スタンフォード大学デザインスクール「d.school」※1では、デザイン思考のステップとして次の5つを定義しています。前回は"共感"のステップについて説明しました。今回は、"問題定義"のステップについて見ていきます。
"共感"のステップでは、インタビューや行動観察を通じて、インサイト{洞察}を獲得することが最も重要な目的です。
しかし、インサイト{洞察}とはユーザ自身も自覚していない性質のものなので、インタビューアーや分析者がインタビューや行動観察を終えたとしても、そこで取得した情報がインサイト{洞察}を捉えたという確信を得るには至りません。そこで、次の"問題定義"のステップで、どのような視点で問題を捉えるかを定めます。これを着眼点(POV:Point of View)と言います。この着眼点がインサイト{洞察}を捉えていれば、後続の"創造"や"プロトタイプ"のステップにおいて、適切に問題解決を行えるわけです。そうなれば最後の "テスト"のステップでユーザは自分がまさに欲しかったものだと、実感できる訳です。しかし、着眼点がインサイト{洞察}を捉えていなければ、"テスト"のステップにおける、ユーザの反応は冷ややかなものになります。これはつまり、"問題定義"が間違っていたということであり、"問題定義"を再度やり直す必要があります。
"問題定義"が間違っていた原因としてはインタビューや行動観察が不十分だった可能性もあるでしょう。しかし実際には、十分な時間をとってインタビューや行動観察を行ったとしても、100%正しく、インサイト{洞察}を捉えたという確信は得られるものではありません。それよりも、ある程度の確信が得られた時点で、次の"創造"のステップに進んでしまったほうが賢明です。
もし"問題定義"が間違っていれば、元に戻ってやり直すことを前提にします。そのため、"創造"、"プロトタイプ"、"テスト"のステップもそれほど時間をかけずに、迅速に進める事が重要です。「小さく失敗する。」というのがデザイン思考の基本的なスタンスです。
そのためにも、"問題定義"においては、その問題の本質的な箇所に対して、焦点を絞り込んでいくことが重要です。焦点がぼやけているより、焦点が絞られ制約があるほうが、次の創造のステップにおいて、アイディアは出しやすくなります。たとえば、『アイディアのちから』※2によると、15秒間で、「白いものを思いつく限り書きなさい。」と「冷蔵庫の白いものを思いつく限り書きなさい。」との2つの指示を比較すると、後者の方が多くのものを思いつくということです。「冷蔵庫の」制約が設けられたほうが焦点が絞られ、かえってアイディアは出しやすくなります。
図1 共感マップ
さて、では実際の"問題定義"の手順を話していきます。
"問題定義"の最初の作業として、インタビューなどを通じて得られたユーザの情報を整理します。整理には、共感マップを利用することができます。
共感マップには、4つの領域を設けて、それそれ、"発言"、"行動"、"考え"、"気持ち"を書き込んでいきます。複数人で行う時は、模造紙やホワイトボードにポストイットを貼り付けて行くのが良いでしょう。"発言"や"行動"など表面的なことは、埋まりやすいですが、"考え"や"気持ち"まではなかなか聞きだせていない場合もあります。必要に応じて再度インタビューをしたり、"考え"や"気持ち"を推測する必要があります。
そして、次の作業として、この共感マップの情報を元にユーザのニーズやインサイト{洞察}を定めます。
しかしインサイト{洞察}だけを一気に抽出するのは難しいかもしれません。このときは、カスタマージャーニーマップを用いてユーザの周辺を明らかにして考えていくのが効果的です。カスタマージャーニーマップは、ユーザがサービスを通して接する様々な時点(タッチポイント)を記述したグラフです。
カスタマージャーニーマップの書き方(項目など)は、様々あります。図2はニューヨーク近代美術館(MoMA)に行ったユーザのカスタマージャーニーマップ(CUSTOMEREXPERIENCE MAPとも言います)の一例です。比較的理解しやすいと思いますので例にあげます。
縦軸は、ユーザのサービス経験(Service Experience)、その時の期待(Expectations)や感情の起伏(Emotional Experience)が表現され、横軸は時系列にタッチポイントが表現されています。
図2上段のユーザのサービス経験(Serivece Experience)には「Get into MoMA」、「Go up to 3rd floor」など実際に行った活動(Activities)や、「Main hall」、「on the 3rd floor」などの周りの環境(Environments)、そして「talking …」、「looking for exhibition」などのインタラクション(Interactions)、さらに「Taxi」、「Ticket」などのオブジェクト(Objects)や「Me + Taxi driver」などのユーザ(Users)が記述されています。
図2中段の期待(Expectations)は、「More bright light needed」などのユーザの要望など記述され、下段の感情の起伏(Emotional Experience)には、その時のユーザの気持ちがグラフ形式で表現されています。
これを見ると活動(Activities)の「(8)Listen to the professor's explanation」のところで感情の起伏(Emotional Experience)がマイナス方向に大きく落ち込んでいます。その時の期待(Expectations)は、「more information」とあり、ここが、ユーザが問題だと思っている点(pain point)です。このポイントがユーザを理解する上で参考になります。
こうしたカスタマージャーニーマップを用いれば、ユーザを取り囲む状況や気持ちの理解が進み、インサイト{洞察}を抽出する助けになるのではないかと思います。
図2 カスタマージャーニーマップの例
出典:Sue Design4http://suedesign4.wordpress.com/deliverables/task-3/
今回は"問題定義"を見てきました。ここでは、対象領域の問題に対して適切に焦点が絞られることが重要です。抽象的すぎては、次の"創造"のステップで解決策をつくるのが難しくなりますし、あまり具体的すぎてもユーザの要望の一部しか捉えられず、そこから導き出される解決策は不十分なものになってしまいます。
ユーザのニーズおよびインサイト{洞察}が正しく抽出されたかどうかがとても気になるところです。しかし残念ながらこの段階ではその判定はできません。それは、"創造"、"プロトタイプ"のステップで実際の解決策を得て、"テスト"のステップで検証します。そこで実際にユーザに試してもらい、ユーザがどう反応するかを見て判定します。
※1 | スタンフォード大学デザインスクール(「d.school(Institute of Design at Stanford)」) |
http://dschool.stanford.edu/ | |
※2 | 『アイディアのちから』日経BP チップ・ハース+ダン・ハース 著 飯岡 美紀 訳 |
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