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「デザイン思考 その2 -登場の背景-」

2013.08.09 株式会社オージス総研  竹政 昭利

 前回は、「デザイン思考」の言葉の印象から、誤解される場合があるということを書きました。「デザイン思考」は、デザインファームIDEOの考案した手法で、イノベーションを実現するプロセスと言えます。
 IDEOの共同創設者であるデイビッド・ケリーは、スタンフォード大学デザインスクール(「d.school(Institute of Design at Stanford)」)※1の創立に参画しています。
 d.schoolは、B.school(旧来のビジネススクール)を意識して付けられた名前で、デザイン思考を教えています。
 米国のビジネススクールでは、企業経営は、分析的に全てを明らかにして計画を立てていくものであると捉えられています。そこでは形式知に重点が置かれていると言えます。
 かつてのように右肩上がりの予測可能な時代ならば、分析的に問題と対策を明らかにしていく問題解決の手法は有効でした。ところが今は、予測が困難な不確実性の時代です。これまでの延長線上だけで考えるのではなく、全く誰も考えていない、やったことのないアイディアが求められます。つまり不確実性に焦点をあてた、イノベーションが必要とされます。
 日本では、しばしばイノベーションを技術革新と訳しています。1958年の経済白書で技術革新と訳されたのが最初と思われますが、この訳によって日本では、イノベーションが正しく理解されない状態がおきているように思います。
 たとえば羽根のない扇風機と言えば、Dysonを連想するでしょう。これはイノベーションの例としてあちこちで取り上げられました。しかし実は、東芝が30年も前に羽根のない扇風機を発明し、特許を出願していたということです。東芝は技術は持っていました。けれども、その技術は埋もれてしまい日の目を見る事もなく、イノベーションを起こしたのはDysonでした。※2
 また、日本企業のエンジニアが、iPadを分解して、要素技術は全部持っているというレポートを書いたという話を聞いたことがあります。その日本企業のエンジニアにとって、iPadは技術的に目新しくなかったわけです。するとAppleは既存技術の組み合わせで、イノベーションを実現したということになります。
 なぜ、日本においてこれらのイノベーションが起こらなかったのでしょうか?
 IDEOでは、イノベーション実現の要素には、Viability(Business)、Desirability(Human)、Feasibility(Technical)の3つがあると紹介しています。この3つのバランスが重要ですが、前述の羽根のない扇風機やiPadの例を見ると日本では、技術面やビジネス面のみを重視しすぎて、Desirability(Human)すなわち、人びとが何を望んでいるか?という点について考慮が足りなかったと思われます。

イノベーションの要素引用  http://www.ideo.com/about/
図1 イノベーションの要素
 引用http://www.ideo.com/about/

 つまり新規性のある技術でなくても、優秀なビジネスモデルによってイノベーションは起こせるけれども、その逆はないということでしょう。
 重要なのは、技術そのものが既存のものか新規性のあるものかではなく、それらの技術を使っていかに顧客を満足させるか、ということになります。
 顧客の満足を考えるときには顧客が意識している要望だけでなく、本人も意識していない暗黙的な要望も取り入れることが必要になります。
 デザイン思考の考え方は、少し前の日本では、それほど珍しくないものではなかったという指摘があります。会社の経営者も含めて、技術、営業など色々な人がいつでも話し合いながら仕事を進めてきたわけです。ただそれが意識して行われていなかったため、会社が大きくなり部署ごとの分業が進むと、このデザイン思考的なものは失われてしまったのです。
 ホンダの「ワイガヤ」は、手法として比較的有名ですが、手法として明確にならずに、忘れ去られたものも多いのではないかと思います。

デザイン思考は、手法として体系化したものと位置付けることができます。

 図2にある9つの点を4本の直線で一筆書きして下さい。こう言われたとき、多くの人はこの9つの点がある範囲だけで考えてしまうのではないでしょうか?

形式知
図2 形式知

 この一筆書きを考えるときに、まだ明らかでない、暗黙知に目を向けてみましょう。図2で、明らかであった9つの点の外側に新たな点を設定します。そしてその点を利用すれば、一筆書きを完成することができます。
 言われてみればそうだなで終わってしまいがちですが、暗黙知は本人さえも自覚していない知識です。自分一人ではなかなか気が付きません。そのため複数の人と関わりあい、あれこれ試行錯誤することで、初めて暗黙知の輪郭を捉える事ができます。

暗黙知の形式知化
図3 暗黙知の形式知化

 図の一筆書きの例でも暗黙知の中に新しい知識を見出し、暗黙知を形式知に変換することで知識が広がった訳です。
 イノベーションも同じで見えている範囲内(形式知)で、色々と考えたとしても、その枠組みから飛び出すことはできません。
 イノベーションは、だれもが正解がわからない、やってみないとわからないものです。この暗黙知を形式知にしていくプロセスにおいてデザイン思考が利用できるのではないでしょうか?
 イノベーションの実現は、形式知の分析だけを行うのではなく、実際にやってみる過程で暗黙知をも明らかにするということです。
 言い換えると暗黙知をとらえる手法(プロセス)を形式知として整理したものがデザイン思考と言えます。
 ところがここで、対象が形式知でないものを形式知としてとらえようとしているため、誤解がつきまといます。
 よくある誤解の1つは、デザイン思考の手法(プロセス)を実現すれば、だれがやっても必ず素晴らしい結果が出る手法であると思ってしまうところです。対象が暗黙知のため、どのような結果が出るかは必ずしも予測できるものではありません。
 そのため暗黙知を扱っていることを意識してデザイン思考を使う必要があります。また、デザイン思考は新たな発想を得るのに強力なパワーを発揮しますが、そのビジネスモデルへの展開においてはビジネスモデルキャンバスやシミュレーションといった技法を組み合わせるとよいでしょう。

※1スタンフォード大学デザインスクール(「d.school(Institute of Design at Stanford)」)
※2ITmediaニュース 「"羽根のない扇風機"、30年前に東芝が発明していた?」

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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