技能伝承における組織文化・コミュニケーション課題について考える ~DX時代にこそ必要な「人間重視型」のアプローチとは~
人口減少により人材不足が深刻化する日本では、技能伝承の促進がこれまでになく求められています。そんな中、従来の直接的な指導やOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)、マニュアル作成に加えて、最近ではVRやアイトラッキングといったデジタル技術などを用いた対策がとられていますが、やはり課題は依然として存在します。技能伝承は単なるスキルやノウハウの水平展開ではなく、仕事に対する姿勢や組織文化等の伝承も含まれると考えられます。この部分についてはこれといった打ち手を見出せず、検討中の企業も多いようです。本コラムでは、その検討のヒントとなる「物質タスク型」と「人間重視型」という2つのアプローチをご紹介、「人間重視型」の重要性について述べたいと思います。
技能伝承とは
技能伝承とは、経験豊富な技術者や職人が持つ貴重な知識や技術を次世代に引き継ぐ重要なプロセスであり、組織文化とも深く関わっています。このプロセスは、特定の業界や職種において、重要なスキルやノウハウを失わずに維持するために不可欠であり、また、伝承と同時に、組織全体の技能向上の手段としても用いられています。特に、熟練の技術や職人技術が求められる分野では、技能伝承は企業や組織の持続的な成長を支える基盤であり、現場でのイノベーションを促進します。例えば、現在多くの作業現場で必須とされている「指差呼称」は、一説によると、ある蒸気機関車の運転士が機関助手に信号の確認を指差しの動作で行わせていましたが、その有効性が認められ、組織全体、さらには業界を超えて広まった、と言われています。
技能伝承は、単なる技術の受け渡しだけでなく、経験から培われた問題解決能力や、仕事に対する姿勢、職場文化の理解なども含まれ、組織文化の醸成にもつながります。そのため、技能伝承は一朝一夕に成し得るものではなく、計画的かつ継続的な教育と指導が必要で、ナレッジシェアの仕組みづくりも大切です。伝承を成功させるためには、伝承者と受け手の信頼関係が不可欠であり、双方向のコミュニケーションがその要となります。
技能伝承の成功は、組織の競争力を高めるための鍵となり、その企業はもちろんですが、業界全体の革新や発展にも大きく貢献し、イノベーションの加速をもたらします。したがって、各組織は自らの状況に最適な伝承方法を探求し、実践することが求められています。
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技能伝承における課題
技能伝承において、ベテラン労働者が退職する際に、その専門知識や技術が次世代に十分に受け継がれないことは大きな課題のひとつです。この背後には、次世代の労働者が少ないことや、技能伝承の方法論が欠如していることが影響しています。
この方法論の欠如についてもう少し考えたいと思います。多くの企業は体系的な教育プログラムを持たず、個人の経験に依存する傾向があります。このため、技能が個人の経験や解釈に左右され、標準化されていないことがしばしば起こります。
また、デジタル技術の進化により、新しい技術が日々登場している中で、伝統的な技能の維持プロセスが問われています。デジタル技術の活用は技能伝承をより効果的にする可能性を秘めていますが、その導入には適切な知識と管理が不可欠です。
「物質タスク型」と「人間重視型」のアプローチとは
ここで、技能伝承における、「物質タスク型」と「人間重視型」の2つのアプローチをご紹介したいと思います。物質タスク型は、具体的な作業や手順にフォーカスし、標準化された手法で一貫したスキル伝達を実現するアプローチです。一方、人間重視型は、コミュニケーションや指導者の経験を重視し、個々の成長と創造性の促進を実現するアプローチです。この方法では、スキルの背景にある、熟練者の意図や価値観を共有することも目指します。成功する技能伝承には、職場環境に応じて適切なアプローチを選び、両者の利点を組み合わせることが重要です。これにより、組織全体のスキルレベルを向上させることが可能となるでしょう。
物質タスク型アプローチの特徴
物質タスク型アプローチは、技能伝承においてプロセスや手順の効率化を追求するための最適な手法です。このアプローチでは、特定のタスクや作業を成功に導くために必要な物理的要素や技術的工程に着目します。作業手順書やチェックリストを活用することで、業務を標準化された方法で進められるようになり、作業のばらつきを減少させ、一貫した成果を達成することが可能です。ただし、効率性を重視するあまり、従業員個々が持つ創意工夫や経験が軽視されるリスクも存在します。そのため、マネジメント層は物質タスク型アプローチを導入する際に、業務の効率性と従業員の成長や満足度を両立させることにも注意を払うことが必要です。従業員が新しい技術を習得し適応できるよう、研修や教育プログラムの提供も、このアプローチの一環として考慮すべきでしょう。このようにすることで、組織全体の生産性を向上させると同時に、従業員のスキルアップをも促進できます。
