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「現代に求められる「もう一方の力」と「対話型組織開発」」

2017.12.15 株式会社オージス総研 行動観察リフレーム本部  松本加奈子

1.はじめに

私が所属している行動観察リフレーム本部での仕事を通じて、様々な業種の企業の方々とお話しをする機会があります。組織の問題・課題について話し合う中で、時折お聞きするのは、「以前うまくいったやり方を継続していても、同じような結果にならなくなった」「問題を解決するための課題が見えない」という変化の必要性は感じているものの、何からどのようにしていけばよいかを判断できない状況であるということです。さらに、仮説を立てて手は打つものの、なかなか思うような結果がでないという、変化を生み出すための試行錯誤から抜け出せないという状況です。

2.変化を生み出すために必要なもう一方の力

弊社を含め多くの企業の方々が、そのような状況にいるとして、私たちに求められる力とは何かと考えるとき、皆さんには、どのような力が浮かんでくるでしょうか?
おそらく、問題解決力、判断力、実行力など、行動として見えやすいポジティブな力をあげられるのではないでしょうか?

今日は私が最近知ったもう一方の力を、朝日新聞出版の書籍「ネガティブ・ケイパビリティ」(帚木蓬生著・精神科医)をもとに、ご紹介したいと思います。

「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、「消極的な力」「負の力」と訳されます。それは、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える力」「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」を指します。この言葉を生み出したのは、ジョン・キーツ(1795-1821)という英国の詩人で、恵まれたとは言えない家庭環境で育ったうえ、身体も弱く、20代半ばでこの世を去りました。そのような彼の人生の中で、彼自身が答えの出ない事態に向き合い続けたからこそ、この力を捉えることができたのでしょう。

ヒトの脳には「分かろう」とする生物としての方向性が備わっているので、問題に出会うと、「早くに解決したい」と思うのが自然なのです。しかしながら、現在のように問題そのものがあいまいで、変動が激しく、捉えにくい場合、この「分かろう」とする力を性急に発揮しすぎることは、問題を理解し、分かったつもりになったり、問題そのものを間違えてしまい、その対応によってさらに状態を悪化させる可能性もあるかもしれません。

それに対して、「ネガティブ・ケイパビリティ」は、「宙ぶらりんの状態を回避せず、耐え抜く」という、見えにくい力です。実際には、全ての人にこの力が備わっていると思いますが、見えにくい概念のため、光を当てられずに来たのでしょう。この概念はキーツが書き記した170年後に、同じく英国のウィルフレッド・R・ビオン(1897-1979)という精神分析医によって言及されました。そして、著者の帚木蓬生氏は、精神科医としての5、6年目の自信を無くしかけているときに、ある論文の中で「ネガティブ・ケイパビリティ」の言葉が、精神科医が患者に向かう時に重要な「共感」についての引用として用いられているのに出会い、それも詩人による言葉であることに関心をもちました。当時、そしてそれ以降も、精神科医としての彼を支えているそうです。若い精神分析医のなかには、患者との生身の対話をおろそかにし、患者の言葉で自分を豊かにするのではなく、精神分析学の知識で患者を診て、理論をあてはめて患者を理解しようとすることもあると記しています。それは、理論的にあてはめることで簡単に片づけ、ありきたりの陳腐な解釈を導くことであるが、本来の解釈とはそういうものではない。もう少し開放的で新鮮味に富み、新しい境地に踏み出すような力を有するべきだと。この考えは、私が属している行動観察リフレーム本部の「観察から得られた事実を解釈するプロセス」と共通しています。

3.「ネガティブ・ケイパビリティ」はどのように強化できるのか

では、その「ネガティブ・ケイパビリティ」を活用し、強化するには、どうすればよいのでしょうか?
個人としての文脈では、一人ひとりがそれぞれの生活においての問題への向き合い方にあると思いますが、この場では、組織での文脈における、ひとつの事例を共有したいと思います。

2017年の夏から弊社のある部署のメンバーの活力を一層高めようという目的で、対話型組織開発のアプローチを活用しました。その部署では、まず組織の現状を診断するアンケート調査を実施し、その後結果をもとに、多数決という形はとらず、自組織の課題とアクションを決定することをゴールとした対話を始めました。そのプロセスでは、沈黙が続いたり、メンバーのストーリーが語られたり、価値観の違いが表出したりと、決定する内容は、それほど複雑ではないにもかかわらず、思うようにスムーズには進みませんでした。

のちにメンバー全員で、この対話プロセス全体を振り返った際に、この間、どのような感情を持っていたかを内省し、話し合いましたが、全てのメンバーから「不安に思っていた」ということが語られました。しかしそうであっても誰一人、途中で投げ出したり、強行に多数決で決定したりせず、全員の考えを述べ合い続けました。もともとは、メンバー同士の関係性を向上し、活力を高める目的でスタートしましたが、その後、私はこの「ネガティブ・ケイパビリティ」という力を知った時に、このプロセスにおいて、メンバーはこの力を発揮していたことに気づきました。

4.まとめ

変動性、不確実性、複雑性、あいまい性の高い現代で、組織が変化しながら成長していく時、私たちにとって必要なことに、ポジティブとネガティブの力の両側面の視点を持ち、現状に向き合い、時と場合を感じながら、自分の心理的立ち位置を選択する。そのような資質があるのではないかと思っています。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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