BABOK(R)ガイド v3概要
2015年4月、BABOK(R)ガイドのバージョン3がリリースされました。バージョン3は初版から10年が経ち、世界中での数々の実践を通じて、より洗練されたものとなっています。今月はこの新しいBABOK(R)ガイドバージョン3について概要をご紹介したいと思います。当Webマガジンの2011年4月号では、BABOK(R)ガイドバージョン2の概要をお伝えいたしました。本稿ではバージョン2の内容には特に触れませんが、バージョン2の記事と構成をほぼ揃えていますので、バージョン2と3の内容を比較されたい方は、ぜひ併せてお読みください。
◆BABOK(R)とは
BABOKはBusiness Analysis Body of Knowledgeの頭文字をとったもので、ビジネスアナリシスのプラクティスをまとめたグローバルなスタンダードです。ビジネスアナリシスを実践する職務やビジネスアナリシスの一般的な活動を以下の構成で定義しています。- 主要コンセプト(BABOK(R)ガイドを理解する上での主要な概念)
- 知識エリア(ビジネスアナリシスのタスク、インプット、アウトプットなど)
- 基礎コンピテンシー(ビジネスアナリシスの遂行に役立つ態度や知識、資質等)
- テクニック(ブレインストーミングやSWOT分析、ワークショップなどビジネスアナリシスに役に立つテクニック)
- 専門視点(「アジャイル」や「IT」などビジネスアナリシスを実践する際の専門的視点)
「ビジネスアナリシス」について、BABOK(R)ガイドでは次のように定義しています。
「ニーズを定義し、ステークホルダーに価値を提供するソリューションを推奨することにより、エンタープライズにチェンジを引き起こすことを可能にする専門活動」
システム開発における要件定義書作成作業のことでしょうか?いえいえ、BABOK(R)はシステム開発の上流工程の活動だけにとどまるものではありません。ビジネスアナリシスの活動はプロジェクト中だけではなく、プロジェクトの企画段階からプロジェクトの完了後(システム開発で言えば、システムの運用が始まりシステムが価値を生み出す段階)もカバーしています。
「ニーズを定義し、ステークホルダーに価値を提供するソリューションを推奨することにより、エンタープライズにチェンジを引き起こすことを可能にする専門活動」
システム開発における要件定義書作成作業のことでしょうか?いえいえ、BABOK(R)はシステム開発の上流工程の活動だけにとどまるものではありません。ビジネスアナリシスの活動はプロジェクト中だけではなく、プロジェクトの企画段階からプロジェクトの完了後(システム開発で言えば、システムの運用が始まりシステムが価値を生み出す段階)もカバーしています。
図 1 BABOK(R)Guide v3 Figure 1.1.1
(「プロジェクトの境界を越えるビジネスアナリシス」より。フキダシは執筆者によるもの)
では、ここからBABOK(R)ガイドの中身を見てみましょう。
◆BABOK(R)の主要なコンセプト
主要コンセプトは「チェンジ」「ニーズ」「ソリューション」「ステークホルダー」「価値」「コンテキスト」の6つです。前述のビジネスアナリシスの定義にもこれらの言葉が使われているように、BABOK(R)ガイドを理解する上で重要なコンセプトとなっています。
- チェンジ:ニーズに対処して変える行為
- ニーズ:対処すべき問題や機会
- ソリューション:あるコンテキストにおいて1つ以上のニーズを満たす具体的な方法
- ステークホルダー:チェンジやニーズ、ソリューションと関係を持つ個人やグループ
- 価値:あるコンテキストにおいてステークホルダーにとって価値や重要性、有用性
- コンテキスト:チェンジに影響を及ぼしチェンジからの影響を受ける状況
これらの概念を用いた以下のような議論をすることによって、取り組むべきビジネスアナリシス活動を検討することができます。
我々が取り組むべき"チェンジ"はなにか?満たすべき"ニーズ"はなにか?変化するための"ソリューション"はなにか?どのような"ステークホルダー"が関わっているか?我々はどのような"コンテキスト"に置かれているか?
