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「BPOに活かすITガバナンス」

2012.06.12 株式会社オージス総研  小山 孝司

 

 私の本務は、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(以下BPO)の推進です。現在は、経理業務BPOの本番運用の管理を担当しています。今回は、「BPOに活かすITガバナンス」というテーマで少し検討をしてみたいと思います。

 BPOは、主にノンコア業務の経費節減のために行われることが多いのですが、実施を決定するまでには、アウトソースの可能性の検証(業務の難易度やリスク)、コストの試算、範囲の決定、受け皿の整備(設備、人等)など多くの検討、準備が必要です。

 ここでは、BPO実施が決定した後の課題について考えてみます。実際にBPOを運用、推進していく上での課題としては、以下のようなものがあります。

 これらの課題のすべてがITガバナンス関連領域の施策で解決できるわけではありませんが、BPOの正確かつ効率的な運用に活かせるITガバナンス施策として以下があります。これらについて順に説明させていただきます。

  1. 業務マニュアル作成と教育
  2. セキュリティ対策 (インフラ、アプリ、物理環境、証憑送付手段)
  3. サービスレベル管理 (SLA、業務マニュアルと補助資料、オペレータ管理)
  4. 業務改善

1. 業務マニュアル作成と教育

 業務をBPOするには、受託者(オペレータ)に業務を理解してもらう必要があります。一般的な企業において、業務が誰でも実施できるように文書化されていることは非常に稀です。多くは、口頭や断片的な資料によって人から人へと受け継がれます。BPOを行うに当たっては、誰でもそれを見れば業務が実行できる「業務マニュアル」(業務フローと操作手順、基準類)を整備することが不可欠です。

 なお、せっかく業務マニュアルを作成するのであれば、現行の業務の進め方をそのまま踏襲するのではなく、現行を一旦可視化し、BPOするという観点で、可能なところは簡素化、共通化などの見直しを行い、「あるべき」業務フローとして作成し直すことが望ましいです。

 業務マニュアルの作成は、種々の方法が考えられますが、最初に作成方法をきちんと決めてから、複数の業務に取り組むことが大事です。弊社の方法論なども参考にしていただければと思います。また、弊社では、Excelで効率的に業務フローの作成ができる業務フロー作成ツールを無償でご提供しています。

 業務マニュアルの作成と誰が行うのかという問題もあります。業務マニュアルは、現在の業務遂行者が作成するのがベストのように思えますが、時間的な制約やツール利用に慣れていないというような問題があって、思うように進まないことが多いです。
 また、オペレータに、業務教育をどのように行うのかを考える必要があります。オペレーションのマネジャーが代表して教育を受け、各オペレータに展開する方法と、最初からオペレータ全員が教育を受ける方法があります。前者は、マネジャーに負担がかかり各オペレータの習熟レベルも上がりにくいという特徴が、後者はオペレータへの教育が行き届きコミュニケーションも密になりますが、比較的コストが大きいという特徴があります。
 業務マニュアル作成と教育をバランスよく行う方法として、オペレータ全員にOJTとして業務教育を行い、その中でオペレータ自身が業務遂行方法を業務マニュアルに落としていくという方法があります。教育中にシステムの画面ショットなども操作手順に含めていきます。ややコストのかかる方法ですが、現在の業務遂行者に過度の負担がかからず、現実的に進めやすいので、弊社では採用した実績があります。また、アウトソースする業務範囲が広い場合などには、マネジャー+選抜オペレータで上記内容を実施するという組み合わせも可能です。

2. セキュリティ対策

 BPOを実施するということは、業務を外部で行うために社内の重要情報を何らかの形で第三者に提示するということです。当然、権限のない者が情報にアクセスしたり、漏洩したりするリスクを考慮する必要があります。BPOを発注する側の考え方により、BPOベンダーをパートナーとして捉え社内システムをそのまま使わせるケースもありますし、社外は社内と違って目が届かないとして、高いセキュリティ環境を用意する場合もあります。特に海外で実施する場合はセキュリティを重視する傾向があります。ここでは、高セキュリティの事例を紹介します。

A. BPO執務環境

 (1)IDカード認証による入館
 (2)指静脈認証によるBPOエリア入室
 (3)共連れ防止ゲート(前扉と後扉の間で一人と認識されないと扉が開かない)
 (4)指静脈認証によるPCログオン
 (5)監視カメラによりBPOエリア全体を監視
 ※指静脈認証は、精度が高く、表面の傷等に影響されにくい

B. 通信回線

 以下のような選択肢があり、コストと性能・セキュリティの天秤になりますが、企業のタイトなBPOであれば、帯域保証のある専用線またはIP-VPNをお薦めします。
  • 専用線
  • IP-VPNサービス
  • Internet-VPNサービス
  • インターネット

C. システム環境

 (1)利用するすべてのアプリケーションははXenApp(メタフレーム)上で動作させる
  • 現地PCには画面情報のみ提供され、データを保存することはできない
  • ローカルドライブ使用、ローカル印刷、ローカルとのクリップボード共有は禁止
  • ストレージは共用ファイルサーバのドライブのみ利用可能
 (2)アプリケーションはオペレータ専用メニューを用意し、使える機能を制限
 (3)メールは外部との送受信ができない特殊なアカウント
 (4)独立ネットワーク(オフィスの他のネットワークとは分離)
 (5)Webは、ホワイトリスト方式により必要なバンキングサイト等のみ利用可能
 (6)全操作ログを取得

