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「忠臣蔵と元祖デリバティブ取引所 」

2010.08.01 さくら情報システム株式会社  遠山 英輔

 忠臣蔵にもいろいろありますが、テレビドラマにもなった池宮彰一郎の「四十七人の刺客」のストーリーは、デリバティブと切っても切れない内容となっており、ちょっと楽しむことができます。
 もちろんフィクションではあるのですが、大石内蔵助が討ち入りのために潤沢な軍資金をも工面したことについて面白いサイドストーリーが用意されています。それは、赤穂の塩を背景とした「塩相場」の操作により積み立てた簿外金と、現物としての藩米や米切手(証券化された米)の処分で得たキャッシュが、あの討ち入りを経済的に支えたというものです。まさに、「空の袋は直立しえず」なのですが、デリバティブが一役買っているというところが何とも面白いところです。塩相場を張っていたトレーダーが不破数右衛門、CFOが大石内蔵助(ALM委員長??)、何とも楽しい見立てだとは思いませんか?

 塩相場や討ち入り軍資金の出所の話はともかく、討ち入りのあった18世紀初頭は幕藩体制の中で大阪が「天下の台所」として米本位制経済の中心となり、「正米」と呼ばれる米の現物取引(米切手によるトレード)や米の先渡取引から、「帳合米」と呼ばれる差金決済方式の先物取引が発達した時期に重なります。
 幕藩体制のもとでは米本位の経済運営が基本だったわけですが、実際にはすでに全国規模の物流が発達し近代的な商品経済が確立しつつありました。幕府や藩は、この商品経済の中で、米を効率的に貨幣と交換し、また豊作・凶作のリスクをヘッジして財政を安定させるという意味で、実は非常に高度な財務オペレーションを余儀なくされていたというのが時代背景になります。
 一つのエポックは、1730年(享保15年)の大阪堂島の米会所が幕府により公認されたところになりますが、これが事実上世界で最初の先物取引所ということになります。まさに堂島はトレーダーや金融工学関係者の「聖地」と言って過言ではないようです。もちろん、デリバティブの元祖は古代ギリシャにおける「オリーブの実を搾る器械」を使う権利の売り買い(オプション取引)など諸説あるようですが、本格的なデリバティブの取引所取引は、堂島ということでコンセンサスが得られているのではないかと思われます。全国規模となる市場参加者の広がりや厚みという点でも、本格的な市場と評価しえるものと思います。

 こうした市場取引を支えるインフラも色々な意味で整ってきていたようです。米切手はその最たるものですし、こうした証券化や先渡取引の背景には、そもそも物流が整備されていることが必須要件にもなります。遠隔地間の決済手段としての為替取引、両替商などもインフラとして重要であることは論を俟たないと思います。商慣行、商道徳が確立していること(今で言うコンプライアンス)も含まれると言っては言い過ぎでしょうか?ともあれ、健全で頑健な実態経済があってのデリバティブといっても良いかもしれません。
 米の価格の伝達には「旗振り」が活用されていたという話は、ワーテルローの戦いの勝敗の情報をいち早く入手して株式で巨利を得たロスチャイルドの逸話を彷彿とさせます。
 1Kmおきくらいに人を立たせて、旗をふって数字を伝えるという、これまた「元祖」光通信、江戸期のネットワークインフラ、今風に言えばITの活用に通じるところですね。
 面白いところでは、純日本的な数学でもある「和算」の発達も重要なバックグラウンドになったようです。四則演算にとどまらず、ブラックショールズには及びませんが、かなり高度な計算が和算でも可能でした。こうして見てみると、時代や洋の東西を問わず、デリバティブなり取引所取引なりが、健全に発展するための基本的な要素は同じなのだなということが改めて実感できますね。

 いずれにしても、頑健で活発な実態経済のもとで自由で健全な市場取引のシステムが確立されており、分厚い実需とヘッジのニーズがあり、多数のスペキュレーター(リスクを積極的にとる投機筋)が存在する、という意味で、この堂島の帳合米取引は良いお手本になるものだと思われます。金融工学をもてあそんで現実の経済から浮き上がったスキームに踊らされてリーマンショックに直面した現代の我々が学ぶところが多いようです。同時に、もっともっと、このように誇るべき世界最初の本格的な先物取引の話が日本発であることを海外にも知ってもらえればと、改めて思います。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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