我々が取り組むべき"チェンジ"はなにか?満たすべき"ニーズ"はなにか?変化するための"ソリューション"はなにか?どのような"ステークホルダー"が関わっているか?我々はどのような"コンテキスト"に置かれているか?
◆知識エリアとタスク
知識エリアはビジネスアナリシスの実践において理解しておくべきことや実行すべきタスクを定義したものです。BABOK(R)ではビジネスアナリストが行う30のタスクを分類した6つの知識エリアを定義しています。
図 2 BABOK(R)Guide v3 Figure 1.4.1
(「知識エリア間の関係」より)
知識エリア | 概要 | タスク |
ビジネスアナリシスの計画とモニタリング | ビジネスアナリシスの実施にあたり、ビジネスアナリストとステークホルダーの活動を整理しまとめたものである。ここでのアウトプットは、他の知識エリアの活動のインプットとなる。 | ビジネスアナリシス・アプローチを計画する |
ステークホルダー・エンゲージメントを計画する | ||
ビジネスアナリシス・ガバナンスを計画する | ||
ビジネスアナリシス情報マネジメントを計画する | ||
ビジネスアナリシス・パフォーマンス改善を分析する | ||
引き出しとコラボレーション | ステークホルダーから要望を聞き出して確認するためのタスクを定義する。ステークホルダーとの共同作業は、ビジネスアナリシスの活動中継続して行われる。 | 引き出しの準備をする |
引き出しを実行する | ||
引き出しの結果を確認する | ||
ビジネスアナリシス情報を伝達する | ||
ステークホルダーのコラボレーションをマネジメントする | ||
要求のライフサイクル・マネジメント | 要求と設計情報をマネジメントし維持するためのタスクを定義する。ビジネスのニーズが要求として表現されることから始まり、要求とそれに対するソリューションが破棄されるまでがライフサイクルの範囲となる。ビジネス要求やステークホルダーの要求、ソリューションへの要求、デザインの整合性を維持し実現させることが狙い。 | 要求をトレースする |
要求を維持する | ||
要求に優先順位を付ける | ||
要求変更を評価する | ||
要求を承認する | ||
戦略アナリシス | ゴールに効果的にたどりつくためには戦略が必要となる。この知識エリアでは、戦略・戦術上重要なビジネスニーズを識別するために、ステークホルダーと協力して行うタスクを定義する。戦略アナリシスのタスクを実行することで、企業がニーズの実現に取り組み、上位/下位の戦略と変化に向けた戦略を整合させることができる。 | 現状を分析する |
将来状態を定義する | ||
リスクをアセスメントする | ||
チェンジ戦略を策定する | ||
要求アナリシスとデザイン定義 | "引き出し"によって得られた要求を構造化し、要求やデザインを明確にするためのタスクを定義する。妥当性を検証し、ビジネスニーズにあったソリューションの選択肢の検討や、その選択肢の潜在価値の見積もりに関するタスクも含まれる。これらのタスクはニーズがソリューションに落としこまれるまで繰り返し行う。 | 要求を精緻化しモデル化する |
要求を検証する | ||
要求の妥当性を確認する | ||
要求アーキテクチャを定義する | ||
デザイン案を定義する | ||
潜在価値を分析しソリューションを推奨する | ||
ソリューション評価 | ソリューションが実際に使われることによって得られた価値やパフォーマンスを評価するためのタスクを定義する。その価値を十分に得られない場合の障壁を取り除く方法も検討する。 | ソリューション・パフォーマンスを計測する |
パフォーマンス測定結果を分析する | ||
ソリューションによる限界を評価する | ||
エンタープライズによる限界を評価する | ||
ソリューションの価値を向上させるアクションを推奨する |
各タスクには、目的、概説、タスクのインプット、要素(実行に必要な主要コンセプト)、ガイドラインとツール、テクニック(使用される手法)、タスクに関わるステークホルダー、タスクのアウトプット、そのアウトプットを使用するタスクが記述されています。