D. 証憑送付方法

 経理業務BPOでは、請求書や領収書等の証憑を確認して申請を処理する必要があります。社外の遠隔地、特に海外の場合は証憑の送付が問題になります。日数がかかり、紛失のリスクもゼロではありません。これら解決する事例として、以下のように証憑をスキャンする方法があります。
 (1)デジタルカメラ方式のスキャナを利用(クリップ止めや貼付への対応と高速性のため)
 (2)業務分類別トレーに証憑をストックし、スキャン時に業務分類を選択入力
 (3)確認用カラーと保管用モノクロを同時スキャン(各々複数ページPDF)
 (4)スキャン完了と同時に自動的にワークフロー起票(案件として登録)

3. サービスレベル管理

 BPOの契約においては、通常、実施する業務範囲とそのサービスレベルおよび対価が定められています。サービスレベルの代表的なものには以下の二つがあります。

 適時性は、一般的に体制を厚くすれば守れる可能性が高くなりますが、当然原価が上がりますので、不用意に人数を増やすわけにはいきません。少ない人数で、いかに適時性を満足するか、即ち生産性をコントロールすることが重要になります。また、業務には月次などのピーク性をもつものが多くあります、これを吸収し、かつ最少の人数で実施するためには様々な工夫が必要です。

 

 サービスレベルは、目標を達成できなければペナルティを課すことも考えられますが、実際にペナルティを課している例は少ないようです。また、適時性、正確性とも、BPOを運用してみないと正確には決められないという面もあり、通常は仮決めしたうえで半年程度運用してみて見直すということが行われているようです。

 正確性目標を決めるに当たっては、どのようなミスでも1件は1件としてカウントするのではなく、重要な項目のミスかどうかという重要度を考慮した設定の方が、実効性があります。例えば、支払い漏れや二重請求につながるようなミスは、最重要と位置づけ目標値を100%にし、システムのコメント欄の記入ミスは軽微なミスとしてカウントしないなど、メリハリをつけます。これにより、業務を実施するオペレータは、注意すべきポイントが明確になり、かつ、軽微なミスは重大ミスと同様の扱いを受けることがないなど、モチベーションアップにつながります。オペレータが重要と意識し、ミスをしないよう努力すべき項目が、そのまま正確性の目標につながっていれば良い目標設定といえます。

 適時性や正確性を遵守するためには、全体として数値管理だけでなく、オペレータ個人の生産性や正確性に踏み込んだ管理が必要になります。業務のボリュームや難易度を考慮した個人生産性の管理、業務種別ごとのミスの質(重要度)や頻度などの分析を含む個人生産性管理などが重要です。個人の苦手業務やミスパターンに沿った補習やトレーニングを行ったり、面談による指導や動機付けを行ったりします。場合によっては、適性不足という判断もします。効果的なトレーニングを行うには、使いやすくまとめられた業務マニュアルや判断基準などの補助資料が不可欠なのは言うまでもありません。

4. 業務改善

 ここで言う「業務改善」は、日々の業務処理の工夫よりはもう少し大きな意味で使っています。通常、BPOを行う場合の業務改善には、(1)業務可視化(業務マニュアル作成)、(2)業務標準化(共通化)、(3)業務最適化の3ステップがあると言われています。

 先にも述べましたが、BPOの効果を最大限に出すためには、BPO運用に入る前に(1)と(2)のステップを実施することが望ましいといえます。(1)業務可視化(業務マニュアル作成)だけで運用に入ると、やはり、似て非なる業務プロセスが複数存在したり、判断基準が複雑であったり、利用するシステムが多かったりして、業務の効率的運用や新人トレーニングが難しくなる傾向があります。
 一方、BPO運用開始前に、(2)業務標準化(共通化)を行い、業務をできるだけシンプルにすれば、業務習熟がしやすくなり、時間性(生産性)や正確性のSLA(品質)向上にもつながります。また、一般的に一年間で30%前後と言われるBPOオペレータの離職率をカバーするためには、継続的な新人採用とトレーニングが必要ですが、業務がシンプルであれば、オペレータに対する要求スキルレベルをいたずらに上げる必要がなく、また、新人トレーニングも短期間で可能になるというメリットがあります。

 現実には、(2)業務標準化(共通化)を行うには、長い期間と大きな費用がかかる傾向があるため、十分に実施されていないことが多いと思われます。その業務の先にあるお客さまとの力関係や旧来からの組織の違いによるローカルルール、それぞれの業務に特化(最適化)されたシステムなど、標準化(共通化)を阻害する要因は枚挙にいとまがありません。しかしながら、効率的、安定的なBPO運用やコストダウンを望むのであれば、仕組みに業務を合わせ、システムも統一するくらいの覚悟が必要ではないでしょうか。また、BPO運用を開始してからでは、業務マニュアル再作成やオペレータ再教育など二度手間につながることが多いため、できるだけ事前に実施することが望ましいと思います。

 事前に行うことが望ましい業務改善ですが、BPO運用を開始したからと言って手をこまねいている訳にはいきません。BPO運用を行いながら、(2)業務標準化(共通化)にどう取り組むべきか継続的に検討し、実施に移していく必要があります。なお、(3)業務最適化は、業務遂行の最終チューニングと考えていただければ結構です。

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

 

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