物質タスク型アプローチ推進におけるポイント
このアプローチは、最新の技術やツールを活用し、業務の自動化や効率化を進めることでヒューマンエラーを最小限に抑えながら、作業のスピードと精度を向上させます。取り組みの規模が大きいほど効果も大きくなるため、事前に綿密な計画を立てることが重要です。さらに、チーム内での情報共有を徹底し、各メンバーが自身の役割を理解し、その役割に基づいて行動することも重要です。これにより、各メンバーの作業が全体の目標達成にどのように貢献するかを把握でき、チーム全体が一丸となって効率的に動くことが可能となります。物質タスク型アプローチの成功は、組織全体の生産性向上に大きく寄与するため、これらのポイントを確実に押さえることが極めて重要です。
人間重視型アプローチの特徴
このアプローチは、作業手順や技術的スキルの伝達を超え、経験、感情、価値観といった人間的な要素を包括的に考慮する解決手段です。オープンなコミュニケーションを促進し、信頼関係を築き合うことで、従業員が安心して学び、成長できる環境を整えることを目指しています。また、メンターやコーチの役割を通じて個々の強みを引き出し、モチベーションを高めることにも重点を置きます。このようなアプローチによって、従業員は自らの学びを深め、組織内で持続的、また自立的な成長を遂げることが可能です。さらに、チーム全体の協力を強化し、長期的な人材育成に大きく貢献することも特徴です。この方法は、特に変化の激しい現代のビジネス環境で求められる、柔軟性と適応力を持つ組織文化づくりに欠かせません。
人間重視型アプローチ推進におけるポイント
人間重視型アプローチにおいて、活発なコミュニケーションは必須であり、管理職と部下や同僚同士の対話を通じた信頼関係の構築がとりわけ重要です。さらに、従業員の意見を尊重し、業務改善や問題解決に反映させることによって、チームワークを強化することが求められます。これらのポイントを押さえておくことで、人間重視型アプローチは、組織文化を礎にした、個人ではなく組織としての強さや、技能伝承を通じた人材の自立的、持続的な成長を支える基盤として役立ちます。
物質タスク型と人間重視型、導入の現状
日本の企業における「物質タスク型」と「人間重視型」のアプローチは、業種や企業文化、経営方針によって異なる傾向が見られます。特に製造業やIT業界といったプロジェクト管理が重要視される分野では、効率性や生産性を優先する「物質タスク型」が主流です。このアプローチにより、業務の標準化や効率的なプロセス管理が可能となり、短期間での成果達成が期待できます。最近では働き方改革の影響もあり、「人間重視型」へのシフトが進む企業も増えていますが、それでも「物質タスク型」が依然として主流です。「人間重視型」、つまり組織文化やコミュニケーションを重視した技能伝承は、まだ十分に浸透していないと考えられます。
DX時代にこそ必要な「物質タスク型」と「人間重視型」の融合
DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展により、ビジネス環境は急速に変化しています。この変化の中で、企業が持続的な成長と競争優位を維持するためには、従来の「物質タスク型」重視のアプローチに加え、「人間重視型」アプローチも取り入れたバランスの良い取り組みが必要です。
そのためには、従業員のエンゲージメントを高め、チームワークを促進し、個々の社員が自分の役割に対してオーナーシップを持てる環境を整えることが求められます。これによって、社員は自らの仕事に対する責任感を持ち、より積極的かつ創造的に業務に取り組むことが可能になります。このアプローチは、前例のない事態や、複雑化する問題に対処できる組織に必要となります。
さらに、「人間重視型」アプローチは、顧客との関係構築にも大きな影響を与えます。画一的な対応ではなく、それぞれの顧客のニーズを深く理解し、創意工夫し個別化されたサービスを提供できるようになれば、顧客満足度を向上させ、長期的な信頼関係を築くことが可能となります。これにより、ブランドのロイヤルティを高め、企業の競争力を強化することができます。
DX時代において、デジタル技術に頼った暗黙知の可視化や標準化、体系的な教育体系を構築することは非常に重要です。一方、組織文化やコミュニケーションといった、人間の持つ独自の能力を活かすべきことも、やはり重要かと考えます。人間の技術を融合させたアプローチこそが、企業の成長と持続可能性を支える鍵となるのではないでしょうか。
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2025年2月13日公開
※この記事に掲載されている内容、および製品仕様、所属情報(会社名・部署名)は公開当時のものです。予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。
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