例えば知識エリア「ビジネスアナリシスの計画とモニタリング」のタスク「ビジネスアナリシスのアプローチを計画する」は以下のような内容となっています。
例えば知識エリア「ビジネスアナリシスの計画とモニタリング」のタスク「ビジネスアナリシスのアプローチを計画する」は以下のような内容となっています。
タスク名 | ビジネスアナリシス・アプローチを計画する |
目的 | ビジネスアナリシスのアクティビティを行う上でやり方を決めること |
インプット | ニーズ |
要素 (実行に必要な主要コンセプト) | アプローチの計画 ビジネスアナリシス成果物の公式度と詳細度 ビジネスアナリシスのアクティビティー ビジネスアナリシス作業の時期 複雑さとリスク 受け入れ |
ガイドラインやツール | ビジネスアナリシス・パフォーマンス評価結果、専門家の判断、方法論やフレームワーク 等 |
テクニック(*1) | ブレインストーミング、インタビュー、ワークショップ等 |
ステークホルダー(*2) | 業務領域の専門家、プロジェクト・マネジャー、規制者、スポンサー |
アウトプット | ビジネスアナリシス・アプローチ |
アウトプットを利用するタスク | ステークホルダー・エンゲージメントを計画する、ビジネスアナリシス・ガバナンスを計画する・・・等 |
(*1)BABOK(R)ガイドでは包括的ではないとしていますが、そのタスクで使うテクニックを示しています。50ものテクニックについての説明を、章を独立して記載しています。
(*2)BABOK(R)ガイドでは一般的なステークホルダーの例として、ビジネスアナリスト、顧客、ドメインの専門家(ある特定分野の専門家)、エンドユーザー、実装の専門家(開発者など)、運用サポート、プロジェクトマネジャー、規制者(監査役など)、スポンサー、サプライヤ、テスターを挙げています。
(*2)BABOK(R)ガイドでは一般的なステークホルダーの例として、ビジネスアナリスト、顧客、ドメインの専門家(ある特定分野の専門家)、エンドユーザー、実装の専門家(開発者など)、運用サポート、プロジェクトマネジャー、規制者(監査役など)、スポンサー、サプライヤ、テスターを挙げています。
◆基礎コンピテンシー
BABOK(R)ガイドでは、ビジネスアナリシスを実践する上で役立つコンピテンシー(態度や知識、資質等)を6つのカテゴリに分けて説明しています。特にビジネスアナリシスに特化したものではありませんが、いずれもビジネスアナリシス実施の上で役立つものとなっています。
分類 | 例 |
分析思考と問題解決 | 創造的思考、意思決定、学習、問題解決、システム思考、概念的思考、ビジュアル思考 |
行動特性 | 倫理、個人的アカウンタビリティ、信頼感、仕事の整理と時間管理、適応力 |
ビジネス知識 | ビジネス感覚、業界の知識、組織の知識、ソリューション知識、方法論の知識 |
コミュニケーションスキル | 言語コミュニケーション、非言語コミュニケーション、文書コミュニケーション、傾聴 |
人間関係のスキル | ファシリテーション、リーダシップと影響力、チームワーク、交渉による衝突解消、教えるスキル |
ツールとテクノロジー | オフィス生産性やビジネスアナリシス、コミュニケーションのためのツールとテクノロジー |
◆専門視点
専門視点とはゴールに向けて導くビジネスアナリシスの活動で、あるコンテキストにおいてどのようなタスクやテクニックに着目していけば良いのかといった専門的な視点です。
BABOK(R)ガイドでは一般的な専門視点の例として以下を説明しています。
BABOK(R)ガイドでは一般的な専門視点の例として以下を説明しています。
- アジャイル
- ビジネス・インテリジェンス(BI)
- 情報技術(IT)
- ビジネス・アーキテクチャ
- ビジネス・プロセス・マネジメント
上記専門視点は必ずしも単独で採用されるものではありません。例えば、あるITシステムの導入はビジネスプロセスを変え、かつ導入はアジャイルに行うといった具合です。
