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「サービスデザイン思考―インサイトとプロトタイプ―」

2016.09.15 株式会社オージス総研  竹政 昭利

1.はじめに

サービスデザイン思考のワークショップを実施すると、プロトタイプやアクティングアウトを行う必要があるのか?という質問をよく受けます。アイディアが出ているのならば、それを単純に言葉で説明して評価すれば十分ではないのか?というわけです。
通常、誰かに何かを説明をする場合、言葉というものが欠かせません。言葉を全く使わなければ、相手に少しも伝わらないことは確かでしょう。言葉があれば文字にして多くの人に伝えることもできます。しかし、言葉だけではなかなか伝わらず、歯痒さを感じたことはありませんか?たとえば新しいサービスを考案し商品化するならば、それはどのような場面で、どのような人が、どのようなニーズを感じて利用するものなのか、などの説明が必要です。もしそのとき説明を受ける側(人)が、実際に同じような体験をしていたり、似たようなニーズを感じたことがあるのであれば、説明も頭にスッと入ってくることでしょう。
しかし、そのような体験がないと、言葉だけで説明されても、どうにも他人事のようで腑に落ちないまま終わっていった、という事も多いかと思います。それを解消するためにプロトタイプやアクティングアウト(寸劇)があるのです。今回はそれをもう少し詳しく説明します。

2.知識とは?

ところで、知識とは、言葉で表現できるものだけでしょうか。もしそうだとしたら、言葉を持たない動物などは、知識を持ちえないということになります。
はたして動物は知識を持っていないのでしょうか?
たとえば、過去に狩人に鉄砲で撃たれて、手傷をおったことがある動物は、人間を警戒するようになります。また、池の鯉は手を叩くと餌をくれるものと思い、集まってきます。
これらもまた、知識と言っても良いと考えられます。
しかし、知識を持っていたとしても、言葉を持っていないと、この知識を他者に伝えることは困難です。
同じ池の鯉は、言葉を交わしているわけではありませんので、手を叩いたところに行くと餌があるという知識が、鯉から鯉に伝達されたわけではありません。
手を叩いたところに行っても餌をもらえないこともあったでしょう。鯉の気持ちは正確にはわかりませんが、鯉は手を叩くのが餌をまく合図であると明確に認識しているわけではないかもしれません。手を叩いた音の所に行くと過去に良いことがあった、程度に思っているのでしょう。
これらの過去の経験がイメージとして記憶され、手を叩いたところに集まるという行動をとっているのでしょう。
そして、鯉が言葉を持っていないということは、知識が言葉に紐づけできないということでもあります。このとき知識はイメージとしては存在しています。その知識を引き出すきっかけが、言葉ではなく、手を叩く音であるわけです。
これらの知識のイメージは言葉に紐づけされていないため、鯉がなぜ、感情としてそのような行動をとっているのか論理的に説明はできません。そして同じ池にいる鯉は、この感情を共有することによって、同じ行動をとっていると言えます。

3.インサイト(洞察)

サービスデザイン思考では、まず顧客のインサイト(洞察)を捉えることが重要です。インサイト(洞察)とは、顧客自身も気が付いていないニーズです。ここで「気が付いていない」と限定されています。これは本人も「気が付いていない」ことなので顧客に尋ねても説明してくれません。しかし、顧客は実際にサービスや製品が提供されて、使ってみることで、「これがまさに私が求めていたものだ!」とはっと気づくことがあるのです。この気づきはなぜおこるのでしょうか?
先ほど、2.で鯉の話をしました。鯉は言葉を持っていないので、膨大な過去の経験は、イメージとしてのみ記憶されています。
一方、人間は言葉を持っていますので、言葉で記憶したり、日記などに書き留めたりすることができます。そうはいっても人間もすべての知識を言葉にしているでしょうか?生まれてから現在までの全ての経験をすべて言葉に変換しているわけではありません。言葉に変換されていない、イメージで記憶されているものも多くあります。むしろ比率で言えば言葉に紐づけられていないイメージの記憶の方が多いのではないでしょうか?
言葉とイメージが紐づけられていれば、その言葉でイメージを呼び出すことが出来ます。そして言葉は、話すこともできますし、読んだり書いたりすることもできます。
そのため、言葉に紐づいたイメージを共有することが比較的容易です。
ところが、言葉とイメージが紐づけられていない場合はどうでしょうか?言葉というインデックスというべきものが存在していないため、他人と共有することが難しいですし、言葉で説明されてもすぐにイメージが引き出せず、ピンとこない場合もあります。
言葉で表現できるものを通常のニーズとすると、言葉で紐づけられていないイメージとしてのニーズをインサイト(洞察)と言うことができるでしょう。人はニーズのイメージは(それが漠然としたものであったり、混沌としたものであったりするにしても)元々持っているのではないでしょうか?ただ、そのニーズには言葉というインデックスがついていないので、他人にこうしてほしいと説明することが難しいですし、またイメージを呼び起こすきっかけが言葉ではないということになります。

4.プロトタイプとアクティングアウト

言葉に紐づけられていない過去イメージに到達するためには、五感を刺激することが有効です。過去の経験は言葉になっていなくても、五感と一緒に記憶されている場合があります。夕日がきれいだと思った過去の経験は、夕日を描いた絵や写真をみることによって思い出されます。またとても雰囲気が良く味も良いレストランでの経験は、その時に流れていた音楽を聴くことにより思い出されるかもしれません。
絵やイラストは視覚に訴えますので、過去のイメージを呼び起こすきっかけになります。しかし、刺激されるのは主に視覚のみです。もしプロトタイプを作るならば、それを実際に触ることができます。触ることで触覚が刺激され、より過去のイメージを呼び出すきっかけが多くなります。
同様に、アクティングアウトを行うことにより、視覚、触覚、に加えて、聴覚、さらに場合によっては嗅覚や味覚を刺激することができます。
そのため、言葉だけより絵、さらに絵だけよりプロトタイプやアクティングアウトの方がより容易に言葉に紐づけられていないイメージに到達できる可能性があります。
このとき重要なのは言葉に紐づけられていないイメージに到達する(触れる)ことなので、絵のうまい下手、プロトタイプの精度はそれほど重要ではありません。

5.まとめ

インサイト(洞察)を捉えていないと、いくら良いアイディアを出したとしても的外れなものになってしまいます。
インサイト(洞察)は、言葉に紐づけられていないイメージとしての知識と考えられます。
そのため、インサイト(洞察)は、単純に質問するだけでは引き出すことはできません。そのため、行動観察やデプスインタビューなどの手法を用いる必要があります。
また、そのようにして引き出したインサイト(洞察)に対するアイディアを考えますが、顧客はそのインサイト(洞察)がまだ言葉との紐づけがされていないので、アイディアを言葉で説明したとしても、あまりピンとこない可能性があります。
池の鯉が手の音に反応するように、実際にそのイメージを呼び起こすために、五感で感じることができるようなものを必要とします。そのため、プロトタイプやアクティングアウトが重要になります。
※1 『松下幸之助の直観力』中山正和 PHP研究所

*本Webマガジンの内容は執筆者個人の見解に基づいており、株式会社オージス総研およびさくら情報システム株式会社、株式会社宇部情報システムのいずれの見解を示すものでもありません。

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