WEBマガジン

「証券STPの進展 第四回」

2010.11.01 株式会社オージス総研  有間 博道

前回の当Webマガジンにおきまして「証券STPのメリット」について

を上げました。 (詳細は、前回号をご参照下さい)
証券STPは、メリットも多くありますが、課題もまだまだあります。
今回は、「証券STPの課題」と「証券STPの今後」について、考察し、一連の「証券STP」に関する記述を締め括りたいと思います。
尚、本文中、意見にわたる部分は、筆者の私見である事を予めお断りしておきます。

私が証券会社に入社し、ホールセール部門(セルサイドの金融法人・事業法人・ディーリング部門、バイサイドの投資顧問会社・投資信託委託会社)のシステムを担当していた1980年代から1990年代初頭、証券ホールセールビジネスの主な登場人物である、資産運用会社、証券会社、信託銀行、カストディ銀行、市場(取引所)の当事者間の取引に関する連絡や照合、確認には、電話やFaxが主に使用され、多くの取引データは手入力されていました。しかも、それぞれのシステム間でのデータ連携はまだまだ脆弱で、同じデータが別のシステムへ何度も手入力される事もありました。
証券決済制度改革が進み、法制度や市場インフラ(RTGS、DVPなど)が整備され、欧米と比較して遅れているといわれていた電子化(有価証券の電子化、法定帳票など各種帳票の電子化など)が実現され、それに対応するために、証券のSTP化も進展し、電話やFaxの使用が減少し、システムによる電子媒体をベースにした取引が増加しました。システム間は連携され、同じデータが別のシステムへ何度も手入力される様な事は、殆ど見られなくなっています。しかし、証券決済のT+1化を実現するには、まだまだ、乗り越えなくては行けない課題が多く残されていると思います。

1. 証券STPの課題

1) バイサイドのSTP化促進

証券STPは、注文→出来→約定→清算→決済に至る一連の業務を、多くの関係者間で情報を連携しながら淀みなく一貫して行なう必要があります。
其の為には、当事者間での業務連携(社外STP)と当事者内の業務連携(社内STP)の両方を高度化して行く必要があります。
市場インフラのSTPの高度化・活性化には、取引の始点(注文の出し手)である、バイサイド(投信投資顧問会社などの資産運用会社)が如何に積極的にSTPに対応・参加するかが特に重要と言えます。しかし、日本の証券決済の中心的なシステム(証券STPの中心的な役割をなすシステム)である「保管振替機構の決済照合システム」への参加率を見ても、機関投資家取引を取り扱う証券会社、信託銀行、カストディ銀行の参加率が、ほぼ100%に近いとされているのに対し、資産運用会社の参加率は60%~70%位だと言われています。
証券会社や信託銀行、カストディ銀行に比較してSTP化の費用対効果が低いといわれ、機関投資家取引を取り扱う証券会社、信託銀行、カストディ銀行に比べて経営規模も小さい資産運用会社のSTP化をどの様に促進していくか、資産運用会社だけでなく業界全体で取り組むべき課題だと思います。弊社を含むITベンダーなどITシステムの提供者・構築者もよりよいSTPシステムを、お客様に納得して頂きながら、出来るだけ低コストで提供する事が大きな責務であると認識しています。

2) クロスボーダー取引対応と標準化の整備

日本では株式の圧倒的な優先市場は東京証券取引所(東証)です。その東証の非居住者(主に外国機関投資家)による売買シェアは50%を越しています。
反面、近年の日本市場の長引く低迷から、アジア、アメリカ、欧州などへ直接投資を行なう居住の個人、法人も増加しています。国際分散投資や外国物投資を行なう投資信託の割合は追加型投資信託の商品数の割合は約80%と言われています。又、投信投資顧問など資産運用会社では、海外の現地法人や海外の資産運用会社との業務提携により外国籍投信を設定している会社も目立つようになりました。

この様に、クロスボーダー取引(国境を越えて実施される取引)の機会・重要性は増加し、今後、更に増大すると思われます。しかし、クロスボーダー取引は国内取引に比べ、登場人物も増え、業務の複雑性も増します。又、まずは国内取引のSTP化から確りと実現しないとクロスボーダー取引のSTP化は出来ませんので、日本のクロスボーダー取引のSTP化は、まだまだ、発展途上にあります。
今後、急速に増える可能性があるクロスボーダー取引のSTP基盤の構築が大きな課題と言えると思います。