専門視点の一例として、アジャイル専門視点では、変化が頻繁に発生する状況下でフレキシブルに対応するビジネスアナリシスの視点が説明されます。知識エリア「ビジネスアナリシスの計画」は初めにすべて詳細化されるものではなく、サイクルごとに変化に応じてアップデートされます。知識エリア「引き出しとコラボレーション」の活動は一度に行うのではなく、やはりサイクルごとに詳細化することでニーズの検討から実装までの時間が短くなるよう進めます。アジャイルのアプローチが取られるときはニーズが曖昧なケースがしばしばであるため、知識エリア「戦略アナリシス」の活動もビジネスのゴールに向け効果的に進められるよう、変化に対応しつつプロジェクトを通じて検討されます。アジャイルにおける「ソリューション評価」は最後に一度行われるものではなく、漸増的に実現されるソリューションを継続して評価していきます。ビジネスアナリストはリリースされたプロダクトが期待に応え、ビジネスにおいて価値を与えるよう活動していくのです。
上記のようなアジャイルなビジネスアナリシスに役立つ方法論やテクニックとして、ScrumやSAFe、DADといったプロセスのフレームワークが、基礎コンピテンシーとしてコミュニケーションやコラボレーションスキルや継続的な改善などが挙げられています。
上記のようなアジャイルなビジネスアナリシスに役立つ方法論やテクニックとして、ScrumやSAFe、DADといったプロセスのフレームワークが、基礎コンピテンシーとしてコミュニケーションやコラボレーションスキルや継続的な改善などが挙げられています。
◆おわりに
今回はビジネスアナリシスの知識体系であるBABOK(R)ガイドの新しいバージョンについて簡単に紹介しました。バージョン3ではプロジェクトの企画段階からプロジェクトの完了後もカバーするものとなりました。大きなITシステムの場合は特に、1人の人が企画から運用までトータルに担当していることはなく、分業していることがほとんどだと思います。その専門性を深めることはもちろん大事ですが、幅広いBABOK(R)を知ることで自分の仕事が全体の中でどのような役割を持っているのか学ぶことは有益でしょう。またBABOK(R)の中から組織やプロジェクトの改善のヒントを得ることもできるのではないでしょうか。
当社はBABOK(R)ガイドを発行しているIIBAの認定コースをご提供しております(*3)。受講すると、ビジネスアナリシスの経験と知識を有する人材を認定する資格であるCBAP(R)(Certified Business Analysis Professional)とCCBA(Certification of Competency in Business Analysis)で利用できるPD Hours/CDUが獲得できますので、ぜひご覧ください。(*3)現時点ではBABOK(R)バージョン2対応)
・ | サービスデザイン入門 http://www.ogis-ri.co.jp/learning/1219756_6722.html |
・ | デザイン思考入門 http://www.ogis-ri.co.jp/learning/1208291_6722.html |
・ | ロールプレイによるコミュニケーション力&提案力強化 http://www.ogis-ri.co.jp/learning/1208292_6722.html |
・ | 業務要件定義力強化 http://www.ogis-ri.co.jp/learning/1208294_6722.html |
・ | ビジネスモデリングによる要求アナリシス強化 http://www.ogis-ri.co.jp/learning/c-01-000000A7.html |
・訳語について
本記事公開後に、BABOK (R)バージョン3の日本語版が出版されたことに伴い、今回日本語版の訳語とそろえるため、一部文言の訂正を行いました。(2016年3月)
本記事公開後に、BABOK (R)バージョン3の日本語版が出版されたことに伴い、今回日本語版の訳語とそろえるため、一部文言の訂正を行いました。(2016年3月)
*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。
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