑性が非常に高い(カオスな)系と呼ばれる。
このような複雑性の大きさの違いにより、系は以下のように3種類に分類することができる。

秩序づけられた系:振る舞いが予測できる系
複雑系:振る舞いの予測が困難な系
カオスな系:振る舞いの予測が不可能な系

人間の組織を考えた場合、その組織を取り巻く環境とその組織自身の各々にこれらの3種類の系の分類を当てはめて考えることができる。例えば、組織自身が「秩序づけられた系」である場合に、環境が「秩序づけられた系」であったり、「複雑系」であったりすることがありうるのである。次節では、過去の日本の企業を置かれた環境に秩序づけられた系と複雑系の分類を当てはめてみる。

■過去の日本の半導体ビジネスに系の分類を当てはめる


私が新卒で就職したのは、1984年だった。その当時、日米貿易摩擦が起こっていたが、日本の企業は、自分自身の生き残りを賭けて、独創的な新製品開発を行うとともに、品質管理(QC)活動を通じて低価格高品質な製品を製造し、欧米の市場に食い込んでいった。私が新卒で就職したのは家電メーカーで、私が配属されたのはその半導体研究部門だった。1980年代の終わりには、半導体の分野では日本の企業が世界ランキングで上位を占めていた。
おそらく、1980年代の初めは米国の企業が優位だったと思うが、日本の電機メーカーと装置メーカー、材料メーカーが共同して工場、製造装置や材料の性能を高めるとともに、品質管理(QC)活動により歩留まりを上げて低価格高品質な製品を製造することで日本の企業は世界ランキングの上位を占めるに至ったのではないかと思う。
この頃は、半導体だけではなく、家電製品、精密機械、自動車などさまざまな分野において日本の企業は市場競争に必死であり、自社を取り巻く状況は予測困難だったのではないかと考えられる。つまり、日本企業は複雑系に直面していたのである。
それに対して、1980年代の終わりには、少なくとも半導体分野で日本の企業は世界ランキングの上位を占めるようになり、微細加工技術を進歩させながら、設計ルールを縮小し、その中で製造効率を高めるという勝ちパターンがある程度確立した。これにより、日本の企業にとってビジネスはより予測可能なものに変化したと思われる。つまり、日本企業にとってビジネスは秩序づけられた系に変化したのである。
1990年に、私はソフトウェアの世界に転職したので、1990年代以降の日本の企業の半導体分野での競争力低下について語るのに相応しくはないかもしれない。そのような立場で、敢えて個人的な意見を言うならば、競争力の低下を起こした原因の大きな部分は、ビジネスのあり方や経営(=マネジメント)にあったのではないかと思う。つまり、半導体ビジネスが総合的な電機や家電という大きなビジネスの一部として投資を含めて全体的な方針(調整)でマネジメントされたためではないかと思う。特に、半導体ビジネスでは生産設備への投資の規模やタイミングが大きく業績に影響してきたが、その判断が日本の企業の競争力低下を招いたのではないかと思われる。つまり、秩序づけられた大きな階層的な組織でマネジメントしたがゆえに、状況の変化に適応できなかったのではないだろうか。

■秩序づけられた系から適応力のある複雑系へ


前節で記したような「秩序づけられた大きな階層的な組織が、状況の変化に適応できなかった」ということは他の分野でも起きたのではないだろうか。それは、日本の産業の競争力低下に大きな影響を及ぼした要因の1つであり、昨今の新型コロナウイルスへの対応でもそのような側面が大きな影響を及ぼしたのではないだろうか。このような考え方が正しいならば、現状を改善していくための1つの方向性は、秩序づけられた大きな階層的な組織よりも、より適応力ある組織の実現ということになる。マネジメント3.0では、組織を適応力のある複雑系にすることを目指しており、その結果として現状の改善につながることが期待できる。

■今回のまとめ


今回の記事では、複数の構成要素の間の相互作用により全体の振る舞いが決まるようなものを系と呼ぶことを説明し、さらに系を複雑さという観点で分類した場合に、その複雑さには一般的に以下の2通りの意味があることを説明した。

構造的な複雑度
振る舞いの複雑性

さらに、振る舞いの複雑性(振る舞いの予測の難しさ)で系を分類すると、以下の3種類に分類できる。

秩序づけられた系:振る舞いが予測できる系
複雑系:振る舞いの予測が困難な系
カオスな系:振る舞いの予測が不可能な系

これら3種類の系の分類を、人間の組織と、その組織を取り巻く環境の各々に当てはめることができる。
さらに、過去の日本の半導体ビジネスを題材にして考えて、その90年代以降の競争力の低下が、秩序づけられた大きな階層的な組織でマネジメントしたがゆえに、状況の変化に適応できなかったのではないかと論じた。
さらに、日本の企業の競争力の低下を改善していくための1つの方向性は、秩序づけられた大きな階層的な組織よりも、より適応力ある組織の実現ということになる。マネジメント3.0では、組織を適応力のある複雑系にすることを目指しており、その結果として現状の改善につながることが期待できる。

参考文献
Appelo, Jurgen. (2010). Management 3.0: Leading Agile Developers, Developing Agile Leaders. Addison-Wesley.

<つづく>

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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