以下の点では標準化(特に国際標準化)の遅れが指摘されています。

証券のメッセージは、注文・出来の部分でデファクトスタンダードになっているFIXと、約定照合、決済照合に使用されているISO15022が代表的な証券標準メッセージとなっています。 FIXではアロケーションやコンファームもサポートされていますが、国内での使用事例は殆んどありません。保管振替機構の決済照合システムで使用されているISO15022でも、法制、税制の違いや、日本独自の商慣習に対応し、対象商品の不足を補うためにISO15022をカスタマイズし、保振版ISO15022として使用されています。今後は、これらの標準メッセージの更なる標準化(特に国際標準化)と、注文→出来→約定→清算→決済の中に異なる標準的なプロトコルが存在する事による障壁を極小化するための、プロトコル変局点(FIX→ISO)でのシームレスな業務・システム結合の実現が課題となります。
STP化が遅れている「コーポレートアクション対応」も標準メッセージ採用や、システムによる自動処理の促進などより業界全体としてSTP化を進める事が課題になります。
証券STPにおいては、銘柄属性や顧客・口座属性などのリファレンスデータを、如何に一元的・統合的に標準化して管理するかが大きなポイントとなります。しかし、ホールセールの証券業務は複雑かつ多様です。それ故に、銘柄属性、顧客・口座属性は複雑かつ多様になりがちです。システムも自前で構築したり、パッケージを利用したりして多元化(分散的に配置)・複雑化・多様化する傾向にあります。そのため、銘柄属性や顧客・口座属性などのリファレンスデータの一元化・統合化の実現は大きな労力とコストが必要になる場合が多いのが実情だと思います。リファレンスデータの一元化・統合化・標準化は、STPの基盤を構築する上で重要な課題だと思います。
今後は、クロスボーダー取引が増加し、グローバルな証券業務が拡大して行くことが予想されます。グローバルな証券取引を行なう当事者は、業務処理を可能な限りシンプル化・同一化するためにメッセージを標準化するだけではなく、物理的なネットワークも統一するために、ネットワークの国際標準化をすすめる事が必要となります。又、CSDやCCPにおいても、国を跨って情報を連携する事が多くなります、その際にも、ネットワークの国際標準化対応は重要な課題になります。

※コーポレートアクション:
株式の権利、配当、会社合併、第三者割当増資、株主割当増資、株式分割等の有価証券発行企業の財務上の意思決定、債務の利払いなど。
    • 処理が比較的簡単なもの
      名称変更、クーポン支払、配当支払、株式分割、株式併合など
    • 処理が複雑で難しいもの
      M&A、スピンオフ、株式公開買付、MBS 等の期限前償還など

※CSD:Central Security Depository(証券決済機関/証券保管振替機関)
※CCP:Central Counter Party(ネッティング決済システムにおける中央清算機関)

3) 国内株式以外のアセットのSTP化の促進と国内株式STPの深耕

外国物商品のみならず、国内債券やディリバティブ商品の取引のSTP化は、国内株式に比べ遅れている様に思えます。 注文や出来のデータ連携を取ってみても、国内株式はFIX対応しているが、その他のアセットについては未対応と言う会社を多く見かけます。取引量が国内株式比べて少なかったり、相対取引が多く、STP化がしづらい点がありますが、事務効率の向上、事務リスクの低減、今後のT+1化(決済リスク低減)に向けて、STP化するアセットのカバレッジを増やすことが必要になると思います。
又、国内株式のSTP化でも、会社毎のばらつきは、大きく見えます。
イレギュラー処理(障害時、エラー時、特別な場合)や、人で無くては出来ない様な処理以外は殆ど全てを自動化している会社もあれば、まだまだ、多くのプロセスに手作業を要する会社も見受けられます。進んでいる会社とそうでない会社の差はかなりあり、人(個人個人の優秀さと頑張り)で、その差を如何にかカバーしている様に見えます。

2.証券STPの今後

米国、英国では国債取引のT+1決済が実現され、ドイツでは、国債、一般債、株式取引のT+2決済が実現されています。日本でも国債取引のT+1決済実現に向けての検討がなされています。
今後は、幅広いアセットのT+1化を実現し、証券決済制度の効率性向上とリスクの低減をするために、更に証券STPは進展を遂げる必要があります。
証券STPが更に進展するためには、前述した課題を解決する必要がありますが、その施策として

などが考えられます。

高度化するITの代表例として「BPM +SOA」の採用が考えられます。
BPMは業務の連携を可能な限り自動化する仕組を提供し、SOAはビジネスプロセスの構成単位に合わせて構築・整理されたソフトウェア部品や機能を相互に連携させることによりシステムを構築する手法(アーキテクチャ)であるため、注文→出来→約定→清算→決済の各業務を適切なサービスの粒度で構成・構築し自動連携する事で、証券STPの社内STPと社外STPの両方を強力に実現する事が可能になると考えています。

最後に、日本における証券STPが進展し、日本の証券制度、決済制度の効率化と安全性が向上することで、日本市場の活性化と国際市場における地位が向上する事を祈念し、「証券STPの進展」のシリーズを終わりにしたいと思います。

筆者の拙い文章を読み、貴重なご意見を頂いた皆様、励ましを頂いた皆様に感謝すると共に、この場を借りてお礼を申し上げます。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

『WEBマガジン』に関しては下記よりお気軽にお問い合わせください。

同一テーマ 記事一覧

「トレーディング業務基礎(バイサイド編 第六回)」

2011.11.10 証券 株式会社オージス総研  有間 博道

「トレーディング業務基礎(バイサイド編 第五回)」

2011.09.09 証券 株式会社オージス総研  有間 博道

「トレーディング業務基礎(バイサイド編 第四回)」

2011.07.01 証券 株式会社オージス総研  有間 博道

「トレーディング業務基礎(バイサイド編 第三回)」

2011.05.01 証券 株式会社オージス総研  有間 博道

「トレーディング業務基礎(バイサイド編 第二回)」

2011.03.01 証券 株式会社オージス総研  有間 博道

「トレーディング業務基礎(バイサイド編 第一回)」  

2011.01.01 証券 株式会社オージス総研  有間 博道

「証券STPの進展 第三回」

2010.09.01 証券 株式会社オージス総研  有間 博道

「忠臣蔵と元祖デリバティブ取引所 」

2010.08.01 証券 さくら情報システム株式会社  遠山 英輔

「証券STPの進展 第二回」

2010.07.01 証券 株式会社オージス総研  有間 博道

「証券STPの進展 第一回」

2010.05.01 証券 株式会社オージス総研  有間 博道